テレビだったか、講演だったかは忘れたが、睡眠において重要なのは睡眠時間ではなく就寝時刻だと聞いた。 1時から7時間寝るのと、22時から7時間寝るのとでは、やはり違うらしい。 そりゃそうだ、早く寝られるなら寝たほうがいい。と思いつつ、毎日夜更かしを繰り返している。 不登校を経験してから、活動時間は夜になった。親や兄弟が仕事や学校に出る朝には起きず、昼は外に出られなくて、ようやく皆寝静まった夜に本を読んだり、ゲームをしたりしていた。 動いてる世界の中で止まっているのは苦しかった。 親からは社会不適合だと思われ(実際そうだと自分も思っていた)、他人と関わることの少なそうな仕事を定期的に勧められた。 そんな自分も、今や社会に出て、会社の人たちとなんとか関わり合っている。 その過程には、何度も寝たくない夜があった。社会復帰後にできた友人と電話をしたり、大学時代には明け方まで飲んで過ごしたり。答えが出

お気にの風俗嬢に手術したほうがいいよと言われて、お金を貯めて包茎手術してきたんですよ。 切らない包茎治療なら5,6万で済むみたいだけど、これだと1か月くらいで元に戻るから、また5,6万かけて治療。 そんなことを繰り返すのが嫌だったから、ちゃんとお金をかけてきちんと包茎手術してもらいました。 料金は38万円くらいでしたが、平均もそれくらいみたいなので安心して手術を受けました。包茎手術平均価格 最初は違和感あったけど、剥けてるのが普通の状態っていいですよね。 銭湯とか行っても、こそこそむく必要もないし、よごれが皮の中にたまる心配もない。 このちょっとしたストレスが解消されるだけでも、包茎手術したかいがあったと思います。 ですが、包茎手術をした後に医者から 「今は長茎手術を希望する男性のほうが多い」 と言われました。 初めてのワードだったので、一瞬戸惑いましたが、どうやら大きくする手術みたいです

20代アラサー男。 この度客先を回る営業職から、一歩たりとも社外に出ない事務職に転職した。 俺は幼少期に母が「言葉のない国に行きたい」と神に祈ったレベルのおしゃべりだ。そしてそのまま成長した。 先に書いておくけど、この話はマジで長い。なぜなら俺がおしゃべりだから。転職してみたら、新しい職場で話せる相手がぜんぜんいなくて辛い。本当にいない。 下手したら 「おはようございます」 「お疲れ様です」 「お先に失礼します」 の3センテンスで就労時間が終わる。 当たり前なんだけど、営業と比べて「しゃべり無用」の業務が多すぎる。 激烈繁忙期のせいか、皆俺なんかに興味がないのか、仕事の合間にちょっと雑談、みたいなのも発生しない。俺の歓迎会はなぜか2ヶ月先に設定されている。 苦しい~~ッ! 人と話したい、そして人の話を聞きたい。転職4日目くらいで窒息しそうになり、なんとか昼休憩の間だけでも話し相手を確保

出張先のビジネスホテルでカップ麺を晩飯兼つまみにして酒を飲んでいる。 出張多いし毎回外で飲んでたら小遣い無くなっちゃうからね。 客観的に今の自分を見たら、孤独にカップ麺啜ってるみすぼらしいおっさんでしかないんだけど、正直そんな嫌じゃないんだよな。 ギャーギャーうるさい嫁も飯食いながら躍り狂う子供たちもいないし、気を遣う上司や部下もだーれもいない。独り。 ぶっちゃけ楽しい。 いつもはテレビも子供優先でYouTubeの児童向けチャンネルばっかり流してるけど、今はポツンと一軒家を見ている。 別にこの番組好きでもなんでもないが。 でも子供嫁も気にしないで自分で好きなもん見られる。それが良いの。 いつもみたいに子供たちから幼稚園の話を聞くのも楽しいんだよ。でもそれとは別でね。ボケッと独り酒飲むのが気持ちいい。 カップ麺食べ終わったらピザポテトがある。BIGサイズ。 これも嫁と半分こせず一人で全部食う

母が、映画を観に行こうという。それが、ガンダムの映画なのだった。 しかし、自分はどうも気が乗らなかった。 これは前に見たことあるやつじゃないの?と思ったのである。 それでも母が「せっかくタダ券をもらったんだから」と言うので、渋々ながらついて行くことになった。 観た映画の内容は、あまりおぼえていない。面白かったという印象はない。 記憶に残っているのは、主人公の男の子が難民キャンプみたいなところで母と再会して別れるまでの一連の場面だ。 ここは、過去にテレビで観た記憶もあった。「母さん、これは戦争なんだよ!」。そんなセリフがあった。 母と一緒に観るには、少々居心地の悪さを感じた。 あのとき観たガンダムの映画が何であったのか、知らぬまま大人になった。あまりガンダムに興味を惹かれなかったからである。 20代の後半ぐらいに、知人が「ぜひこれを観ろ」と言って、ガンダムのDVD3本を貸してくれた。 いまさ

当方、40代男性。キャバクラには行かない。 ずっと何が楽しくて、お金を払って、女性に話を聞いてもらうんだろうと思っていた。 性的なことをしてすっきりしたいという気持ちはわかるので、まだ風俗の方が理解できた 今から20年ほど前、増田が大学に通っていた頃、研究室にある陽キャの助教授(すでに准教授の呼称に変わっていたかも)がいた 学会などの出張のたびに、教授がやめろと言ってるのに学生を連れ回して飲み歩き、 最後には学生をキャバクラに連れて行っていた。自分もそれで一度連れて行ってもらったが、全く楽しみ方がわからず、 椅子に座って岩のようになっていた。 一応、大学の先生の名誉のために行っておくと、当時ですら上記のような先生は少数派であり、 おそらく現在の大学で、学生をキャバクラに連れて歩くような先生は絶滅危惧種だと思う増田はその後、とあるIT企業でエンジニアとして働いていた。仕事は楽しかったし、

幼少期に両親が離婚。 母の地元に引越し母と二人暮らしをしていたが、小学校高学年の頃に病死した。 再び幼少期を過ごした父の家に戻る。 父は離婚後すぐに再婚して異母弟妹も生まれており、継母と弟と妹とは打ち解けられなかった。 中学生の頃に父方祖母が体調を崩した。 父は仕事があり、継母と弟妹は祖母との関係が悪かったため、祖母宅のある地方に引越しそこの中学校に転校した。 祖母は喜んで可愛がってくれたが、中学卒業間近に倒れ以後介護なしでは生活ができなくなり、家の近くの介護施設に入所した。 見舞いなどもあるため父の頼みで祖母宅に残り高校進学を迎えた。 高校在学中に祖母が亡くなり、大叔母宅で高校卒業を迎えた。 祖母の自宅を整理したお金を父から貰い、大学進学のために上京。 上京と言っても東京都内ではなく首都圏内の国立、所謂駅弁だったため4年間の家賃と学費にバッファを設けて計算してもわずかにお金が残った。 そ

月がデケえな 例のあのネタ、ガセってのもガセかもしれないらしいな 反証可能性ってやつかな 嘘だとしても綺麗な言葉だとか言う人いたけど、あんまり表現として上手いとも思わないよ 同じ嘘ならナン ノブ マイ ビジネス(夜に影を探すようなもの)の方が好きかな 月が綺麗といえばヨツバ編の記憶を失った月って綺麗だったよね みたいな連想ゲームめいたことばっか考えてる。 頭の中で壁打ちばっかりしてると時々寂しい。意外性を取り入れるためにSNSの検索ボックスに未整理な言葉の欠片を入れて、他人が組み合げた言葉を眺めたりもするけど。なんかこれやってると頭の何らかの機能が著しく低下していくような感じがする。 タランティーノの映画みたいな他愛ない会話だけしてたい。 いや、もっと体育の時間の卓球みたいな会話でいい。 更に贅沢を言えば萌えキャラ相手にやってたい。 ツッコミとかいらない。互いのズレをわざわざ確かめ合う漫才

日曜の朝のことだ。休日なのに最悪の目覚め。 しかし心当たりもあった。 前日の土曜日。予定もなく町を彷徨った末にパチンコ屋へと入ると、これが驚くほど勝った。 これほどの大勝は久しぶりで、俺は躊躇することなくトルコ風呂屋へと足を向けた。 そこは既に馴染みと言える店で、従業員が若くておっぱいの大きい子が入りましたよと勧めてきた。 俺はその子を指名することにして、待っていると来た女は若く、確かにおっぱいがデカかった。 だが少し太り過ぎているようにも見えた。 彼女に部屋までエスコートされるとまずは恒例行事のように身体を洗われる。 でかく柔らかい乳の感触を背中越しに味わうというのは、悪い気分じゃない。 そのあと本番に入ると女は五月蠅いほどにあんあん喘ぐ。 俺はげんなりしたが、口には出さずに居た。 騎乗位になると女はあっ、あっと喘ぎ、その声はちいかわに似ていた。 俺の脳裏には水曜朝の光景が浮かんだ。 そ

車で3時間ほどかかる妻の実家に今年のお盆も行ってきた。 まだ小学生の娘は妻の実家が好きで、おじいちゃんとおばあちゃんに(それと猫に)会えるのを毎年楽しみにしているんだ。 お義父さんとお義母さんも娘のことが好きだから歓迎してくれて、娘はいつにも増してはしゃいでた。 それで疲れたのか、夜には晩御飯を食べるとすぐに寝ちゃったんだ。 晩御飯の後、大人だけで少し晩酌しようかって話になって、でもお酒が足りなくなった。 もうちょっと飲みたいよねって話になって、お義母さんが「私が買ってこようか」って言ってくれたんだけど、近くにコンビニがあるし俺が行ってきますって名乗り出た。 それでお願いされて、コンビニまでお酒を買いに行ったんだ。 外に出ると夏の熱気がまだ残っていて、それでも知らない夜の住宅街を歩くというのは不思議と悪い気分じゃなかった。 酔いを醒ますのにもちょうど良かったのかもしれない。 コンビニは空い

それは結婚以来ずっとそうで、だが第三者を含む場合は違う。妻は僕のことをちゃんと下の名で呼び、しかし二人だけに戻ると再び僕のことを名字+くん付けで呼ぶ。結婚二年目なのに。 最近、ようやくそのことを思い切って尋ねた。 「なあ、どうして僕のことを名字で呼ぶんだ。それも”くん”付きで」 そう言うと彼女は目を逸らし、「それは…」と言い淀んだ。 僕は引かなかった。急かすこともなく、話題を逸らすこともなく、妻の回答を待った。妻は根負けしたように「学生のときみたいで、なんかいいじゃん」と言った。 は?と思った。 「なんだよそれ」と思わず口に出して言うと妻は拗ねたように「ふーん」と言った。 訳が分からず、冗談で今度は僕の方から妻のことを名字で呼んでみた。 「ねぇ、〇〇(妻の旧姓)どういうことなんだ?」 彼女は僕に窄んだ目を向けてきた。 その瞬間、僕はハッとした。 それは自分の思い出と重なる映画のワンシ

『ストロングゼロは飲む社会福祉』まことに上手いことを言った人がいるものです。 その言葉を初めてネットで目にした時、私はストロングゼロは卒業し、ペットボトルの焼酎を飲むようになっていましたから、その言葉の意味を理解するどころか、誰よりも体験していたと言えるでしょう。 つまり、毎日毎日飲んだくれていたわけです。一日の半分近くは酔っ払っていたでしょうか。それでも朝から飲むわけじゃありませんから、アル中とまではいかないでしょう。 でね、飲んでいる時に何度か考えたことがあるんです。 お酒が飲めなかったら、自分は一体どうなっていたんだろうって。 飲まない方にどういうことか説明申し上げますと、ストロングゼロやペットボトルの焼酎を飲むような人間はお酒に救われている、酔っ払うことで救われていると考えているのであります。 ですからそのような人間にとって、ストロングゼロは飲める社会福祉というわけです。 その福祉

そのじいさんが亡くなった。 昨年に父が亡くなり、私の実家は車を処分したので、実家に帰省するときはレンタカーを予約する。この連休もそうした。 安いので、地元の自動車修理工場がフランチャイズでやっているインディーズ系レンタカーにしてみたら、受付してくれた事務の親切な女性は、レンタカー約款を読み上げる間中修理工場から爆音で流れてくる演歌のUSENに向かって突然「ああうるさいっ!」とブチぎれ、「あなたもうるさいと思うでしょう!?」と私に同意を求め、同僚に修理工場につながるドアを閉めさせると、「最後に乗っていたのは平成15年式のbB(みんなの地元のDQNがよく乗ってたやつ)です。令和になってもまだ乗ってました」というある意味SDGsでは? みたいなことを平気で言う私に、令和2年式フィットハイブリッドという、まさに隔世の感というほかない車の操作方法をとても丁寧におしえてくれた。 そんな調子で車を借りて

学生時代のこと 入学当初、地方から出てきた俺は期待や緊張やらで毎日がなんとも言えないそわそわした気分だった。 ある日学生課で手続きのことなどを色々聞いていたら、後ろから声をかけられた。 「あ、~学部ですか?私もです」 淡い茶色のふわふわしたパーマが特徴的な、明るそうな女の子だった。 それをきっかけにして入学当初はその子(以下M)と一緒になることが多かった。 徐々にそれぞれ別の友達も出来ていったが、共通の友達同士でのグループ付き合いもあり、よく一緒に遊んだりしていた。 そしていつの間にかMは俺の友達の一人と付き合うことになった。正直Mは俺の事を内心気になってるんじゃないかと勝手に思いこんでたので少し驚いた。 でも自分から積極的にモーションをかけるようにも見えなかったし、押しに弱そうだったので流れで付き合うことにしたのかなと思ったりした。 俺は俺でMのことはなんとなく気になってはいたけど、これ

ぬいぐるみペニスショックを避ける方法は現在1つしか見つかっていない。「コトが始まるまでぬいぐるみ着てろ」だ。 部屋に飾ってもらうまでは簡単だ。なんせぬいぐるみだからな。でもここで歯茎も陰茎も見せちゃダメだ。居酒屋だけじゃなくて部屋まで行ってもぬいぐるみペニスショックは起こる。ひたすらショーケースから見つめろ。 いいこにして、終電過ぎて眠くなった頃、相手がお布団に入るときに添い寝する用のぬいぐるみに選んでもらう。さあ、ここだ。出す場所としてはこの布団の中だ。でもいきなり脱ぐなよ。 ここで相手をぬいぐるみにする。ひたすら頭を撫で回してぬいぐるみみたいだねって言ってやるんだ。相手が自分にそう思ってるからな。「我と汝」じゃない。ニトリで買った安っぽい布団で区切られたセカイの中には我と我しかいないんだ。 そしたらもうペニスが何か勝手に出てくる。あとはアダム徳永でも伊武雅刀でもなんでも参考にしてやって

追記 めちゃくちゃ叩かれてて笑える。 でも文章下手とか性格悪いとかボロクソ言う割に服のダサさには反論できてなくて草。 うんうん、文章下手なのも性格悪いのも事実だね。ダサい人多いのも事実だけど。 てかルッキズムって言われてるけど顔の造形に関しては一切触れてないからね。 ただその化粧してないのに服だけ凝って浮いてたりとか服も何もかも独特すぎたりとか、そういうチグハグな格好を整えて最低限身だしなみしたら?って話をしてる。 あと眼鏡ちゃんを見下したつもりはなかった。ごめんなさい。文章下手で性格悪いせいでそういう風に捉えられてしまったみたいで。 あと送り返した感想が短い点に関しては本当に反省したので追加して送った。 指摘してくれてありがとう。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 私は25歳になる同人女。 約9年二次創作活動を続けてた。Twitterやピクシブでは細々活動していたんだけど、イベ

こんど転職するのだが、見切り発車で仕事をやめた結果、次の仕事が始まるまで1か月ほど暇な時間ができてしまった。 2週間ほど休んだらもう休むのが嫌になってしまったので、せっかくなのでタイミーとやらを試してみようと思いついたときの話。 意外にも未経験だとできる仕事は少なく、やっと見つけたのは某化粧品とか日用品、掃除用品を作っている会社の流通倉庫でのピッキング作業。 朝から夕方までガッツリ働いても9000円いかないのには驚いたが、バイトなんて学生の頃以来なのでちょっと楽しみだ。 働いてみると、想像していたよりもずっとホワイト、というか巨大なシステムの一部として期待されていること以上のことは一切期待されていない、という労働環境なのでなかなか気楽で楽しかった。 休憩を抜くと7時間ほどハンドフォークを引っ張りながら歩きっぱなしだったが、毎日リングフィットをしているおかげかさほどダメージはなかった。 その

お前らは食べ放題のよろこびを忘れてしまった。ああ、なんと悲しいことだろう。 思い出せ、食べ放題のよろこびを。食べが放題なのだ。何をいくら食っても良い。いくらばかり食っても良いし、肉ばっか食っても良い。その喜びをお前は忘れてしまった。 原因はわからない。きっと加齢だとは思う。胃が弱り、ガツガツするのをみっともないと思うようになり、アブラを受け付けなくなり、鶏肉とブロッコリーを蒸したやつしか食わなくなり、そしてお前らは食べ放題のよろこびを忘れた。 思い出してほしい、小学校6年生。サッカーか?野球でもいい。スイミングでもいい。運動会というパターンもあるだろう。なんでもいいが、試合の終わり、打ち上げですたみな太郎に連れて行ってもらった日のことを思い出せ。そういう記憶が無いなら脳内で捏造してもらっても構わない。 まずお前らはすたみな太郎の席につく。土曜日、ランチ。値段は2580円くらいだろうか?子供

スーパーのパックのお寿司で幸せになれる これ全部私の寿司なんだぜという気持ち スーパーのお寿司はちゃんとシャリにわさびついてるんだけどもそれでもわさび醤油で食べるのが好き 十個くらい別々のお寿司が入ってるやつ それを好きな順番で食べる なんかセオリーとかあるのかもしれないけど知らん パックのお寿司だよ そこに礼儀など求めるのは逆に無礼ではないか なんも知らねえから穴子からいったんだ 普段は好きなものは最後に食べる派なんだけどもパックのお寿司は色々入ってるので好きなものから始めて好きなもので終われるんだよなあ それがまた幸せなんだよなあ 熱いお茶をお供にしていくのもいいが酒でもいい 今日はなんか気分的におちょこで日本酒飲んだ 合うのか合わんのかもわからない マリアージュってなに? 半分くらいになったあたりで並べ直してパックをお寿司のお立ち台にするのが好き さあ今から好きなお寿司のランキングを

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