第124代天皇(在位1926年12月25日−1989年1月7日)。今上天皇の父。「昭和天皇」は在位中の元号に因んだ諡号である。1901年4月29日生。大正天皇の第一子。迪宮裕仁(みちのみやひろひと)と命名される。
御陵は八王子の多摩御陵内に設けられ、武蔵野陵と名を定められた。
終戦の詔勅(玉音放送)
昭和101年目に 序章:昭和天皇を読み解く鍵 第一章:「暗い時代」へ? 第二章:泥沼の支那事変へ 第三章:正論が通らなくなる 第四章:地獄へ滑り落ちる対米開戦 第五章:破滅寸前の救国 感想 昭和天皇が気の毒すぎる… 再発防止のためにはどうしたらいいか考える 昭和101年目に 救国の君主 真・昭和天皇論 作者:倉山満 晋遊舎 Amazon 四六判で400ページ超という大作のため、お正月に読もう!と決めていた本なのですが、な、内容が濃すぎる〜。歴史物は好きなのですが、IQ低すぎるのが災いしてすぐに忘れてしまうんだこれが…。なるべく覚えておくベく、本の内容を自分なりにまとめてみようと思います。 序章…
監督 ピーター・ウェバー キャスト マシュー・フォックス…フェラーズ准将 トミー・リー・ジョーンズ…マッカーサー元帥 初音映莉子…あや 終戦直後の日本を描いた作品です。 これは日本映画だよね、と思ったら日米合作。 監督は米国人。 アメリカ側の視点からでした。 エンペラー。 キングよりも格が上のエンペラー。 日本の天皇しか今はおりません。 その当時のエンペラー(昭和天皇)が、 どういう存在だったかというのもひとつの焦点です。 ひとつ、というより これが最終的に描きたかったのではないか。 ラストの天皇とマッカーサーが会談するシーンは 震えるほどでした。 昭和天皇の戦争責任はいかに。 マッカーサーか…
本日の「板垣英憲(いたがきえいけん)情報局」 ◆『中国4分割と韓国消滅 ロスチャイルドによる衝撃の地球大改造プラン 金塊大国日本が《NEW大東亜共栄圏》の核になる』 (ヒカルランド 2014年5月刊 板垣 英憲 著) 第6章 実は世界を救っている/天皇家の金塊と金融カラクリ 『終戦のエンペラー』のメッセージと「国際金融の全権を日本が握った」という情報 目次 中国4分割と韓国消滅 ロスチャイルドによる衝撃の地球大改造プラン 金塊大国日本が《NEW大東亜共栄圏》... 板垣 英憲 ヒカルランド 悪名高い秘密会議として知られる「ビルダーバーグ会議」が、2013年6月、英国ワットフォード(ロンドンのベ…
みなさんは、靖国神社に行ったことがありますか?私は、30年ぐらい前ですが、行ったことがあります。靖国神社は、その人の思想性を測るリトマス試験紙のようなものだと思います。私の場合は、明確な反応がありました。行った時の、私の感想を述べます。そのとき、私は自分が強烈に拒絶されているような感じを受けました。「ここは、おまえなんかの来るところではない」と言われているようでした。私は、ものすごい違和感を覚えました。ですから、私は「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の議員さん達とは、真逆の思想性を持っていることになります。靖国神社は、普通の他の神社とは明らかに異なっています。そこは、あたかも昭和16年…
飯塚邸のお屋敷を見学した後、西側に広がる庭に出てみた。昭和天皇から「秋幸苑(しゅうこうえん)」の名を賜った静かな庭園。
近世・近代の越後の上質な和風建築を今に伝える「飯塚邸」。広いお屋敷をゆっくり見学。前回の続きです。
この家に滞在された昭和天皇も、きっと同じ景色をご覧になったのだろう。近世における越後の富豪階級の生活ぶりを今に残す「飯塚邸」へ。
昭和22(1947)年10月、昭和天皇が新潟県を巡幸された際に「行在所(天皇が 外出したときの仮の御所)」として滞在された飯塚邸。 昭和天皇がお過ごしになった新座敷2階を見た後、新座敷1階に降りてきました。 新座敷棟1階には、控の間、次の間、上座敷があります。 ふすま絵や袋戸の絵もきれいです。 1階には、お風呂場がありました。 浴室以外にしっかりと脱衣所があるのも、昔の造りにしては珍しい気がしました。 さっと1階を見た後は、庭を歩いてみました。 来客用の玄関に向かう門を通って、庭に入ります。 目の前に、緑の庭が広がります。 この主屋西側に広がる庭園は、築造当時からほとんど姿を変えず、変化の多い…
戦後の日本に深い影響を与え続けた存在――昭和天皇。 その名は誰もが知っていても、実像となると意外なほど知られていません。 幼少期から大正・昭和・平成と激動の時代を生き抜き、二度の世界大戦、敗戦と占領、そして戦後復興と高度経済成長を見守った昭和天皇。その足跡は単なる「象徴天皇」の枠に収まらず、政治・外交・文化・国民生活に複雑に関わってきました。 本記事では、昭和天皇の人間像や決断の背景を多角的に描き出すおすすめ本を厳選してご紹介します。歴史研究の第一線で議論されてきた史料分析から、身近なエピソードを通して浮かび上がる素顔まで――「昭和」という時代を象徴する人物を理解するための一冊を見つけてみませ…
昭和天皇は、今日の見方から見ると、民主主義者ではありません。したがって、リベラルではありません。しかし、当時においては、極めて国際感覚、バランス感覚を持った教養人、常識人でした。文字通りキーパーソンであったわけで、その発言は、時に歴史を読み解くヒントを与えてくれることがあります。戦後、天皇は、初代宮内庁長官に、戦前を述懐して、「下剋上」ということばを使っていました。軍部が、上(天皇)の意向を無視して勝手に動き、ついには、みんなが(自分も含めて)その流れに押し流されてしまったと言っていました。あのとき、厳しく処断していれば、と後悔していたのが、「張作霖爆死事件」(1928年6月)です。「張作霖爆…