アカキイロ @AkaKiiro2000 くるまの考察芸や粗品の審査芸をコンテンツ化するの、正直今は面白いけど長期的にはプラスになるとは思えなくて、数年前にケンコバが言ってたこれがより進んで行くんじゃないかという気持ちになる。ケンコバも半分ネタで言ってるとは思うけど。 pic.x.com/fNr4vI8UrI 2025-12-13 22:01:49 リンク マイナビニュース ケンコバ「お笑い界は破滅する」 雨上がり決死隊の解散翌日に語った危機とは? お笑い芸人のケンドーコバヤシが主催するお笑いライブ「地獄寄席(じごくよせ)」が、東京・世田谷区の北沢タウンホールで8月29日18時より開催される。出演者も内容も謎だらけの同ライブの話を伺うべく設定された取材日は、8月18日。奇しくもその前夜に雨上がり決死隊が解散した。翌18日、神妙な面持ちで現場に現れたケンコバが放ったのは「お笑い界は破滅する」と

TAIGA KYOMOTO 京本大我 @TAIGA_KYOMO33ファッションと本気で向き合ってない人間に対してファッション"センス"という言葉は不適切なのではないか 「あの人"ファッションモチベ"低いよね」が最適解なのではないか 2025-12-13 13:48:54 ハチスカ☕️🌙 @hachisuka_ex これは、めちゃくちゃ言語化うまい。 「センスがない」って才能論に逃げてまうけど、 実際はほとんどの場合、 向き合う熱量の差なんよな。本気で考えて、試して、失敗して、 それを続けた人にだけ あとから「センス」って名前がつく。 だから 「ファッションモチベ低いよね」 は、事実として一番フェア。音楽も仕事も人間関係も同じで、 センスの正体は どれだけ向き合ったかの累積値やと思うわ。 2025-12-13 13:52:42

北欧フィンランドの国会議員らが、アジア人に対する人種差別とみなされる「つり目」の写真を投稿し、非難を浴びている。欧米では度々、つり目の写真が炎上してきたが、同様の騒動がくり返されている。 フィンラン…

今回はファッションについてではないので 興味のない方は飛ばしてください。 坂本龍一さんがお亡くなりになって約2年半以上 が経つ。正直複雑な心境なのである。 私が会ったことのある坂本龍一は すごく穏やかな人だった。 ほんの数分だけれど、2人だけで話すことが できた。私は仕事中でファンだとは告げず 気付かずないふりをしていたが、 とても紳士的で優しい人だった。 私は筋金入りの坂本龍一ファンだった。 中学生のときに中谷美紀のファンになり プロデュースしている教授のファンに。 過去のアルバムを買い漁り、近所のおばさんから YMOのレコードを貰い、行けるコンサートも 全て行き、彼が好きだという音楽も聴いていた。 究極の音楽の先生だったと思う。 同じようなに教授がきっかけで色々な音楽に 触れることになった人は本当に多いと思う。 なんとなくおかしいなと思ったのは Instagramでの様子だった。 20

「Google翻訳」に、Geminiで培われた最先端のテキスト翻訳品質が導入されることが発表されました。あわせて、イヤホンでリアルタイムに翻訳した内容を聞く機能のベータ版もスタートします。Google Translate gets new GeminiAI translation models https://blog.google/products/search/gemini-capabilities-translation-upgrades/Googleの製品・検索部門ヴァイスプレジデントであるローズ・ヤオ氏によると、Google翻訳に高度なGeminiの機能が加わり、慣用句やローカルな表現、スラングなどのフレーズの翻訳がより効果的に改善されるとのこと。 たとえば、「stealing my thunder」というフレーズは、これまで一語一語翻訳されて「私の雷を盗む」となっていまし

ぶっちゃけ思うんだけどさ 性犯罪だけやたら特別扱いされすぎじゃない? 普通に犯罪被害に遭ったら警察行くのが前提だし 弁護士に相談するとか証拠集めるとか それが社会的に当たり前の動線じゃん でも性犯罪だけは ショックで行けなかった 証拠が残らなかった 言語化できなかった みたいな話が全部通って それに疑問を挟むと即アウト扱いになる 正直これ他の犯罪だったら成立しないと思う 例えば殴られた被害で 怖くて警察行けませんでした 証拠ないけど信じてください って言っても いや警察行けよで終わるだろ 性犯罪だけ事後の行動が全部免責される みたいな空気はおかしい 最近は特に 被害を語ること自体が 正義ポジションの獲得とかSNSでの承認とか そっちに寄ってないかって思う本当に問題に向き合うなら 警察や司法の不備を直す話をすべきで 共感の拍手合戦で終わらせるのは違うだろ 疑問を持つこと自体が悪みたいな空

芸人に必要な資質とは、なんだろうか。センスか、人脈か、運か、執念か――。いずれにせよ、売れっ子にはなんらかの突出したものが必要であることは間違いないはずだ。 今日話を聞いたのは、大阪を拠点に活動するコンビ・セルライトスパの肥後裕之さん(40歳)だ。 “セルスパ”は、2025年7月の『ダブルインパクト〜漫才&コント 二刀流No.1決定戦〜』(日テレ系)で3位に輝き、その実力をお茶の間に証明。今勢い盛んなコンビであるが、一般視聴者としては、相方の大須賀健剛さんの絵力が印象深いのではないかとも思う。 ところがどっこい、肥後さんの天然の“突出ぶり”こそ、尋常ではないのだ。その一端を、NintendoSwitch用ゲームソフト『リングフィット アドベンチャー』の変態レベルのやりこみようからご照覧あれ。 リングフィットをやりすぎてカウンターが止まった説明するまでもないかもしれないが、『リングフィット

日本人の本の「読む量」は減っていない。「買う量」が減っている。『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』... 2024年4月に刊行された三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(『なぜはた』)は30万部以上のベストセラーになった。『なぜはた』では日本人は働きすぎで、新自由主義的な価値観(自己責任論など)を内面化しているせいで読書量が減っている、と分析して多くの人の共感を呼んだ。 しかし同書が破格の部数を叩き出し、「あそこに書かれている内容が正しい」と思われてしまうことは、出版業界の課題解決につながらない。筆者にはそうした危機感がある。 それが「本を売る」こととどうつながるかといえば、誤った現状認識の上に施策を組み立てても効果が薄いからである。 とはいえ、問題は『なぜはた』だけにあるのではない。『なぜはた』は出版業界をめぐる議論の「よくある」誤りを踏まえている部分が多いからだ。 ※なお

巣鴨に「ファイト餃子」という店があったということを、ふと思い出した。 なんだか、丸っこい形をしていて、普通とはちょっと見た目が違う餃子だった。 今でもあるんだろうか? 30年前、巣鴨に住んでたときに食べに行ったことがある 1996年に鳥取から上京したとき、まず最初に巣鴨の新聞奨学生の寮に住んだのだが、そこで同じく新聞を配っていた友人に「近くに餃子屋があるから食べに行こう」とさそわれて「ファイト餃子」という餃子を食べに行ったことがあった。 当時の写真が全く無いので、2004年ごろの巣鴨をどうぞ。「おばあちゃんの原宿」の名の通り、高齢者が集う町のイメージがあり、実際そうだけれども、僕にとっては20代前半の貴重な時間を過ごした町…… 一般的な餃子とは違い、俵型(?)のかなりボリュームのある形で、なるほど東京の餃子とはこんな形なのか、と思った記憶がある。まもなく、東京の餃子の形がそうではなく、その

少し前の話になりますが、日ごろ大変お世話になっている方のご紹介もあって参政党の現職議員や候補予定者の方々と割と長い時間懇談する機会を頂戴しました。もちろん、非公式です。政治に無関係な人も含めて20名ぐらいがご参加されたでしょうか。 私は参政党自体には興味がないので(重要)、自分で参政党から立候補したり、参政党関係者とつるんでネット動画などに出たり、参政党の政策に携わったり、個別の参政党議員や候補の支援をしたりするつもりは皆無なのですが、いろいろ経緯があって意見交換しないわけにはいかない状況になったわけであります。 一番驚いたのは、参政党の皆さん、非常に素直にお話を聞いてくださる、なんというか「話の分かる」方々であるという認識で、正直もっといかれたカルト集団が鳥居みゆきみたいに目を剥きだしにしてゲハゲハ陰謀論を語ってワクチン政策を批判しにくる蛮族なのかと思っていました。いや、呼ばれた私のほう
トーバルズ氏 私がここに来たのは、毎年恒例のメンテナーサミットが明日開催されるからです。そこで私たちが議論する予定の大きなテーマの1つが、AIを使用する際の私たちのツールとポリシーを拡大することです。 私はAI全般の話題が嫌いですが、それはAIを嫌っているからではなく、AIが過剰に宣伝されているからです。テクノロジー領域全体がAIになって、他のことは重要ではないかのように扱われているのですから。 しかし同時に、私はAIをツールとして大いに信じています。私たちは(AIを使って)コードレビューを行うプロジェクトを進めています。個人的な話としては、私はメンテナーであり、私にとって非常に重要なのはコードレビューなので、コードを書くためのAIにはあまり興味がないのです。 今では、多くの人がプログラミングについて話すとき、AIを使ってコードを書くことを話題にしますが、私にとっては、コードのメンテナンス

かよ🇩🇪 @dobrepivkoドイツのお葬式、遺体が安置されてるわけではないので、死が抽象的にしか感じられない。「人間の死体を見たことがない」という人がほとんどらしくてそれもびっくり。私なんか子供の頃から親族が亡くなるたびに「お別れの挨拶」をしたもんだけど。。 2025-12-09 08:14:53 nicoluci @nicoluci1 @dobrepivko ビックリです それはプロテスタントだから? それとも🇩🇪だから? 私は🇮🇹在住ですが、葬式前に安置所(大抵は病院の一角 Camera ardente)で、お通夜のように最後の対面をし、棺の中に花や等を入れ、出棺の前に蓋を閉めます そして教会へ移動して葬儀ミサ→墓地へ 日本と似たような感じです 2025-12-09 13:19:54

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