元総理大臣。中曾根康弘とも表記される。別名「大勲位」。1918年群馬県生。東京帝国大学を卒業後、1947年に衆議院議員初当選。以後、運輸大臣、防衛庁長官、通商産業大臣を歴任。1982年に内閣総理大臣に就任。2003年に政界を引退。息子に中曽根弘文参議院議員。
統一教会との関係でも知られ、世界日報にしばしば登場する。
“ロン・ヤス”はなぜ生まれたのか 昭和の総理大臣の中でも、国際舞台で特に強い存在感を放ったのが中曽根康弘です。その象徴が、アメリカ大統領ロナルド・レーガンと築いた「ロン・ヤス関係」。政治の世界では珍しい“個人的な友情”が外交関係を深め、日本とアメリカの信頼を一段引き上げたと評価されています。 しかし、この“ロン・ヤス”という呼び名は、単なる仲良しアピールではありません。その裏には、周到な戦略、深い配慮、そして本物の信頼関係が積み重なっていました。 ファーストコンタクトから始まった「心の距離の縮め方」 中曽根が首相になった1982年当時、アメリカは冷戦構造の真っただ中にあり、レーガン政権は強い対…
本日の「板垣英憲(いたがきえいけん)情報局」 ◆『中国4分割と韓国消滅 ロスチャイルドによる衝撃の地球大改造プラン 金塊大国日本が《NEW大東亜共栄圏》の核になる』 (ヒカルランド 2014年5月刊 板垣 英憲 著) 第5章 政界再編・旗印は「原発ゼロ」/大動乱の予兆 大勲位・中曽根康弘元首相が、「集団的自衛権行使容認」に「慎重」 目次 中国4分割と韓国消滅 ロスチャイルドによる衝撃の地球大改造プラン 金塊大国日本が《NEW大東亜共栄圏》... 板垣 英憲 ヒカルランド 大勲位・中曽根康弘元首相は、2014年1月5日の日本テレビ番組『本音激論! なかそね荘』で読売新聞グループの渡辺恒雄本社代表…
Wikimedia Commonsより 日航123便として使用されたJA8119 墜落ではなく、あえて「撃墜」なのだろうと思い、そのままのタイトルを書かせていただいた。 この「永遠に許されざる者」とはだれか。 これは是非読んでいただきたいので、あえてここに記載はしない。 時の権力者であった者たちだ。 まだ全部は読み切れていないのだが、 123便がもし、高濱機長が目指した横田基地に緊急着陸していたのならば、多くの方が生存できていたはずだと思わざるを得ない記述が証言がたくさんある。 それにしても高濱機長、佐々木副操縦士、福田機関士の飛行技術と死闘を改めて称えたい。 私は航空業界に身を置いたものとし…
一条真也です。現在、パリ五輪が開催中。パリといえば、岸惠子!『91歳5か月』岸惠子著(幻冬舎)を読みました。「いま想うあの人 あのこと」というサブタイトルがついています。著者は、女優・作家。横浜市出身。『君の名は』、『亡命記』(アジア映画祭主演女優賞)、『おとうと』(ブルーリボン賞主演女優賞)、『怪談』、『細雪』、『かあちゃん』(日本アカデミー賞最優秀主演女優賞)など数多くの名作に出演。24歳の時、結婚のため渡仏。四十数年のパリ暮らしの後、現在はベースを日本に移しながら、フランスと日本を往復して活動の場を広げている。海外での豊富な経験を生かして作家、ジャーナリストとしても活躍。1983年『巴里…
獄中生活は見ようによっては禅道場にもなりうる。 田中も金丸も悪い男ではない。ただ無知なだけだ。金以外のものを知らない。金で全てができると考えている。本当に大事なものをわかっていない。 あなたは田中に負けたのは中曽根が自分の陣営に来なかったからとか、佐藤栄作がもう少しがんばってくれたら、と書いているが、要するに福田赳夫がだめだから負けたんじゃないか。それ以外には何もない。それがわからなければ、政治家として成り立たない。 完全無欠な人間はいない。だが自分の弱さがわからないような奴には、本当の強さもわからない。何もないくせに自惚れだけが強い。だから人のせいにする。 稲葉修と親友。どちらも中曽根総理を…
◯対米従属 安倍政権の政策からは、アーミテージレポートの引き写しになっていると言うのは、以前、国会で山本太郎議員が言った通りでしょう。 アメリカに田中角栄元首相が潰されたので、日本は、外交でなく経済のほうに専念したわけです。しかし、大平首相以降、中曽根内閣からは。建前で対米従属を見せながら、対米自立していこうというような気概がなくなっていったのです。 そこまでの流れのおさらいです。 ◯対米依存まで 明治維新前には、300の藩があって、それぞれに自給自足、独自の文化を持ち、方言を話していました。それが欧米の圧力で開国となり、日本という国家としての統合がなされました。 豊臣秀吉の全国統一と異なり、…
ランキング参加中社会 ランキング参加中歴史 ランキング参加中鉄道 ランキング参加中相互で読者登録しませんか? 気がつけば二ヶ月以上も放置状態になっておりました。 申し訳ございません。 改めて、仁杉総裁更迭の頃からのお話をさせていただこうと思います。 国鉄改革の推進役として古巣の国鉄へ 仁杉総裁は、昭和58(1983)年12月2日、第9代国鉄総裁として就任しましたが、その後中曽根首相[当時]に、国鉄改革に関して積極的で無いとして、電撃的に解任されることとなり、反対派の常務理事の辞表とりまとめて辞任することになるのですが、その前に簡単に、仁杉総裁の経歴を振り返ってみたいと思います。 大正4年5月7…
戦争を知っている最後の政治家ー中曽根康弘の言葉ー [ 鈴木 哲夫 ]価格: 1650 円楽天で詳細を見る 戦争を知っている最後の政治家 中曽根康弘の言葉 激動する世界情勢で岐路に立つ日本はどう進むべきか、戦争に従軍し敗戦を迎えた経験を持つ中曽根康弘氏の日本への提言から感じ取りたい。 かつてはマスコミで「風見鶏」と揶揄されていた印象が強かったが、その真実はマスコミが報道するような軽々しいものではなかった。 いまの政治家は何のために政治家になるのか、よく考えてほしいと思わされるエピソードが満載! 続きを読む お読みいただきありがとうございました。 ポチっと👇 ランキング参加中読書ランキング参加中知…
日本は第二次世界大戦、つまり極東で言えば日中戦争から太平洋戦争を経て、敗戦国として列強西洋国の仕組みの中に敷かれることになりましたが、欧米の資金援助で当時中国満州コクを統治していた日本の円(圓)の影響力を下げさせ、中国元の普及に成功したことで、中国は上部城独立を果たすに至りました。 敗戦後それによって、満州在留の日本人または血の繋がった日系人、中には日本人に成り済ました中国人などが、大量に日本に”引き上げ”てきましたが、その中には満州国で栄華を極め資産を貯えた者や、そのどさくさに略奪や盗みで貴金属や財宝として持ち帰った者などが、帰国後に荒廃しきった日本国土の中で、地位や財力を利用して国の中心的…