コックリさんといえば、「あいうえお」や「はい・いいえ」などを書き込んだ紙と10円玉を使う降霊術として知られています。 数人のメンバーたちの人差し指を10円玉の上に乗せながら「コックリさんコックリさん」と呼びかけ何かの質問をすると、10円玉が勝手に「あいうえお」や「はい・いいえ」を記した部分に動き、コックリさんからの答えが返ってくると言われています。 否定派は「参加者のうちの誰かが仕掛け人となって、意図的に10円玉を動かしているに過ぎない」と言います。 もちろんそういう場合もあるでしょう。 しかし近年の研究によって、仕掛け人がいない場合でも、コックリさんが機能し、参加者たちの意識から切り離されたように10円玉が動くことがわかってきました。 また名古屋大学の研究では、コックリさんを行っている参加者たちの脳波を測定したところ、不思議な同期を起こしていることも判明しています。 コックリさんが心理学

阿明 @KURAMOTOTOMOAKI 来週公開予定の日本語卒業公演の舞台稽古の最中、ある学生が泣きそうな顔で「先生、紅包(ご祝儀袋)が落ちてます⋯」と言ってきた。まさかと思って見に行くと、本当に落ちていてゾッとした。たぶん誰かが落としたものだろうけど。その後、紅包を囲んで教室全体が軽いパニック状態になった。 pic.twitter.com/5R5YrJsAX7 2021-11-21 20:01:40 阿明 @KURAMOTOTOMOAKI 補足しておくと、台湾では「冥婚」と言って、路上に落ちている紅包を拾うと、その中に未婚で亡くなった若い女性の写真や髪の毛が入っていて、拾い主はその女性と結婚しなければいけないといった風習がある。実際に紅包が路上に落ちていることはまずないが、じゃ拾えるかと言われれば拾えない。 2021-11-21 20:03:25 阿明 @KURAMOTOTOMOAKI

黒松沙志@bngkはいいぞ @kkrrmmttssuu 猟師をしていた親戚のおっさんから 「猪や熊しか住んでないような山奥で白無垢を着た人影が歩いているのを見た時は本気で怖かった」 と聞かされたのを思い出す。想像しただけでゾッとする… 2020-04-12 09:38:54 黒松沙志@bngkはいいぞ @kkrrmmttssuu 森林特有のいい香りの元であるフィトンチッドは、菌や虫にとっては有毒ガスなんだという。それを長時間嗅ぎ続けると、人間も当てられるのかもと話していた。その一件以来、「何があっても三人以下で山奥には行かない事」が地元猟友会の鉄則になったという。 2020-04-12 09:41:11

その女の人は、どん兵衛のうどんくらい白い服を着て、ペヤングくらいクシャクシャの長い髪をしてたんだって……。 「何事もやりすぎはよくない」といいますが、それはホラーにもあてはまるようです。漫画家の小雨大豆(@kosamedaizu)さんがTwitterに投稿した漫画「こわい話DX」は、デラックスすぎる語り口のせいで逆に残念な感じになった怪談を描きます。 その物語は、とあるタクシーが夜道で女性客を拾ったところから始まります。タクシー運転手の怪談はいわば鉄板のシチュエーション。いったいどのような恐怖体験が語られるのでしょうか? 「女の人は、どん兵衛のうどんくらい白い服を着て、ペヤングくらいクシャクシャの長い髪をしてたんだって」「女の人は、生活のためにタクシーの運転手になろうと思って免許を取った運転手さんに」「湖に… あ 湖池屋さんの字に使われてる湖ね に行きたいって一言…」 説明めちゃくちゃ丁

福島第一原発上空に謎の光が現れて、数時間とどまって消えた――。6月下旬、動画サイトにアップされたその映像を見てみると、確かに原子炉上空を複数の光が飛び交っていた。これはヘリなのか? それともドローン? 謎の光の正体を突き止めるべく、追跡取材を試みた! 【写真】取材班が現地で確認した光 ■深夜に突如現れ、夜明けとともに消えた 発端は、ジャーナリストで福島第一原発(以下、第一原発)ウオッチャーの大沼安史氏が観察していた6月26日深夜のJNNライブカメラだった。この定置カメラは24時間、第一原発の様子をインターネット中継している。大沼氏が次のように説明する。 「原発構内は夜中ライトアップしているため、私は夜間帯でもよくこの映像を見ています。この日は午前2時過ぎ、左側上空から突如として白っぽい光が複数現れたのです。 横に並んだ4つの発光体は、ゆっくりとした速度で右へ移動していきました。少し距離を置

地球内生命体である人類は、それぞれの「神」と崇める存在を信仰している。信仰の対象となる神は人によって異なるし、もちろん神を信じていない人もいるが、人類はこれまで、理解できないことを説明する為に「神」の存在を打ち立て、信じることで救いを求めていた。 だが近い将来、人類は神への信仰をやめ、異星人や地球外知的生命体を信仰するようになる可能性があるという。 神の存在は証明できないが、異星人の存在は証明できる可能性アメリカ・ノースカロライナ州ウィルミントン大学の哲学と宗教学科の教授であるダイアナ・パスルカ博士は、著書「American Cosmic」の中で、なぜ人間が超自然を信じることを選んだのか?そして我々が説明不可能なことを説明するのにどのように神や異星人を使うのかを説明している。 現在およそ半数以上のアメリカ人は何らかの神を信仰しているとされているが、異星人への信仰を持つ人々も少なくない。

慎の字@開位指定 @Lv3Holy 電気屋時代に各店舗を回ってた時の話。あるところに「倉庫の監視カメラの電源を切っている」というとんでもない店舗があったのさ。 店長にコレはいかんぞ、と上申したところ店長曰く 「ヤベェもんが映るから許可を得て電源を切ってる」と 2019-06-13 12:36:45 慎の字@開位指定 @Lv3Holy 怖いもの見たさでデータを確認してみたらもう「家電よりこの映像を売った方が儲かるのでは?」と思えるほどに映るわ映るわ。まさに怪奇映像の量販店 2019-06-13 12:39:04 慎の字@開位指定 @Lv3Holy 1:什器の周りを笑顔で走り回る子供。タイムスタンプは午前4時。閉店時間どころの話ではない。 2:空調の室外機の上で狂ったように右回転し続ける人の形をしたナニカ。CoDで見た。 3:禿を連れた遊女らしき女性。どちゃくそ美人。はっきりとカメラの存在を認

《 プロフィール 》 幼少から数度の臨死体験を繰り返し、特殊能力を得る。除霊、人体透視、サイコメトリックなど力を発揮する傍ら、心霊研究家として現在まで数々のTV番組等に出演。 また、スピリチュアルカウンセラーとして、多くの人々の過去・現在・未来をリーディングし発展へと導く。 社会的には、政・財・芸能界とあらゆる分野において機知を得、時流を捉えた具体的なアドバイスを行っている。 2007年、『池田辰雄』から『池田武央(いけだたつお)』に改名。 《 経歴 》 ~TV出演~本当にあった(秘)ミステリー(テレビ東京) 世界の怖い夜 春の大絶叫SP!!(TBS) 世界の衝撃ストーリー【運命を変えた女性たちの衝撃実話】(テレビ東京) 世界の怖い夜 トイレの花子さんが来たSP(TBS) 世界の衝撃ストーリー【リケジョ極悪妻VS失踪主夫】(テレビ東京) ALLザップ(BSスカパー) 世界の衝撃ストーリー

世界的に有名な予言者「ノストラダムス」。1999年にハズレたと思われていたノストラダムスの予言が、実は当たっていたとしたらあなたはどうしますか? 今回は実は当たっていたノストラダムスの予言と2017年以降の予言、空から降ってくる恐怖の大王の正体をご紹介します。 合わせて読みたい関連記事 ・日本が終わるって本当?イルミナティカードによる未来の予言とその目的 ・日本人のメシア誕生?解読された死海文書の謎と発見される奇妙な予言 ・予知夢は本当にあるの?世界の事例とその正体に迫る ノストラダムスとは ノストラダムスは1500年代のルネサンス期に活躍したフランスの医師です。当時、死の病として恐れらた「ペスト(黒死病)」がネズミを媒介としていることにいち早く気づいた人物としても知られています。 また、当時あまり知られていなかった熱湯やアルコールによる消毒を徹底し、感染者の遺体は火葬させたともいわれてい
海底に沈んだ幻の大陸「ムー大陸」。このムー大陸とは結局何だったのでしょうか? 今回はムー大陸の伝承や名前の由来、その存在の有無についてご紹介します。 合わせて読みたい関連記事 ・アトランティス大陸は実在するのか?謎に包まれた古代文明の真実11 ・こんなにあったかオーパーツ!意味の分からない謎の物体23 ・滅亡した謎の太古文明!あなたの知らないマヤの真実17 ①ムー大陸とは? ムー大陸とは、イギリス人作家のジェームズ・チャーチワードが提唱したおよそ1万2000年前に存在したとされる大陸です。ムー大陸は伝説の「アトランティス」と同様に、優れた文明を持ちながらもたった一夜で海に沈んでしまったといわれています。 画像:Twilight-Aura 過去にメディアで取り上げられたことにより、日本でもムー大陸は広く知られるようになりました。モアイで有名なイースター島などがその正体とする説もあり、オカルト
よくネット上で実しやかに囁かれる「黒い人間」。 それは人の形をした黒い影として見えるらしく、手足がない場合もあるという。 当サイトでもよく紹介しているが、一体彼らの正体は何なのだろうか? 日本では「 死期が近い人が見る」「彼は未来人で、時空軸を重ねて移動しているから影しか見えない」「死霊」など、様々な憶測が飛び交っている。 しかしこの現象、どうやら日本だけではないようだ。 例えば、海外ではグレイ・マン(The Gray Man)と呼ばれる黒い影の幽霊がおり、古くは1822年から目撃情報似たような目撃情報がある。 このグレイ・マンは噂によれば、婚約者を見つけるために旅をしている若い男の幽霊なのだとか。 日本とは若干逸話に違いがあるものの、黒い影がよく目撃されているという共通点はある。 それでは、グレイ・マンを含む海外の黒い人間の写真を見ていきたい。 1. 湖の丘から見つめる複数の黒い影 影は

のっぺらぼうの顔を持ち、長身で手足が長く、スーツを着た男性のような姿で、しばしば子どもたちが遊ぶ公園や辺ぴな森の中で見かけられるのが「The Slender Man(スレンダーマン)」です。「子どもたちを誘拐して殺す」と、都市伝説として扱われていたスレンダーマンですが、話が瞬く間に全世界に広がり、「スレンダーマンの手下になるため」と少女2人が同級生をめった刺しにするという事件も起こっています。 The Slender Man |Creepypasta Wiki | Fandom powered by Wikia http://creepypasta.wikia.com/wiki/The_Slender_Man これがスレンダーマンの写った写真。画面左側、大きな木の向こうに長身の男の姿が見えます。 ほかにも、子どもたちが手をつないで遊ぶ中にひっそり佇んでいたり…… 森の中に立っていたり。

作家で超常現象研究家である、 “山口敏太郎”氏 先日、氏のトークを聴く機会があったのですが、 『もっと色んな話しを聴きてぇ~!』 てな感じで私、中毒になりかけてます(^_^)b ボキャブラリーが豊富で、理路整然と話しをされ、 討論の際などに、熱くなりながらも決してセリフが乱れず、 会話の間を繋ぐ術にも長け、 思ったり感じた事を、いとも簡単に活字や文章に置き換えられる… 上記のような、“トークや執筆の達人”に対して羨望の眼差しを向けてしまう私ですが、 正に山口氏の印象がそんな感じなのです☝ 私なんか、ブログひとつ書くのにも結構な時間を費やし、アップした後にも、 “まとまりがないなぁ…” とか “ここ意味分からん…” といったマズさに気付き、加筆修正、そして時には下書きに戻したりする有り様… ホント自分に呆れます(笑) かつて、関東地方へのネットが意図的に外されているという、読売テレビの人気番

これ言うの三度目くらいですけど、以前どこかの電波系オカルトサイトで見た「スカイツリーができたことで水系妖怪を封印していた結界が破れてしまった、だから以降日本は水害が絶えない」という主張がけっこう気に入ってるんですが、言うたびにフォロワーが減るよね。

2016 - 09 - 04 【オカルト】UFOがいる派といない派へ お題「誰にも信じてもらえない体験」 オカルト 現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ (角川文庫) 暇潰しにオカルトな検索してて思い出したんだけど、僕、園児の頃にUFO見たことある。黒くて丸い奴。僕だけじゃなくて知人何人も見てたから間違いないし、素早く左右に動いた後に突然消滅したから、おそらく飛行機やヘリコプターじゃないね。 因みにUFO以外にも人に信じてもらえない体験が一つあります。 僕は15歳の時、車道に飛び出して臨死体験をしました。 - 不二庵 UFO以前に 地球外生物 の存在を否定する人いるけど、化石は見つかっているそうな。 www.afpbb.com でもこれを否定する人もいるそうで、 地球外生物 はいたって断言出来ないそうだ。 www.afpbb.com オカルト [DVD] オカルト的な映像は捏造だって言われる

こんな話がございます。 伴山ト申す僧がございまして。 諸国を旅しておりましたが。 ある時、下総は須賀山ト申す地を、通りかかった時のことでございます。 四町ほど続く石垣が目に入ってまいりましたが。 そのほとんどが崩れかかっておりまして。 すみれ野原に、器のかけらが散らばっている。 どうやら、古い屋敷の跡らしく思われました。 その傍らに八十に近い老人が、火鉢にあたりながら藁靴を編んでおりました。 草の庵を結んで暮らしている様子でございます。 伴山が、上総への道筋を聞きがてら、 「ここはどちら様のお屋敷の跡でしょうかな」 ト、尋ねますト。 老人は、煙草の煙をくゆらせながら。 ゆっくりと語りだしたのでございます。 昔、ここは高塚沖之進ト申す武士の屋敷でございました。 高塚家は代々、この地の領主でございまして。 沖之進は隣国の姫君を奥方に迎え、つつがなく暮らしておりました。 その時、奥方はまだ二十一

ぼくがかつて通っていた山間部にある小学校は、当時でも全校生徒数がわずか三十人足らずの、全国的にみてもごく小規模なものだった。 その小学校は、当時はずいぶんと年季の入った古い木造の校舎で、ぼくの父の頃から、なんだったら祖父の頃から、すでにその校舎だったという話を聞いたが、実際にその校舎がいつ頃建てられたものなのかは、よくわからない。それでもおそらく、少なくとも七、八十年は経過しているのではないのかと思わせるような佇まいをしていた。 正直に言うと、ぼくはその小学校で過ごした六年間のことをあまり鮮明には覚えていない。それはもしかしたら、その六年間を最後に、家の事情でその土地を離れてしまったからかもしれないし、理由はよくわからないが、自分の中でその六年間の記憶にフタでもしてしまったように、ぼくにはその当時のことが、ほとんどと言っていいほどよく思い出せない。 もちろん生徒数が少なかった為に、同級生の

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