資本主義自体は悪くないんだ 資本主義がなければ分業は成り立たないお金というのは単なるツールであって、そもそもは貧富の差を作るために作ったわけでもない この辺に偏見があるなら、ラノベの女狐がありんすありんす言ってるのでもいいし、お金の歴史とか簿記とか勉強するべきなようにも思う 悪いのは新自由主義とか、過度に資本主義的な価値観、偏った物の考え方に問題がある(植松聖的とでもいうか 人命とお金を安易に交換するような意味合いで人材という言葉を使ったり、そういう社会、資本主義やお金というツールを使う側に問題がある そもそも、セーフティネットだったり、無理に税金を上げて福祉国家にならなくても、余計な出費をやめれば福祉の拡充はできるはずなんだ 例えば、ネットに「雇用するときは偏見とか差別をしないでください」なんて広告を出すだけで厚労省は多額の税金を使っている その税金は大手広告代理店に流れたりしているだ

ただの思ったこと日記。 前回の宇崎ちゃん云々でのノートで気持ちを吐き出して落ち着いた。落ち着いたので、賛否どちらもの意見の方や、自分と同じく落とし所で迷ってる方と色々話もできて、私の中ではだいぶスッキリして平穏を取り戻した。お互い理解しようという意図が汲み取れる交流はとても楽しいしありがたいし癒しになる。話してくれた人たち、ありがとう。 だけど、1人だけ、Twitterでブロックした女性がいた。 いかに自分が正しいか、オタク男性が悪いのか、こちらの意見を聞くでもなく押し付け、本当に勘違いしてる部分を指摘しても私の方が詳しいと言わんばかりに耳を貸さず、挙句の果てには「レイプ被害者のトラウマベースの性衝動を見てるようで哀れです」と言い放ったのだ。これは、私にとってはもう200点満点の完全な侮辱発言だ。 マジでどっちが敵だ!?と大いに怒った。 いやいや夫以外を愛してないし、そんな願望も一切ないわ

宇崎ちゃんポスターについて、萌コンテンツ好きなオタク女の立場での気持ちの話と、考察にもならない仮定の話と妄言。 まずこの記事も、そもそもお気持ちの表明でしかなく、萌オタクを代表する気もなければ胸のでかい女を代表する気もないことを前提として伝えておきます。また、あの絵を見て傷ついた同じような体型を持つ女性の気持ちを否定する気はないし。そもそも気持ちは自由だし。ただこういう考えの人間もいることを誰かに伝えたかったのと自分のやり場のない気持ちを整理をしたかったので書いてみました。 まず、立場としては萌コンテンツが好きなオタクで、そして、下着屋店舗を駆けずり回ってサイズを探してもなかなか自分のサイズのブラがないタイプのデカ乳女である。レイプなどの大ごとはなかったものの、痴漢やキャットコール、追いかけやつきまとい、セクハラなどの性的被害は一通り経験してきた側の人間だ。 今回の騒動の初見としては、あー

まだまだ宇崎ちゃん問題から派生した思考整理記事 とりあえず私の立場のザックリ説明としては 30前半女、表現規制反対派、萌コンテンツ好き、共学出身で、普通の店舗にはサイズがないタイプの乳の持ち主。痴漢セクハラ追いかけつきまといキャッチやキャットコールなど、レイプみたいな大事意外の性被害は一通り経験した側だ。 それでも今回の宇崎ちゃんポスターを擁護し、表現規制に反対するのはなぜか?という説明と、逆にポスターに反対している女性達ってこうなのかな?と言う私なりに考えた仮定の話の思考整理です。 (後者はあくまで仮定だ。とんちんかんなこと言ってる可能性は大きいです) ※とりあえず今回のノートではゾーニングについては置いておく。献血の場を16歳以下はほとんどこない場だとするのか、公的機関が運用する公道よりフラットであるべき場だとするのかで大きく意見がわかれるし、私もちょっとここはまだ悩みがあるからだ。

マナー関連企業① このたびは貴重なご意見を頂戴し、誠にありがとうございます。 私どもも、パンプス反対署名運動の記事は存じております。 実はとても不思議に思っておりました。 弊社ビジネス研修では、「女性は職場でパンプスを履くのがマナーです」と申し上げることはまずございません。 1、職業に適切な履物であることが望ましいです。 2、職場において、男女同じお仕事をしている男性がスーツで革靴の場合、女性はサンダルやスリッパ履きではなく、男性革靴の同格にする必要がございます。 (パンプスの指定はしません) 3、パンプスを履いている方は、外反母趾になるようなデザインを選ばない。 (足の幅が合わない、かかとが高すぎるもの、先が細いデザインなど) 足の幅の広い方は、足に合うEEEやEEEEを選び、 足にフィツトする履物を選ぶ(販売しています)とよいのです。 4、かかとのあるものは、決して悪くありません。 フ
30年以上にわたってセルフポートレートを発表してきた現代美術家が、東京都内で個展を開催している。2度目の五輪開催に沸く日本を意識した展覧会名は、ずばり「森村泰昌 エゴオブスクラ東京2020―さまよえるニッポンの私」だ。「私の中心らしきところには空虚が広がっている。真理や価値や思想というものは、私の身体の外側にあって、それはまるで『衣服』のように、いくらでも自由に着替えることができるのだ」東京

従前からの読者はご存知の通り、筆者はジェンダーギャップ指数を改善することを目的として、仕事への没入がどうしても要求されるリーダー職に女性が進出することを促進するため、女性稼ぎ手モデルの積極導入を提唱している。 リーダー職の滅私奉公性 私が女性稼ぎ手モデルを勧めるのは、ジェンダーギャップ指数の計測対象である社会的リーダー=政治家や管理職は、どうしても仕事への没入を求められがちだからである。 リーダー職は多くの人にとって重要な方針を決める権限を預かっているがゆえにリーダー職なのであり、職業倫理として「滅私奉公」(※ここでの「公」は有権者や部下)が求められ、私事を優先すればどうしても「身勝手」との誹りを受けやすい。例えば、直近では伝染病の流行が危機的状況にあり、厚生労働大臣ともなれば多くの人の命を預かっている状態だが、ここで大臣がゴルフにでも出ていれば政治的スキャンダルになるだろう。最近環境相が


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