职业: 音乐人
清水 信之(しみず のぶゆき、1959年12月14日 - )は、日本のキーボーディスト、作曲家、編曲家である。元妻は歌手の平松愛理。
キーボーディスト、ギタリストとして知られ、ベースやドラムスなども演奏できるマルチプレイヤーとしても有名である。
幼少時よりピアノを習う。なお小学生の時、同じクラスで同様にピアノを習っていた人物がギタリストの鳥山雄司であった。
東京都立松原高等学校で後輩のEPO、佐橋佳幸らとバンド活動を行う傍ら、ミュージシャンの松岡直也に師事。清水がラテン系のアレンジに強い理由はこの頃の経験によるものだといわれている。
高校卒業後、スタジオミュージシャンとして活動を始め、1980年にアルバム『コーナートップ』でソロデビュー。
高校の後輩であるEPOのデビューアルバムにアレンジャーとして参加。デビュー曲『DOWN TOWN』(シュガー・ベイブのカバー)は林哲司と共同でアレンジだったが、アルバムの約半分のアレンジも手掛ける。
1981年松岡直也初のクロスオーバーロックバンド「MASH」に参加、その流れでほぼMASHのレコーディングメンバーによる2枚目のソロアルバム「ANYTHING GOES」を1982年ワーナーパイオニアからリリース。2010年8月ついに28年ぶりの待望のCD復刻盤がリリースされた。
1983年、EPOのシングル『う、ふ、ふ、ふ』が資生堂春のキャンペーンソングとなり大ヒット。清水のサウンドプロダクションもいわゆる『土曜の夜』サウンドとして高い評価を得る。EPOとのタッグは彼女のVIRGIN UK移籍によって一旦絶たれるも、90年代に入ってから再び共演している。
1984年より大村憲司の後を受けて大江千里のアレンジを担当。同年11月発売のシングル『十人十色』(大江と清水の出会いでもある)が味覚糖(現・UHA味覚糖)「デートキッス」CM曲としてスマッシュヒット。翌1985年のアルバム『未成年』より、長きに渡ってのパートナーとなる。なお、後のコンサートである1989年~1990年の「redmonkey yellowfish」ツアー、1995年の「納涼千里天国」でキーボード、ベーシストとして参加したこともある。これ以降、音楽プロデューサー・アレンジャー活動を行い、最近は2007年に牧野由依「スケッチブックを持ったまま」、2011年には中島愛「神様のいたずら」(いずれも大江の作詞・作曲)で編曲も担当した。
1994年に歌手の平松愛理と結婚し一児をもうけたが2005年8月に離婚。
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