もう10年以上前になるが福島瑞穂さんたちと「リベラル再生会議」という連続イベントを開催していた。当時僕は石破茂さんと対談本を出したばかりだったので節操がない、と怒られたのだが、よいシリーズだったと思う。と、いうかいろいろな立場の人と議論することの何が問題なのか、まったく分からない。 あれから10年以上経って、今僕はリベラルの側から「あいつは敵だ」と言われ、嫌がらせを受けている。僕はマイペースで政治と付き合って、いち市民として考えているだけなのだけどこの10年くらいで、リベラルの側から罵倒されることが本当に増えた。 僕のほうはむしろ、政治的には安倍晋三政権に批判的だったために保守の側を批判するケースが増え、森友問題やアパホテルの歴史修正主義問題を追求したことでテレビの仕事も失ったりもした。しかし、同じくらい、あるいはそれ以上に「リベラル」から疎まれるようになった。 理由は単純で、この10年で

by Buster Benson 2024年3月27日に90歳で亡くなった心理学者・行動経済学者のダニエル・カーネマン氏について、死因が自殺だったことが1年越しに明らかになりました。ウォール・ストリート・ジャーナルが詳細を報じています。 The Last Decision of Daniel Kahneman, the World’s Leading Thinker on Decisions - WSJ https://www.wsj.com/arts-culture/books/daniel-kahneman-assisted-suicide-9fb16124 カーネマン氏はイスラエル系アメリカ人で、心理学者であるエイモス・トベルスキー氏との共同研究で有名です。特に、不確実な出来事に対する一部の人間の判断がヒューリスティック(経験則)によって左右され、予測可能なバイアス(偏り)を生み出す

作家の岩井志麻子氏(60)が13日放送のTOKYO MX「5時に夢中」に生出演。東京・新宿区高田馬場の路上で、動画ライブ配信中だった女性が男に刺されて死亡した事件について私見を述べた。 【写真】岩井志麻子ヒョウ柄バニーで開脚「逮捕されても書けますからね」事件は11日に発生。「最上あい」の名でライバーとし活動していた佐藤愛里さん(22)が配信中に、高野健一容疑者(42)にナイフで刺され死亡した。高野容疑者は殺人未遂容疑で現行犯逮捕された。番組では、高野容疑者が佐藤さんの求めに応じて多額の金を送金後、金銭トラブルに発展し、裁判所から佐藤さんに約250万円の支払いが命じられた後も、高野容疑者が「金を返してもらえない」と訴えていたことなどが伝えられた。 岩井氏は「この事件について、テレビのプロのコメンテーターさんも、ネットニュースの誰でも書き込めるコメント欄でも、みんな必ずといっていいぐらい、前

誰とも一緒に居たくないし、一人で居るのも楽しくない。本当のことを言えば、大学に入学した時から今に至るまでずっと仲良くしてきて、もうこの頃には少しの沈黙も気にしないような関係の友人が欲しかった。 私が人間関係について完璧主義すぎるから、生きる上での野望やポリシーを持たずにふらふらと生活しているような大学生がものすごく嫌いで、そういう奴とは友達になりたくなくて、そうやって自分から人間を遠ざけてきた。芯があるからって誰でもいいわけじゃない。自己肯定感がやたらと低かったり、相手のことを考えずに早口で喋ったり、自分自身に対して選民的な意識を持っている人も苦手だ。どこか妥協して、誰でもいいから話しかけるべきだったのかもしれないが、なぜか私はまず最初にそういった欠点から居心地の悪さを感じて、もう会いたくないな、と思ってしまうのだった。自分に都合の悪い奴とは仲良くしない。自分と話が合わなければ価値観を合わ

不快感を自分の力で解決するのが「文化」 「しわい屋」というケチを自慢する落語があります。 あるケチな男が「1本の扇子を10年持たせる方法がある」と言って「半分だけ広げて5年あおぎ、次の5年でそれを畳んで残りの半分を広げて使う」と主張します。言われたケチな男も負けてはいません。「俺はそんなことしない。扇子はそのまま動かさない状態で顔を方を動かす」。 談志は「こいつは見事だ。不快感を自分の力で解決している。文化そのものだ」と絶賛していました。 談志は、文明と文化を次のように定義し、生涯を通してアンチ文明の立場でした。「不快感の解消を自分の手でやるのが文化で、お金で他人や機械にやってもらうのが文明だ」と。 つまり、江戸時代とはそもそも文明が未発達で、文化に頼らざるを得なかった時代でもあったのです。そんな環境だからこそ、落語のような大衆娯楽が生まれたのだと考えていました。だから、貧乏に戻ることは、

一貫性のない人間だ、と周囲から思われています。 たとえば「大学の自治」という問題について、私は「大学は開かれているべきだし、近隣住民が散歩できる公園のような場であるべきだ。大学図書館だって、社会に知を還元すべく誰でも利用できることが望ましい」と思う一方で、別の誰かが同じような主張をしていたら「それってあなたが使うトイレにはカメラが仕掛けられないからですよね……」とも思います。 どちらも本気なのですが、それを表明すればどっちつかずの人間だと思われ(これもまた妥当な扱いだ、とは感じます。矛盾した主張をしていることは事実なので……)、私の言葉から説得性や切実さが欠けてしまいます。 そこで相談です。対立する立場のどちらにも妥当性があると考えているとき、そのどちらかに振り切ることなく、自分の言葉を真剣に聞いてもらうためにはどうすれば良いのでしょうか?(東京都・20代・男性・非会員) よい質問をありが

ディベート的な場でのことだからあまり本気で考えなくてもいいとは思うんだけど、もやもやする 個人的には「後先考えなければ人を殺すことは簡単」というのはディベート抜きにしても納得できる意見なので、 それで対する反発が意外だったというか 実際の話、私的な恨みで総理大臣ですら殺せたわけだし、一般人がターゲットなら準備すれば100%に近い確率で殺せるでしょ 拡大自殺を試みる人間がいたら、そのターゲットは避けようがないというのはある種、天災のような意味合いであり得ると考えている 一方それに対する反論は公正世界仮設を前提としているというか、「悪いことしてない人が不幸な目に合うわけがない」というような素朴な意見が多く 育ちの違いを実感させられて凹むというか 言葉の端々に恵まれた環境で生きてきたんだなという生い立ちが連想されて 自分が人生に行き詰まったらこいつら道連れにしてやろうと心底思った せめて誰か一人

先週、今週とあちこちへ出張が続いているので、移動時間の合間、ネットが途切れる山奥にさしかかったあたりで東浩紀「訂正可能性の哲学」を読んだ。東さんの本はいつもそうなのだが、あまりの内容に驚愕した。 そして昨日はたまたま東さんにVisionProを体験させる約束をしていた日なので、会う前に一気に読み終えた。すごい。もっと早く読めばよかった。 東さんの本は基本的に「凄すぎる」ので、読むと影響を受けすぎてしまってしばらく自分の思考が戻ってこない状態になる。しかし最近の僕は、むしろ忙しすぎて誰かの思考を取り入れたいモードになっていたのだ。 その意味で、まさに今の時代に必要とされている本だと思うし、本当にすごい。10年前に上梓された「一般意志2.0」の続編でもあり、なおかつアップデートでもある。もちろん読んでなくても全然良い。 特に舌を巻いたのは、落合陽一の「デジタルネイチャー」や成田雄介の「無意識デ

ほとんどの人にとって、真実とは事実に合致する陳述を意味する。「私は今、セントヘレナ島でナポレオンの邸宅を見ている」という言葉が真実となるためには、その人が本当にそうしていなければならない。一方、ポストモダン哲学者は、真実/非真実は陳述そのものの属性ではないと主張し、それ自体は真実でもなく偽りでもないある言説が、いかなる真理で構成されているのかを歴史的に調べることが重要だと考える。科学は実験的な手続きを通じて、明確に公式化された用語で特定の命題を真理として確立する。宗教は複雑な修辞学的な方式によって、私たちが慈悲深い神的な存在の統制する世界に住んでいるという経験を生成することで、いわゆる「真理」を確立する。 真実に対する一般的な観点とポストモダンの歴史主義的な相対主義の間には、別の道があるのだろうか。精神分析学がヒントを与えてくれる。精神分析家は、真実(来談者の症状を説明する解釈)を適切な時
当サイトは通販サイト・外部Webサービスへのリンクの一部にアフィリエイト広告を使用しています数学で映画を撮る監督の因数分解 ビートたけし「間抜けの構造」 2012年11月6日 B!映画にも日常生活にも大事な”間”の話 書店に寄ると、ビートたけしの新刊「間抜けの構造」が置かれていたのでお買い上げ。”映画の因数分解”の文字を見つけてすぐにレジに持って行った。 間抜けの構造 (新潮新書) ビートたけし1,450円(10/30 13:04時点)Amazon楽天市場YahooAmazonの情報を掲載しています ”映画の因数分解”について書かれている「間抜けの構造」映画の他にも”ビートたけしの世の中の見方”が書かれている ”映画の因数分解”ができれば余分な説明はいらない ビートたけし/北野武監督の著書は何冊か読んだことがあるけれど、世界の見方や映画を撮っているときのロジカルな考え方がとてもかっ

日本電信電話(以下、NTT)は7月18日、西洋的価値観と日本および東アジアの価値観が矛盾許容的に共存する価値多層社会、パラコンシステント・ワールドの実現を目指して、京都大学 文学研究科哲学専修 出口康夫教授と共に京都哲学研究所を設立することを発表した。 この研究所では、哲学を中心とした人文学に関する研究活動を通じて、現代社会の諸問題の解決につながるあらゆるヒト・モノ・コトが両立し共存できる社会を実現するための新たな哲学思想の構築を目指して、活動を進めるとのことだ。 また、国内外の企業の中長期的活動指針となり得る世界価値基準を提案し、価値多層社会における持続可能性な考え方となる新たな社会価値の形成にも寄与するとしている。現代社会の諸問題に取り組むため、哲学を中心とした人文学の研究を遂行し、日本および東アジアの価値観を、西洋思想と対話可能なオルタナティブ(同位思想)として哲学的に体系化するとい

中庸とは:過不足がなく調和がとれていること。また、そのさま。中正。中道。 言葉の意味としては読んで字のごとく。 偏りのないバランスの良い人間になりなさいという教えらしい。 それに対する先輩独自の解釈がなかなかに面白かった。 きっかけは、仕事で行き詰まったときに上司から「お前は極端すぎる」と指摘されたことにある。 先輩に何かを期待していたというわけでもないが、飲みの席で愚痴ってしまったことからこの話が始まった。 「特技を伸ばすことは悪いことではないのに、どうして出る杭は打たれるんですかね」 自分でも悔しさの滲んだ愚痴だったと思った。 そこで先輩の口から「中庸」という言葉が発せられた。 「中庸っていう教えがあって、何事もバランスがよいことが大事らしいよ」と。 最初は、そうやってこの人もこちらのアンバランスな部分を叩いて直してくるつもりなのだろうと思った。 しかし、続く先輩からの質問はそうではな

アーティストの音楽遍歴を紐解くことで、音楽を探求することの面白さや、アーティストの新たな魅力を浮き彫りにするこの企画。今回は岸田繁のルーツを探る。1996年にくるりを結成し、同バンドで活躍する一方で、ソロ名義では映画音楽のほか、管弦楽作品や電子音楽作品なども手がける岸田。そんな彼の音楽遍歴とは? 取材・文 / 大谷隆之 「なんか心が気持ちいいなあ」音楽は自分だけが知ってる喜びだった実家の近くに、チンチン電車が走ってたんです。真夏の暑い日に、職員さんが車庫の軌道敷に水を撒いていて。おじいちゃんか誰かに連れられて、それを見ていたのを覚えています。京都の市電が廃止されたのが昭和53年9月なので、僕が2歳半くらいの頃かな。たぶんそれが、僕の中で一番古い記憶ですね。 父親がクラシック音楽好きで、休日はよく家でLPレコードを聴いていました。ベートーヴェンとかチャイコフスキーとか、わりと王道のやつです。

Air Revolution公式ユーチューブチャンネルより https://www.youtube.com/@AirRevolution2023 画像(1枚) 問題となっているのは、島田氏と政治学者の白井聡氏が行っている有料動画配信チャンネル「Air Revolution(エアレボリューション)」で4月14日に配信された動画。この日はゲストにジャーナリストの青木理氏を迎えており、動画は翌日にユーチューブチャンネルに無料パートが公開されていた。 その中で島田氏は、統一教会の問題について言及し、「カルトとの癒着、言うなれば統一教会の体質を自民党もそっくりそのままコピーした状態でね。言うなれば一蓮托生のみたいな感じでこれまでもやって来た」と指摘。 >>ひろゆき、旧統一教会との関係「隠し通してる議員も多そう」発言で賛否 「選挙に影響ない」の指摘も<< また、「協力した議員の名前もハッキリ出

米国でリベラルアーツ大学の衰退が著しい。 つい最近も2月にバージニア州のメリーマウント大学が、英文学や歴史学、哲学、社会学などの専攻をなくすことを決めた。全部で10の専攻が削減されたが、そのほとんどがリベラルアーツだ。 これらの学問は人気がなく、専攻する学生が少ないからだという。講義科目としては残るが、専攻したりその学位を取得したりすることはもうできなくなる。 メリーマウント大学だけではない。 高等教育について報じるメディア「ハイアー・エド・ドライブ」の調べによれば、米国では2016年以降、87校ものリベラルアーツカレッジが閉鎖、あるいは近くの大きな大学に合併された。 死に絶える要因は二つある

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