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劇場版カードキャプターさくら 封印されたカード

ep.1

时长: / 首播:

吐槽箱1

#1 - 2025-2-8 00:25
国见佐彩(想让世界热闹起来)




ChatGPT翻译:

特别对谈
浅香守生(监督)✕阿部恒(总作画监督)

浅香:「能让小樱对小狼说出‘最喜欢!’的情境得以实现,真是太好了。」
阿部:「公园的战斗场景,即便现在来看,依然觉得描绘得很不错。」

—— 从一开始就有计划在剧场版中描绘TV系列的最终结局吗?
浅香:其实并没有一开始就策划第二部剧场版,原本就计划在TV动画第70集完结《小樱》的故事。最后出现的那张没有名字的卡片,也并不是为了剧场版埋下的伏笔,而是单纯用画面的印象来表达小樱的情感。

—— 这次由阿部先生接替此前一直负责《小樱》角色设计的高桥久美子女士,担任本作的角色设计和作画导演。您是如何参与到这部作品中的呢?
阿部:1999年秋天,制片人丸山正雄先生找到了我,对我说:“高桥女士因各种原因无法参与,希望你能接替她。”但当时TV系列和第一部剧场版的原班人马都还在,我突然加入真的可以吗?说实话,我一开始有些犹豫。然而,CLAMP老师们、讲谈社方面,还有浅香导演都已经同意了,我根本没有拒绝的余地,感觉就像是被层层包围了(笑)。其实,我之前也参与过高桥女士的一些作品,但一直画不好她的风格,多少有些自卑。所以,起初并不是很积极。但最终还是决定接受这份工作。至于我的画风是否合适,那就交给导演和观众来评判了。

—— 阿部先生曾参与过众多 CLAMP 的作品,应该对角色风格很熟悉吧?
阿部:不过,像《小樱》这样头身比例较低的角色,我并不太擅长。但毕竟这是一个有着悠久历史的系列,画风上不能相差太多。我经常被说“阿部的画风太浓了”(苦笑)。最初画的等身大立牌,丸山先生也不是很满意,不过浅香导演对我说:“不用太在意。” 这才让我稍微放下心来。
浅香:我还记得这件事(笑)。

—— 请谈谈“无”这张卡片的诞生经过。
浅香:因为所有的库洛牌都已经变成了小樱牌,无法再新增库洛牌,所以我记得当时是从“将卡片的效果归零”的逆向作用出发,才构思出了“无”这张卡片。
阿部:CLAMP 方面提供了角色的原案,并提出“她并不是真正意义上的敌人,而是最终会成为伙伴的角色” 这样一个概念。在这个基础上,我进行了一些个人风格的调整。在演出方面,我特别考虑了她低垂的视线,使其更具神秘感。此外,主角小樱也进行了 2000 年版本的新设定。

—— 剧情是如何确定下来的呢?
浅香:虽然片中有与新登场卡片的战斗,但最重要的是让小樱能够清楚地向小狼传达自己的心意。这才是制作这部作品的意义所在。此外,为了让本作成为《小樱》的集大成,我们也让所有主角团成员登场。关于故事的最终走向,我们反复思考了很多,比如该让谁失去记忆——小樱还是小狼?在最终回登场的那张卡片该处于什么样的立场?此外,最终决战中使用的五张卡片,实际上是“真正剩下的卡片”,并不是出于演出效果特意保留的。
阿部:最终战的构思是从“没有被‘黑暗’夺走的卡片”开始的吗?
浅香:一开始就划分好了哪些是“小樱拿着会有问题的卡片”,哪些是“即便持有也无妨的卡片”。

—— 本作还描绘了其他角色的情感,比如桃矢讨厌小狼的理由、知世对战斗服的心意等,不仅仅是小樱的故事。
浅香:为了真正意义上让本作成为集大成,可以说是“收回之前埋下的伏笔”,能补上的都尽量补上。比如 TV 版里没有描绘的“泡”这张卡的封印场面,就刚好以“知世拍摄的录像”这一形式展现出来,这种处理方式就像是解谜拼图一样。

—— 本作的目标是什么?
浅香:最根本的前提是“不要留下遗憾”。制作 TV 版时,我们是以最终回的完结为目标的,但还是难免会有一些没有完全收尾的部分。当时也有人说“或许还会有续篇”,但实际上,我们必须做到“绝对不会再有下一部”那样彻底的完结才行。
阿部:对于 MADHOUSE 和浅香导演来说,本作是对《小樱》的一个了结,而对我而言,则是对高桥老师画风的一个交代。但作为中途加入的成员,这对我来说是一次只能成功、不能失败的挑战,所以无论是在心态上,还是在成片上,我都必须做到尽善尽美。不过,当时我完全专注于让画面风格贴近原作,根本没空去思考作品在精神层面的意义。

—— 本作有 8 位作画监督,具体是如何分工的呢?
浅香:我们根据角色、构图、动作场面等各自擅长的领域来分配工作。
阿部:其实在分工时,连分镜都还没有完全准备好。尤其是浅香导演,分镜的完成速度相当慢……。
浅香:(苦笑)基本上已经到了拍摄阶段,才终于把最后的作画说明会开完。
阿部:我本人也直接负责了一部分作画监督的工作,比如片头的公园战斗场面,还有最后……小樱和小狼站在钟楼阶梯上的场景。记得当时有个小狼的仰视镜头,花了一整晚都没调整好,最后只能先放着,回头再改。

—— 听说为了这部作品,你们去了好几家游乐园?
阿部:我们去了丰岛园、荒川游园,还有台场的摩天轮。虽然设定上更接近荒川游园那种贴近本地生活的游乐园,但旋转木马的设计是参考丰岛园绘制的。在荒川游园的时候,浅香导演突然大喊“我不坐摩天轮!”
浅香:(苦笑)我恐高啊。
阿部:荒川游园的摩天轮一圈才 10 分钟左右,结果你一个大人居然表现得那么丢人。制作组和我硬是把你塞进去,结果转完一圈出来,你脸都青了(笑)。
浅香:可是荒川游园的摩天轮门缝是开着的啊!相比之下,台场那边的还好一点。
阿部:对吧!不过台场那次,你一直散发着“不想坐”的气场,结果排队排到一半,突然打雷下大雨,摩天轮直接停运了(笑)。
浅香:正因为我恐高,所以才能准确表现出高处的感觉啊!
阿部:另外,镜子迷宫的结构和过山车的骨架其实都相当复杂。当时我们没有3D CG,全靠手绘。镜子迷宫里角色的倒影该怎么呈现,我们根本没有参考资料,于是干脆买了 20 多面手持小镜子,把模型摆在中间做实验。但问题是,我们只能俯视观察,没办法完全掌握倒影的情况(苦笑)。如果当时有 CCD 摄像机就完美了。
浅香:其实在分镜里,我有画出镜子迷宫的结构图。当时设定的是,从入口处透过镜子的反射能看到“无”之卡,结果最后画面里真的呈现出了那种效果,连我自己都被感动到了,心想:“我也太厉害了吧!”(笑)

—— 制作过程中,最困难的部分是什么?
阿部:时间极度不够。TV 动画的制作一直持续到 2000 年 2 月底才结束,所以这部剧场版的制作实际上是在 3 个月内完成的。
浅香:剧本一出来,我们立刻把分镜任务分配给几个人负责。
阿部:包括我在内,一共有 7 个人参与分镜。几乎把 MADHOUSE 的演出团队全员调动了,总共有大约 1200 个镜头,大家分工处理。川尻善昭和兼森义则各负责了 150 个镜头,甚至连粗原画都画了 100 个左右。不过,浅香导演你的工作量还是最多的,你当时还说“至少导演的面子保住了”吧?
浅香:真的吗?(苦笑)
阿部:以前做别的作品时,虽然也遇到过工期紧张的情况,但只要我心里觉得“这应该没问题”,那通常就真能赶上进度。但这次完全没有那种直觉,反而第一次有了“可能真的来不及了”的危机感。我连续 6 天都睡在公司,只有周日回家休息一下,有时甚至直接住进丸山先生的公寓里。

—— 现场制作过程中,有什么印象深刻的事吗?
阿部:在所有素材合成后的“全片检查”结束后,丸山先生突然说:“钟楼内部太暗了,全部重画一遍!” 但涉及的镜头有几十个,我直接回他说:“不可能啊!”
浅香:应该在 DVD 版里调整过了。剧场版在大银幕上观看时不会有问题,但一旦转成家用影像,亮度可能会压得太低,导致细节消失。制作过程中太沉浸于自己的画面,往往会忽略观众观看时的实际体验。
阿部:正因为你说的有道理,我才不甘心啊(笑)。但至少在当时,我们还年轻,能把所有体力和精力都投入到一部作品里,并且最终完成它,确实有种成就感。现在的话……恐怕做不到了(笑)。

—— 您还记得这部作品上映后的反响吗?
阿部:记得上映大概一个月后,剧组请来了导演和声优们,在有乐町的 Marion 举办了舞台问候。我当时也和副导演一起去看了,还为现场观众绘制了一张赠品卡。看到有父母带着孩子来观影,并且看得很开心,我心里觉得特别温暖……虽然幕后制作的是我们这样的一群人(笑)。
浅香:听说当时 NHK 收到了相当多的粉丝来信,听到这样的消息还是很开心的。
阿部:NHK 还想采访浅香导演,但你当时坚持说:“采访可以,但绝对不要上镜!” 我印象特别深刻。
浅香:哈哈,是啊。就像刚才说的,孩子们如果知道是我们这些大叔在做这部作品,可能会破坏他们的梦吧(笑)。当然,我本来也不太喜欢上镜就是了(笑)。

—— 让您印象最深刻的场景是?
浅香:果然还是最后的那一幕吧。能让小樱在那个场景下说出“我喜欢你!” 真的很重要。她一直是个犹豫不决的孩子(笑)。作为主角,她的性格加上剧情走向,使她总是处于被动状态。而且我个人很喜欢那种两人站在断裂阶梯两端的构图。至于这个场景适不适合作告白……那是另外一回事了(笑)。
阿部:我印象最深的还是那个定格画面。当时我原本想在最后加一个小樱的特写,但浅香导演却坚持说:“不,这样就很好。” 他完全不肯让步,我只好放弃了(笑)。除此之外,我还特别喜欢开头标题后的公园战斗戏。我自己都觉得那场戏画得不错。其实,我至今还保留着那张小樱背对着月亮的赛璐璐画。本来这些东西都应该归还的,不过……毕竟是当年的赛璐璐,现在估计都变脆了吧(笑)。

—— 接下来,请谈谈对整个系列的回忆吧。
阿部:TV 动画的企划大约是在 1997 年敲定的。当时我在 MADHOUSE 负责川尻导演的剧场版作品,听说公司要制作一部叫《魔卡少女樱》的儿童向动画,播出平台是 NHK,导演是浅香。我当时想:“这部作品和我肯定没什么关系。”
浅香:结果你还是深度参与了(笑)。其实我一开始也没想到《魔卡少女樱》会发展得这么大。当初是因为没人愿意接手,才有人对我说:“浅香君,要不你试试看?” 但这是我第一次执导 TV 动画,我回答:“我完全不懂,也很不安……” 结果他们跟我说,MADHOUSE 有位前辈——平田敏夫先生,他会负责监修,所以没问题的。可实际情况完全不是那么回事(笑)。
阿部:这次剧场版是我和浅香导演第一次合作的长篇作品,而这部电影之后,我们的搭档关系也延续了一段时间。当时甚至还有人戏称我是“美少女动画师”呢(笑)。

—— 最后,想请问浅香导演,对您来说,《魔卡少女樱》意味着什么?
浅香:这是我第一次执导的 TV 动画系列,而且制作周期也特别长。我自己都觉得不可思议,像我这样容易厌倦的人,竟然能坚持两三年。可能是因为角色在脑海里会自己动起来,所以我才能一直保持动力。从这个角度来说,《魔卡少女樱》对我的演出技法提升帮助很大。而且当时 TV 动画一般每集的作画张数是 3000 张,而我们居然“无理取闹”地用了 10000 张,能够这样放手去做,说明这部作品的包容度也很大吧。但当时的制作团队规模非常庞大,而我一开始又不太会和人沟通,这让我很苦恼。
阿部:导演不说话,我们就摸不清方向(笑)。
浅香:但后来我竟然连舞台问候都能做了呢!我现在还记得动画开播前的一次商品发布会,主办方让我作为导演上台发言,要在 500 多家企业代表面前讲解作品的特色、魅力和市场前景……结果简直是一场灾难(笑)。当时台下有个熟人看着我,不停地点头给我鼓励,差点让我感动到落泪。
阿部:大家可能都是带着“要帮帮这家伙”的心情在看你吧(笑)。他就是有这种让人想要照顾他的特质,也可以说是一种人缘吧。
浅香:那就把这个总结成“我和作品一起成长的故事”怎么样?
阿部:当然,绝对是成长了!就请你这样完美收尾吧(笑)。

◀ 本作在剧场销售的官方手册
收录了 浅香守生 × 大川七濑 的对谈、主要声优采访、《魔卡少女樱》年表、设定资料集、分镜稿以及制作团队的访谈。此外,还包含了与本片同期上映的《包在小可身上》剧场版的相关页面。

PROFILE
浅香守生(あさか・もりお) ▶ 1967年3月11日出生于兵库县,隶属于 MADHOUSE。1989 年在《以柔克刚》中首次担任演出,之后执导 OVA《CLAMP仙境》(1994),并于 1998 年执导 TV 动画《魔卡少女樱》,同时负责 TV 版及两部剧场版的导演工作。代表作包括:《人鱼之伤》(1993)、《银河天使》(2001)、《人形电脑天使心》(2002)、《神枪少女》(2003)、《NANA》(2006)、青色文学系列《人间失格》(2009)等。
阿部恒(あべ・ひさし) ▶ 1963年6月14日出生于新潟县,隶属于童梦(Dome)。曾参与多部 CLAMP 相关作品,如剧场版《X》(1996 / 作画监督)、音乐影像作品《Wish》(1996 / 角色设计·作画监督)、《人形电脑天使心》(2002 / 角色设计·作画监督)等。他也担任了 TV 动画《魔卡少女樱》(1998)第 66 话的作画监督。此外,他还参与了浅香导演的作品,如《神枪少女》(2003 / 角色设计)、《小鸠。》(2009)等。

原文:
スペシャル対談
浅香守生(監督)✕阿部恒(総作画監督)
「さくらが小狼に『大好き!』と言える状況を作れたのは良かったですね」(浅香)
「公園のバトルシーンは今観てもよく描けていると思いました。」(阿部)

——TVシリーズの決着を劇場版で描くことは当初から想定していたのでしょうか?
浅香:劇場版2作目の企画は最初からあった訳ではなく、TV第70話で『さくら』の物語は終わらせる予定でした。ラストに登場した名前のないカードも劇場版への伏線ではなく、絵の印象だけでさくらの想いを表現したものでしたから。

——これまで『さくら』を描いてきた高橋久美子さんに代わり、本作のキャラクターデザインと作画監督を阿部さんがご担当しています。本作に関わられた経緯は?
阿部:1999年の秋頃にプロデューサーの丸山正雄さんに呼ばれまして、「高橋さんが諸事情で参加できないので代わりにやってくれないか。」と依頼されました。でもTVシリーズと劇場版1本を作ったスタッフがいる上で、僕なんかが立っても良いのかって戸惑いがあったんです。ところがCLAMPさん、講談社さん、そして浅香さんも了承済みで断れない状況でした。外堀を埋められた感じです(笑)。僕自身、高橋さんの作品を何本かお手伝いさせてもらっていましたが、高橋さんの絵を描きあぐねていてコンプレックスみたいなものがあったんです。なので、最初は乗り気ではありませんでしたが、最終的にはお受けすることにしました。僕の絵で良いかどうか判断するのは監督やお客さんですからね。

——阿部さんは数多くのCLAMP作品を手がけていたのでキャラクターに馴染みがあったのでは?
阿部:でも『さくら』のような頭身の低いキャラクターはあまり得意ではなかったんです。とは言え歴史のあるシリーズなのであまりに違いすぎる訳にはいかない。「阿部の絵は濃すぎる」とよく言われました(苦笑)。一番最初に描いた等身大ポップも丸山さんには不評でしたが、浅香さんが「気にしなくて良いよ」って言ってくれたので多少気が楽になりました。
浅香:覚えてます(笑)。

——「無」のカードの誕生経緯についてお聞かせ下さい。
浅香:すべてのクロウカードがさくらカードに変わっていたので、それ以上クロウカードを出すことは出来ない状況でした。なのでカードの効果をプラスマイナスゼロにする逆作用から発想したと記憶しています。
阿部:CLAMPさんからのキャラ原案もありましたし「本当に敵対するのではなく最終的には仲間になるようなキャラクターです」という提案もあり、そのコンセプトに則りつつ自分流にアレンジさせて頂きました。演出面では伏目がちでミステリアスな感じを考慮しています。また主人公のさくらも2000年バージョンとして設定を新作しています。

——ストーリーはいかにして決まったのでしょう?
浅香:新たに登場したカードとのバトルもありますが、さくらが小狼への想いをしっかり伝えることを第一に考えました。それがこの作品を作る意味になる訳ですから。また『さくら』の集大成的な作品にするため、レギュラーにも総出演してもらいましたし。ラストまでの展開は一考二考した覚えがあります。記憶を失うのはさくらと小狼のどっちなのか?最終回に出したカードをどんな立ち位置にするのか?とか。あと最終決戦で使った5枚のカードは「本当に残ったカード」です。演出的な意図で残した訳ではないんですよ。
阿部:ラストバトルは「闇」に奪われなかったカードから考えてましたよね?
浅香:最初に「さくらが持っていると困るカード」と「持っていても構わないカード」の区分けはしてましたけどね。

——本作では桃矢が小狼を嫌う理由とか、知世がバトルコスチュームに込めた想いとか、さくら以外のキャラクターの想いも描かれてましたね。
浅香:本当の意味での集大成にするため、「撒いた種を刈り取る」と言いますか、拾えるところは拾いたいと思いました。TVでは描かなかったカード(「泡」のカード)の封印シーンが、知世が撮った映像にたまたま残っていたのもそんな意図です。ちょっとしたパズル感覚みたいなもんですね。

——本作で目指したことは何でしょう?
浅香:大前提にあったのは「やり残さないこと」ですね。TVシリーズを作っていた時は最終回での完結を目指してましたが、どうしても食いこぼした部分がいくつか残ってしまうんですよ。当時は「続編があるかも知れません」的なことは言われてましたが、本当は「もう次なんか絶対に無い」くらい完璧に食い尽くさなきゃならない訳ですから。
阿部:マッドハウス、浅香さんは『さくら』に、そして僕は高橋さんの画にケリをつけなければならなかった。でも途中参加の自分にとっては一発勝負だったので、気持ちの面とフィルム面の両方で完成させなければいけない立場でした。でも当時は絵を似せることに終始して、作品に関して精神的なことを考える余裕はなかったですね。

——本作では作画監督が8人もいらっしゃいましたが、パート分けはどのように行われたのでしょう?
浅香:キャラクターとか、レイアウトとか、アクションの量とか、各自の得意なシチュエーションで分配しました。
阿部:実は各自で自己申告するほどコンテが揃ってなかったんです。特に浅香さんはコンテが遅いので・・・。
浅香:撮影のスケジュールまでいってる時に、最後の作打ちが終わったようなタイミングでした(苦笑)。
阿部:僕自身で直接作監したパートもあります。冒頭の公園バトルとラスト・・・・・・さくらと小狼が時計塔の階段にいるシーンですね。小狼の煽りのカットが一晩かけても決まらなくて、後回しにした憶えがあります。

——この作品では遊園地ロクに行かれたとお聞きしましたが?
阿部:としまえん、荒川遊園、そしてお台場の観覧車に行ってます。設定では荒川遊園のような地元密着型の遊園地ですが、回転木馬はとしまえんを参考に描いています。荒川遊園では浅香さんが「観覧車に乗らない!」って騒ぎ出したんですよ。
浅香:高所恐怖症なんですよ(苦笑)。
阿部:荒川遊園の観覧車なんて1周10分くらいのスケールなのに、いい年した大人がみっともない。制作と僕とでムリヤリ押し込んだんですが、一周した後で青い顔して出てきてました(笑)。
浅香:だって荒川遊園の観覧車はドアに隙間が開いてるんですよ。お台場の方がまだ平気でしたね。
阿部:ウンだね!お台場では「乗りたくないオーラ」を出すものだから、並んでる途中で雷雨で運休になったんですよ。
浅香:高所恐怖症だからこそ高さを表現できるんですよ!
阿部:あとミラーハウスの構造やジェットコースターの骨組みってけっこう複雑なんです。当時は3DCGなんてなかったですし、作画でしたから。ミラーハウスはキャラクターがどう映るかが分からなくて、ハンドミラーを20枚くらい買ってきて中央にフィギュアを立てたんです。ところが俯瞰でしか見られないから全部は分からなかった(苦笑)。あの時CCDカメラがあったら完璧だったのに。
浅香:実はコンテでミラーハウスの見取図は描いたんです。鏡の反射によって入口から「無」のカードが見えるって描いたら、その通りに映っていたのは自分でも感動しましたね。「俺ってすげーな」って(笑)。

——特に苦労された点はどこでしょう?
阿部:絶望的に時間がなかったことです。TVシリーズの作業が終わったのが2000年の2月末くらいでしたからね。フィルム自体は3ヶ月くらいで仕上げたことになる。
浅香:シナリオが上がるとすぐコンテを何人かで分担したんです。
阿部:僕を含めてコンテが7人。マッドハウスの演出を総動員し1200くらいあるカットを皆で分けました。川尻善昭さんや兼森義則さんが150カットずつ、ラフ原も100カットくらいやってもらってます。でもコンテ量は浅香さんが一番多くて「監督の面子は保てた」って言ってましたよね。
浅香:そうだっけ?(苦笑)
阿部:これ以前の作品でも現場が逼迫した状況はありましたが、「これは大丈夫だ」って直感が働くと大抵は大丈夫だったんです。でも、この時はその直感がまったく働かなくて、「間に合わないかも知れない」って危機感を初めて覚えました。会社に6日間泊まりこんで日曜だけ家に帰ったり、丸山さんのマンションに転がり込んだりしてました。

——他に現場で印象的だったことはありますか?
阿部:オールラッシュの後に丸山さんから「時計塔の中が暗いので、全部塗りなおして!」って言われたのがキツかった。数十カットあったので「無理です!」って言いました。
浅香:たしかDVDで直っているハズです。劇場のスクリーンではちゃんと見えるんですけど、ソフトに落とした時に潰れる危険性がある。制作側にどっぷり漬かってしまうと、そんな視聴者目線が見えなくなることがありますよね。
阿部:的を射ているから悔しいんだよね(笑)。でもギリギリ若かったころ、1つの作品にすべての体力を尽くした達成感はありましたね。今はもう無理だと思います(笑)。

——本作の反応を覚えてらっしゃいますか?
阿部:たしか公開1ヶ月後くらいに監督や声優さんを呼んで舞台挨拶をやったんです。場所は有楽町のマリオンだったと思います。僕も助監督と一緒に見に行って、配布用カードを1枚描かせて頂きました。その時に喜んで観てくれてた親子連れを見て、ほのぼのとした気持ちになったんですよ。作ってるのはこんなヤツらなのに。
浅香:放送当時NHKに相当なファンレターが届いたらしく、そういう話を聞くとやっぱり嬉しいですね。
阿部:当時、NHKから浅香さんに取材依頼があったんですが、「インタビューは良いけどカメラは絶対に嫌だ!」って駄々こねてたのを覚えてます。
浅香:そうそう(笑)。さっきの話じゃないけど、こんなオッサンが作ってると知ったら子供の夢が壊れるからね。カメラ前が苦手って理由もありますけど(笑)。

——特に印象的なシーンはどこでしょう?
浅香:やはり一番最後のシーンですね。さくらが「大好き!」って言える状況が作れたのは大きいですよ。本当に煮え切らない子でしたから(笑)。主人公の性と言いますか、物語の展開上は受身になってしまうんですよ。途切れた階段の両側に2人が立つレイアウトもすごく好きです。告白するシチュエーションに相応しいかどうかは別にして(笑)。
阿部:あのストップモーションのシーン。僕自身はラストにさくらのアップを入れたかったんだけど、浅香さんに「いや、これはこれで良いんだ」って言われたんですよ。頑として譲らないので諦めました(笑)。他にはタイトル明けの公園バトルが気に入ってます。自分でもちゃんと描けてるって思いました。実は月をバックにしたさくらのセルをまだ持ってるんです。本当は全部お返ししなきゃいけないんですけどね。当時のセルだからパキパキになってると思います。

——続いてはシリーズ全体の想い出をお聞かせ下さい。
阿部:TVの企画が決まったのが1997年頃。僕はマッドハウスで川尻監督の劇場作品をやらせて頂いていたころで「今度『カードキャプターさくら』っていう子供向けアニメをやるらしい。放送局はNHKで監督は浅香さんで」とは聞いてました。そのときは「僕が関わることは絶対にないな」って思ってました。
浅香:ところがしっかり関わることになった(笑)。自分は『さくら』がこんなに大きくなるとは思いませんでしたね。最初は「誰もやる人いないから、浅香君やってみない?」って言われて、TVアニメの監督は初めてだったので「全然わからないし不安なんですけど」って答えたんです。そしたらマッドハウスに平田敏夫さんという大先輩がいて、その方に監修してもらうから大丈夫って言われ.......ところが全然そんなことはなかった(笑)。
阿部:今回の劇場版は浅香さんと初めて組んだ長編作品で、この作品以降は浅香さんとのコンビがしばらく続き、一時期は美少女アニメーターって呼ばれてましたね(笑)。

——最後に監督にお尋ねします。浅香さんにとって『カードキャプターさくら』とは何かをお聞かせ下さい。
浅香:初めてやったTVシリーズで、関わった期間もすごく長かったです。自分で言うのも何ですが、飽きっぽい性格の僕がよく2年も3年も続いたなぁって思います。頭の中でキャラクターが勝手に動いてくれたので、最後までモチベーションを維持できました。そういう意味では「さくら」では演出としてかなり勉強させてもらいましたね。しかもTVは1話3000枚と言われてた時代に、無茶して10000枚使わせてもらったり。懐深い作品だったのかも知れませんね。でも関わる人の数が尋常じゃない作品なのに、最初はまったく喋れずに困ったんですよ。
阿部:監督が何を考えているのか分からないので方向性が見え辛かった(笑)。
浅香:それが舞台挨拶までできるようになりましたからね。今でも覚えているのが番組放映前の商品説明会で、「監督として壇上で話をしてくれ」って言われたんですよ。色々な会社の人が500人くらい来ている中で、作品の説明、魅力、可能性等を話す訳ですよ。そりゃもう酷い有様でした。そのとき客席に知り合いの人がいて、僕の顔を見ながら頷いてくれてたんですよ。涙出そうになっちゃった。
阿部:周りは親心で見ていたんだと思います。彼は周囲に「何とかしてあげなきゃ」って気持ちにさせる人なんですよ。それも人徳って言うんでしょうかね。
浅香:では僕が作品と共に成長したって話で纏めて良いかな?
阿部:もちろん、ちゃんと成長しましたよ。そんな感じで上手く纏めて下さい(笑)。
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