20代後半の息子がニート。 最初は厳しく接してしまっていたが、一時期は本当に精神状態が悪化してしまった。 自殺や引きこもり化を防ぐために妻と考えて話し合った結果、以下のことが決まった。 ・息子の現状を一旦肯定する ・息子ができることを肯定する ・息子が社会と接点を失わないようにする 息子はドライブとゲームセンター(UFOキャッチャーや、フックを引っ掛けてキーホルダーをとるやつ)が好きだ。 そこで息子に、ゲームセンターでぬいぐるみやフィギュアやキーホルダーを取ってもらい一緒にフリーマーケットでそれを売る、ということを発案した。 それで金や生活費を稼げというわけではない。 売るだけならメルカリだってできるし、その方が利益もあるかもしれない。 ただ、得意なものを肯定したうえで、社会との接点を失わせたくなかった。 息子は二つ返事で了承してくれた。 軍資金を渡すと一週間かけて想像以上にたくさんの商品

子供の頃はおおみそかってワクワクしたよな 紅白見て、年越しそば食べて、ゆく年くる年とか見たり、カウントダウンして正月をむかえてたよな ところが今はどうだ 紅白はつまらない、年越しそばも飽きた、なんなら0時になる前に寝てしまう始末 こんなんでいいのか? 俺は悲しいよ 子供の頃、親が0時になる前に寝てしまうのがすごく不思議だった こんな最高のイベントに、なんで寝ちゃうの?って でも今なら分かる おおみそかに飽きたんだよな 慣れって怖いな 俺は、今年はVtuberのカウントダウン見ながら過ごすけど、正直虚しいよ 弱者男性の成れの果てだよ、これ 正月も別に面倒なだけだし、なくていいよ 普通の毎日を普通に暮らしたい

行方不明になっていた2歳児を無事発見した時の状況を語る尾畠春夫さん(右)=山口県周防大島町で2018年8月15日午後1時14分、古賀亮至撮影 来春、大分県内で初めてとなる夜間中学が大分市に開校する。入学が認められ、開校を心待ちにしているのが、各地の災害現場などに駆けつけ、「スーパーボランティア」の愛称で知られる尾畠春夫さん(86)=同県日出(ひじ)町=だ。 貧しい家庭に育ち、小学4年で「でっち奉公」に出されて以降、ほとんど学校へ通えなかった。高齢のため授業についていけるか不安もあるが、真新しい筆箱を手に、「人生は一生勉強。頭も体も使ってなんぼ」と心を弾ませる。 10月23日、大分市の県立爽風館高校の教室に尾畠さんはいた。 この日、開かれたのは、2026年4月に校内に設置される夜間中学の入学希望者向け体験教室。社会科の授業では、文字が書き込まれていく黒板を見て考え込み、理科の授業では将来の「

ぼーっとに生きてきた私ですが、ついに社会人になりました。会社はすごくいいところです。上司も先輩もいい感じにゆるく、話しかけやすいですし怒られることなんてありません。仕事に飽きたり行き詰まったら隣の同期とくっちゃべっています。これ以上の環境はないと本気で思えるくらいいい場所です。 さて、社会人になり、人生の大きなレールに上手く乗ってちょっと人生の先の見通しがよくなった私ですが、どうすれば幸せになれるのかがわかりません。ああ、この人生素晴らしいものだったなと思いながら死ねるルートが、もう自分の中には無い気がするのです。 私はとにかく人と関わることが苦手なのです。人に自分のことを知られるのが嫌なのです。それは自分が何もない空っぽな人間だと伝わってしまうから。だったら自分の良くない部分は隠してしまおう、人に吐き出してもどうにもならずにただ自分が惨めに見えてしまうだけなら、閉じ込めてしまおうと考えて

【困ること】・履歴書で昭和64年と書くと、間違いかと疑われる ・西暦に直す時に一瞬だけ考えてしまう ・昭和世代とひとくくりにされるが、感覚はほぼ平成 ・年齢を聞かれて説明が面倒になることがある ・病院や市役所の窓口で、データベースに昭和64年の選択肢がないことがある ・自分の誕生日が平成か昭和かで微妙に話題になるが、毎回説明が必要 【得すること】・生まれ年のインパクトが強く、会話のきっかけになりやすい ・昭和生まれと平成生まれの境界線で、両方の世代トークに参加できる ・年号に詳しいと思われて、意外に尊敬されることがある ・面接でちょっとだけ印象に残りやすい ・希少価値が高く、同じ年の人に会うと強い親近感が湧く ごめん、得することはあまりないので無理やり書いた

話は母がガンになったところから始まる。 就職と共に家を出て2年ほどして、母がガンにかかっていることを知った。最初はガンと言ってもピンキリだろうと呑気に構えていたら、余命半年も無いらしい。 母が心配していたのは、典型的な昭和世代の価値観をもつ父のことだった。今でこそ男性も家事をするのが当たり前の風潮があるが、私の親世代は全く異なり、母は専業主婦で父は家のことは何一つ出来ないような人だった。 医者の話によると母は半年以内には亡くなる。その後、父がどうなるかを想像すると、 ・二人暮らしから一人暮らしになる(下手したら後追い自殺するんじゃね?) ・酒に溺れる(弱いくせに酒飲み) ・まともに食事をしないので体調を崩す(仕事が忙しいと昼食を取らないなどのため痩せ型) と、ろくな未来が想像できないため、仕事を辞めて実家に帰ってきた。 まだ社会人3年目だったため、不安もあったが、「親の余命が残り少なかった

他人事じゃなさすぎるので書く。 うちは小6息子がLD &ADHD。小2の終わりに診断出た。 小さい頃から文字を書きたがらないし、書けるようになっても書くのにとても時間がかかった。読むのはまあまあできるけど、読み飛ばしたり、文頭だけ読んで文末を想像してるとしか思えない読み方をしていた。 就学してからはカタカナを一向に覚えない。教えても教えても忘れちゃう。漢字も覚えない。見開きのページ両面いっぱいに、同じ漢字を30回書かせるとするじゃん?次のページめくって、今書いた漢字なんだった?というと、思い出せないわけ。 夫に相談すると、俺もそんなもんだった、気にしすぎ、と笑われるところから始まり、それでもおかしいと言うと、やがて「お前は息子を障害者にするのか!!」と怒り出した。 夫はほっといて、市に相談。読み書きスクリーニングという検査を受けた。結果はおそらくLD。でも確定するにはウィスク検査と

20代アラサー男。 この度客先を回る営業職から、一歩たりとも社外に出ない事務職に転職した。 俺は幼少期に母が「言葉のない国に行きたい」と神に祈ったレベルのおしゃべりだ。そしてそのまま成長した。 先に書いておくけど、この話はマジで長い。なぜなら俺がおしゃべりだから。転職してみたら、新しい職場で話せる相手がぜんぜんいなくて辛い。本当にいない。 下手したら 「おはようございます」 「お疲れ様です」 「お先に失礼します」 の3センテンスで就労時間が終わる。 当たり前なんだけど、営業と比べて「しゃべり無用」の業務が多すぎる。 激烈繁忙期のせいか、皆俺なんかに興味がないのか、仕事の合間にちょっと雑談、みたいなのも発生しない。俺の歓迎会はなぜか2ヶ月先に設定されている。 苦しい~~ッ! 人と話したい、そして人の話を聞きたい。転職4日目くらいで窒息しそうになり、なんとか昼休憩の間だけでも話し相手を確保

ネクタイを締め、自宅のパソコンの前に座る。開始まで30分もあるのに、プレッシャーでめまいがした。 2023年12月。九州大の大学院修士課程の1年目に在籍していた時元康貴さん(27)は、初めての就職面…

路上で、知らない誰かを褒める。そんな人がいる。 なぜ、他人に褒められたいのか。褒めることは何をもたらすのか。一緒に町に立ち、考えた。 昨年11月下旬、JR渋谷駅前。通称「褒めますおじさん」(43)は…

追記2 近くにブラジリアン柔術のジムがあるようで、そこに明日体験行ってくるよ 最近やってる人が増えてるような記事も見た 追記 空手柔道、道場探す 囲碁・将棋、勉強して碁会所行きたい カードゲーム、やってみる -- エンタメコンテンツの消費にはもう飽きたよ。 ネトフリとかでアニメ見ても、どうせ見れる量にも限度があるし、これ以外にも似たような・同程度の面白さの作品なんかいくらでもあるし、3か月ごとにそれがどんどん増えていくんだろ?と思うとなんかどうでもよくなってくる。 もちろんゲーム・ドラマ・映画・漫画等にも言えて、これからさらにコンテンツ供給量が増えていくのにまあ確かに多少時間はつぶせる程度のこのコンテンツを見ててなんか意味ある?という気持ちになっちゃう。 やっぱりコミュニティに所属して人との会話こそが一番のコンテンツという気がしている。 以下の条件を満たせるようなものが欲しいんだよな。 ・

半年くらい前に車で家の近く走ってたら超デカい犬とおばあちゃんがうずくまってて、犬がそうしたいからそうしてんのかな〜と思ったが何か違うような気がして話しかけたところ、散歩中にいきなり犬が痛がって歩かなくなっちゃったとのこと。本来だったら専用のカゴに入れてタクシー呼んで獣医連れてくんだけど取りに行くには離れなきゃいけないし…と大変困っていそうだったので、じゃあってことで自分の車に乗せて(このときジムニーのトランクに困り顔の犬がミチミチに詰まっているのが面白かった)獣医さんまで送って行った。結石ができていて早めに連れて行かないと結構危ない状態だったらしい。 しばらく後に無事退院したというので頂いていた連絡先に犬を見に行ったら、まあ犬のほうは元気そうにしていて良かった。が、今度はおばあちゃんのほうがだいぶ落ち込んでいて、2年ほど前までは旦那さんがいて車も出してくれていたけど今はそれもできないし、

「死後のことなんか気にすんな」 ほんとうそう。わたしもそう思って生きてきたずっと。 だから30すぎても結婚もしてなけりゃ子供もいない。 今はバツイチ小梨の恋人の持ち家に居候してる。 (結婚しようって言われてた頃もあったけど、向こうの親が彼の再婚を拒んだのと、わたしも「え〜〜〜まだバツイチでもなんでもいいから結婚したい!っていう熱意ないな〜〜〜」という感じなので無理して説得しようとも思わず、そのままダラダラと3年くらい過ごしている。) 楽観的かつ享楽的に生きてきたんで、酒とタバコはメチャクチャやるし、バイクだって乗るし、貯金はしてないしなんなら借金(無担保ローン)がある。 彼氏が家の住宅ローンも光熱費も払ってるから、わたしは実家にいないだけで子供部屋おばさんとかわらん。よって、このようなクズでもヘラヘラ生きていられる。 正直ちゃんとやればすぐに借金返せるし、貯金も始められるけど、そんなことよ

追記:わかった、これ「頑固」の一言で説明できるわ ____ アラフォーにして、自分の性格の一つを理解した 諦めることが苦手だ 例えば好きになった異性を諦めるの苦手だ 4年くらい引きずる 告ってだめになってからずーっと引きずる、切り替えができない どう考えてもダメなんだけど諦めきれずストーカー予備軍になる 例えば金持ちになるという目標を諦めるのが苦手だ 10年以上死に物狂いで仕事したから、上位数%くらいの年収はあるんだけど、全然足りてない ここらへんで満足するのが幸福につながるんじゃないかと思うんだけど、諦める方法がわからない、苦しいダイエットのときもそうだ、やりすぎちゃう あとギャンブルとかも相性が最悪、破滅するまでやっちゃう 執着して切り替えができない 一部の周りからは「努力家」みたいに思われてるらしいが、ちがうんだ、心が弱いんだ、走る足を止められない 頑張ってると安心するじゃん?頑張

小1の娘が、ここ2週間くらい、「ママが死ぬのがこわい」「自分も死ぬのがこわい」「死んでも皆で一緒に暮らそう」などと言いながら、毎晩わんわん泣いている。 ここ2、3日は夕飯の時にも、ご飯食べながらも涙を流していて、やはり死ぬことを考えて泣いているとのこと。 私も子供の頃、寝る前に、「私は明日死ぬんじゃないか」と不安になって、死なないようにお祈りしていた時期があったので子供あるあるかと思うけど。 一番こわいことが「死ぬこと」だなんて、子供は気楽でいいなあと思う。 とりあえず、「そんな簡単に死なないよ」「死んでも一緒にいようね」などと言って毎日なぐさめている。

7/11 なんかツイッターの有名な方に拡散していただいたようでありがとうございます!!!とんでもないことになってしまった… 子育て終わった開放感で書き殴った日記がこんなことになるとは思ってもみませんでした。 取材に関しては、別の媒体で内容を掲載されることで息子に微妙に違ったニュアンスでこの日記の内容が伝わってしまうもしれないリスクがあるので申し訳ありませんがお断りさせてください。 ひぇーーーー!なんかめちゃくちゃ読まれてる!!今更恥ずかしい!! お祝いのコメントありがとうございます!!! めちゃくちゃ嬉しいです!!! 子どもはインスタとかビーリアル(ビリアル?かどっちか)をちょっとしかやってないらしいし、仕事に関する勉強で忙しいらしいからこの日記も読まれないと思ってはいるけど、もし読んじゃったら教えてね!!! 私が本当は愛せるか分からなかったし子供産むの怖かったって話はちょっと前チラッとし

そのじいさんが亡くなった。 昨年に父が亡くなり、私の実家は車を処分したので、実家に帰省するときはレンタカーを予約する。この連休もそうした。 安いので、地元の自動車修理工場がフランチャイズでやっているインディーズ系レンタカーにしてみたら、受付してくれた事務の親切な女性は、レンタカー約款を読み上げる間中修理工場から爆音で流れてくる演歌のUSENに向かって突然「ああうるさいっ!」とブチぎれ、「あなたもうるさいと思うでしょう!?」と私に同意を求め、同僚に修理工場につながるドアを閉めさせると、「最後に乗っていたのは平成15年式のbB(みんなの地元のDQNがよく乗ってたやつ)です。令和になってもまだ乗ってました」というある意味SDGsでは? みたいなことを平気で言う私に、令和2年式フィットハイブリッドという、まさに隔世の感というほかない車の操作方法をとても丁寧におしえてくれた。 そんな調子で車を借りて

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