アメリカのトランプ大統領は、日本時間の22日午前11時すぎからホワイトハウスで演説し、「アメリカ軍はイランの3つの主要な核施設を標的とした大規模な精密攻撃を行った。われわれの目的はイランの核濃縮能力の破壊と、世界最大のテロ支援国家がもたらす核の脅威を阻止することだった。私は世界に対して、この攻撃が軍事的に見事な成功を収めたことを報告できる」と述べました。また、イランの対応次第で、さらに攻撃を続けると警告しました。アメリカがイラン本土を攻撃するのは初めてで、イランが中東に展開するアメリカ軍などに報復する可能性もあり、中東の軍事衝突のさらなる拡大が懸念されます。 目次 イスラエル首相「トランプ大統領の判断に祝意」 イラン原子力庁「国際法違反の残忍な攻撃受けた」

昨年10月以降のイスラエルによるガザ侵攻に対して、アメリカのバイデン政権はガザへの人道支援を行い、停戦を求める姿勢を見せつつも、一貫してイスラエルの「自衛」を支持してきました。そうしたダブルスタンダードに、若者を中心にバイデン政権や民主党に対する抗議の声も上がっています。 次期アメリカ大統領候補であるトランプ氏とハリス氏の選挙戦では、イスラエルに関する姿勢もひとつの争点となっています。 世界の超大国アメリカは、民族浄化を推し進めるイスラエルをなぜ支持し続けるのか?国際政治学者の三牧聖子さんと考えました。 三牧聖子さん(本人提供) 討論会で明らかになった、トランプ氏とハリス氏の共通点 ――9月11日に行われたトランプ・ハリス両氏のテレビ討論会、どのようにご覧になりましたか? ハリス氏がトランプ氏を追い詰める局面が目立ち、互いが互いの政策を批判し合いましたが、ガザに関しては、あれほど対照的な二

ビッグテック企業は“ガザのジェノサイド”にどのように加担しているのか投稿者: heatwave_p2p 投稿日: 2024/10/152024/10/15 Access Now ガザの戦争は近年最も破壊的な紛争であり、まさに「地獄絵図」と呼ぶべき状況を生み出している。わずか1年余りで、過去20年間のどの紛争よりも多くの女性と子どもが命を落とし、毎日平均10人の子どもが片足または両足を失っている。902の家族が丸ごと消え、少なくとも17,000人の子どもが孤児となり、人口の90%が避難を余儀なくされ、中には10回も避難所を変えた人もいる。建物の80%が破壊されたガザにはもはや安全な場所はなく、境界を越えて逃げることもできない。2024年1月、国際司法裁判所(ICJ)は、ガザのパレスチナ人にはジェノサイドから保護される権利があり、その権利が取り返しのつかない危機にさらされていると判断した。 こ
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ウクライナ大統領府広報室が公開したゼレンシキー大統領の演説のウクルインフォルムによる仮訳は以下のとおり。 親愛なる細田議長、山東議長、岸田首相、日本の国会議員の皆さん! そして親愛なる日本の人々よ! 私、ウクライナ大統領にとって、日本の議会の歴史で初めてあなた方に呼びかけられることは、大変な光栄である。 私たちの首都は、8193キロメートル離れている。平均すれば飛行機で15時間だ。ルートによって異なる。しかし、私たちの自由の感覚の間には、どのような距離があろうか? 私たちの生きることを望む気持ちの間には? 私たちの平和を望む気持ちの間に距離があるだろうか? 2月24日、私は、その距離を全く目にしなかった。私たちの首都の間には、1ミリの距離すらも。私たちの気持ちの間には1秒の距離もなかったのだ。なぜなら、あなた方が私たちのところにすぐに支援に駆けつけてくれたからだ。私は、そのことにつきあなた
中東ではない「文明化された国」でロシアによるウクライナ侵攻は世界を震撼させ、各国メディアはウクライナ一色になった。だがその報じ方に、「不快なトーン」が混じっていると指摘する声も上がっている。 それは、ウクライナをイラクやアフガニスタンなどの中東と比べたうえで、より「文明化された国」という文脈に落とし込もうとするものだ。 米「CBSニュース」のベテラン戦争特派員チャーリー・ダガタは2月25日、ウクライナの首都キエフからこうリポートした。 「ウクライナは、失礼ながら紛争が何十年も続くイラクやアフガニスタンとは違います。ここは比較的文明化した、比較的ヨーロッパ的な国なのです。慎重に言葉を選ぶ必要はありますが、ここはこんなことが起こるなんて想像できなかった場所なのです」 “Civilized” pic.twitter.com/AiU7uVmjMr — Imraan Siddiqi (@imraa

ウクライナ・ドネツクで、軍用車両の脇を歩くウクライナ兵(2022年2月21日撮影、資料写真)。(c)Aleksey Filippov / AFP 【2月28日 AFP】ウクライナ当局は27日、ロシアのウクライナ侵攻で死亡したり捕虜になったりしたロシア兵を検索できるウェブサイトを開設した。ロシア兵家族の支援が目的。 ウェブサイト「200rf.com」は、捕虜や遺体の写真・動画が掲載されている。 内相顧問を務めるビクトル・アンドルシフ(Viktor Andrusiv)氏は同サイトに投稿された動画で「息子や夫の消息を心配しているロシア人も多いでしょう。プーチン(大統領、Vladimir Putin)がウクライナでの戦闘に送り込んだ身内を捜せるように開設しました」と、ロシア語で説明した。 アンドルシフ氏によると、ウクライナ軍が捕らえたロシア兵は過去3日間で200人近く、死亡した兵士は3000人以上

ウクライナの首都キエフでテレビ演説に臨むウォロディミル・ゼレンスキー大統領。同国大統領府提供(2022年2月22日公開)。(c)AFP PHOTO / Ukraine Presidency / handout 【2月25日 AFP】(更新)ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー(Volodymyr Zelensky)大統領は25日、ロシア軍の大規模侵攻を前に「われわれは孤立無援で防戦している。共に戦ってくれる者はいないようだ」と述べた。 【関連写真】渋谷でロシア抗議デモ また、ロシアの工作員が首都キエフに侵入したとして、住民に警戒と夜間外出禁止令の順守を呼び掛けた。 大統領によると、ロシア軍が侵攻を開始した24日、民間人を含めウクライナ人137人が死亡、316人が負傷した。 大統領は、自身もロシア側の最重要の標的となっているが、家族と共に国内にとどまっていると語った。(c)AFP

1747年:アフマド・シャー「イランから独立するで!」 →アフガニスタンの建国 1838年:イギリス「ロシアがインドを狙っとるからアフガンにイギリス軍を置かせてくれや」 →交渉決裂 →イギリス「ほな戦争や!」 →第一次アフガン戦争 1842年:イギリス「あかん、とりあえずアフガンを占領したけど、反乱が多すぎるから撤退するわ」 →和睦 1878年:イギリス「今度のアフガン国王はロシア寄りっぽくて怪しいわ! また戦争するで!」 →第二次アフガン戦争 1881年:イギリス「今回は勝ったけど、めちゃくちゃ苦労したわ…」 →イギリスがアフガンを保護国化 1919年:アフガン国王「世界大戦でイギリスが弱っとるみたいやで! いまこそアフガンから追い出す好機や! ジハードや!」 →第三次アフガン戦争 →アフガン国王「あかん、勝てへんわ。和睦するで!」 →イギリス「こっちも戦争はうんざりやし、もう独立してえ

Published 2021/08/15 07:00 (JST) Updated 2021/08/16 11:56 (JST) 太平洋戦争末期、米艦に零戦機などで突っ込み、時に〝軍神〟とあがめられたり、時に「無駄死にだった」と切り捨てられたりもした特攻作戦の悲劇。出撃前の特攻隊員には覚醒剤「ヒロポン」が与えられていた。この問題は真正面から研究された様子がないが、大阪の元中学教員の相可文代さん(71)は、勤労奉仕で覚醒剤入りのチョコレートを包む作業に従事した女学生の実体験を知ったことをきっかけに独自に調べ、このほど冊子にまとめた。 覚醒剤と知らされず服用し命を散らした若者らの悲哀と、上官や国家体制の無責任さ。志願制とは名ばかりの死への強制の中で、最後には薬物も使った特攻作戦はまさに「統率の外道」(大西滝治郎海軍中将)だ。「祖国に命をささげた美談のように語られるが、実際には覚醒剤による高揚感に

先の大戦で日本軍が開発した人間魚雷「回天」の搭乗員が書いたとされ、インターネット上に流布している「18歳の回天特攻隊員の遺書」の作者は実在しないことが11日、回天研究者ら関係者への取材で分かった。元海軍士官の男性(故人)の創作だった疑いが強い。男性は戦後、特攻隊員の遺書の収集に携わっており、研究者はこうした複数の遺書を基に創作した可能性を指摘している。(大森貴弘) 《お母さん、私は後3時間で祖国のために散っていきます。胸は日本晴れ。(中略)お母さん。今日私が戦死したからといってどうか涙だけは耐えてくださいね。でもやっぱりだめだろうな。お母さんは優しい人だったから。お母さん、私はどんな敵だって怖くはありません。私が一番怖いのは、母さんの涙です》 この元回天特攻隊員の遺書とされるものが世に出たのは平成7年。元海軍士官の男性が皇学館大の戦没学徒慰霊祭で講演し、大学が講演録として冊子にまとめた。こ

これからも語り継ぐべき戦争の記憶がある。作家の五木寛之氏は「戦争はどう始まり、展開したかという『大局』ばかりが話題になる。しかし、一人の兵士や、戦地で生きた個人の体験こそ戦争の真実であり、彼、彼女らの記憶こそ後世に『相続』されるべきだ」という――。 【写真】満州開拓、休憩中、談笑する開拓団家族=1942年1月1日 ※本稿は、五木寛之『こころの相続』(SB新書)の一部を再編集したものです。 ■敗戦の混乱時、日本人女性が味わった性暴力の悲劇 現実社会に「表」と「裏」があるように、過去の時代にも「表」と「裏」があります。私たちが生きた同時代についての記述すらそうだから、100年前、500年前ともなればなおさらでしょう。その当時に生きた人が、歴史の教科書を読めば、仰天するかもしれない。「これは一体どこの国の話だ」と。 「一級史料があるから確実だ」などと言っても、その史料が時代の全体を語るわけではあ

パイロットが搭乗したまま航空機を敵艦に突っ込ませる特攻隊の「体当たり作戦」は、「私には、100パーセント死ぬ命令をだすことはできない」と語った海軍航空部隊の隊長がいたというほど、生還の望みをもてないものだった。 作家・保阪正康さんの著書『昭和史七つの謎と七大事件 戦争、軍隊、官僚、そして日本人』(角川新書)より、特攻の始まり、そして特攻隊員たちの知られざる本音について一部を抜粋する。 ◆ ◆ ◆ 特攻の始まり 初めて戦術としての組織的な特攻隊の出撃は、昭和19年10月25日。海軍の神風特攻隊である。 この年、各地の守備隊が次々玉砕するなど、戦況は著しく日本に不利となった。軍事指導者たちの無能ぶりからなんら打開策が見いだせないまま、戦争はズルズルと泥沼に陥り、犠牲者をいたずらに増やしていた。その中から出てきたのが「体当たり攻撃」作戦だった。 まず海軍が、人間魚雷「回天」を開発した。もっとも初

米軍撮影のフィルムに映る震える少女(沖縄公文書館提供) 沖縄戦の記録映像で映し出される「震える少女」として本紙に名乗り出た浦崎末子さん(82)の自宅を男性が訪ね、証言をとがめるような言葉を投げ掛けていたことが25日、関係者への取材でわかった。浦崎さんはこの一件以来、外部との接触を控えるようになったという。座間味村での「集団自決」(強制集団死)の証言者らにも同様の接触があったことも判明。沖縄戦の継承が課題になる中、証言を封殺する動きに識者は「証言者の萎縮、戦争の教訓継承の妨げになりかねない」と警鐘を鳴らしている。 浦崎さんの親族によると、浦崎さんの自宅に男性が現れたのは昨年8月ごろ。ドアを開けて応対した浦崎さんに「あなたが浦崎末子さんか」と尋ね、いきなり「どういうつもりか」と詰め寄った。 「震える少女は私」と浦崎末子さんが名乗り出たことを報じる2019年6月23日付本紙本紙は昨年6月23日

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