長崎原爆で被爆したことの証明が不十分との理由で被爆者健康手帳の交付申請を却下されたのは不当として、韓国在住の金勝男(キムスンナム)さん(68)が、長崎市を相手取り、却下処分の取り消しを求めた訴訟の判決が9日、長崎地裁で言い渡された。 井田宏裁判長は金さんを被爆者と認めて処分を取り消し、市に健康手帳の交付を命じた。 金さんは生後8か月だった1945年8月9日、爆心地から約500メートルの同市橋口町の自宅で被爆したと主張。2011年5月に手帳交付を申請したが、市は、証人がいないことなどを理由に同年11月に却下した。金さんは、翌12月に提訴した。 金さんの戸籍には、長崎市橋口町で出生したと記載されている。訴訟で金さんは、両親から聞いた話として、父親が勤務していたボルトナット工場の社宅で被爆し、母親と共に助け出されたと主張していた。 これに対し、市側は▽被爆後に市が行った調査で金さんが主張する番地
南国市観光案内人の会「津波タワー」ガイドを養成中 修学旅行などの要望を受け、掩体とセットで「防災+平和学習」コース新設へ

福岡県太宰府(だざいふ)市は12日、市内の国分松本遺跡で、人名や身分など戸籍の内容を7世紀末(飛鳥時代)に記録した日本最古の木簡が見つかったと発表した。律令(りつりょう)国家体制が整う大宝律令の施行(8世紀初め)に先駆けて、統治の基本となる戸籍制度が完成していたことを示す貴重な発見という。 市によると、木簡には行政単位の「嶋評(しまのひょう)」や冠位を表す「進大弐(しんだいに)」などの漢字が両面に墨で書かれていた。「評」は大宝律令以前の地方行政単位「国・評・里」の一つで郡に相当し、嶋評は現在の福岡県糸島市や福岡市西区に当たる。 現存する最古の戸籍は、奈良・東大寺の正倉院に伝わった文書「筑前国嶋郡川辺里戸籍」(702年)などだが、それ以前の戸籍の具体的な姿は不明だった。出土した木簡は(1)701年に「評」が「郡」に変更された(2)685年に「進大弐」の冠位使用が始まった-を理由に、市は685
日本最古の「住民票」か=大宝律令前、7世紀末の木簡−人の転出入を把握・福岡 日本最古の「住民票」か=大宝律令前、7世紀末の木簡−人の転出入を把握・福岡 飛鳥時代後期(7世紀末)の住民の名前や身分が記された現在の「住民票」に当たるとみられる木簡が、福岡県太宰府市の国分松本遺跡で発見されたと、同市教育委員会が12日、発表した。古代の法典「大宝律令(りつりょう)」が制定された701年より前のものでは全国初。同市教委は大宝律令より前に、中央集権国家の要となる戸籍関連の制度が確立されていたことを示す重要な資料としている。 発掘に携わった坂上康俊九州大大学院教授(古代史)によると、見つかった木簡は計10枚。うち状態が良い木簡(縦31センチ、横8.2センチ)には、当時「嶋評」と呼ばれた地域(福岡県糸島市周辺)に居住していたとみられる人の名前や身分、続柄などが記載されていた。(2012/06/13-01
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