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丹生谷氏がメインで語り、鈴木氏がコメントをさしはさむ形。 写真や映画の歴史、芸術という翻訳語のいき...丹生谷氏がメインで語り、鈴木氏がコメントをさしはさむ形。 写真や映画の歴史、芸術という翻訳語のいきさつ、作家の具体例など、勉強になるレクチャーだった。 芸術とは、うつろいゆく存在である人間が、大切なものを永遠化しようとして戦うこと。 《神=永遠》が活きていた時代には、永遠化を目指す芸術家の仕事は当たり前に理解され、一般市民との仲もよかった。 しかし19世紀になって《神=永遠》が死ぬと、芸術家の努力は「意味の分からないもの」になった。 現代人にとって、永遠は《死》以外にない。(丹生谷氏) 阪神大震災や酒鬼薔薇聖斗事件への言及もあったが*1、気になったのは、《はかなさ》と《神=永遠=死》の対立や葛藤があるばかりで、《日常》と《非日常》の軸がなかったこと。 19世紀で《神=永遠》が死んだというが、酒鬼薔薇事件、阪神大震災、サリン事件などでさんざん語られたのは、「永遠に続くかのような日常」の息苦し

