木瓜(もっこう)紋は不思議な紋である。 この紋の起源がよくわからないのだ。 代表的なものを上げてみると以下のようなものである。 1)キュウリの切断面を図案化したもの 2)鳥の巣を象ったもの 3)神社の御簾の帽額(モコウ)に使われた文様 4)女陰 いずれにしても、子孫繁栄や縁起のよいものにあやかろうという精神がこの紋の普及を促進したのであろう。 また、都道府県別でこの木瓜の割合が一番多いのは以下の県である。 (都道府県別姓氏家紋大辞典 千鹿野茂著より)北海道、青森県、岩手県、栃木県、埼玉県、新潟県、富山県、和歌山県。 この中でも特に、富山では、他県に比べて著しい普及率(28%)を示している。 この地域は、戦国時代に朝倉氏が勢力を持っていて、この紋を広く門徒に使わせたためと言われている。 また、2位の地域は、秋田県、宮城県、福島県、石川県、福井県、鳥取県、島根県など。四国と南九州では比較的少
綱町三井倶楽部(つなまちみついくらぶ)は、東京都港区三田二丁目(旧芝三田綱町)に整備された建物及び庭園である。通常、三井倶楽部(みついくらぶ)と略して呼ばれる。 日向坂を登りきった島津淡路守江戸藩邸跡地に建てられ[3]、南側の斜面及び低地には庭園が広がり、2009年(平成21年)頃まで、藩邸の長屋がそのまま現存していた。周辺にはオーストラリア大使館、イタリア大使館が所在する。 1910年(明治43年)、三井総領家第10代当主・三井八郎右衞門高棟が、ジョサイア・コンドルに設計を依頼し、日向・佐土原藩(佐土原島津家)の江戸藩邸(上屋敷)跡に計画した賓客接待所で、当初は「綱町三井別邸」と称し、1913年(大正2年)12月に竣工した[2]。 建物はルネサンス様式を基調としてまとめられ、左右対称の正面の中央間および両脇間の軒の円弧状ペディメントとオキュラス飾りがこの建物を特徴づけており、両側面のベイ
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