世界99 上下巻セット 集英社Amazonこの『世界99』は『コンビニ人間』などで知られる村田沙耶香の3年以上にわたる連載をまとめた大長篇だ。10人の子どもを産むことで一人の人間を殺しても良い、特殊なシステムが生まれた日本を描き出す「殺人出産」や、カジュアルに人が自死するようになり『可愛い死に方100選』のような本が本屋に自然と並ぶようになった世界を描く出す「余命」のようにラディカルな形で出産や死を扱う短篇を書いてきた村田沙耶香だが、本作はそうしたSF的な短篇群の集大成的な長篇といえる。 僕も2025年の3月に刊行されて少ししてから読んでいたのだが、久々に衝撃を受けたと言うか、うーんと考え込んでしまうようなSFで、どう紹介しようか、と考えあぐねているうちにだいぶ時間が経ってしまった。僕はSFを読みすぎたこともあってかだいたい元ネタや潮流がわかって、半ば予想&身構えながら読んでしまう。 だが

1. 概要よく日本人駐在員の話を聞くと、「アメリカでは欲しい物がなかなか手に入らないので、一時帰国の際に日本で大量に買い込み、それをスーツケースに詰めて戻る」というエピソードに出会う。アメリカといえば「物が溢れる国」「資本主義の象徴」というイメージが先行する。しかし、実際に生活してみると、「物は多いのに欲しいものがない」という逆説的な現象が現れるのだ。 もちろん、これは単なるイデオロギーの対立を語るものではなく、一消費者として資本主義の先鋭化がどのようなデメリットをもたらすかという、あまり語られてこなかった現象の一端である。日本にいると、SNSやメディアから「アメリカ=巨大市場で品揃え豊富」という表層的な情報だけを受け取りがちだが、実際に暮らしてみなければ体感できない部分が確かにある。 ニューヨークやカリフォルニアのような大都市圏では、日系・韓国系スーパーも進出しており、Whole Foo

呼吸を取り戻せ――肺移植がもたらす奇跡と悲劇 みすず書房Amazonこの『呼吸を取り戻せ』は米国で移植医として長年勤務してきたデヴィッド・ワイルが書く、米国の移植医療にまつわる話と彼の人生を綴った回顧録だ。「移植医」とは耳慣れない言葉だが、外科手術を担当する呼吸器外科医ではなく、臓器移植に関する様々な決定に関わる移植プロジェクトのリーダー的な立ち位置のことらしい。 具体的には、誰がいつ移植を受けるかの発言権を有し、移植者の診断などを行い、術後のリカバリー管理、プログラム運営の責任も担うなど、移植の外科的な手術以外の多くの側面を担う専門家といったところだろうか。上記の説明に加えて解説の仲野徹いわく、『肺移植適応の可能性がある患者を、移植前から移植後まで一貫してケアし「生涯にわたる深い絆を築く」のが移植医、著者の職業だ。』ということになる。 移植医療をめぐる状況を綴ったノンフィクション本書は

TL, DR(信用)貨幣とは、定量化された貸し借り関係を表現する正重み付き有向グラフである。 2つの信用貨幣「信用貨幣」という言葉がある。 基本的には支払手段としての貨幣機能から生じたもので、「貨幣支払約束書」としての性格を有する。すなわち、期日指定・一覧払いを問わず、現実の貨幣(本位貨幣)への兌換性・同一性が保証されている必要がある。 https://ja.wikipedia.org/wiki/信用貨幣これによれば、信用貨幣とは、本位貨幣との兌換性をもつ、またそのことによって価値が保証される貨幣のことだ。本位貨幣とはもちろん、貴金属硬貨、商品貨幣の一種だ。 その平価に相当する一定量の貴金属を含み、実質価値と標記額面との差の無い貨幣のことである。 https://ja.wikipedia.org/wiki/本位貨幣この意味において、今現在、信用貨幣は存在していない。貨幣を発行する中央銀行は

しかし常々おもうけど、ジェンダーを否定したら恋愛はできんわな。恋愛ってのはジェンダーを誇張して演じ合うプロレスみたいなもんだからな。奢らない男はモテないし、化粧しない女もモテない。私は男女平等主義者なので、そこに対するジレンマはいつも感じている。 — たにし (@Tanishi_tw) 2025年3月17日 たにしさんは僕の開催してきたゼロ年代恋愛塾(全3回)に毎回熱心に参加してくれていた。これはおそらく、それを踏まえたうえでのツイートだろう。 そこで、ゼロ年代恋愛塾の内容を振り返りつつ、僕からもこの問題について応答しておきたい。 現代にゼロ年代を〝実践〟するための一大企画を始めます。その名も「ゼロ年代恋愛塾」。はっきり言って現代の主流の恋愛観はクソなので、ゼロ年代に存在していた恋愛観の、その最良の部分を最大限引き出す講座です。… pic.twitter.com/9eYMXl7dfu —

新自由主義、あるいは世界の官僚化デヴィッド・グレーバー (2009)アメリカ人はしばしば世界の他の地域の人々と政治の話をすることに困難を覚える。2005年12月末に世界中のニュースワイヤーから多かれ少なかれ無作為に抜粋した3つの引用を見てみよう。ボリビアでは、新たに大統領に選出されたエボ・モラレスが「国民は新自由主義者を打ち負かした」と宣言し、「私たちは新自由主義モデルを変えたい」と付け加えた。ドイツでは、ロタール・ビスキーが、新政党の結成が「新自由主義が社会的結束に与えるダメージに対抗する民主的な代替案を生み出すことに貢献する」こと期待すると発表した。同じ頃、あるパン・アフリカ主義のウェブジャーナルが、「モーリシャス、スワジランド、マリといった遠く離れた国々からの新自由主義に代わる経済についての議論の高まりを反映した」特集号を発表した。[1] これらはたった3つだが、容易に何十も見つけ

2024年10月9日にゲンロンカフェで行われた、藤田直哉さん、速水健朗さん、山内萌さんの3人による「弱者男性」をめぐる座談会を掲載します。いわゆる弱者男性論はどのような歴史的文脈のなかで形成されてきたのか、そこにはどのような論点や考え方があるのか、女性はどのように語られるのか……、三者三様の視点から迫ります。(編集部) 藤田直哉×速水健朗×山内萌 「弱者男性」と文化戦争──ジョーカー、頂き女子、とべとべ手巻き寿司 URL=https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20241009 またゲンロンカフェでは、関連イベントを開催いたします。ぜひあわせてご覧ください! 藤田直哉×雨宮純×山内萌 「祭り」の終わりと就職氷河期世代──弱者男性は陰謀論を抜け出せるか? URL=https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/2025021
『イスラーム諸学の革新・要約』とイスラームの解釈学的アプローチ 1.はじめに本稿は、現代世界に求められるイスラームの解釈学的アプローチにおけるガザーリーの『イスラーム諸学の革新・要約』の有用性とその限界を明らかにする。 現在の世界は、サミュエル・ハンチントン が予言した低強度のフォルトライン紛争が同時多発的に世界中で発生し、特にガザ戦争以降、第二次世界大戦後の国際秩序の既得権益を守ろうとする欧米(+日本)とその偽善と不正に異議を申し立て、西欧列強が作ったゲームのルールを変えようとする「グローバルサウス」と総称される非西欧文化圏の対立が一挙に加速、先鋭化し、コントロールの利かない世界大戦に発展しかねない危機的状況にある。 この現状はミクロとマクロの両レベルでの行き過ぎたアイデンティティ・ポリティクスによって煽られた人々の分断をもたらす国家主義的で排他的なジンゴイズムの言説の世界各地での増大
『ゲンロン17』に掲載されている東浩紀の論考「平和について、あるいは「考えないこと」の問題」について、簡単なメモをまとめてみます。文章全体は多くの側面をとても豊かに含んでいますが、その細かなところに踏み込むことはせず、論考全体についての大雑把なメモです。 論考の中心にある「平和とは考えないことだ」という主張は、非常にしっくりくるものでした。個人的には、コロナ時代における「健康とは考えないことだ」と同型の問題なのかも、という気もしています。僕自身はピラミッドのモデルで考えていて、戦争とか衛生とか生存に関わるレイヤーがピラミッドの基層にあって、ピラミッドを上昇していくと、生存という問題の忘却に基づいた文化の様々な諸層が可能になる。しかしそれはあくまでも忘却であって、足元を掘ればいつでも生存の基層が見つかる。実際、そこを担っている人たちは忘却の裏側には常に存在しているわけです。このモデルに基づく
親子げんかをして絶縁状態になった父が認知症に。介護と看取りを経て、今僕が思うこと #親の介護 公開日 | 2024/10/03 更新日 | 2024/10/03 親子仲が良くない場合に親の「介護」とどう向き合っていくかは、難しい問題です。 認知症のお父さんを介護し看取った経験を持つライターの安藤昌教さんは、お父さんとけんかをして絶縁状態のまま介護に関わることになったそう。複雑な思いを抱えながら介護に向き合い、正解のない「家族との関わり方」について考え続けていたといいます。 今度は新たにお母さんの介護が始まろうとしているという安藤さんに、お父さんの介護を通じて感じたことを振り返りながら、これから介護に関わる人に伝えたいことについてつづっていただきました。 安藤昌教(あんどうまさのり)といいます。1975年に愛知県で生まれて、高校を卒業するまで愛知に住んでいました。当時は自転車のことを方言で「

『21世紀の道徳』が好評だった哲学者・書評家ベンジャミン・クリッツァーさんの第二作『モヤモヤする正義──感情と理性の公共哲学』が9月25日より発売になります。 さまざまな「正義」について、紛糾し炎上も起きる現在、揶揄やあてこすりではなく、正面から「規範」について考え、堂々と「正義」を主張し合えるようになるためのテキストです。 発売に先立ち、本書のなかから、著者の執筆意図が込められた「まえがき」を公開いたします。このまえがきに関心を持たれた方は、ぜひ本書を手にとってみてください。 ネットを眺めたりテレビを見たり雑誌を読んだりしていると、「マイノリティばかり優遇されている」とか「フェミニストの横暴は目に余る」とかいった意見が目に入ってくる。「過剰なポリティカル・コレクトネス」は以前から騒がれていたし、最近ではキャンセル・カルチャーという言葉もすっかり定着した。こういった意見を言っている人たちは

“聖なる価値” なんにでも値札が付く社会で、それでも人間が抱く「神聖視したものを金に交換したくない」という心理柳澤氏は、推し活やファンダムに対して“聖なる価値”という視点から研究をおこなっているそうです。ここで言う“聖なる価値”を理解するためには、まずこの言葉の前提となる社会への認識を知るのがよいでしょう。 その社会とは「なんでもお金さえあれば基本的に手に入る」、「人間の思いやり、ケアも含め、全てに値段が付く」、「労働者は入れ替わり可能」、「自分の価値、生きている意義を見出しづらい」というものであり、こういった現代社会を柳澤氏は総じて「市場経済が全面化」していると表現しました。 柳澤氏は、すべてのものに値段が付くようになったこの社会のなかで、なぜか人間には「自身が神聖視したものを金に交換したくない」という心理が見られると語ります。その心理を概念化したものが、“聖なる価値”とのこと。 この聖

ssig33's microblogArchive ここはssig33のmicroblog.pubのアーカイブです。 現在は @ssig33@hollo.ssig33.com に移行しています。そちらをフォローしてください。 濱口桂一郎さんの『賃金とは何か』を読んだ 日本では会社ごとの賃金があり、そしておおまかには在籍年数に応じて役職定年までは毎年昇給していく、という給与システムはごくあたり前のこととして受容されている(と思う)が、そうしたシステムはどのように作られてきたか、ということを労働行政の賃金マフィアとでも言うべき一群の人達の視点を中心に書いている歴史書。 「どのように」みたいな話は本に書かれているので、読んで頂ければいいとして、この本の白眉と言える部分は以下の3箇所だと思っている。 代表団は全般的に見て、婦人労働者に正常の賃金と、より良い社会的地位とを保障する努力がこれまでほと
2024年8月、日経文庫は創刊70周年を迎えました。その長い歴史の中で、日経文庫は数々のロングセラーや専門分野の名著を生み出しています。そこで、日経文庫の平井修一編集長に、さまざまなテーマでおすすめの日経文庫を解説してもらいました。今回は、20年、60年…と何十年も売れ続けているロングセラー11冊について。聞き手は、日経BOOKプラス編集・副編集長の小谷雅俊。 日経BOOKプラス編集・副編集長・小谷雅俊(以下、小谷) 今年、日経文庫は創刊70周年を迎えます。70年前というと1954年。日本史年表を見ると吉田茂内閣最後の年で、ゴジラ映画の第1作が公開された年です。これから高度成長期が始まるという時期ですね。改めて、その長い歴史を感じます。 平井修一編集長(以下、平井) 本当ですね。最初に出たのは『手形の常識』という本でした。実務的な内容の本が多いという傾向は、現代にも引き継がれていますね。こ

東浩紀の伝記を書く。ゼロ年代に二十代を過ごした私たちにとって、東浩紀は特別の存在であった。これは今の若い人には分からないであろう。経験していないとネット草創期の興奮はおそらく分からないからである。たしかにその頃は就職状況が悪かったのであるが、それはまた別に、インターネットは楽しかったのであり、インターネットが全てを変えていくだろうという夢があった。ゼロ年代を代表する人物を3人挙げるとすれば、東浩紀、堀江貴文(ホリエモン)、西村博之(ひろゆき)ということになりそうであるが、彼らはネット草創期に大暴れした面々である。今の若い人たちはデジタルネイティブであり、それこそ赤ちゃんの頃からスマホを触っているそうであるが、我々の小さい頃にはスマホはおろか携帯電話すらなかったのである。ファミコンはあったが。今の若い人たちにはネットがない状況など想像もできないだろう。 私は東浩紀の主著は読んでいるものの、書

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