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毒親増田に関するzeromoon0のブックマーク (31)

  • 毒親に詳しいやつ、教えてくれ

    毒親あるある並べてったら85%くらいは当てはまるような母親がいる。今まで私の話なんて全く聞かなかったんだが、唐突に「なんで母を嫌うんだ」みたいな連絡をしてきた。 恥ずかしながら、母親への恨み辛みがフラッシュバックするたびに増田に憎悪を書きなぐってきたんだけども、そのときの下書きが全部保存してあるので、ちょっと編集して超長文にして返してみた。 返答は、「ほとんど覚えていない。でも当にこれをやってしまったなら、許されなくても仕方ない。でも、増田には幸せになってほしい」だった。 別に許すも許さないもないんだけども、この意味不明な「増田には幸せになってほしい」ってどこからきたんだろう。「すげー長文書くほど恨んでるってことは不幸せに違いない、何もわからんけど『幸せになってほしい』って言っときゃ母親っぽいやろ」みたいな感じ?「母である私が許されなくてとっても不幸!チョー不幸!一番不幸!でも増田は気に

    毒親に詳しいやつ、教えてくれ
    zeromoon0
    zeromoon02022/02/18非公開
    就活のお祈りメールと一緒の奴だと思う。
    • 海外旅行なんかじゃなくて普通にテレビ見せてほしかった

      うちの親はいわゆる「意識高い系」。テレビNHK以外基禁止、漫画は一冊もなく、ゲームもない家庭で育った。 平成初期生まれなので、自分が小中高のときはバラエティ全盛期。でも話に全くついていけず、「不思議ちゃん」扱いを受けた。仕方がない。SMAPも嵐も知らなかったんだから。 毎日勉強しろと言われ、頑張っていたが、高得点を取っても褒められることはなかった。友達は上位50%でゲームソフトを買ってもらっていたのに。 部活も無駄だから辞めろと言われたけれど、部活が唯一の居場所だったので、部活だけは続けた。正解だったと思う。 経済的には何故か余裕があったのか、海外旅行にはそれなりに行かせてもらった。周りからは良い家庭にみえていたんだろう。でも百万円以上かけて家族でヨーロッパへ行くより、5万で皆が持ってるゲームを買ってほしかった。 別に海外旅行なんて行きたくなかった。中学受験だってしたくなかった。 意

      海外旅行なんかじゃなくて普通にテレビ見せてほしかった
      zeromoon0
      zeromoon02021/11/14非公開
      当世のカルチャーに触れさせるのは大事だよなぁ。
      • 「お前は橋の下で拾って来た子だ」ってのは毒親あるある、というのを先日..

        「お前は橋の下で拾って来た子だ」ってのは毒親あるある、というのを先日見かけてぎょっとした。私が幼少期に言われまくってたやつだ。言ってたのは姉と兄。まだ2人が小学生とかで、私もそれを「そうだよなぁ」と受け入れていた。 ちゃんと同じ父と母の子どもだけれど、母の厄年に産まれたので、私が赤ん坊の頃にしたおまじない?厄落とし?の風習で、橋の下に一度捨てて、他の人(叔母がやってくれたらしい)が拾うというものがあった。多分捨てるといっても、そっと置いてるだけで、拾うのもすのすぐ後だと思うけれど。そうすることで厄が落ちるとかなんとか(詳しい由来は知らない) そのことになぞらえて姉と兄はよく言っていた。2人とも幼かったので意味はよく分かってなかったと思う。あんまりにも頻繁に言われるので自分も幼かった頃は厄落としでされたことなのか、当に拾って来た子なのか当時は曖昧な認識だった。 同時に、これも姉と兄にだが、

        「お前は橋の下で拾って来た子だ」ってのは毒親あるある、というのを先日..
        • これはただの愚痴です。 今まで母親に愛されたくてずっと愛を求めていたけ..

          これはただの愚痴です。 今まで母親に愛されたくてずっと愛を求めていたけど何度も何度も酷い事をされて傷付けられて来て愛されなかった この前なんとなく生まれる前の話を祖父母に聞いてこれまで全く愛されなかった理由が分かった 私が生まれる前から父と母は喧嘩をするほど仲が悪くて私が生まれてすぐ離婚して私の親権の裁判をしたみたい 裁判の結果父親が勝ったけど多分まだ生まれて間もない私だったから裁判に勝った父親じゃなくて母親に親権がいって私は母親に引き取られた 母親の家はいつも家に誰もいなくて保育施設に預けられたり家で留守番ばかりで良い環境じゃなかった 父親は誕生日に必ずプレゼントを6歳まで毎年贈ってくれてたのを覚えてる 6歳の頃にプレゼントが来なくなったのは母親が再婚して下の兄弟が出来たから 私のお父さんはたぶん優しい人だから私の事とか考えて昔の父親である自分の存在を無いものとしてプレゼントを贈るのをや

          これはただの愚痴です。 今まで母親に愛されたくてずっと愛を求めていたけ..
          • きょうだいが実家と縁を切ったせいで被害が及んだ人いる?

            私が実家と絶縁したことによって、姉ちゃんに被害が及ばないか心配。 母は、「産んでやっただろう、育ててやっただろう、あの時ああしてやっただろう」っていう恩着せがましいタイプの毒親で、私は子供の頃からちょっとした洗脳を受けていた。 私は学生時代にうつ病で不登校になったり高校を中退・通信制に転入したり、母に沢山心配させて親不孝したものだから、自分の残りの人生は母への恩返しのために生きるんだとナチュラルに思っていた。 母は酷いヒステリーで考え方が歪んでて、一緒にいるとものすごく疲れるしイライラするけれど、自分がニコニコ笑って我慢していれば、母を怒らせなければそれなりに良い母娘でいられると思ってた。 何をするにも決めるにも母の意見を優先し、母の意見が私のすべてで、気が付いたら自分で考える事ができないアラサーBBAに。結婚して実家から出た事がきっかけで洗脳が解けた私は、数か月前にLINEで母に手短に

            きょうだいが実家と縁を切ったせいで被害が及んだ人いる?
            • 母親が真似ばかりしてくる

              最初は微笑ましかったけど最近気色悪い 一人暮らししてて数年前に実家に帰ってきたんだけど生活スタイルとかなんでも真似される 私は朝はバタートーストとコーヒーって決めてるんだけど それも真似された この間まで私のパン見てバターは嫌いだとかブツブツ言ってたのに.......コーヒーはハンドドリップしてるんだけど そこまで真似できないみたいで ドリップパック使ってる しかも何故か一回使ったのを冷蔵庫に入れて保管して二回淹れてるっぽい 気持ち悪い 朝以外はほぼ紅茶飲んでるのも真似してきた 100円ショップでティーバッグ沢山買ってきて瓶に詰め替えて日当たりの良い所に並べて自慢してくる 私そんな安い紅茶飲んでない 調味料はもうあらかた真似された 昨日帰ったら私が使ってるのと全く同じ塩をこれみよがしにキッチンに置いてあって寒気がした さっき見たら無くなってたから自室に持ち込んだんだと思う 紅茶とジャムを

              母親が真似ばかりしてくる
              zeromoon0
              zeromoon02021/04/30非公開
              トラバに続きがあり更に怖い。はやくにげろはやくにげろ。
              • 安全基地を持たなかった人間はどうしたらいいんだろうな

                自分を全肯定してくれる家族がいた、帰ることのできる安全基地があったから今の自分がある。 うろ覚えだけど某有名人の著書にそんなことが書かれていた。それを読んだ時私は絶望した。 その人は自他共に認める愛されキャラのコミュ強だ。大ファンという訳ではないのだけれど、以前TVで人付き合いに対して自分にはないマインド語っているのを見て以来この人の思考が知りたいとずっと思っていた。 人付き合いが苦手で慢性的な生き辛さ感じている自分が何か得られることがあるかも知れないと思ったからだ。先日その人のが出版されたと知り早速読んだ。そこにあったのが冒頭に書いた内容だ。 「ああ土台が違う」そう思った。 私の読むべきではなかった、所謂『毒親育ち』の私は安全基地なんて今も昔も持っていないのだ(当然この著者は悪くない、私のマインドの問題だ) あの眩しい明るさの根っこは無条件で愛されたという記憶なのだ。もちろんそれだけ

                安全基地を持たなかった人間はどうしたらいいんだろうな
                zeromoon0
                zeromoon02021/03/21非公開
                もっと勝手に恋をしたりKissをしたりできるといいなぁ。
                • ぼっち大学生がコロナにかかった話

                  私は去年まで浪人生だった。結構ストイックにやってたのもあって、高校の友人たちとの連絡が途切れがちになり、まあ受験終わったらみんなと遊ぼー程度に思ってたら矢先のコロナで全部爆散した。結局数人と一回遊んだきりだ。 大学は地方の公立大学に進んだ。一番の理由は家族と距離を置きたかったから。発達障害病に悩む姉や、潔癖症の母、癇癪持ちの父に振り回されっぱなしだった私は、彼らと一度距離を置いた。置いてわかったのは、私の感情のほとんどが彼らに共感して生まれたもので、毎日誰かに怒っていたことに驚くほど、来は感情の起伏がない人間だったことだ。 からっぽだな、と思った。大学に入り、個性豊かな同期たちと勉強する間に、私が今まで「私」のことをほとんど考えてこなかったことに気づいた。美大あるあるかもしれないが、「私」を問われたときに当に何もなかったのである。 コミュ障を存分に発揮して、友達はできなかった。半年

                  ぼっち大学生がコロナにかかった話
                  • うちの母は毒親だったのだろうか?

                    誰か判定してくれ。 子供だった当時は母が異常だったという認識はなかったが、大人になって色々知った今ではもしかしたら毒親だったのではないかと疑っている。 ちなみに父は普通だった。 母のダメな点は以下の通り。 体罰を常用する上に沸点が低かった。テストで98点とったらなぜ2点間違えたんだ!と言って叩くという感じ。一度だけだが脳震盪っぽいものを起こすまで頭を叩かれたことがある(殴られるたびにどんどん眠くなっていった)。まれに叩くだけでなく足もでてきた。拳はなかった気がする。ただしケガをさせられたことは一度もなかった。夫婦仲が悪い。子供がいなければ離婚していたらしい。子供がいるところでも大声で怒鳴りあっていた。暴力は双方ともたまにしていた気がするがケガはしていなかったはず。 そんな母に育てられた自分(息子)はというと子供の頃は以下のような感じだった。 自分は小学校から下校して家に着くたびに、頼むから

                    うちの母は毒親だったのだろうか?
                    zeromoon0
                    zeromoon02021/01/03非公開
                    今の関係が悪くないならそのままでいいと思うけど、暴力を受けたり理不尽な扱いをされたことで増田の人生に支障があるなら関係を考えるべきだと思う。
                    • 毒親に特定された

                      anond:20201117054432毒親に特定された。 この書き込みは絶対私の毒親に違いない。 こいつは私を永遠に奴隷にしつづける気だ 生い立ちは全部消した 全員敵だ 全員狂ってる 私は騙されない お前らの介護もしない 国税を給料にしてるのだから、退職後も国税と年金で暮らせ 私はお前らに関わらない 介護もしない お前らのおもちゃにされてたまるか 死んでしまえ毒親は全員死んでしまえ お前らのようなキチガイが子供を育てるから 出来損ないのクズしかできないんだ 私はお前らを許さない 私と祖父母の仲を引き裂いた 私の名前で勝手に架空口座を作った お前らが早く死ぬように さっさと誰かに殺されるように 持病が悪化するように いつまでもいつまでも 呪い続ける。 大腸ガンの悪化を祈っている 私はお前たちを許さない 私を金や物品で靡く程度と思われているの? 「お前は自分から損を選ぶ人間だ」 うるさい

                      毒親に特定された
                      zeromoon0
                      zeromoon02020/11/17非公開
                      戸籍とか住民票とかの合わせ技で本人確認できたら銀行口座は好きにできた気がする。
                      • 親に言ってやった

                        コロナ禍の中だし一人暮らししてる部屋に凸られることはないだろうと思って、親に今までの憤鬼LINEしてやった。 「具合悪かったけど一生懸命働いた私、けれどこんなにひどい目にあった、ああ私かわいそう、でもいいの気にしないで」 という「慰めろ心配しろ気遣え」で済む話をそれはもう遠まわしに送ってこられていい加減にしろと思って。 なぜ一言「具合が悪くて心細い、少し話がしたい」で済ませられないのか。 スタンプカード方式に不満を貯め続けて数十年、ついにポイントがいっぱいになりましたー。 叩いたり、こちらが罪悪感を抱くような言い回しで育てられて、二人きりで逃げられない時はずっと誰かの悪口を聞かされ続けてた子供時代。 外面がめちゃくちゃいいから親戚や学校の先生に相談しても「お母さんほどあなたを愛してる人はいないのになんてことを」って言われた。 あほか。 それは受け止める側に判断させろ。 送ったのは昨日の夜

                        親に言ってやった
                        zeromoon0
                        zeromoon02020/08/24非公開
                        これが恋人なら「即別れろ」になるんだけど……
                        • 人生詰んでる

                          初期研修医1年目を中断してる男です。 僕には借金があります。正確に言うと、父と祖父に返済義務のある地域枠という名の奨学金約2000万円弱を背負っています。 きっかけは高校3年生の時、理系で東工大を目指していた僕に父が放った一言でした。 「地域枠で医学部を受けないか。」 当時工学部しか考えていなかった僕は地域枠?医学部??と一瞬思考停止したのですが 卒後10年間地元で医師として働くことで、奨学金約1000万円の返済が免除になるという制度だと説明され その金で地元で好きに一人暮らしして良いと聞いた僕は、ほぼ迷うことなく志望校を地元の医学部の地域枠に変更しました。お金と安定さえあれば人生安泰だろうという発想しか頭に無かったのです。 無事地域枠で地元の医学部に合格した僕は、念願の一人暮らし、高校時代にニコ動で見て憧れてた音楽系のサークルに入り 順風満帆な学生生活のスタートを切ったと思われました。

                          人生詰んでる
                          zeromoon0
                          zeromoon02020/03/12非公開
                          ブログ飯とかその辺見る限り多少流されやすくて打たれ弱いのはありそうだけど、とにかく父親がおっかないことを色んな人に相談したほうがいいと思った。
                          • 34歳が親から15万の仕送り

                            俺にはひとり姉がいる。 姉は今年34歳になるのだが、無職で、親から仕送りをもらっている。 姉は1年前まで働いていた。 私大の文学部に一浪で入学。在学中、母親から「なんでもいいから資格を取れ」という言葉を無視して遊んでいた。 文学部というのは、就活で苦労する。母も文学部出身だったので心配だったのだろう、在学中に「資格を取ったら一時金をやる」と宣言。金で釣ろうとした。その言葉でやっと動いた姉は、なにを考えているのか色彩検定を受けてきた。曰く「これも資格だ」と。母は就活でプラスになる資格を取ってこい、というつもりで言ったのだと思うが、親心は何も伝わっていなかった。母は一時金を渡して、それきり資格資格と言わなくなった。 姉の就活は難航した。しかし、最後の最後で1社だけ受かった。そこそこお堅い企業の事務職。ほっとしたのも束の間、3年で辞めた。お局に虐められたらしい。母は「せっかく入ったお堅い企業なの

                            34歳が親から15万の仕送り
                            zeromoon0
                            zeromoon02020/02/14非公開
                            姉ちゃんの話だけどラスボスは母ちゃんだな……。
                            • 毒親育ちという言い方。あまり好きじゃない。「自分がそういう親の元で育..

                              毒親育ちという言い方。あまり好きじゃない。「自分がそういう親の元で育った故に現状がこうなのは仕方ない」という考え方に陥れば、後に残るのは地に足を着けていける何かよりは、運命論的あきらめになりそうなのが当に怖いから。 「親と子の間の葛藤」「配偶者間の葛藤」「嫁姑の葛藤」「介護の葛藤」等々、当は多くの人の支えを必要とするような話にかぎって劇物すぎて誰にも話せない。だから、話せる人間=家族になりがちだが、その家族自体が原因だったりすると、悪いものが堂々巡りになる。 むしろ、家族こそ一番何も話せない相手だったりする。協調・共感する相手ではなく逃れるべき相手だったり、時には自分を守るために立ち向かわなきゃいけない相手だったりするから。 それでいて、いつでも笑顔で明るく何もなかった顔をして生きていくのが社会人のスタンダードだから割としんどい。 社交的な局面や親密圏、友人との交流ですら、そんな重たい

                              毒親育ちという言い方。あまり好きじゃない。「自分がそういう親の元で育..
                              • 毒親の雑な生き方

                                私が暮らしたかつての家庭は、母子家庭の上に毒親で、なんでこんな人が自分の親なんだろうって思い続けてきた。 小学生、中学生、高校生、大学生、そして社会人になっても、その時々で、この人が早くいなくなってくれればと思い続けてきた。 当時は2DKの団地に親と兄弟の3人で暮らしており、常に喧嘩の声や襖を叩きつける音が響き渡るような修羅の家だった。 子どものことを所有物の如く自分より下に見て、勉強すれば「偉そうに」とけなし、気にくわないことがあると罵り、出てくるまで部屋の扉を叩き続けたり、服をきたまま風呂場で放水するなど、心の平安は無い家だった。汚いを履くなと、他に履くものがないのにも関わらずスニーカーを捨てられたりもした。もちろん買ってくれるわけもないので、とても困ったのを覚えている。家族以外に対しても、同僚の悪口を電話で延々と上司に語るような性格の暗さを持っていた。 一方でびっくりするくらいの図

                                毒親の雑な生き方
                                zeromoon0
                                zeromoon02019/07/04非公開
                                「愛人」というところで真顔になった。
                                • 10年ほど、実家を燃やす計画を立てていた。

                                  10代から20代にかけて、およそ10年間、「実家に放火して親を焼き殺す」計画を立てて過ごしていました。気でした。警察の部に売っている「捜査幹部必携」という専門書も入手して、焼死の際の事件性の有無の判定基準まで学びました。 刑務所には入りたくなかったのです。現代の火災現場検証では油が出火もとであればすぐに反応が出る、例えば首を締めて殺した後に火をつけたとしても、肺の中に煙が入っていない(呼吸をしていないから)ことで事件性はすぐに明らかになる、といった内容が載っていました。難しいな。何回も計画を練り、材料を燃やして検証し、でも、実行には移せずにいました。 物心ついた頃から虐待を受けていました。貧困家庭でした。年収200万円の5人家族。その中には、血の繋がっていない人も何人かいました。 思い出したくもありません。口減らしにと、真夜中の山奥に車で連れて行かれそのまま放置されたこともありました

                                  10年ほど、実家を燃やす計画を立てていた。
                                  zeromoon0
                                  zeromoon02018/07/21非公開
                                  児相は何をしてたんだ。
                                  • 30歳になってようやく母親を一人の人間として見ることができた

                                    俺はダメ人間だ 頭も悪いし運動もできないし性格もよくない どれもよくなりたいが、結果として全てダメ それでも、30歳になって気づいたことがある 母親は一人の人間であって特別な何かではないということだ たぶん、普通の人は十代半ばぐらいで無意識に気づくのではないかと思うが、俺の場合は30年かかった 5歳ぐらいの時から母子家庭で、母親は極めてプライドが高かった 母親は何でも自分の力で何とかしようとしていたし、他人のことは何だかんだで道具としてしか見ていなかった どうしようもない時だけ、実家の母親(俺から見た祖母)をあてにしていた 今思えば、母にはまともな友人がいない 引っ越しの手伝いで高そうなモノを盗むババア、末期がん患者にガンが治ると嘯いて浄水器を売りつけるゴミ女 学生時代に母に惚れていたという男、が居ながら退職金を前借して全て母に注ぎ込んでいた (母はタバコを吸いギャンブルもしていたのでそ

                                    30歳になってようやく母親を一人の人間として見ることができた
                                    • 親に愛されたかった

                                      虐待を受けて育ったわけではないが、親が私に対して愛情があるか懐疑的だった。 子供の頃から親に嫌われまいと振る舞っていたような気がする。心配させまいと我慢した。 それがいつしか、親に相談はできないに変わっていた。勇気を出して相談したことを無碍にされたからだと思う。 服の趣味もバカにされた。自分のお小遣いで買った服を見て、私の母は激怒しそのままその服を服屋に返した。 今ならこれが毒親だと分かる。 父は自営業をしていた。稼ぎはよくなく、毎日「不景気だから」と言っていた。 その割には毎晩よそで酒を飲みに行っていた。家庭から逃げ、お酒に依存していた。 父との思い出は少ない。父親らしいことをしてもらった覚えもない。 キャッチボールや、就職の相談や、成人式や卒業式に何かをもらったこともない。 たまに電話したときに「さみしいなぁ」とボヤくような父だった。 私はそれがたまらなく嫌だった。 社会人になって数年

                                      親に愛されたかった
                                      • 母のこと

                                        母のことが嫌い。ずっと嫌い。 でも、親のこと大事にしないなんて人間としてどうなの、みたいな風潮があるから(あるよね……?)、嫌いって大声で言えない。 母は視野が狭くて頑固で人の話を一切聞かなくて、親である前に女の自分を優先する。 女である母をあまり見たくない。それがあまりに子どもすぎる意見だと、今はわかっているけど…… 一種のネグレクトともいえる扱いを受けていたのかもしれない。 ちょうど思春期の頃、母は家にいなかった。もちろん、いたのは男の家。私が小学生の頃に父とは離婚していたので(父もまあまあのクズだった)、私は基的に一人だった。 月初めに母が家にお金を置いていってくれたので、そのお金べ物を買って一人でべていた。洗濯も掃除も自分でした。料理は気が向いたらするくらい。たまに保護者会の出欠をプリントで出すことがあったけど、母がいないので、できるだけ大人っぽい字で偽造していた。おかげで

                                        母のこと
                                        • 「なんで俺が怒ってるのかわかる?」

                                          私の母は異常だった。 物心ついたときには背中にタバコを押し付けられ、水風呂に無理やり入らされ、裸でベランダに放置された。 父はそれを見てみぬふりをした。思えば、彼に名前を呼んでもらった記憶がない。父は仕事が娘だった。 小学生のときに私に暴力的だった母は、私が中学生の年になると暴力を振るわなくなった。 良くはわからないが病院に通院し改善されたらしい。 だが私に対する暴言はやめなかった。 「死ね。消えろ。ブス。お前なんて産まなきゃよかった」 別に何も響かなかったけど、毎日いわれれば覚えるよ。 私が中学生になると、当時父の浮気相手をしていた母方の叔母が私を哀れに思ったのか、よく一万円をくれた。 月に数回貰える一万円を母にバレない場所に隠して貯めた。 別に何をしようってわけでもなかった。この家を出ていこうとか、そんなことは頭になかった。 痛いのも汚いのも嫌いだし、これ以上辛かったらどうするのか。そ

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