友人と会って何気なく「この前、自転車で転んで手をぶつけた」と言った。友人は心配そうに私の手のひらをじっと見てくる。 袖をめくって、肘の下の紫色のあざを見せると「ああ、腕のことね」と笑う。 その瞬間、こっちも笑ったけど心の中ではため息をついていた。 またやった。自分の言葉の地図は他人から見れば欠陥品らしい。 原因は分かっている。 物心ついたときから家族みんな腕を手と呼んでいた。 母は「長袖をまくると手が寒い」と言いながら前腕をさすり、父は「手をぶつけた」と言いながら肩を押さえていた。 つまり、私の語彙の基準は最初からズレていた。 学校の理科室で骨格模型を見て正しい名称を教わっても、家に帰ればその知識はすぐに溶けて消えた。 社会的に正しい呼び方より家の中のローカルルールのほうが強かった。 この癖のせいで余計なやり取りが増える。 整骨院で「手が痛い」と言えば、指や手首をぐにぐに触られる。 「違


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