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橋本宗明が医薬・医療の先を読む

バイオベンチャー初値2倍、珍しい「黒字上場」の理由

  • By 橋本 宗明 日経ビジネス編集委員 日経バイオテク編集委員
  • Read time:9min

 遺伝子を操作する「ゲノム編集」という技術を応用したバイオベンチャー、モダリスが8月3日に新規株式公開(IPO)した。共同創業者で取締役兼サイエンティフィックアドバイザーを務める東京大学の濡木理教授の研究成果をベースに、2016年1月に設立されたベンチャーだ(当時の社名はエディジーン)。

 上場承認時点の想定発行価格は820円だったが、公開価格は1200円に引き上げられ、上場初値は公開価格の2.1倍の2520円、初日の終値は2230円、株式時価総額は606億円となった。

 投資家の評価の高さの一因は、バイオベンチャーとしては珍しく黒字で上場したことだろう。2019年12月期は売上収益が6億4400万円で当期利益が1億4000万円。今期も売上収益11億円以上で当期利益2億5000万円以上を予想している。

(写真:PIXTA)
(写真:PIXTA)

 黒字経営を実現できているのは、自社で研究開発費を投じて創薬を進める「自社モデル」と、パートナーから契約一時金や開発の進捗に応じてマイルストーン(一時金)を受け取りながら、研究開発を進める「協業モデル」とのハイブリッド型のビジネスモデルを打ち出しているからだ。

 現在開示しているパイプライン(新薬候補)は、協業モデルが5つに対して自社モデルが2つ。このバランスを適正にコントロールし、黒字を実現している。また、遺伝性疾患に対する遺伝子治療であるため、動物実験である程度の効果が確認できれば成功確率が高いと考えられて、企業が早い段階で契約に応じてくれるという点も、他のバイオベンチャーのシーズとは異なる点だ。

 同社の技術は、目的の場所で正確・確実に遺伝子を切断する「クリスパー・キャス9」を応用したものだ。クリスパー・キャス9を使うと遺伝子を完全に切断してしまうが、同社独自の創薬プラットフォーム技術である「クリスパーGNDM」は遺伝子を切断せず、目的の遺伝子がたんぱく質をつくるのを制御する技術だ。

 遺伝子をつくる指令を出す分子、またはつくらない指令を出す分子をクリスパーの仕組みと組み合わせて、目的のたんぱく質をつくり出す遺伝子のスイッチを正確・確実にオン・オフする。これにより、約7000種類あるともいわれる遺伝性の希少疾患の治療を狙っている。代表取締役CEOの森田晴彦氏に起業の経緯や戦略などを聞いた。

希少疾患の治療が起業のきっかけ

2016年1月に会社を設立して4年7カ月でのIPOとなりました。起業に至る経緯を教えてください。

代表取締役CEOの森田晴彦氏。1969年8月生まれ、94年東京大学工学系大学院を修了してキリンビールに入社。2006年から代表取締役CEOを務めていたバイオベンチャーを2014年6月に退いた後、半年間の海外放浪を経て2016年にエディジーン(現モダリス)を起業
代表取締役CEOの森田晴彦氏。1969年8月生まれ、94年東京大学工学系大学院を修了してキリンビールに入社。2006年から代表取締役CEOを務めていたバイオベンチャーを2014年6月に退いた後、半年間の海外放浪を経て2016年にエディジーン(現モダリス)を起業

森田氏:希少疾患の治療を何とかできないかと思って技術を探していたのです。2015年秋に、構造生物学の立場からゲノム編集の研究をされていた東京大学の濡木教授のことを知って、面談を申し込みました。話を聞くと面白そうなので「ベンチャーをやりませんか」と提案したところ、濡木教授もちょうど研究費の申請書に「研究の出口としてベンチャーをつくる」と書いていたので渡りに船という感じで乗ってきました。

 実はそのとき、国の起業支援制度を使ってベンチャーをつくる話を、あるベンチャーキャピタルが持ち込んでいたのですが、2年間フィージビリティースタディー(実現可能性調査)をやってから立ち上げるようなプログラムでした。米国でゲノム編集技術の事業化を目指したベンチャーが幾つも立ち上がっているときに、そんなばかなことをやっていていいのですか、すぐに立ち上げないとだめでしょうということになりました。あの制度は競争の激しいフィールドには向かないと思います。

そのとき、濡木教授の技術はどのぐらいまで確立していたのでしょうか。

森田氏:それが実は、当時、濡木教授のところにあった技術が実用化に大きく貢献しているわけではないのです。構造⽣物学という学問がそもそも特許にするのが難しいことがあります。また、濡木教授はクリスパー・キャス9の発明者の1人である米ブロード研究所の研究者と共同研究していて、その発明には大きく貢献していますが、濡木教授の発明も全部連名になってブロード研から出願されていたのです。このままでは東京大には何もないということで濡木教授と話をして、それからあとに東京大から特許を出願して、そのライセンスをモダリスで受けました。

 日本の大学は知的財産が弱いところが問題です。東京大の教授も、ハーバード大の教授も同じレベルにあるのですが、知財の出し方が違うわけです。

モダリスは、2020年4月に米エディタス・メディシン社からクリスパーの基本特許の医薬品向けのライセンスを受けていますが、それが重要だったと言うことですね。

森田氏:そうなんです。上場準備が最終的に整ったのも、このライセンス契約ができたからです。その前から会社は黒字化できたし、アステラス製薬やエーザイとのライセンス契約もあったので、もう少し早く上場できていてもおかしくなかったのですが、企業の価値などの観点もあって、この契約が最後のピースとなりました。

エディタスからライセンスを受けた特許は、クリスパーの基本特許を使ってゲノム編集を行うためのものではなく、遺伝子のオン・オフを行うことに対して技術を使うということなのですね。

森田氏:そうです。「エピジェネティックモジュレーション」というのですが、それをエディタスはやる気がなかった。だからライセンスを受けることができたのです。

 最初は濡木教授はブロード研の特許を使えると思っていたのです。共同研究していましたから。だけど、既にエディタスが設立されて、ブロード研の基本特許はエディタスが持っていってしまっていた。だから我々は「ゲノム編集はやらない」と決めて、誰もやっていないエピジェネティックモジュレーションをやることにしたのです。「やらないことを決める」というのは経営では重要なことだと思います。

ゲノム編集ではなかったから、エディタスがライセンスしてくれたということですか。

森田氏:そうです。しかも技術をかなり仕上げて、「見てよ。こんなによく効いてるでしょう。もう君たち追いつけないでしょう」というところまで持って行って交渉したので、ライセンスしてくれたのです。

クリスパーを使ってエピジェネティックモジュレーションを行うというアイデアが斬新だったということですか。

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