◆◆◆ ──村松さんのクリニックは「リストカットの傷あとに特化した形成外科」をうたっていますね。全国でも珍しいのでは。 村松 2017年に開業以来、1200人以上の自傷患者さんを診てきました。でも昔は、自傷する人への苦手意識があったんです。 僕が医者になったのは2000年ですが、最初は総合病院の研修医だったので、夜間は入院患者さんや救急外来に対応する当直勤務がありました。夜なので自傷の患者さんも多かったのですが、交通事故など他の理由で来院する人たちとは印象が違ったんですよね。 「『自傷する人は“かまってちゃん”だろう』と思っていました」 ──どんなところが違ったのでしょう。 村松 夜間の救急外来に来るほどなので、たいていは腕を深く切っているんですよ。いわゆる「リストカット」です。気づいた家族があわてて連れてきたり、救急車で運ばれてくるんですが、当のご本人はなぜかスッキリとした表情をしている

癌治療を専門にしている医師ですが、夜寝付けなかったので、 癌になった時にまず最初に知っておいて欲しい事をかいてみました。 結論いかに早く治療を開始できるかで癌の治りやすさが変わります。 そして、あなた(患者)の頑張りで、治療開始日は大きく変化します。 今回は、知っておいて欲しい癌の知識について書いた後、癌の疑いがあると言われた時の治療開始RTAのコツについて書きます。 (RTA:リアルタイムアタック、いかに早くゲームをクリアできるかの挑戦の事) --- 知っておいて欲しい癌の知識 癌は、ひたすら増え続けるおかしな細胞人間の体は細胞で出来ていて、正常な細胞は決まった日数で細胞分裂して増えますし、決まった日数で死にます。例えば皮膚の細胞は1か月くらいで新しくなって、古い細胞は死んで垢になります。このバランスが保たれているのが通常です。 ただ、変な細胞も一定の割合で発生します。決まった日数で死な

笑ってしまった。 合格でも変だが、「不合格」を碑にした人がいるとは。 いったいなぜこんなことをしたのか。 「松井元哉さん」にどうしても会いたい。私は、それまで職場には戻らないと宣言し、取材を始めた。2023年7月6日「おばんですいわて」で放送 人気のない場所にぽつん インターネットの情報を頼りに、まずは現場へ。 岩手県南部、一関市の中心部から車で20分。人気のない道路脇の林の陰に、それはあった。 高さは1メートル、厚さは2センチほどで、ずいぶんスマートだ。 「松井元哉 第113回医師国家試験 不合格発表閲覧之地」。 間違いない。黒地に、白い文字が目立つ。これを素直に信じれば、松井さんという人が、ここで、医師国家試験の不合格の知らせを受け取った、ということになる。 石碑は人気のない道路脇に建っていた 写真を撮っていると、林からガサガサと音がした。 まさか、松井さんにいきなり遭遇!? 石碑の

かさぺた @kasabutaporori 息子、鉛筆食べちゃうから学校も許可もらってシャーペン使ってるんだけど「この前、鉛筆の芯見たけど全然美味しそうじゃなくてさ、なんで僕はこんなもの食べてたんだろうって思ったんだよね。もう鉛筆食べる気しないからこれからは鉛筆持ってく」と言って持っていった鉛筆がこちら。 pic.twitter.com/AzB9dWlXkv2023-01-27 11:06:00 かさぺた @kasabutaporori 通ってる息子の小児心療内科に始めて行った時、鉛筆食べる事相談したら「君、鉛筆食べんの?どうやって?塩とか付けるの?醤油?えっそのまま!?君、凄いなー!!」って言って息子の心を鷲掴みにされて、今はただ先生の顔見るためだけに通ってるようなもの。時々、早く先生に会いたいって泣く。2023-01-28 14:54:12

私はもともと腎臓内科医でしたが名古屋大学大学院に入学したころ、 大学院生の規則で最低1年は基礎の研究室で研究しなければならないという規則ができました。 適当に籍だけおいてお茶を濁す医局もあったとは思うのですが、 私は実際に基礎の医局(微生物学教室)に派遣され研究に専念することになりました。 1年が経ちましたが天邪鬼な性格のせいでそのまま放置され、大学院修了後に至っては帰局しろとも言われなかったので、 そのまま基礎の教室の助手として居座ってしまいました。 就職して2年たったころ、教授から呼ばれ「米国の研究室に留学するように」命令を受けました。 「どこに留学するのですか?」と聞いたのですが、「どこでもよい」とのことで、とりあえず気候のよいカリフォルニアで研究室を探していただくことにしました。もちろん私のような実績もない研究者に給料をだして雇ってくれる研究室などあるわけもなく、サンディエゴの某研
高橋瑞(たかはし みず)、嘉永5年(1852年)生まれ。その名を知っている人はどれくらいいるだろう。日本で三番目に医師国家資格を取得した女性である。『明治を生きた男装の女医』は、その人生を丹念に綴った伝記小説だ。 24歳にして家出、旅芸人の賄い、女中、短く不幸な結婚の後、産婆に弟子入りする。28歳の時、跡継ぎになれと誘われるが、女医になりたいと固辞する。しかし、女性にはその資格がないことを知り、まず内務省へ直接請願に行く。すごい行動力だ。ちなみに、取り上げた赤ん坊は2万人という。 済世学舎への入学を希望するが、女子学生を受け入れたことがないために難色を示される。粘り勝ちするも、「女医は不可」、「乞食」、「行かず後家」などと黒板に書かれるなど、下劣な嫌がらせをうけ続ける。 そんなことはものともせず、無事に修了し、順天堂医院で実習をすませ、34歳にして医師となる。荻野吟子、生沢久野に次ぐ、日本

この原稿を書くのに5日間かかった。 一度は困難さに発表をやめようかと思ったが、あまりにも誤解が拡散しているので、不十分でも発表することにした。 事の起こりは4月16日、フランスのサイト『Pourquoi Docteur』(どうして?ドクター) の音声インタビューだった。 「今日は本番組独占の爆弾発言があります」と司会者、その爆弾を落とすのは、エイズウイルス(HIV)を発見して、2008年にノーベル生理学・医学賞を受賞したフランス人教授、リュック・モンタニエ氏である。 氏は、新型コロナウイルスは人為的なものであり、武漢の研究所でつくられたのだろう――と述べたのだ。 この時点で既に誤解があるが、氏はそれが事故で流出したに違いないと言っており、生物兵器など悪意であったのかという質問には、はっきり「ノン」と答えている。 さらに、「コロナウイルスを使って、エイズワクチンをつくろうとしていたと考えるの

発達障害・ADHD・アスペルガーで1級の障害者手帳持っている増田だけど、3年くらい前に自らの意思で施設に隔離された 俺の居るところはいわゆる住居型老人ホームの精神障害者版なのだけれど、テレビはあるしネットはあるし、頼めば漫画も買ってきて貰えるし快適♪快適♪ まぁただ俺はキッチンに近寄っちゃダメとか、刃物工具類を手にしたらダメとか、化学薬品類は近寄らせることもダメとかそういう制限はあるんだけど、そこまで大きな問題はない 1つちょっと嫌なのは自室に監視カメラがあって、オナニーするにも布団に潜らなきゃいけないみたいな恥ずかしさはあるんだけれども、人間そういうの馴れだよね 日々の生活は飯食え言われたときに飯食って、運動しろ言われたときに運動して、風呂は入れ言われたときに風呂入るみたいな生活だよ 週に3回カウンセリングを受けなきゃならないんだけど、これは単なる雑談みたいなものだから暇つぶしには丁度い

完全に思いもよらなかったが、うちの旦那の精子はスカスカだった。 元増田は無精子らしいけど、うちの人は乏精子症ってやつだ。話のついでに聞いてくれ。(ごめんトラバ間違えたからもっかい。) WHOによると1mLあたり1500万個以上くらいがセーフのラインらしいのだが、旦那は2600個くらい。 まっっっっったく想定してなかった事態だったので驚いたのなんのって。 なんでそんなに驚いていたかって言ってたら、第一子がデキ婚だったからだ。 照れる。 第二子が出来なかったのだ。 待てど暮らせどヤれどヤラねど出来ない。 6年経って出来ないので、 「そろそろ産婦人科行こうかな~。精液検査受けろって言われたら受けてくれる?ww」 ってドキドキしながら言ってみたら (こんなこと冗談めかしてじゃないと言えない・・・) 「はいはいー」 って二つ返事でOK。 絶対嫌がられると思ってたので、旦那見直した。イケメン。 そいで

30代前半、男、既婚、都内在住。精液検査を受けてきたので、その一部始終を余すところなく書いてみたい。誰かの参考になれば嬉しい。 訪ねたのは男性不妊の専門クリニックで、インターネットで事前に予約済み。受付へ行くと、20代と思しき女性職員ふたり組が迎えてくれた。名前を告げると、本人確認できる書類を求められ、代わりに問診票と番号札を渡される。以降は基本的に番号で呼ばれる。 待合室には夫婦ひと組、女性ひとりが座っていた。壁の外周に向かうように椅子が並べられており、お互いの顔は基本的に見えない。プライバシーの面は全体的によく配慮されていると感じた。 さて、問診票である。これは軽いアンケート用紙に近い。既婚か未婚か、子作りを初めてからの期間はどれくらいか、不妊治療に対して抵抗感はあるか、などなど。記入をためらうような項目はまずない。さっと記入し、受付に提出。 記入から5分も待たないうちに、奥の方から職

アメリカ・フロリダ州オーランド在住のキアニー・アロヨさん(21歳)は、自身の起源に迫るかのような壮大なプロジェクトを進行中だ。 母親が精子バンクを利用して誕生したキアニーさん、同じ精子からうまれた兄弟・姉妹を探し出して彼らとの出会いをインスタグラムに投稿しているのだ。 探し続けて5年、これまでに見つかったきょうだいはなんと40人。 オーストラリアやニュージーランド、カナダなど遠方に住む人もいるが、フロリダ州のけっこう近所にも兄弟がいたとかいうミラクルも発生している。 精子バンク仲間を探すプロジェクトをスタート キアニーさんがこのプロジェクトをスタートしたのは5年前、高校2年生のとき。 キアニーさんの母親はシングルマザーで、精子バンクから精子を提供してもらってキアニーさんを産んだという事実についてかねてより正直に話していたのだとか。 この画像を大きなサイズで見るimagecredit:In

Kubernetes 疲れに Azure Container Apps はいかがでしょうか?(江東区合同ライトニングトーク 発表資料)
1リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く