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東京・吉祥寺 街々書林 旅心を刺激する魅惑の本屋さん

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2023年6月、「旅先への興味と敬意」をコンセプトにした、「旅する本屋 街々書林」が、東京・吉祥寺にオープンした。当連載で取り上げる書店は、なるべく開業から1年以上たった所と決めていたのだが、今回はその条件を外した。なぜなら、店に並ぶ本があまりに興味深かったからだ。観光ガイドのみならず、紀行、エッセー、歴史、民族、地誌、言語など、「旅」を起点としたさまざまな本がそろう。店主の小柳淳さんにお話を伺った。

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旅先への興味と敬意を

昨年初めてこの店をのぞいた時、『地霊を訪ねる もうひとつの日本近代史』(猪木武徳著/筑摩書房)『藩と県 日本各地の意外なつながり』(赤岩州五・北吉洋一著/草思社文庫)を棚に見つけ、どちらも大変面白く読みました。先日も取材の申し込みに伺った際、大書『万物の黎明 人類史を根本からくつがえす』(デヴィッド・グレーバー、デヴィッド・ウェングロウ著/酒井隆史訳/光文社)を衝動的に買ってしまい、今はまっています。どうもここにある本は、私の好奇心のツボを押すようです。小柳さんはそもそも、なぜ書店を始めようと思ったのですか?

 私は会社員として仕事をしながら、休日・休暇に海外と国内の旅を重ねてきました。海外渡航は123回、国内で未踏なのは1県のみで、旅行作家として本も書いてきました。

 東京・青山に旅の本専門の「BOOK246」という書店があって、よく通っていました。しかし、10年前に閉店してしまい、ずっと残念に思っていました。「それならば旅の本屋を自分で作ればいい」と思ったのが、ひとつのきっかけです。

奥行きのある店内。左奥はギャラリー
奥行きのある店内。左奥はギャラリー
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本はどのくらいありますか?

 今は1500冊ぐらいで、いずれ1800冊ぐらいにはなりそうです。ここにある本は私がすべて選んで仕入れたもの。全部読んでいるわけではありませんが、大半はお客さまに内容を紹介できます。もっともこの冊数ぐらいが限界で、これ以上増やすと選書のクオリティーが下がってしまいます。私は書店経営の経験がなく、例えば文芸などはとても選書できませんが、好きな旅の本ならやれると思いました。

旅行ガイドや旅行記、紀行、エッセーなどと共に、たくさんの歴史の本や人文書がありますね。

 当店のコンセプトを格好良く言えば、「旅先への興味と敬意」です。なぜここにこの塔があるのか? なぜこのキリスト像はこんな格好をしているのか? 旅に出る前に、ネットのグルメ情報を収集するばかりでなく、旅する土地に関連する本を少しでも読んでおけば、旅先への興味・関心がぐっと広がるでしょう。

 また、本を読むことはその場所への敬意をもつことにもつながります。若い頃、台湾の東海岸に行った時、中国語のあいさつの言葉をメモしておいて、口にしてみたのですが、まったく通じませんでした。後で気づいたのですが、相手は先住民の方だったようです。台湾では台湾華語(中国語)や台湾語以外にも、マレー・ポリネシア系言語などが使われています。もしかすると、その人は台湾華語を解さなかったのかもしれず、私のしたことは無礼だったかもしれません。こうしたことを避けるためにも、事前にその土地のことを知っておくのは大切だと思うようになりました。

書棚を案内していただけますか。

 観光ガイドについては、詳細な解説が付いていて、きっちり読み込めるものを選んでいます。例えばお寺なら屋根の形式や庭についての説明が詳しく書かれている。あるいは徒歩ルートの紹介や高低差が記されているなど、丁寧に作り込まれているものを置いています。シリーズ名でいえば、『ニッポンを解剖する!○○図鑑』『歩いて楽しむ○○』(いずれもJTBパブリッシング)、ガイドではありませんが、『○○を知るための○章』(明石書店)など。

京都本コーナー
京都本コーナー
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 棚の並びは、「聖地巡礼・出雲・神話」「金沢・信州・温泉・山」「食」「カレー・インド」「トルコ・東欧・北欧」「鉄道」「海・島・船」「飛行機」「南太平洋・ハワイ」「言語」「沖縄・東北・オホーツク」「東南アジア・インド」のように、地域とテーマ別の本をなんとなく連関させています。

 私が小さく胸を張りたいのが、「境界線」をテーマとした棚です。国境、ベルリン、イスラエル、移民、壁、戦争とつながっていきます。

 所々に、『星の王子さま』(サン=テグジュペリ著、リンクは新潮文庫版)の関連書、『ムーミン全集』(トーベ・ヤンソン著、リンクは講談社版)『百億の昼と千億の夜 完全版』(萩尾望都著 光瀬龍原作/河出書房新社)『枕草子』(清少納言著、リンクは光文社古典新訳文庫版)など、なんでこの本が? というものも置いています。旅と結びつけて理屈を述べることはできますが、要は私が好きだから置いています。購入いただいた『万物の黎明』も高額な本なので、仕入れる時はドキドキしましたが、違和感なく棚に納まっていると思います。

国境や戦争についての本が並ぶ
国境や戦争についての本が並ぶ
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言葉についての棚。NHKの語学テキストもそろう
言葉についての棚。NHKの語学テキストもそろう
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開店して9カ月ですが、売れ筋は見えてきましたか?

 こちらの平台にあるのが売れ筋です。『奇妙な国境や境界の世界地図』(ゾラン・ニコリッチ著/松田和也訳/創元社)と自著の『旅のことばを読む』(小柳淳著/書肆梓)が特によく売れます。『旅のことばを読む』は、旅と本にまつわるエッセーで、紹介している本は品切れ本以外店に置いています。この平台には『「男はつらいよ」を旅する』(川本三郎著/新潮選書)『スペイン旅行記』(カレル・チャペック著/飯島周編訳/ちくま文庫)があります。

売れ筋本のコーナー。「私は丹後が大好きで、この写真集『丹後 古代史の遠いこだま』(池澤夏樹著/畠山直哉写真/河出書房新社)は傑作です。前半のエッセーと後半の写真では異なる紙が使われています」
売れ筋本のコーナー。「私は丹後が大好きで、この写真集『丹後 古代史の遠いこだま』(池澤夏樹著/畠山直哉写真/河出書房新社)は傑作です。前半のエッセーと後半の写真では異なる紙が使われています」
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 歴史の本では、NHKの大河ドラマ『光る君へ』の効果か、『謎の平安前期 桓武天皇から『源氏物語』誕生までの200年』(榎村寛之著/中公新書)がよく売れています。著者によれば、平安前期は源氏物語に代表されるみやびな貴族文化のイメージと違って、奈良時代からつながるたけだけしさが残っていたそうです。『日本史のなかの中世日光山 忘れられた全盛時代』(永井晋著/文学通信)も、東照宮の日光ではなく、徳川以前の日光を取り上げた本です。

 『グッド・フライト、グッド・ナイト パイロットが誘う最高の空旅』(マーク・ヴァンホーナッカー著/岡本由香子訳/早川書房)は、英誌『エコノミスト』のベストブックに選ばれたエッセー。現役のパイロットが、操縦席から見える景色や飛行機操縦の詳細について見事な文章でつづっています。

『グッド・フライト、グッド・ナイト パイロットが誘う最高の空旅』(マーク・ヴァンホーナッカー著/岡本由香子訳/早川書房)
『グッド・フライト、グッド・ナイト パイロットが誘う最高の空旅』(マーク・ヴァンホーナッカー著/岡本由香子訳/早川書房)
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地域別では、アイルランドやスコットランド、ケルトについての本がよく売れるそう。「理由はよく分かりません」とのこと
地域別では、アイルランドやスコットランド、ケルトについての本がよく売れるそう。「理由はよく分かりません」とのこと
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同じ場所に何度も旅をする

小柳さんはこれまで、主にどの辺りを旅行されてきましたか?

 海外はヨーロッパとアジアが多いです。とくに香港は繰り返し訪れています。国内は46都道府県に行きました。よく出かけているのは奈良と北海道の網走。同じ場所に何度も通い、連泊するのが好きです。肩肘張らず、地元の人のような気分で旅ができますので。

お薦めのスポットはありますか?

 関西の寺社では、奈良・吉野の蔵王権現。あと京都府最南端の、9体の阿弥陀如来像と吉祥天女像のある浄瑠璃寺が好きです。変わったところでは奈良の春日大社の南にある「史跡・頭塔」が面白い。長い間、土がかぶっていてよく分からなかったのですが、近年周囲が更地になったこともあって全貌が見えるようになりました。奈良のピラミッドともいわれています。

 網走に行くなら北方民族博物館をお薦めします。国境を越えて、オホーツクの文化圏が広がっていることが分かります。モヨロ貝塚や能取岬も素晴らしい所でした。

「頭塔」は『奈良の寺』(奈良文化財研究所編/岩波新書)にも紹介されている
「頭塔」は『奈良の寺』(奈良文化財研究所編/岩波新書)にも紹介されている
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東北・アイヌ・北海道関連の棚。モヨロ貝塚で見つかった「牙製婦人像」(北方のビーナス)のレプリカも飾っている
東北・アイヌ・北海道関連の棚。モヨロ貝塚で見つかった「牙製婦人像」(北方のビーナス)のレプリカも飾っている
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こちらは香港のコーナーですね。名著『香港 旅の雑学ノート』(山口文憲著/河出書房新社)があります。

 『香港 旅の雑学ノート』は文庫化された後、2021年に単行本が復刊されました。ブックデザインは1979年の初刷りと同じです。民主化運動の制圧以降、香港は違う街になってしまったと思われるかもしれません。しかし、外から見る分には、埋め立て地が拡張され、物価が上がった程度で、街のにぎわいは変わりません。もちろん香港の人たちの心の内は別で、悲しんでいる方が多いでしょうが。

 『空と緑のおもてなし 香港 癒やしの半日旅』(池上千恵著/誠文堂新光社)には、香港島と九龍半島以外の穴場スポットがたくさん紹介されています。例えば、新界にある「柱状節理」や離島にある仏教寺院などは見所です。

香港本のコーナー。観光ガイドと共に、香港民主化運動のドキュメントなども置いてあり、香港からの旅行者の中には、感激して撮影をする人もいるとのこと
香港本のコーナー。観光ガイドと共に、香港民主化運動のドキュメントなども置いてあり、香港からの旅行者の中には、感激して撮影をする人もいるとのこと
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おしゃべりが絶えない書店

お客さまが来店されると、「こんにちは」、「いらっしゃいませ」と話しかけておられますね。

 以前、あるお客さまから、「この店変わっているね。普通は話しかけないよ」と言われたことがあります。そのお客さまは怒っていたわけではなく、その後もいろいろ話をしました。「どこそこに行くんだけど、いい本ない」って聞かれるのはしょっちゅう。「今度旅に行きたいんだけど、どこがいい」と、観光の相談に乗ることもよくあります。そんなときお客さまは、本を購入されないことが多いですが、商店であればそれはよくあることだと思います。それから、「その目的地ですとこちらの本もいいですよ」などのお薦めをします。そうすると、ご購入する本を変えたり、もう1冊プラスしてお求めになったりすることもあります。

 書店業界のあるリーフレットのコラムで、真面目な書店員の方が「僕たちは本を並べているだけで、本当に“営業”ということをしているんだろうか」と書いていましたが、私は日々たくさんの“営業”をしています。

これからやっていきたいことはありますか?

 小さなことでいうと、各種旅行ガイドをバランスよく増やしていきたいです。『ことりっぷ』(昭文社)、『ココミル』(JTBパブリッシング)はどこの書店にもおいていますが、網羅性を意識しながらそろえていきたい。それから地方の出版社の本をもっと置きたい。例えば地方の新聞社が刊行している地場の本を増やしたいです。地方の出版社さんから新刊や重版のお知らせをいただくこともあってとてもうれしいです。

 大きなことでは、ギャラリーをもっと活性化させたいです。今は外部からの企画が大半なので、自主企画を増やしたいと思います。1周年を記念し、6月5日~16日に「旅を感じる」をテーマにした公募展を開催します。

 本の売り上げは少しずつ伸びていますが、まだ赤字です。開業4年目に黒字目標を立てています。定年後の起業ですので、ガツガツもうけるつもりはありませんが、もう少しなんとかしたいと思っています。

お店に来たついでに、立ち寄るといいお薦めのスポットはありますか?

 この近くにはおいしい食べ物屋さんがいろいろあります。個人的にお薦めするのは、スペイン料理「ドスガドス」、ビストランテ「SHAFT」、イタリアン「TORETATE petit」、ネパール料理「Surya Sajilo(スーリヤサジロ)」です。

このかいわいに来るだけで世界旅行ができそうですね。

取材・文/桜井保幸 写真/木村輝

参考サイト旅する本屋 街々書林

【フォトギャラリー】

街々書林は吉祥寺の「中道通り」にある。「中心部ほど混雑してなくて、この店をやるにはちょうどいいと思いました」
街々書林は吉祥寺の「中道通り」にある。「中心部ほど混雑してなくて、この店をやるにはちょうどいいと思いました」
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「開店時間が12:34なのはただ語呂がいいからです」
「開店時間が12:34なのはただ語呂がいいからです」
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海・船・島に関する本のコーナー
海・船・島に関する本のコーナー
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旅行雑誌のバックナンバーとトラベラーズノート各種も販売している
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小柳さんは会社員時代、「白いロマンスカー」のプロジェクトに携わった。この列車をデザインした建築家の岡部憲明(岡部憲明アーキテクチャーネットワーク)さんに、店の内装デザインを依頼。「壁と天井の境目が緩やかになっていて、間接照明と空調にこだわっています」
小柳さんは会社員時代、「白いロマンスカー」のプロジェクトに携わった。この列車をデザインした建築家の岡部憲明(岡部憲明アーキテクチャーネットワーク)さんに、店の内装デザインを依頼。「壁と天井の境目が緩やかになっていて、間接照明と空調にこだわっています」
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香港の路面電車(トラム)を取材した時に譲り受けた行き先案内のシート
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奈良の印刷会社から仕入れている活版印刷のポストカード。絵柄は正倉院の宝物
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『全国もなかぼん』(オガワカオリ著/書肆侃侃房)。日本各地の珍しい「もなか」が実寸サイズで紹介されている
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小柳さんが旅先でトラベラーズノートに記したメモやイラスト。「トラベラーズノートはA4の3分の1サイズで、使い勝手がいいです」
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『アイヌの時空を旅する 奪われぬ魂』(小坂洋右著/藤原書店)。アイヌの血を引くジャーナリストが、昔のアイヌがたどったルートをカヤックやスキーなどを使って旅したルポルタージュ
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『アジア・中東の装飾と文様』(海野弘著/パイ インターナショナル)。インド、ペルシャ、トルコなど、ユーラシアの装飾デザインの世界を目の覚めるようなカラー写真で紹介している
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