戦死した兵士たちは、 戦後の日本を豊かだと思うのか1935年(昭和10)生まれの倉本聰が脚本を書いた『歸國』という戯曲がある。2009年に初演され、2010年にはテレビドラマになった。アジア太平洋戦争で戦死した日本軍兵士たちの英霊が、60余年ぶりに日本に戻ってくる。彼らの目に現代日本がどう映ったのかを描くという内容だ。 英霊たちは東京ディズニーランドを見て驚く。ひとりが言う。「見なよこれ、さっきからまっさらな弁当や何やら食えるもんがどんどん捨てられてくんだ。どうして食えるのにこれを捨てるのか俺の頭じゃさっぱり判らねえ! それもこんなに大量にだぜ! ニューギニアの山ん中で食い物がなくてさ、カエル食いながら戦って戦死した戦友がこれ見たらいったい何て言うか!」(書籍版『歸國』日本経済新聞社、2010) 当時の兵士たちが、もしタイムスリップして現代のディズニーランドを見たら、本当にそう思うだろうか

片渕須直監督作品・映画『この世界の片隅に』(2016年版)を観た。3年前に制作されたこの映画をこれまで観ていなかったのは、漫画家こうの史代のモヤモヤとする「あやうさ」に気付いていたからで、いまになってみようと思ったのは友人から「天皇家があの映画を観てえらいニュースになっとる」と知らされたからだ。その友人は映画の批判をしたがっているが、彼も映画を未見、私も未見。観ていないものをあれこれ批判するわけにもいかないので、自分の中に巣食う正体不明のモヤモヤを突き止めるためにも、これを機に観たわけだ。 私はこうの史代の単行本『夕凪の街 桜の国』を発売時に読んでいて、電車の中にも関わらず号泣したという体験を持つ。しかし自分の涙の正体の中に少し引っ掛かるものがあったのも確かで、その後のこうの史代現象を見ると余計に「あやうさ」を感じないわけにはいかず、そして今回の映画『この世界の片隅に』現象である。いつまで

『この世界の片隅に』:戦時下日本の主婦の白昼夢 小さな物語と大きな歴史を混ぜ合わせる片渕須直のアニメ映画 マチュー・マシュレ 『ル・モンド』からのアドバイス——見逃してはならない 日本のアニメーションの大きな力のひとつは、そのリアリズム的なアプローチであり、それは空想を描写する場合にもおよぶ。その点で、アヌシー国際アニメーション映画祭の審査員賞受賞作である『この世界の片隅に』という長編映画が最も際立っているのは、1930年代から原子爆弾投下後の1945年の降伏までという、日本史の運命の13年間を、ひとりの控えめな女性という存在、ひとりのぼんやりとした若い妻を通して振り返る強烈な野心においてである。漫画家・こうの史代の漫画を原作とするこの映画は、57歳の控えめなアニメーターであり、例えば宮崎駿や大友克洋の演出補を務めた、片渕須直の最新監督作である。彼はいくつかの知られざる作品を手がけており

「アメリカ許さん‼今度こそ絶対勝つ‼」(本人のセリフそのまま)本人は原爆が投下されたことと、晴美ちゃんがなくなったことが特にショックだったようで、アメリカ悪い悪いと帰ってきてからも怒ってた。 そういう見方も当然あるだろうと思うので、 親からは余計な教育的誘導?みたいなのは敢えて一切してません。 補足 最後の一文のお陰で釣りじゃないかと言われてたので。 私は原作既読。息子と夫は真っ白な状態で観ました。当然この戦争について学んだことのない大人と知識の少ない子供とでは感想も異なるだろうとは思ってたけど、こうも明確に「敵認定」したものを憎む、やられたらやり返すっていうのを強く願うものなんだなあと思ったので書いた。 最後の一文は、実は息子は夏に原爆ドームをみてきて心に思うことがあったらしく、Youtubeで見たこの映画の予告編にちらっと写った原爆ドームに心惹かれてこの映画をみたがっていて、念願かな

旧海軍の主力機「零式艦上戦闘機」(ゼロ戦)の設計者で、公開中の映画「風立ちぬ」のモデルになった堀越二郎(1903~82年)が、45年8月15日に記した日誌が見つかった。 (上田融) 「終戦日誌」と題した便箋二枚分の文章で、東京都内にある堀越の自宅屋根裏で家族が見つけた。ゼロ戦の機体図や開発過程の実験記録などとともに保管されていたという。
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