※本ブログポストは、福島県浪江町町長 馬場有様にご寄稿いただきました。本日、浪江町がGoogle マップのストリートビューでご覧いただけるようになりました。 浪江町は日本の太平洋に面する福島県浜通りにあります。海、山を有し、「海と緑にふれあう」美しい町です。それが 2011 年 3 月 11 日の東日本大震災とそれに伴う原発事故により、21,000 人の全町民が今も全国に避難しています。 震災から 2 年経過した今でも、浪江町には自由に立ち入ることができません。多くの町民から、ふるさとの状況を見たいという声があります。また、世界的にも原発事故の悲惨な状況を映像で見たいという方がたくさんいらっしゃると思います。Google の協力で、今回ストリートビューで町のありのままの姿を多くの町民の皆さまにお知らせできること、世界に発信できるということをとても、嬉しく思っています。 大きな地図で見

防災に、デザインを。慶應SFCの授業「未踏領域のデザイン戦略」で学生が発表した防災アイデアがすごいと話題に 「もっと防災がカッコよくておもしろいものだったらいいのに。」 将来の震災に備えるとき、命が関わることとは言えどもやはりあまり楽しさを感じられず、気が重くなってしまうものです。Standbyを運営し記事をお届けしながら、そのような声をたくさん耳にしてきました。 そんな「防災」というテーマ全体の大きな問題に取り組む講義「未踏領域のデザイン戦略」の最終成果発表会が、1/26(土)にシンポジウム「防災のデザイン」内で開催されました。 グラフィックデザイナーの佐藤可士和氏らが講義を共同担当 「未踏領域のデザイン戦略」は慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(通称:慶應SFC)で特設科目として開かれていた講義。担当教員にはユニクロのロゴのデザインで有名なグラッフィックデザイナーの佐藤可士和氏が招聘され、
ソースは、 9/30付産経 9/30付産経 10/1付福島民報 10/1付m3.com ここからです。3つは同じ説明会(双葉病院)の様子を報じています。 ■まずは産経 院長「謝罪の必要ない」 怒りの遺族、退席相次ぐ 双葉病院50人死亡 政府事故調の報告に続き、双葉病院は病院側の責任を否定したが、鈴木市郎院長(78)が「謝罪の必要はない」と話すなどしたことに遺族側は激高。途中で退席する遺族が相次いだ。 「亡くなったことに対しては謝罪はなかった」。ドーヴィル双葉にいた姉=当時(79)=を亡くした会津美里町の男性会社員(67)はそう憤る。男性会社員によると、説明会で鈴木院長は「謝罪の必要はない」「家族が病院側に安否を問い合わせるべきだ」と神経を逆なでするような発言をしたという。男性会社員は公開質問状の提出を検討する考えを示した。 浪江町の主婦(53)は双葉病院にいた兄=当時(62)=を亡くした。
来月12日に切り倒され、保存に向けた防腐処理に入ることが分かった「奇跡の一本松」=28日午後、岩手県陸前高田市 東日本大震災の大津波に耐えた岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」が来月12日に切り倒され、保存に向けた防腐処理に入ることが29日、市関係者への取材で分かった。 当日はセレモニーも開く予定で、震災2年を迎える来年3月11日までに元の場所に立て直すとしている。 市によると、高さ約27メートルの一本松を根元から切断して、幹を5分割。芯をくりぬき、防腐処理を施す。その後、金属の心棒を通して立ち姿のまま保存する。 保存費用は約1億5千万円。市はホームページや交流サイト「フェイスブック」で募金を呼び掛けている。
東日本大震災や原発事故が「家計に与えた影響」について、慶應義塾大学が調査を続けている。このほど発表された結果が、意外な波紋を呼んで話題になった。 この調査は震災前と震災直後、さらに夏の節電を経験した後の家計行動の変化を追跡したものだが、そこではっきりと浮かび上がってきたのが、 「原発事故・放射能への不安や恐怖は、文系・低所得層・非正規雇用者・無業者ほど大きい」 という、動かしがたい統計的事実だったからだ。 調査は、同大学のパネルデータ設計・解析センターが全国の約6000世帯に対して、調査票を郵送して実施。回答から明らかになったのが、放射能恐怖と就労や所得のあいだの関係だった。調査には十分なサンプル数があり、有意差のある結果となっている。 ◇ 費用面の理由で、転居などの対策が取りづらさが理由 ところが、調査結果に対して、 「文系や低所得者をバカにしたものだ」 という、見事なまでに短絡的な反発
環境省が推進するがれき広域処理の意味――前編:大量のがれき -はてなブックマークニュース 津田大介氏による、がれきの広域処理に対して、なぜがれきを被災地以外の場所で処理することが必要なのか、環境省などのがれき広域処理賛成派の立場からまとめた記事です。 私は、この記事に対して一定の評価をすると共に、一方でこれは不完全な記事であり、批判される点も多々あると考えています。 評価すべき点は、まず何よりも、今まで情緒的にしか語られて来なかった「なぜがれきを被災地以外で処理しなければならないか」ということについて、データを提示しながら、理由がまとめてあるからです。特に、「なぜがれきをそのままにしておいては駄目なのか」「がれきを広域処理すねことにどんなメリットが存在するのか」という、私が一番疑問に思っていた点について、説得力がある議論が展開されているように思えました。 そして次に、これがweb上で、検
東日本大震災に続いてタイの大洪水でも起きた操業停止の連鎖。東京電力福島第1原子力発電所の事故で崩れ去った安全神話、そして広がる日本企業の技術力への不信……。 この2011年ほどモノ作り立国としての日本の威信が揺らいだ年はかつてないだろう。こうした事態を契機として日本企業が次に目指すべきものは何か。それは従来のモノ作り立国への回帰ではなく、新たな強みの構築ではなかろうか。 モノ作り偏重から脱却した先に築くべき日本企業の新たな姿とは──。論客へのインタビューを通して模索していく。 初回に登場するのは、一橋大学大学院国際企業戦略研究科の名和高司教授。同教授は、経営コンサルティング大手マッキンゼーで情報通信や自動車などのハイテク企業の戦略立案などに長年携わってきた。グローバル競争に勝ち残る企業のあり方として、モノ作りに立脚しない事業モデルを提言する。 (取材構成は、石川香苗子=フリーライター) ―

粘りに粘ったが、ついに俵を割って官邸を去る菅直人首相(64)。批判のしどころは多々あるにせよ、結局、何がいけなかったのか。「市民運動出身」という同じルーツを持ち、東日本大震災後は災害ボランティア担当の補佐官として支えた辻元清美衆院議員(51)に尋ねた。【宍戸護】 ◇権力維持には「まめさ」必要だが、理念重視のあまり気が回らず。 ◇妥協、利害調整できず立ち往生。「浜岡」「脱原発」は考え抜き決断。 「自分の言葉で。終わり良ければ全てよし、でっせ」 8月26日昼、衆院議員会館。テレビ画面の中で「退陣の弁」を語り始めた菅首相に、そう声をかけた。立ったまま、安堵(あんど)とも無念ともつかぬ表情の辻元さんである。約5分、聞き終えるとポツリ。「あっさりしてたなあ……」 昨年7月、長年所属した社民党を離党、現在は無所属ながら民主党と会派を組む。震災から2日後の3月13日、首相補佐官に起用され、官邸で半年間、
先月の自殺者数 3000人超 6月8日 9時2分 先月、自殺した人は全国で3281人で、去年の同じ時期に比べて18パーセント増え、1か月間の人数としては2年ぶりに3000人を超えました。 警察庁によりますと、先月、自殺した人は全国で3281人で、去年の同じ時期に比べて499人、18パーセント増えました。1か月間に自殺した人が3000人を超えるのはおととしの5月以来2年ぶりです。都道府県別で最も多かったのが東京で325人、次いで神奈川で210人、大阪で206人などとなっています。東日本大震災の被災地では、岩手が去年よりも3人減って32人、宮城が去年と変わらず50人、福島が19人増えて68人となっています。自殺した人の数は、国が相談窓口を増やすなどの対策を強化した結果、去年からことし3月にかけては減少傾向が続いていましたが、東日本大震災のあとの4月からは2か月連続で去年よりも増加しています。警
クリーニング店を多店舗展開する喜久屋は、経営理念に「喜久屋で善かった」を掲げる。客も、従業員も、取引業者も、さらに地域も、喜久屋と関係して善かったと感じてもらえるように事業を進めるということだ。 これまでも、サービス生産性向上に努め、店舗や洗濯工場の仕組みを改革してきた。その結果、洗濯工場の作業を平準化して、そこで働く従業員の安定雇用だけでなく、取引業者から、洗濯に必要な材料を安定的に仕入れるようにした。さらに、作業が平準化されたことで、夜遅くまで工場が操業することもなくなり、地域住民にとっても騒音などの問題がなくなり、地元にとってもよい企業となっている。 この喜久屋も、他の企業と同じように、地震の被害にあった。そして、売り上げを大きく落とした。しかし、この地震後の逆境を冷静に見て、「社会への貢献を通じて自己実現したい」という人間の本質を見いだしたのである。その結果、事業の優先順位が入れ替

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小林幸子、2600人と握手!米など配布 厳しい寒さの続いた3月からうって変わり、日中は20度まで気温が上がった相馬市に、 温かい“助っ人”が登場だ。 小林はこの日、早朝6時に都内を出発。普段ツアーで使用する11トントラックに無洗米を10トン、ワゴン車に1万2000個のまんじゅうを詰め込み、7人のスタッフと午前11時半に到着した。 相馬市は先月11日の震災で、10メートル以上の津波被害を受けた。また、福島第1原発から約40キロ圏内に位置しており、被災者は今も眠れぬ夜を過ごしている。周辺道路が通行止めや規制される中、小林は福島市経由で現地入りを果たした。 まず、525人が生活する総合福祉施設「はまなす館」を訪れ、立谷秀清市長(59)をはじめとする被災者の熱烈歓迎を受けた。NHK紅白歌合戦でおなじみのド派手衣装が全面に描かれたトラックを前に、小林は「不謹慎だと思わないでください。このトラックしか
プロレス団体IGFの会長アントニオ猪木(68)が被災地に気合と勇気を届けた。5日、猪木は同エグゼクティブプロデューサーの蝶野正洋(47)と福島・いわき市、宮城・東松島市の避難所3カ所を激励に訪れた。被災地に「元気ですか!」の高らかな声が響き渡った。飲料水3万リットルや特製タオル5000枚などを届けた。 最初に訪れたいわき市の江名中学校では、到着直後から「元気ですか!」と絶叫。「本当は言おうか迷った。でも皆さんが思った以上に元気だったから」と盛り上げた。 「日本中が自粛、自粛じゃあ何もできない。元気のあるやつが立ち上がれ!」。有言実行の猪木に被災地は勇気づけられた。ある若者は「闘魂注入」のビンタをねだった。強烈な平手打ちをくらった遠藤昇太さん(29)は「暗い気持ちと一緒に、意識が飛びました」。ほおをさすりながら感激した。最後は全員で「1、2、3、ダ~!」と絶叫。避難所に笑顔があふれた。

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