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2025年3月5日に救急搬送されて入院、私は多発性硬化症(MS)と診断されました。それから私の生活は大きく変わりました。今思えば、手足の違和感や慢性的な疲れは、すでにこの病の前兆だったのかもしれません。
救急搬送直後から、私は41日間の入院を経験しました。原因を探るための様々な検査、が続きました。不安と向き合う日々の中、ようやく退院できた時には、一筋の光を感じたことを覚えています。
退院して1ヶ月後の5月19日、再び体調に異変が生じ、再入院しました。ここからは、まるでジェットコースターのように、体調のアップダウンと入退院の繰り返しが続くことになります。
再入院の前日の5月18日、急激に体調が悪化し、救急車を呼んで病院へ搬送されました。しかし、驚くべきことに多発性硬化症で脳神経内科で治療中であることを伝えているのにMRI検査もCT検査も行われずに的外れな診断だけで、そのまま帰宅させられたのです。身体は明らかにおかしいのに、何もせず帰される――それは、心身ともにとてもつらい体験でした。
翌日、さらに症状は悪化。ふらつきが強くなり、歩行も困難に。再度外来診察をお願いしまし、数時間の待機を経て、ようやく再入院と治療が決まりました。このときは、ステロイドパルスを含む12日間の入院となりました。
12日間の治療を経て退院したものの、わずか7日目には再びふらつきが現れました。その後も症状は悪化し、退院11日目には起き上がることすらできない状態に。
「ここまで悪くなれば、さすがに検査もされずに帰されることはないだろう」と思い、再び救急搬送を依頼。今回は、希望通り救急病棟でMRI検査が行われ、再入院と治療が即決まりました。
ステロイドパルスの後のMRIの結果、小脳の病変は入院時より縮小していましたが、中心部にはまだ炎症のコアが残存していました。そのため、2回目のステロイドパルス療法を受けることになりました。
こうして17日間の入院治療を経て、私は再び退院することができました。体調は少しずつ戻りつつあり、今は再発防止のための治療と日常生活のバランスを探っています。
この数ヶ月で、私は病気とだけでなく、「医療との向き合い方」についても多くのことを学びました。特に、自分の体調の異変に気づき、それを声に出すことの大切さを実感しました。
初回の救急搬送で、検査もされずに帰宅させられた悔しさ。あのとき、もし引き下がらずにもっと強く訴えていたら、違う展開になっていたかもしれません。しかし、それでも次の機会にはしっかりと主張できたことで、必要な検査と治療を受けることができました。
医療の現場にも限界はあります。けれど、患者自身が自分の体を知り、疑問を持ち、勇気を出して「おかしい」と言うことが、命を守る最初の一歩になるのだと、私は実感しています。
この記録が、同じように多発性硬化症と闘う方々や、そのご家族の参考になれば嬉しいです。病気とともに生きるとは、ただ耐えることではなく、自分の体と心の声に誠実に向き合っていくことなのだと、今では思っています。
今はゆっくり静養して回復を待っている、と言いたいところですが、前回の退院後にゆっくり静養していたために母親の介護保険を利用した家の改修などが手付かずで残してしまい、入院中も何で動けるうちにやっておかなかったことを猛烈に後悔しましたので、次の再入院の前にできることをやってしまおうと思い、おとといの退院以後は忙しく動いています。
3月に救急搬送された時の症状がさいはつし、小脳の病変が拡大していることがわかり再入院となってしまいました。
このため再びブログを休載します。
最近、中国では報復と思われる事件が頻発しており、15日には北京と広州で無差別殺傷事件が発生しました。しかし、当局は事件を軽視しており、一部のメディアはこのニュースを放送しないことさえあるほどです。
続きを読む中国で、「養豚タワー」として現地で知られ、床から天井までそびえ立つ建物で飼育される豚が増えています。これはフランスのテレビ局の報道で指摘されました。この種のタワー飼育は地上のスペースを節約できます。
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