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天誅組
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天誅組

(一般)
【てんちゅうぐみ】

日本の幕末期に公卿の中山忠光を主将に志士達で構成された尊皇攘夷派の武装集団。文久3年(1863年)天誅組の変で大和国で挙兵するが、幕府軍の追討を受けて壊滅した。

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2024年 初夏の風景 ①

夏の陽気に 今日は天気がよく、気温も28℃くらいまで上がるという。初夏というより、もう夏の陽気だ。昨日に引き続いて遠出したくなり、今日は南の方へ。五條から西吉野を抜けて、十津川の谷瀬の吊り橋のあたりまで行くことを目標に家を出た。五條までは1週間前と同じルートで、吉野川には鯉のぼりがひるがえっている。 賀名生の里 国道168号線はカーブが多く、ところどころにトンネルもある。連休中とあってツーリングのグループをよく見かける。大・中型バイクかロードバイクで、50㏄バイクで走っているのは私だけだ。「賀名生の里」という標識が見えたので、休憩も兼ねて立ち寄った。 賀名生の里 「賀名生」を「あのう」と読むの…

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【東吉野村】旧四郷小学校利活用座談会23年8月定例会開催

東吉野旧四郷小学校(大和・紀伊半島学研究所東吉野分室がある場所)の利活用座談会の8月定例会が行われました。役場総務課の方を含めて5名の参加(ハイブリッド)で少人数開催となりましたが、その分ご意見をいただくことができ、前進につながる時間になったと思います。 今日は村内の行事と重なり午前中参加できない方が多かったので、午後から、特任助教が村内各地に出向き、いろんな活動をされている方と話をしました。 ・三尾のIさん(天誅組のイベント発案者)・狭戸のA先生(東吉野で天誅組と言ったらこの人!)・コツコツクラブのお二人(恐らく今日村民はこちらに集まっていると思います)・あいの家(旧四郷小で簡単に始められる…

龍神を祀る丹生川上神社の写真 ニホンオオカミ像 天誅組終焉の地 菟田野サイクリング

東吉野村丹生川上神社まで折りたたみ自転車でゆるポタした前回の記事の続きです! naracyclingm430ms.hatenablog.com 近鉄飛鳥駅から自転車での走行がかなり危険な国道169号線を南下、吉野川沿いをサイクリングし辿り着いた丹生川上神社。 龍神が祀られている立派な社殿。奈良県東吉野村の結構な山中にある神社ですが、平日にもかかわらず車で訪れた参拝客の方を何名も見かけましたね~。 手水舎。手水の使い方をレクチャーする可愛い女の子のイラストが気になる。 龍玉、直訳するとドラゴンボール。もちろん7つ集める必要はありません。 龍神の御力にて穢れを取り去り、運気を開いてくれるそうですよ…

【下市町】留学生フィールドワーク

奈良女子大学国際戦略センターによる、留学生フィールドワーク in 下市町が無事に終了しました。参加されたお国は、ベルギー、セルビア、台湾、韓国、中国、ベトナムから10名。 今回のテーマは「revolution」革命。今からちょうど160年前に起こった天誅組の戦いの史跡を巡りました。天誅組は京都から始まり東吉野で終焉しましたが、唯一下市町だけが焼け野原になった大変重要な拠点です。下市町在住特任助教が媒介項となり、奈良女子大学国際戦略センターと下市町の皆さんと打ち合わせを重ね計画を練ってきました。 先ず7月18日は下市町在住の郷土史家、下市町文化連盟会長の大西一則氏より、幕末から天誅組の戦いまでの…

【下市町】奈良女子大学国際戦略センターと地域連携の支援

奈良女子大学国際戦略センター(Nara ISC)は、奈良女子大学と留学生をつなぎ、奈良の国際交流の促進を支援するセンターです。世界各地から奈良女子大学にやってくる留学生にとって、日本の古都であり、伝統的な歴史や文化満載の奈良県は大変魅力的な学びの場所となっています。今回、奈良カレッジズ連携推進センター(地域実践部門)が協力して、大学のある奈良市のほかに、吉野郡下市町(奈良型エクステンションモデル地区)を訪問する企画が立ち上がり、参加者の募集が開始されました。題して「国際キャンパス奈良ーRevolution」。「革命」というキーワードが入ったのは、訪問先の下市町の天誅組関連史跡をめぐり、地元の観…

【東吉野村】まちづくりNPO法人、天誅組研究者との面談

6月21日、東吉野エクステンション特任助教は、村にあるまちづくりNPO法人「あいの家」の座談会に出席し、旧四郷小学校利活用の現状説明、四郷小座談会への誘致などを行いました。「あいの家」は以下のような様々なサービスを提供し持続可能な地域生活の支援をおこなっている団体です。大学が一緒に学び会えるチャネルや可能性のとても高い団体であると考え、エクステンションの大谷特任助教を中心に、課題感の共有や連携の可能性をつねに意識しています。ちなみに、以下が、あいの家のHPより抜粋した事業内容です。 ・移送サービス事業門口から目的地まで通院や買い物など、送迎致します。・障がい者福祉サービス障がい者の方の自宅に出…

異世界感が漂う墓地、奈良県にある天誅組義士墓所、湯ノ谷墓地を訪ねる。

さて、この場所はどこでしょう。現代の光景とは思えない異世界感が漂う古代の遺跡のような雰囲気。場所は奈良県東吉野村。 まるで卒塔婆(そとば)のように立ち並ぶ無数の木製の墓標。ここは明治維新の魁と言われる天誅組義士9名が眠る湯ノ谷墓地。 天誅組(てんちゅうぐみ)とは大和の五條で結成された尊王攘夷派の志士達。尊王攘夷派として最初の武装蜂起を実行し、現奈良県五條市である五條代官所を襲撃し、幕府による統治排除を宣言する。 しかし、天誅組(てんちゅうぐみ)が五條代官所を襲撃した翌日、幕府側は尊王攘夷派の公家と長州藩兵を京都から追放。幕府側も激しく尊王攘夷派に抵抗する姿勢を見せる。 そして幕府は天誅組(てん…

五條新町に行ってきた

爽やかな朝 土曜日の朝、空はきれいに晴れている。ここ数日、夏並みの気温だったが、今日は20℃まで上がらない予報が出ている。朝の散歩は町中を抜けて、城跡から堀端の道を歩いた。エアコンの室外機の上にはいつもの白黒の猫。今朝は寝そべっていないでこちらを向いて座っていた。 いつもの猫 城跡のあたりはこの前の日曜日にも歩いたが、その時はまだツツジが咲き始めだった。今朝見るとすっかり道路脇がピンクや白に染まっていた。1週間ほどで自然の様子は一変する。 すっかり開花したツツジ 城跡の追手門櫓も、3週間前はソメイヨシノが前景だったのが、先週は八重桜になり、その八重桜もほとんど散り、今日はツツジが前景になってい…

【奈良県東吉野村】天誅組終焉の地、烈士の熱き誠のあとを訪ねて

天誅組の変に対する世間の評価は、令和のいまとなっても定まっているとは言い難い。 おなじ江戸時代の大塩平八郎の乱などには、われわれは散りゆく美学のようなものをそこに見る。 しかし40日にわたって大和国を転戦した天誅組にたいしては、そのような視線を向ける者ばかりではない。 暴徒、あだ花と一蹴する向きもある。 文久3年8月13日、孝明天皇による大和行幸の詔勅が発せられると、公卿 中山忠光 (孝明天皇の元侍従、明治天皇の叔父) を主将とする天誅組は「皇軍御先鋒」を自負し同17日、幕府天領の五條 (現在の奈良県五條市) にあった五條代官所を焼き払い、近くの桜井寺を本陣に定めると「五條御政府」の表札を門前…

【維新胎動の地碑】と【大塔宮護良親王像】@龍馬をゆく2021

道の駅「吉野路大塔」の道路を挟んで向かい側に、「大塔郷土館」があります。 その敷地に「維新胎動の地」という大きな碑がありました。 そうです、吉野は南朝の聖地、幕末の楠公尊崇の機運、南朝復元という観点からもまさに「聖地」。 ご周知、吉村虎太郎らが大和で「天誅組」を挙兵。天辻峠には本陣を置きました。 (上碑は維新歴史公園) その「維新胎動の地」と碑が立つ同じ敷地内に、「大塔宮護良親王」の騎馬像が置かれていました・・・! 「維新胎動の地由来」 南北朝鎌倉幕府追討を企てる「大塔宮護良親王」は、元弘元年(1331)元弘の乱が起こると、笠置山に参向して父「後醍醐天皇」を助けたが、笠置山が陥落すると幕府軍の…


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