新日本プロレスのタイガーマスクが、現役引退を決断した〝真相〟を明かした。6日後楽園大会で行われた棚橋弘至とのデビュー30周年記念試合後に、来年7月での引退を表明。初代タイガーマスクの佐山聡が創設した「スーパータイガージム」出身で、新日ジュニアのトップ選手として一時代を築いた4代目タイガーがいま初めて明かす、リングを下りる本当の理由とは――。 タイガーは記念試合後のバックステージで来年7月での引退を表明。「デビューした時から佐山先生と作り上げてきたタイガーマスクというものが、自分の中で納得できなくなってきた」と説明した。 衝撃的な発表から一夜明けた7日、タイガーは取材に応じ、これまで明かしてこなかった〝戦いの裏側〟を語った。引退の2文字と向き合い始めたのは、5年前までさかのぼる。2020年4月、大腸に穴が開く「大腸憩室炎穿孔(けいしつえんせんこう)」の手術を受け、長期欠場。医師からは「プロレ

プロレスラーは、マイクパフォーマンスで数々の名言をこの世に誕生させてきました。 そのマイクパフォーマンスに私たちファンも同じように、熱くなり興奮し、それによってストレス解消をしていました。 そんな熱いプロレスラー達が残した熱い名言をまとめていきたいと思います。 無人島かと思ったら仲間がいた ~1986.6.12 前田日明の名言~1986年6月12日大阪城ホール IWGPヘビー級王座決定リーグ戦にて、藤波辰巳と対戦した前田日明が、試合後に語った名言です。 第一次UWF解散後、新日本プロレスへ復帰した前田日明 以下5名は、UWFスタイルを崩さず、ロープに振られても戻ってこない、派手なプロレス技には付き合わないといった噛み合わない勝負を続けていた。 その新日本プロレスとUWFというイデオロギー闘争の中で戦うことになった藤波と前田。 握手で始まった試合ではあったが、前田の容赦ないキック攻撃に体力を

新日本プロレスの内藤哲也(42)とBUSHI(42)が、電撃退団の経緯を明かした。1月31日の契約満了後は事実上フリーとして出場していた内藤だが、5月4日福岡大会を最後に新日本を去ることが決定。「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン(LIJ)」の盟友・BUSHIも行動をともにする。プロレス界随一の人気レスラーに一体何があったのか、そして気になる今後は――。 内藤は3日に退団を申し出て以降も団体から慰留されてきたが、16日未明に了承され同日中に発表された。プロレス界を揺るがす大事件の取材を申し込むと、やはり聖地・ファミレスに緊急招集がかかった。 BUSHIとともに本紙を待ち受けた内藤は、現在の心境を告白。「レスラーでいられる時間には限りがあるわけで、その時にやりたいと思ったことをやる方がいいんじゃないかと。未来よりも今を大事に生きたいので」とオムライスをほおばった。2019年4月に初めて試合

ステージ4の食道がん(扁平上皮がん)で闘病していたプロレスラーで文京区議会議員の西村修さんが28日午前に都内の病院で死去した。53歳だった。 かつての師匠で、一時は関係を絶ったこともある藤波辰爾(71)が西村さんへの思いを語った。 「体が悪いというのは僕もずっと知っていたけど、いざこうやって現実に亡くなったと聞くと非常に寂しいです。ここのところレスラーの後輩がね、もちろん(グラン)浜田も後輩だし、非常に残念というか寂しいですよね」という藤波は、西村さんが無我を去った時のことを振り返り「それは過去のことでね。後々、いろんなところから伝え聞いたんですが、僕に対してやっちゃいけないことをやってしまったと反省していたと。僕もその時、同じ感情を出してもしょうがないので彼と言葉をかわすことを絶ったんですが、ここ何年かな、人づてに『謝罪をしたい』みたいなことを聞いていて。でも僕はそういうことはもう抜きに

ラーメン店の経営はなぜ、これほどまでに厳しいのか。その壮絶な舞台裏を余すところなく記した著書『プロレスラー、ラーメン屋経営で地獄を見る』(宝島社)が話題だ。著者はプロレスラーの川田利明。開店から14年、「ラーメン屋の開業を考えているなら、絶対にやめたほうがいい」と断言する理由とは。詳しい話を聞いた。ラーメン店の経営はなぜ、これほどまでに厳しいのか。その壮絶な舞台裏を余すところなく記した著書『プロレスラー、ラーメン屋経営で地獄を見る』(宝島社)が話題だ。著者はプロレスラーの川田利明。開店から14年、「ラーメン屋の開業を考えているなら、絶対にやめたほうがいい」と断言する理由とは。詳しい話を聞いた。 「ラーメン屋は絶対やらないほうがいい」 東京・世田谷区でラーメン店「麺ジャラスK」を経営する川田は険しい表情で現状を語った。 著書は2019年に発売した単行本を加筆・改題して文庫化したもの。最新の

棚橋弘至というオトコ 棚橋が嫌いだった 一枚の写真 棚橋弘至と邂逅する 棚橋弘至の優しさ 棚橋弘至という男 棚橋弘至が好きだ 棚橋弘至というオトコ 出典:東スポWEB 新日本プロレスの棚橋弘至というレスラーをご存知だろうか。 棚橋と言えば、2000年代に暗黒時代に突入していた新日本プロレス、いや、プロレス界全体の、文字通り「太陽」として君臨したスターレスラーだ。 ・・・否、辛酸を舐め、泥をすすりながらも地に落ちそうになっていた新日本プロレスを支え続けた最大の功労者。華やかな外見とは裏腹に、壮絶な時代を這いつくばりながら駆け抜けたレスラー。 当時、格闘技路線に足を踏み入れたことが契機となり、プロレスシーンは世間から見放されかけていた。その中で「プロレスラーとしての矜持」を貫き、不遇の時代のなかメインイベンターを務め続けた棚橋がいたからこそ今の新日本プロレスの盛況があるのだ。 棚橋が嫌いだった

〝プロレスリングマスター〟からラストメッセージだ。ノアの武藤敬司(60)が、21日の東京ドーム大会で38年の現役生活にピリオドを打った。新日本プロレス・内藤哲也(40)との引退試合後、闘魂三銃士の盟友・蝶野正洋(59)とリングで相まみえるサプライズもあったが、万感の思いで慣れ親しんだ四角いマットを後にした。独占手記の後編ではマット界についての提言をつづった。 目の前に可能性がある以上は、日本のプロレス界も世界にマーケットを広げていきてえよな。そのためにレスラーはどうしたらいいかって、難しいよね。地球規模でウケるレスラーにならなきゃいけないから。どんな国の人にも説得力のあるレスラーを目指さないといけないだろうな。何を売りにするのかは選手それぞれだし、俺には分からないけどさ。 ただ、これからはそこまで意識したほうが面白いよ。今は九州に行ったり東北に行ったり、時にはすごい小さな街にも行ってるけど

"プロレスLOVE"武藤敬司が38年あまりの現役生活に幕を下ろす。 その相手は…新日本プロレスの内藤哲也! その引退大会を完全生中継!昭和・平成・令和を駆け抜けたリングの天才は、東京ドームでどのような姿を見せるのか。 さらにオカダ・カズチカ(新日本)VS清宮海斗(NOAH) 禁断のシングルマッチも決定。さらに全日本プロレス、ドラゴンゲート、DDT、東京女子プロレスも参戦! 日本プロレス史上最大の夜! 全プロレスファン必見。```````` ※このコンテンツは「ABEMA PPV ONLINE LIVE(アベマ ペイパービュー オンライン ライブ)」です。ABEMAコインで購入後ご視聴いただけます。 ※ABEMA「ABEMA PPV ONLINE LIVE」のご利用方法はこちらをご確認ください。 ※ご不明な点がございましたらお問い合わせください。 ■目次(このページでわかること・配信イベント

「今、心折れかけています」 「プロレスでは、ここ10年くらいで1回しかギブアップしていないですけど、育児では、ここ3か月で何十回もギブアップしています」 こう話すのは、数々の実績と圧倒的なパフォーマンスで現在のプロレス人気を回復させたとも言われる、新日本プロレスのスター、オカダ・カズチカ選手。 去年、第一子の長男が誕生し、プロレスラーとしては異例の2週間の育休取得を宣言しました。 “強さの象徴”ともいえるオカダ選手に待っていたのは、思わぬ“ギブアップ”の日々。育児と向き合うオカダ選手の新たな素顔と、育児をする親たちに伝えたいメッセージとは。 (スポーツニュース部 記者 松山翔平) 去年8月、偶然1つの記事が目にとまりました。 “オカダ・カズチカ「育休頂けました」” 最強のヘビー級選手を決める新日本プロレスの大会「G1クライマックス」で連覇を果たし、その翌日、第一子の誕生と育休取得を宣言し

〝介錯人〟に指名されて――。2月21日のノア・東京ドーム大会で現役を引退するプロレスリングマスター、武藤敬司(60)の最後の相手に決まったのが新日本プロレス・内藤哲也(40)だ。米WWE・中邑真輔とグレート・ムタの試合が「奇跡の一戦」ならば、内藤がプロレスラーになるきっかけとなった武藤との戦いは、まさに「運命の一戦」。2020年7月以来、2年半ぶりに復活した恒例ファミレス取材で、制御不能男が決戦への心境を語った。 運命の扉が開いたのは21日の横浜大会だった。ノアとの対抗戦で拳王に勝利した直後、武藤から引退試合の相手に指名された。内藤も受諾し、2012年1月4日の東京ドーム大会以来、11年ぶりにして最後のシングルマッチが決定した。 これと前後して、新日本からはコロナ禍で禁じられていた飲食を伴う取材がついに解禁に。満を持して、内藤からは〝聖地〟ファミレスへの緊急招集がかかった。 感慨深げにミラ

『毒舌漫才ウエストランド18代目M-1王者』(サンケイスポーツ) 「おっ」と思ったのは火曜のデイリースポーツ(12月20日)。 『“独自採点”大反響 語ったM-1初審査員の舞台裏 山田邦子 「ブレ過ぎ」批判にあっけらかん「的確にやった」』 審査員を務めた山田邦子のインタビューがドーンと載っていたのである。そりゃ読みますよね。“山田邦子の審査”にどれだけ反響があったのか? M-1終了後のネットニュースのタイトルをいくつか並べてみる。 ・「ブレっブレで最悪」「2度と審査員しないで」 山田邦子、激怒のM-1ファンに真意説明「公正な審査した」 ・山田邦子、M-1での低点数審査に「決勝戦で甘口ばかりもどうかと」 “コメント薄すぎ”の指摘へ「悪いところは言う必要がない」 ・『M-1』山田邦子の審査に賛否…300人に聞いた「見てみたい審査員」お笑いがわかると高評価の女性現役漫才師は? などなどたくさん。

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