スーパーの店員、レジ袋のサイズを「入るほうで」と言う客に激怒 「自分で考えるって出来ないの?」 1 名前:ジドブジン(東京都) [US]:2020/09/04(金) 17:35:51.85 ID:5uE6Gcjs0 レジ袋有料化から2か月。お会計の現場では、いまだに慣れない客への対応に苦慮する店員の姿がある。お悩み解決掲示板に8月末、「スーパーのレジ袋について」というスレッドを立てたスレ主もその一人。 スレ主が務めるスーパーでは、レジ袋の大きさがわかるようマチを広げた見本が2種類掲示してある。レジではそれを示して説明し「どちらにしますか?」と聞いているが、結局「入る方で」と店員に判断を任せる客が多いことに、スレ主は苛立っている。 「自分で考えるって出来ないの?わざわざ袋のマチ部分が分かるように立体で掲示してんのにアホなの?入るかどうかなんて入れ方次第だろ。こっちはお前の世話係りじゃねーんだ


北野天満宮(京都市上京区)と天台宗総本山・延暦寺(大津市)が合同で営む「北野御霊会(ごりょうえ)」が4日、同天満宮で約550年ぶりに再興された。同天満宮で、神仏習合による祭典が実施されるのも1868(明治元)年の神仏分離以来。神職と僧侶が並んで境内を進み、新型コロナウイルスの早期終息や国の安寧をともに祈った。 北野御霊会は、平安時代に始まった勅祭「北野祭」の一環として延暦寺の僧侶を迎えて催されてきたが、応仁の乱の後に途絶えた。また、天満宮は神仏分離までは延暦寺の管轄下にあり、宮司の役割を担う「別当」職を天台宗の京都五箇室門跡の一つ、曼殊院(左京区)の門主が代々務めていた縁がある。 天台宗を開いた最澄の1200年大遠忌を来年に控え、北野天満宮も祭神・菅原道真の1125年半萬燈(まんとう)祭を7年後に迎えることから、互いの節目を契機に歴史的なつながりを見直そうと、応仁の乱以来となる神仏習合での


続き https://anond.hatelabo.jp/20200911202150 アブラハム・マズローの書いた『完全なる経営』(日本経済新聞出版 大川修二訳)という本を読んだ。 その中では、精神的に健康な人間というものが語られている。平たく言うと、自己実現できる人のことだ。 自己実現とは、本に書いてあった内容によると、こんな感じの人だ。 ・今の状況をありのままに捉え、不確実な状況でも耐えることができる ・創造的やユーモアがある ・自分と自分に関わる人間の幸福を願う ・夢中になれる物がある ・自分の能力を惜しげなく発揮している この対極にあるものとして、精神的に不健康な人間についても述べている。本文の中で、精神的に健康な人間と不健康な人間が対比されている描写は以下の3つだ。 相当高い発達段階にいる人間は、破壊よりも創造を好むものだ。創造する喜びは破壊する喜びよりも大きい。 ただし、破


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