Movatterモバイル変換


[0]ホーム

URL:


Hatena Blog Tags
はてなブログ トップ
狂言
このタグでブログを書く
言葉の解説
ネットで話題
関連ブログ

狂言

(一般)
【きょうげん】

人を騙すための作り話。能舞台で行なわれる「狂言」と区別するために、「自作自演の犯行」という報道をされることもある。

狂言

(アート)
【きょうげん】

(1)日本の伝統芸能のひとつ。室町時代に成立した。能狂言。
能と同じく猿楽から発展した芸能で、滑稽さを重視して発展した。
独立して演じられる本狂言と、能の曲中に演じられる間狂言がある。
現在、和泉流と大蔵流の2流派が現存。過去には鷺流と呼ばれる流派もあったが、明治時代に断絶した。
主役をシテ(オモ)、相手役をアドと言う。


なお、明治以後は能と狂言を合わせて「能楽」と呼ばれることがある。

(2)歌舞伎の演目のこと。歌舞伎作者は「狂言作者」と呼ばれる。

このタグの解説についてこの解説文は、すでに終了したサービス「はてなキーワード」内で有志のユーザーが作成・編集した内容に基づいています。その正確性や網羅性をはてなが保証するものではありません。問題のある記述を発見した場合には、お問い合わせフォームよりご連絡ください。

関連ブログ

覚悟の上の行動と自殺

正徳4年3月29日。能は4日目で、狂言の演目は花子と海士。この日演目が増える。3日目には西行桜が増える。2日目が雨だったので出来なかった分を増やす。2日目に133両2分、3日目に190両。未半(午後2時)過ぎ、平岩伝右衛門内儀の迎えに山中覚左衛門のところへ伝右衛門おとな(老臣など)吉左衛門40余り、ならびに中間折平22、八兵衛、他に茶の間女1人が一緒に出かけると、高木十右衛門東の構えで後ろから吉左衛門を折平が後ろから斜めに1回切りつけた。女は驚いて平尾八郎左衛門へ走り入ったのを折平は7、8間(1間は約1、8メートル)追いかけたが追いつかず、八郎左の境、十右の構えで脇差を喉に突き、鐔(つば)まで…

ネットで話題

もっと見る

関連ブログ

生まれて初めて狂言を観に行く

タイトルの通り。一昨日、生まれて初めて狂言を観に行った。奥様も誘ったが「眠たくなりそう」と断わられたので、一人で観に行ったのである。横浜能楽堂主催の普及講演。 yokohama-nohgakudou.org 2,200円。安いのではないだろうか。横浜能楽堂自体は現在改修工事中らしく、会場は相鉄線いずみ中央駅そばにあるテアトルフォンテ。泉区役所はあるが、住宅街がメインの町と思われる。実はこういう、住民以外降りそうにない駅で降りてみるのは結構好きである。 鑑賞の前に昼ごはん。いずみ中央駅前にある「マロリーポーク」へ。写真は200gの「日和山」&ガーリックライス。分厚い豚肉ステーキに、胡椒や塩、ワサ…

「野村万作・萬斎・裕基 狂言三代の夕べ」参戦レポ

【ネタバレ注意】年明けに狂言を見たらすごくおめでたい一年のスタートじゃないかと思いたち、友達を誘って参戦。まずは野村萬斎が最初に出てきて解説する。今回の催しはラッピングバスで宣伝していたらしい。 解説のハイライトは能と狂言の違い。実は能と狂言は生き別れの双子みたいなものである。それぞれモノマネから入ったが、真似る対象が身近な人でコメディ、服も簡素→狂言、真似る対象が有名人、着物と面でこの世のものではない感→能楽とそれぞれ進化していった。 狂言と能の衣装の違い 今回豪華にも4つの演目から構成され、最初は小舞「八島(やしま)」。能でよく舞われているロングセラー(かっこいいからね)なプチな舞。これを…

やはり昔から演劇などの興行は金食い虫

正徳3年3月1日。橘町で十二郎の狂言が行われる。この度は今日から若女方として藤本竜田、道外方は三国勘九郎、立役中村源七の3人を呼び寄せる。藤本竜田、初めは藤本花霧と名乗っていた。但しこの興行は橘町の者が請け負ったと云々。橘町に家を借り、十二郎が毎日機嫌伺に行く。飲食などもてこ(手小)の者とは一緒に食べず、はなはだ大変だった。送迎ならびに逗留の雑用も全て行っていた。これらの37日分の支払いは藤本・三国は15両ずつ、源七は80両であった。去年呼び寄せた立役坂田藤四郎もやって来ていた。法花寺町南の田んぼの水門(イリ)の側で河村丹左衛門定出入三右衛門が女を刺し殺し、自分も死ぬ。三右衛門は初めは権六と名…


[8]ページ先頭

©2009-2025 Movatter.jp