「この原作をマンガ化しようと考えた作家がいるとは想像しなかった。瞠目する。原作者の慧眼をもって、酷寒のロシア戦線での女性の洗濯兵と狙撃兵の異形をあぶり出した辣腕には敬意を表したい。それをマンガ化した作者の蛮勇にも脱帽する。男性の政治家と経済人たちの必読の書である。女たちは美しくも切なく強靭であったのは事実なのだ。」――本作の単行本第1巻が発売された際、『機動戦士ガンダム』『Gのレコンギスタ』を手掛ける富野由悠季監督が熱い檄文を寄せた。今回は著者の小梅けいとと監修の速水螺旋人をまじえて、本書にかける思いを語り合っていただいた。 速水 ありがたい言葉をいただき、光栄でした。「蛮勇」という言葉は、作品をお手伝いしている僕の立場からも、ふさわしい言葉だなと思っていました。富野監督からご覧になっても「蛮勇」に見えるのだなと、あらためて実感しました。 ──富野監督は、この帯文にどのような思いを込められ

ベルリンの壁が崩壊したのはまだ記憶に新しい。1989年11月9日の晩、東ドイツ政府の混乱により東西ベルリンを隔てていた壁は突如としてその機能を失う。そして、その夜のうちに壁を憎む市民による自然発生的な取り壊しが始まった。 しかし、そんなベルリンの壁がどうして建設されたのか、その経緯はあまり知られていない。1961年8月13日に突然、東西ベルリンの交通は封鎖され、追って壁の建設が始まったこと、その目的は東ドイツ国民の西側脱出防止といった程度である。 1989年に崩壊、でもなぜ壁はつくられたのか なぜ東ドイツは1961年に建設を決心したのだろうか。 その1つの契機は、バター危機である。東ドイツは深刻なバター不足問題を抱えていた。そして1960年には唯一残されたマーガリンによる問題解決策も破綻した。それが「国民の国外流出は止められない」との政府の絶望に繋がり壁建設に至ったのである。 ベルリンの壁

旧ソビエトのジョージアで、EU=ヨーロッパ連合への加盟を求める市民がデモを行う中、反欧米の立場で知られるカベラシビリ氏が、29日、新しい大統領に就任しました。大統領官邸を去った親欧米の前大統領は、新大統領に正当性はないと批判しました。 ジョージアでは29日、新しい大統領の就任式が行われ、元プロサッカー選手で、反欧米の立場で知られるカベラシビリ氏が就任しました。 カベラシビリ大統領は、10月の議会選挙で過半数を獲得した与党「ジョージアの夢」の支援を受け、12月、議会の投票で大統領に選出されました。 一方、EU加盟を求める親欧米の野党やズラビシビリ前大統領はそもそも10月の議会選挙に不正があったとして、カベラシビリ氏を大統領と認めていません。 首都トビリシでは、11月、政府がEUとの加盟交渉を中断すると発表して以降、およそ1か月にわたって市民の抗議デモが続いており、この日も、就任式が行われた議

羽毛がちらばる地面に机がポツンとひとつある。草むす荒野でトラックの荷台に男が寝転がっている。男は羊をつれて家に帰り、娘と生活する。 どこまでも地平線がつづく荒野のなかに、男と娘の一軒家がポツンと立っている。ふたりの生活に、さまざまな来訪者がおとずれて…… 2014年のロシア映画。台詞を排して、ひたすらうつくしい情景を見せていった果てに、驚愕の展開が用意されている。今はなき無料配信サイトGYAO!が閉鎖間際に配信した傑作のひとつ。 草原の実験(字幕版) エレーナ・アンAmazon 監督脚本をつとめたアレクサンドル・コットは、大祖国戦争を題材にした『ブレスト要塞大攻防戦』ではロシア国内で絶賛されたが、今作では世界の映画祭で高い評価を受けた。 DVDには字幕も吹替も収録されていないように、台詞もテロップもいっさいなく、ソ連映画のような風景と芝居のモンタージュ演出だけで何が起きているのか観客に考え

1945年8月23日は「シベリア抑留」の始まった日です。終戦後にシベリアやモンゴルで亡くなった日本人らの第14回追悼の集いが東京の千鳥ケ淵墓苑で行われました。日本が侵略した中国東北部(旧満州)で敗戦時に旧ソ連軍の捕虜となり、ソ連に移送された兵士は約60万人。飢えと寒さと強制労働で約6万人以上が帰らぬ人となりました。日本政府による元兵士への労働給与の補償がないまま多くの人が亡くなっています。シベリア抑留とは何だったのかを追いました。(山沢猛) 東京都庁に近い高層ビルの上階にある平和祈念展示資料館。三つのコーナーの一つに「戦後強制抑留」があります。夏休みに母親と訪れた小学生が、抑留者の描いた絵に熱心に見入っていました。 観覧者からは「父は重労働で戦友の3分の2が凍死したという話をよくしていた。二度と戦争に参加することを許してはならぬ」(男性79歳)、「父が無事帰国していなければ、私という人間も

今から思えば、半年前のこれが活きていることに気付かされる。 昨今西側では、「ロシアが主張する『NATOの東方拡大はしない』との約束は存在しなかった。全部ロシアが自己正当化するためのデマカセ(だってどこにも記録がない)。」との言説が流布、一般的になっている。 が、これは公式記録に書かれていないだけで、当事者の一人であるゴルバチョフが主張を二転三転させていることにも問題がある。 しかし、民法にも口約束に実効性を認める条項があるように、国際社会でも「口約束は約束ではない」と言い切るのは難しい。 日本で言うと、まさに本記事で示唆されている「瀬島龍三関連文書」がそれに相当する。 関東軍はソ連との休戦交渉に際し、日本人のシベリア抑留についても交渉し、天皇と皇族の免訴を条件に抑留を容認した疑いがある(というのが研究者の主流的見解)。しかし、その交渉経緯を示す文書はいまだに公開されていない。本件も「文書

ソ連が崩壊してから12月25日で30年になる。史上初の社会主義超大国としてアメリカと世界を二分し、冷戦を繰り広げたが、経済の悪化や、政権弱体化を招いたゴルバチョフ氏の改革などにより、1991年に消滅した。 物不足、厳しい情報統制…そんなイメージが強いソ連だが、実際はどうだったのか。1980年代末から崩壊までのソ連で子ども時代をすごし、現在は日本で声優として活躍しているジェーニャさんに「私が生きたソ連」を語ってもらった。 ソ連の記憶について語る声優のジェーニャさん ――ソ連での暮らしぶりを教えて下さい。 私はシベリアのノボシビリスクという都市で生まれたんですけど、父が軍人だった関係でリャザンやゴーリキー(現在のニジニノブゴロド)など転々としていました。 ものは少なかったですね。それはあとから分かったことで、当時は普通だと思っていました。商店に行っても、陳列棚が空っぽの記憶しか残っていません。

朗読の題材になったエピソードは、1巻ラストに収録されている第7話。カメラ越しに戦場を見つめた書記・ヴィレンスカヤ軍曹を田中敦子、ソ連初の女性機関士として戦場を駆け抜けたアレストワ機関士を高山みなみ、「戦争で一番恐ろしかったこと」を語る射撃手・アフメートワ二等兵を水田わさびが演じ、そのほか楠木ともり、古賀明、菅原慎介、小林千晃、花守ゆみりも出演する。 「戦争は女の顔をしていない」は、第二次世界大戦従軍女性たちを取材したジャーナリストのスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチによるインタビュー集をコミカライズしたもの。KADOKAWAのWebマンガサイト・ComicWalkerで連載中だ。2巻には、アレクシエーヴィチ自身がなぜ女性たちの証言をまとめて本を作ろうと思い至ったのか、その経緯を語ったエピソードも収録される。

1931年の満州事変後、中国東北部を占領し、満州国を建国した日本政府。「100万戸移住計画」を閣議決定、村に補助金を出すなどして積極的に推し進めた。結果、全国各地から800以上の開拓団、およそ27万人が入植した。しかし“開拓“とは名ばかりで、多くは中国人が開墾した土地を安い値段で立ち退かせていた。そして岐阜県・旧黒川村から渡った600人余りが暮らしたのが、満州国の首都・新京とハルビンの間にある陶頼昭だった。 しかし日本の敗戦間際、ソ連軍が満州に侵攻。敗走する関東軍に置き去りにされた開拓団は、ソ連兵や現地住民の略奪に遭った。 小学6年まで現地にいた安江菊美さん(85、当時7)の記憶に焼き付いているのは、当時の緊迫した状況だ。「終戦で国が無くなっちゃったから、守ってくれる人は一人もいませんよ。ましてや関東軍はみな逃げちゃってるから」。 戦況の悪化で、開拓団の働き手の男性は関東軍に根こそぎ召集さ

部屋を整理中に発掘されたジューコフ元帥の回顧録、1983年版、50コペイカ。 ジューコフの回想録は、ソ連・ロシアの歴史を象徴する一つである。 ジューコフは農村の靴職人兼農家の家に生まれるも、父があまり働かなかったため、家は常に貧しく、三年間の初等教育のみを経て毛皮職人に徒弟入りした後、一次大戦に一兵卒で従軍、ロシア革命を迎え、赤衛軍に参加した。内戦終結時には、26歳で騎兵連隊長になっているが、殆ど銀英伝のような話である。この間も騎兵学校で半年ほど学んだのと、1929年冬から翌30年春までの半年間、陸軍大学で学んだことだけが、ジューコフが受けた教育らしい教育だった。ちなみに、同僚のイワン・コーネフに至っては初等学校すら出ておらず、同じく一兵卒から赤衛軍民兵を経て軍人となり、元帥まで昇進している。 にもかかわらず、本人は恐ろしいほどの勉強家で、78歳で死去した際には数万冊からの蔵書があったとい

『オクトーバー:物語ロシア革命』 チャイナ・ミエヴィル 筑摩書房(2017) 1917年に起きたロシアの二月革命から十月革命に至る経緯を小説化した作品。ただ、小説とは言え、一切の創作は排除して史実として確認できる部分のみを駆使してストーリーを組み立てている。個別のエピソードをドラマティックに飾り立てるわけでもないのに、登場人物はみな活き活き描かれていて、脳内イメージをかき立てる構成になっており、あたかも1917年のペトログラードにいるかのような気にさせてくれる。基本的にはボリシェヴィキ視点なのだが、善悪二元論で描くわけではなく、レーニンの言動も二転三転し、制御不能だった当時の政治状況がよく分かる。ソ連崩壊後に明らかにされた最新の研究成果も反映されており、ソ連学徒の私でも「なるほど、そうだったのか」と感心させられた部分も少なくない。例えば、1917年の7月危機を経てレーニンはフィンランドに脱

2013年に制作されたドイツのTVドラマだが、そのクオリティは完全に映画水準。 『バンド・オブ・ブラザーズ』『ザ・パシフィック』に続く系譜と銘打たれてはいるものの、ドイツ人の視点である上、兵士以外の従軍看護師や弾圧されるユダヤ人など、銃後の人間像も十分に描かれているため、同様の作品を期待すると外す可能性はある。 1941年の6月から45年5月までの4年間を、歩兵として出征する兄弟、従軍看護師となった少女、歌手を目指す少女、ユダヤ人であることに誇りを持つ仕立屋の若者の、5人の幼なじみの視点から独ソ戦と戦時中のベルリンが描かれている。90分×3話で4時間半という長さだが、5人分の視点から4年が描かれるため、むしろ展開が早く感じられる。やや「盛り過ぎ」の観はあるものの、見終わってみれば見事なバランスとも思われるので、その辺は岡本喜八の『沖縄決戦』みたいな感じかもしれない。 『ジェネレーション・ウ

【ベラルーシの作家にノーベル文学賞】 スウェーデン・アカデミーは8日、2015年のノーベル文学賞を、旧ソ連を構成したベラルーシの作家、スベトラーナ・アレクシエービッチさん(67)に授与すると発表した。 授賞理由では「私たちの時代の人々の苦悩や勇気を、多くの聞き書きを通じて多層的に描き出した」などと評価した。アレクシエービッチさんはウクライナ生まれ。ベラルーシ大学を卒業後、ジャーナリスト、教師として活動した。ベラルーシの首都ミンスク在住。第二次大戦に従軍した女性や関係者を取材した第1作「戦争は女の顔をしていない」のほか、アフガニスタンを侵攻したソ連軍の帰還兵や家族の証言、チェルノブイリ原発事故に遭遇した人々を取材した作品などを発表している。アカデミーは「作品は人々の内なる声を注意深く重ね合わせたコラージュになっている。彼女は新たな文学のジャンルを発明した。彼女の作品を本棚から外したら、そこに

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