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森村進『自由はどこまで可能か-リバタリアニズム入門』を読んだ。 自由主義経済学者のフレドリク・バス...森村進『自由はどこまで可能か-リバタリアニズム入門』を読んだ。 自由主義経済学者のフレドリク・バスティアは、悪い経済学者とよい経済学者を分かつものは、前者が行為や制度の結果のうちすぐに発生するもの、つまり「見えるもの」しか考慮しないのに対して、後者がその後発生するもの、つまり「見えないもの」も考慮するという点にあると主張する。 たとえば、あなたがガラス窓を割ったとする。すると友人がこう慰めてくれた。 「あなたが損をすることで、別の誰かが得をする。そんな事故があるから産業は成り立つのだ。誰もが生計を立てていかなければならない。誰も窓を割らなかったら、ガラス屋はどうなってしまうだろうか?」 この慰めの中に間違った経済理論全体が含まれている。 その窓を直すためにガラス屋に六フラン支払わなければならないとしてみよう。たしかにこの支出はその分だけガラス産業を振興させる。これは見えることである。しかし







