コラム:若林ゆり 舞台.com - 第62回
2017年12月1日更新

第62回:「欲望という名の電車」のスタンリー役で名作の真髄に触れた北村一輝の驚き!
現代アメリカを代表する劇作家、テネシー・ウィリアムズが、ピューリッツァー賞を受賞した最高傑作。それが「欲望という名の電車」だ。この戯曲がいまも有名なのは世界中の舞台で繰り返し上演されていることに加えて、ビビアン・リーとマーロン・ブランド主演による51年の映画版(エリア・カザン監督)によるところも大きいと思う。2人が演じたのは、南部の上流階級で育ち、複雑な過去を抱えたブランチと、その妹ステラの夫で、ブランチを追い詰めることになるポーランド移民の労働者、スタンリー。真に迫った2人の名演は、それは印象的だった。
今回、イギリス演劇界の気鋭演出家、フィリップ・ブリーンが手がけるこの作品で、大竹しのぶのブランチを相手にスタンリー役を演じる北村一輝も、映画に強い印象を受けた1人。公演の公式サイトでは「スタンリーを演じるマーロン・ブランドは最高でした」とコメントを寄せている。しかし稽古を積み重ねたいま、映画版に対する気持ちに変化が生じたという。

「稽古が始まる前に映画は見ていて、どうしても意識せざるを得ないところはありました。それだけ印象が強かった。でも今回、テネシー・ウィリアムズのオタクと言っても過言ではないほど研究しているフィリップが、“テーブル・ディスカッション”や稽古の中で『このセリフにはどんな意味があるのか』という彼自身の解釈を1つ1つ丁寧に話してくれて。そうすると、映画は原作とはまるで解釈が違う、と理解できました。マーロン・ブランドは映画の前に舞台でもこの役を演じていますが、映画への出演オファーを一度は断っているようです。なぜ断ったのか本当のところはわかりませんが、原作と映画があまりに違うものになっていたからではないかと思います」
当時の映画には“ヘイズ・コード”という厳しい表現規制が働いていたため、同性愛や売春、レイプといったセンセーショナルな要素は言い換えられたり、暗示するだけに止めざるを得なかった。ほかにも改変があり、とくにラストは大きく変わってしまっている。
「この作品は名作だ、名作だと言われますが、今回、フィリップの解釈を聞いた後では、映画でもこれまで上演されてきたどの舞台でも、テネシー・ウィリアムズの書いた言葉を本当に理解できていたものはないのではないかと思ってしまいますね。今回、かかわっているすべての人が、蜷川幸雄さんの演出で一度ブランチを経験している大竹さんまでが、フィリップの解釈を聞いて『こんな話だとは思わなかった!』と驚いていましたね」

では、今回のバージョンで描かれる「欲望という名の電車」は、どんな話?
「フィリップ曰く、『この話はつまり、ブランチとスタンリーのラブストーリーです』。そういう解釈で読むと、すごく腑に落ちました。たとえば最後の方でスタンリーが言うセリフに『最初からこうなることはわかってたんだ』というのがありますが、インタビューや取材を受けていて、『なんでそう言うの?』と聞かれることがあるんです。だけど台本を読んだだけではその説明がなかなか難しく、これまでの舞台を見ても描かれ方が曖昧だったから、その疑問が湧いたんじゃないかな。でも本当はタイトルのとおり“欲望”の話で、ブランチとスタンリーはお互いを最初から欲しているという話なんです。細かいニュアンスや意味を深いところまで教えてもらって、『なるほど!』と目から鱗。『確かにこう考えたらすごい戯曲だな』というのを実感しています」
とくにフィリップ・ブリーンによる言葉へのこだわり、深い考察は、出演者全員に大きな発見をもたらしているという。
「この戯曲は言葉の遊びがとても多く、大抵のセリフがダブルミーニングで裏の意味があるので、その意味を的確に表すために日々、原語と翻訳を照らし合わせて繰り返し見直しています。たとえば本当は興味のある人に、興味なさそうな言い方をすることもあるじゃないですか。でも、そのままの言葉の意味しか知らずにセリフを話すと、『興味なさそうに』としか書かれていないからみんなそういう演技をしてしまう。でも、この作品はほぼすべてのセリフに裏腹な思いが込められていて、そして進んでいきます。裏の意味合いを知った上で、ニューオーリンズの街の匂いだとか、その当時の雰囲気、階級はどうだったか、ブランチの住んでいたローレルはどうだったか。そういうバックボーンを広げていくことで、言う言葉に重みが出てきますね」
筆者紹介

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka

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