おそらくあなたも目にしたことがあるだろう。経済学に疎い素人が「政府は、家計と同じように、収入の範囲内で暮らさなくちゃいけない」みたいな発言を口にしているのを。そして、経済学者がその発言主を指さして嘲笑し、「そんなのは誤謬だ」と断罪しているのを。 さて、質問だ。「政府の予算」と「家計の予算」ってどこがどう違うんだろう? その違いって重要なんだろうか? これらの問いに私なりの回答を寄せるのが今回のエントリーの目的だ。「教育的な」側面を持つエントリーといっていい。 「政府の予算」と「家計の予算」を分(わ)かつとされる違いのうちで、質的にも量的にも重要な意味を持つ違いって果たしてあるんだろうか? 私にはその点が明らかじゃないのだ。 1. 政府は、強制力を行使して(あるいは、強制力を行使する可能性をちらつかせて)収入(税収)を増やすことができる。家計は、そうはできない。 この違いは、政治絡みで重要


2017年02月24日12:21 カテゴリ経済 政府債務は「財政インフレ」で踏み倒せる 翁邦雄氏の新著はFTPLを否定的に評価しているが、私はシムズの予言は当たると思う。彼はロイターでハイパーリカーディアンというおもしろい言葉で、日本の現状を表現している(誤字は訂正された)。この種の議論をする際によく持ち出されるリカーディアン均衡(リカードの等価定理)的な考え方では、追加的な政府支出の効果は将来の増税予測によって相殺されるというが、現在は[日本では]相殺どころか、それ以上の増税を予測する「ハイパーリカーディアン」とでも呼ぶべき「期待」がむしろ広がってしまっている。これは私が非リカーディアン不均衡と呼んだものと同じだ。FTPLの均衡条件では、 物価水準=名目政府債務/財政黒字の現在価値 (1) ここで名目政府債務は1100兆円だから、物価が1前後で安定しているということは、投資家が日本政府は


本稿の主張は、表題通り。岩田規久男は副総裁として、リフレの理論にもっともっと忠実に動き、黒田総裁を蹴飛ばしても締め上げても何をしてもいいので金融緩和をますます激化させてほしかったし、それができなかったのは不甲斐ないということだ。リフレ派の理論を十分に実践できなくて、あと一歩のところだけに情けないよ、ということ。おしまい。 で、その理由を簡単に説明しようか。 岩田規久男が、3月で日銀副総裁を退任した。お疲れ様でした……と言う気持ちはある一方で、正直いって岩田規久男が日銀で何をやっていたのか、ぼくにはよくわからない。日銀の政策は基本的に総裁がすべて決めるのであって、副総裁は総裁の方針には反対できないんだよ、と教えてくれた人々もいた。そうなのかもしれない。でも、そうなんですか? 本当にそんなお飾りの、総裁のオウム役でしかないんですか? ぼくにはそれが解せないところだし、不満なところでもある。 リ



前回、FTPLによる期待への働きかけや「管理された無責任」の議論について検討した。そもそも、中央銀行の無責任さをアピールすることで期待インフレ率を上げる、という問題提起を最初に行ったのは、1998年のポール・クルーグマンによる「金融政策による期待への働きかけ」という政策提言であった。なぜ、それがうまくいかなかったのか。この点を日本経済に対するクルーグマンの認識変化を軸にわかりやすく解説したい。背景には、日本の長期停滞要因が横たわっている。 <詳しくは新刊『金利と経済』でご覧いただけますが、同書で取り上げたトピックに一部手を加えてご紹介していきます> まず、時計の針を1998年に戻してみよう。 当時、クルーグマンは、日本がバブル崩壊後の逆風で完全雇用に対応する利子率(自然利子率)がマイナスに低下しており、ゼロ金利政策や、のちに導入される量的緩和自体ではこれに対処できず、それゆえ日本はデフレか


けさの日経新聞で平田育夫記者(元論説委員長)がシムズの政策をシミュレーションしているが、異次元の財政政策というのはおもしろい。金融政策で行き詰まった安倍首相が、3期目の目玉として財政政策を打ち出す確率は高い。平田記者にならって、私もシミュレーションしてみよう。 第1幕 安倍首相が2018年の自民党総裁選を前に、3期目の目玉として「教育無償化のための憲法改正」を打ち出す。 第2幕 党内では「筋の悪い改正だ」と批判を浴びるが、維新は賛成し、民進党も「こども国債」と名前を変えることを条件にして改正に賛成する。 第3幕 自民党から共産党まで全会一致で、憲法26条を「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に高等教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする」と改正し、大学まですべての教育を無償化する。 第4幕 文科省の予算は10兆円を超え、「こども国債」が100兆円発行さ


アベノミクスや「異次元緩和」は壮大な空振りに終わったが、これは著者を含めてほとんどの経済学者が予告してきたことだ。したがって本書の前半はこれまでの標準的な経済学の解説だが、後半はちょっとトーンが変わっている。それは世界的に財政政策の時代に入ったという認識だ。 大学で教わる「ケインズ経済学」は1980年代に死んで、20世紀末にケインズ政策を採用する先進国は日本以外になくなっていた。財政政策で「雇用を拡大」するというのは幻想であり、長期的にはインフレをもたらすだけだから、経済の微調整は金融政策でやることが常識になった。 しかし2000年代に日本がゼロ金利に突入して金融政策がきかなくなり、量的緩和も効果がなかった。2008年にアメリカが金融危機に陥って非伝統的な金融政策を採用し、大規模な財政出動が始まったが、ケインズの時代に戻ったわけではない。財政政策で持続的に成長率を上げることはできないが、財


2016年12月18日12:15 カテゴリ経済 国債は通貨より重要な政府債務である 政府の本源的な収入源は徴税しかないと思われているが、政府は国債で資金を調達できるので、その償還を無期延期できるなら国債は通貨と同じである。その残高は統合政府で考えるとマネタリーベースよりはるかに多く、金利をコントロールできる点でも通貨より重要である。 つまり近代国家は、税で収入を得る租税国家から、国債に依存する債務国家に変わったのだ。シムズのFTPLは正統派の理論にもとづいて、債務国家の財政管理を考えるものだ。 債務国家は悪いことではない。Cochraneのいうように国債は政府の発行する株式のようなもので、短期的な景気変動に対するバッファとしては税よりすぐれている。株式は返済する必要がないのと同じく、国債も償還を先送りできる。問題は、政府の「時価総額」がどのように算定されるかだ。政府の「時価総額」を計算する


文藝春秋1月号の浜田宏一「『アベノミクス』私は考え直した」というリフレ派からの「転向宣言」が話題を呼んでいる。朝日新聞も「アベノミクスよ、どこへ 理論的支柱の『教祖』が変節」とからかっている。リフレ派の教祖が、その終了を認めたわけだ。 これは奇妙な現象にみえるかもしれないが、今年のFRBのジャクソンホール会議で発表されたシムズの論文は、それほど衝撃的だった。これはインフレは貨幣的な現象ではないという事実を証明したからだ。 その論理は単純である。たとえば日本でマネタリーベースを2倍以上にしても物価が上がらないのは、政府が財政健全化のために単年度の財政赤字を縮小しているからだ。財政赤字は経済全体の超過需要なので、それが大きくなると需給ギャップが拡大して物価が上がる。 しかし日本のように大きな政府債務を抱えていると、政府は「財政赤字を減らす」といわざるをえない。人々は財政赤字が減って需給ギャップ


おとといの記事は専門家に論議を呼んだが、私の解釈は大きくは間違っていないようだ。浜田宏一氏が「私がかつて『デフレはマネタリーな現象だ』と主張していたのは事実で、学者として以前言っていたことと考えが変わったことは認めなければならない」というように、シムズの論文はリフレ派の死亡宣告である。 しかし浜田氏が「借金は返さずに将来世代に繰り延べることもできる。リカードの考えでは公債は将来の増税として相殺されてしまうが、そこまで合理的な人はいない」というのは誤りだ。シムズの理論はリカードの中立命題の拡張であり、彼の理論はネズミ講の非存在(No Ponzi Game)」を仮定している。浜田氏のいうようなネズミ講が起こったら政府債務は発散する。 FTPLの弱点は代表的家計の予想が合理的(自己実現的)だという仮定に依存していることだが、シムズはケインズ的モデルも考えている。ここでも物価水準を決めるのは、政府


トランプ大統領はマクロ経済政策の常識も破壊し、金融緩和とバラマキ財政を併用する方針らしい。これが短期的には景気刺激になることは明らかで、さっそく株高やドル高になっているが、長期的にはどうなるのだろうか。浜田宏一氏が「目からウロコが落ちた」というシムズのジャクソンホール論文をざっと読んでみた(テクニカル)。 確かに常識破りでおもしろい。この論文が解明しているのは、アメリカでも日本でもEUでも金融政策がきかないのはなぜかという謎で、シムズの答は単純明快だ。 Fiscal expansion can replace ineffective monetary policy at the zero lower bound, but fiscal expansion is not the same thing as deficit finance.It requires deficitsaimed


けさの日経新聞の1面トップは「三菱UFJ銀「国債離れ」 入札の特別資格返上へ」。ほとんどの人には大したニュースにみえないだろうが、これはメガバンクが国債の買い手から売り手に回る大きな節目だ。 国債保有残高をみると、図のようにすでに銀行は売り手になっており、保有高は日銀が銀行を超した。このまま国債の売りがふくらむと、今まで低下する一方だった金利が上昇に転じ、国債を保有する金融機関に含み損が生じるおそれがある。 もちろん今すぐ「事件」が起こることは考えにくい。日銀が銀行の売る国債をすべて買い取れば、低金利は維持できる。アデア・ターナーのように極論すれば、日銀が100%買い取って永久債にしてしまえばいい。これがヘリコプターマネーである。 しかし日銀のバランスシートで国債に対応するのは日銀券や準備預金だから、国債を永久債として塩漬けにすると、国民の資産も凍結しなければならない。これについてターナー


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