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「ガツガツ食べる」とか「両手に食べ物を持っても目は次を探してる」とか「たんまり食べる」っていう言葉が幼い頃から苦手なのですが、これは私だけなのでしょうか?いわゆる食い尽くし系の単語が苦手なんです。説明するのが難しいのですが同じ方いらっしゃいませんか?

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ニコニコ動画

【至急】配信者の加藤純一さんが「うんこちゃん」と名乗るに至った経緯については、ニコニコ動画黎明期に適当につけたアカウント名がそのまま定着した、という説明が一般的であり、 私自身もその歴史的事故性については十分理解しているつもりです。深い意味はなく、当時の空気感や匿名文化の中で生まれた名前が、結果的に巨大なブランドとなってしまったという点も、今となってはネット史の一部と言えるでしょう。 ただ、それを踏まえた上で、どうしても納得がいかない点があります。それは「うんこちゃん」ではなく、『うんちさん』の方が明らかに語感・品位・汎用性のすべてにおいて優れているのではないか、という疑問です。 まず語感の問題ですが、「うんこ」は破裂音が強く、どうしても攻撃的かつ下品な印象を与えがちです。一方『うんち』は柔らかく、どこか幼児語的であり、聞く側に不要なダメージを与えません。さらに「ちゃん」付けで下品さを中和しようとしている点も理解できますが、それなら最初から「さん」を付けて丁寧さを演出した『うんちさん』の方が、社会的調和に貢献する名前だったのではないでしょうか。 また、年齢や立場が上がるにつれて「うんこちゃん」という呼称が持つ違和感は増していく一方です。その点、『うんちさん』であれば、敬称としての体裁も保たれ、テレビ出演や対外的な場面でも多少は空気が和らぐ可能性があったはずです。もちろん、今さら改名が現実的でないことは承知しています。しかし歴史に「if」を持ち込むことは許されるはずです。 そこで質問なのですが、当時もし仮に『うんちさん』という選択肢が存在していた場合、現在のネット文化、配信者像、視聴者との距離感は、どのように変化していたと思われますか?また、皆さん個人の感覚として、「うんこちゃん」と『うんちさん』、どちらがより“呼びやすく、受け入れやすい名前”だと感じるのか、ぜひ意見を聞かせてください。

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文学、古典

【至急】源家長日記「八月十五夜〜」の現代語訳をお願いします。 三 次の文章は、後鳥羽院に近仕した源家長の著した『源家長日記』の一節である。読んで設問に答えよ。 八月十五夜、ことわりも過ぎてくまなく待りしに、夜もすがら連歌、和歌会待りき。その夜、いささか例ならぬ事いで来て具親とくいでられ侍り。御尋ねたびたび待りしに、そのよし申すとも、かひなき事とおぼしめして、有り難き事とやおぼしめしけむ、いでぬる事を口惜しき事とおぼしめす御けしきなり。長き夜も、ほどなきここちして明けぬれば、おのおのまかりいづ。 十六日のまだとう、召しによりて台盤所に参りたれば、おほせられし御事やさしく待りき。「昨夜の月にしも、具親早出したる事、口借しさ思ひしづめがたし。早く、和歌所に召しこかべし」とおほせ有り。恐ろしきものから、やさしく承りて、やがて召しに遺はす。御使ひにも先立ちて参りたれば、このよし申し含めて、召しこむ。布衣なよらかにて、そこはかとなくながめ居たるけしき、いとほしく、をかし。秋の日も暮らしかねたるに、月もはなやかにさしいでて、昨夜の光なほくまなきを、つくづくとひとりながめて、も主殿司にてかくなむ。 くまもなく名に負ふ秋の空よりも思ひいであるよはの月かな 返事 さぞなげに思ひわぶらむこよひしもかごとがましく月ぞさやけき 十七日の朝に、このよしを奏し侍りしかば、許されにき。はかなき御むつかり、とがをかぶる事なれど、をかしきふしにもなりぬべき事のみ、これらにて待るよ。召しこめられしほどは、恐ろしく心まどひせしを、つくづく思ひとけば、『世人の聞かむも、これはさまであしかるまじき事』と思はれたりし、ことわりなり。 2008年北海道大学の問題なのですが、現代語訳がどこを探しても見つからず困っています。AIも使い物にならず。 入試が迫っているので至急現代語訳をお願いしたいです。

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