広島の監督として「赤ヘル軍団」の黄金期を築いた古葉竹識(こば・たけし)さんが、12日に心不全で亡くなっていたことが16日、分かった。長男千雄さんが球団を通じて発表した。85歳だった。葬儀、告別式はすでに近親者のみで執り行われた。現役時代には俊足巧打の内野手として活躍。引退後は、広島で4度のリーグ優勝、3度の日本一を達成。大洋や東京国際大野球部でも指揮を執った。名将が惜しまれながら、この世を去った。 <広島関係者のコメント> ◆広島OBの山本浩二氏 訃報を聞いて大変驚きました。とても寂しい気持ちです。古葉さんは優しそうなイメージがありますが、監督としては妥協がなく大変厳しい方でした。つらいことが多かったですが、その厳しさがあったからこそ、自分は成長できたんだなと感じています。私が監督になってからも古葉さんの機動力野球を見習いました。広島伝統の機動力野球は古葉野球。それがチームカラーになってい

殿堂入りした故津田恒実さん(享年32)が亡くなったことを報じた1993年(平5)7月21日付日刊スポーツの紙面記事。<復刻:炎のストッパー、津田さんが脳腫瘍で死去> 1982年(昭57)新人王、名ストッパーとして活躍した元広島投手の津田恒美(つだ・つねみ)さんが20日午後2時45分、脳腫瘍(しゅよう)のため福岡市中央区の済生会福岡総合病院で死去した。32歳。くしくも、津田さんが5回も出場し快速球を披露したオールスター第1戦の当日、2年余りの長い闘病生活にピリオドを打った。プロ通算生活10年間で49勝41敗90セーブ。早すぎる死に球宴会場の東京ドームは関係者が驚きとともに、深い悲しみに包まれていた。 だれもが「本当ですか!?」と絶句した。巨人長嶋監督らセ・ベンチはもちろん、西武清原らパ・ベンチの関係者も声を失った。津田さん死去の悲報は、球宴開幕のセレモニー直前、両軍関係者に届いた。元同僚の広

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