コラム:「賞レースのユクエ」byオスカーノユクエ - 第7回
2021年4月27日更新

数々の難題に立ち向かえ! 協会が断行した授賞式大改革は成功したのか?
今年ほど企画が難しかった授賞式も他にないでしょう。
世界中を襲うパンデミックという非常事態のなかで行われた第93回アカデミー賞授賞式は、異例尽くめの進行で視聴者を驚かせました。何より最優先される感染防止のため、会場の変更にはじまり、出席者の人数を制限し、世界各地に中継拠点を設け、開始時間を早めるなど、協会側はあらゆる対応を求められました。その結果、いい意味でも悪い意味でも、これまでに見たことがない授賞式が生まれたことは間違いありません。
今回、授賞式の企画・進行を任されたプロデューサーたちには、大胆な改革をもって数多の困難を乗り越えようという精神が確かにあったように思います。なかでも、授賞式自体を1本の映画のように演出するというプランは、「いったいどんな授賞式になるのか?」と期待に胸を踊らせる妙案でした。それをぶち上げたのが、映画監督のスティーヴン・ソダーバーグ(授賞式プロデューサーのひとり)なのだから、なおさらです。さて、その革新的な試みは、いったいどんな授賞式を生んだのでしょうか?
冒頭、オスカー女優レジーナ・キングがオスカー像を手に堂々たる足取りで歩みを進めると、画面いっぱいに「OSCARS」のタイトルが。その後もプレゼンターたちの名前がキャスト表記のように浮かんでは消えていきます。なるほど、まるで映画のようなオープニングです。
やがてメイン会場にたどり着いたキングは、今回のコンセプトについて説明をはじめます。今日の授賞式は1本の映画の撮影であること。200人の候補者たちは映画の出演者なので、カメラの前でマスクを付ける必要はない、と。もちろん感染対策は万全です、と念を押すキングの説明はしかし、この授賞式を正当化するための言い訳に聞こえてしまいました。正直、この説明は蛇足だったように思います。

AMPAS/ABC via Getty Images
ただ、この後が良かった。脚本賞と脚色賞のプレゼンターも担うキングは、続けて両部門の候補者を紹介しはじめます。従来は候補者名と作品名を読み上げるだけの確認作業なのですが、今回は候補者それぞれに小さなエピソードが添えられました。例えば「シカゴ7裁判」脚本家アーロン・ソーキンの初仕事は映画館でのもぎりとポップコーン売りだった…など。この「エピソード付き候補者紹介」が、地味ながら、これまでにない絶妙なスパイスとして機能します。これは言うなれば、「登場人物のキャラクターを描く」工程でしょう。実際、元はセットの清掃係だった…と紹介された候補者が美術賞を受賞する姿を目の当たりにすると、そこに映画さながらのドラマ性を感じずにはいられません。
さらに、受賞者のスピーチに時間制限を設けなかったことも素晴らしい改革でした。実はこれ、地味ながらすごいことなのです。例年、授賞式プロデューサーたちが最初に頭を悩ませるのは、「どうやって授賞式の時間を短縮するのか?」です。4時間にもおよぶ「長すぎる授賞式」は、これまで幾度となくジョークの対象になってきました。最近では、司会者ジミー・キンメルが豪華ジェットスキーを指差し、「最も短いスピーチをした人にはこれをさしあげます」とやって爆笑を誘いましたが、スピーチは45秒以内に済ませよ!というとても厳しいルールが存在していたのです(少しでも時間をオーバーしようものなら退場を促す音楽が流れ出す…というのが、もはや授賞式の風物詩になっています)。そんな最重要命題の逆をいく決定をしたのですから、プロデューサーたちの肝っ玉も相当なものです。

Photo by Chris Pizzello-Pool/Getty Images
ただし、それによって犠牲になったものもありました。割りを食ったのは主題歌賞です。例年、主題歌賞にノミネートされた歌曲には、豪華な演出を伴うパフォーマンスの時間が与えられていました。昨年の授賞式で「アナと雪の女王2」の主題歌を歌い上げた松たか子さんの姿も記憶に新しいと思いますが、趣向を凝らした歌唱パフォーマンスは他にも数々の名場面を生んできた花形です。それをごっそりカットするという決断もまた、大きな変更でした。
そして今回、最も驚くべき改革が、賞の発表順に手を加えたことです。監督賞が前半に発表され、作品賞が最後の発表ではない授賞式など、これまで見たことがありません。これも、授賞式=1本の映画というコンセプトから生まれたものでしょう。今年、視聴者が最も期待していたのは、故チャドウィック・ボーズマンがオスカーを受賞する感動的な瞬間だったことは紛れもない事実です。プロデューサー側もそのドラマを最大限に盛り上げるべく、主演男優賞の発表を式の最後にするという前代未聞の異例措置を断行しました。さらにその直前、2020年に亡くなった映画人を追悼するコーナーでは、「ブラックパンサー」でボーズマンの母役を演じたアンジェラ・バセットにナビゲート役を担わせ、ボーズマンの勇姿で追悼VTRを締めくくることで期待感を醸成します。言うなれば、授賞式に「筋書きを用意」したのです。しかし、結果はご覧の通り。よりによって授賞式を欠席していた候補者の名前が読み上げられ、受賞スピーチもないまま締まらない結末を迎えることになってしまいました。
この賞の発表順変更については賛否両論あるでしょう。アテが外れたとはいえ、もし大方の予想通りチャドウィック・ボーズマンが受賞していれば、目論見通り感動的なフィナーレを演出できたかもしれません。ただ、筋書きがないはずのドラマに無理やり筋書きを作るということは、そこに作為の跡が残る以上、本物の感動を阻害するリスクを伴います。また、今回の改変は悪い副作用も生んでしまいました。誰の目にもその狙いが透けて見える大トリ主演男優賞は、あたかもチャドウィック・ボーズマン落選が大番狂わせであるかのような印象を視聴者に与えてしまったのです。これではその場にいないアンソニー・ホプキンスがまるで悪役のように見えてしまい、何とも気の毒です(ホプキンスの演技は受賞に値する素晴らしいものでした)。感動を増幅しようと弄した策が、最悪の結末を生んでしまった瞬間でした。
今回の授賞式は、無数の制限のなかで出来る最大限の努力によって生まれた賜物であることは間違いないでしょう。生む側の苦労は相当なものだったと思います。ただし、残念ながら、思い描いていたような結果を導くことはできなかったのではないでしょうか。

Photo by Todd Wawrychuk/A.M.P.A.S. via Getty Images
ただ、作り手側には深く同情する部分もあります。なにより、肉体的な接触が制限されたことはこれ以上ない打撃だったでしょう。例年であれば、名前を読み上げられた受賞者は、壇上で迎え入れてくれるプレゼンターと最高に幸せな笑顔を交換します。その刹那に交わされるハグ、握手、オスカー像の受け渡しは、人と人との結びつきを象徴する最も感動的な瞬間です。今年、壇上に向かう受賞者を待っていたのは、テーブルにポツンと置かれたオスカー像だけでした。そこがどんなに華やかで栄誉に満ちていても、誰も待つことのない場所へ向かう人の姿は寂しく映ってしまうものです。この異例の授賞式を見て、いまの世の中に足りないものを再認識させられた思いです。いつもならば日常を忘れられる華やかな祭典も、今年ばかりはその暗い影を払拭することができなかったように思います。
式の途中、プレゼンターとして登場した俳優のブライアン・クランストンが、協会を代弁して「来年の授賞式はまたドルビー・シアターに戻ってくる」ことを約束してくれました。世界が困難に打ち勝ち、来年の授賞式がより素晴らしいものになることを期待します。

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