思想 2024年4月号 岩波書店Amazon 諫早庸一「『14世紀の危機』の語り方:ヨーロッパ到来以前の黒死病」『思想』2024年4月、no. 1200、9–32ページ。 『思想』の特集「危機の世紀」から、14世紀の危機について論じた論考を読む。 非常に多くの情報を提供する論考である。しかし、その骨子は次のように要約できる。「13世紀世界システム」の崩壊は、黒死病によってもたらされたとは考えられない。なぜなら、システムは黒死病が現れたときにはすでに崩壊していたから。システムの崩壊の主要因はむしろモンゴル帝国の解体である。まず気候変動により、帝国の拡大は13世紀末に止まる。その後、帝国を構成する各ウルスの王位継承制度の不全のためウルスは解体し、変動後の気候に適した小政体が数多く成立していった。 ここから私としては、次のような点に論考のポイントがあると判断した。論考の冒頭では14世紀の危機の

関沢和泉「12世紀における文法(学)の普遍性 ファーラービーからグンディサリヌスへ」『中世哲学研究:Veritas』27、2008年、39–60ページ。 http://www.facebook.com/l.php?u=http%3A%2F%2Fksmp.net%2Fveritas%2Fvol27%2F39-60_sekizawa.pdf&h=_AQHIxM4s[無料でダウンロード可能] 西洋中世学会若手セミナーでの関沢和泉さんの発表に衝撃を受けたので、関沢さんによる論考を遅ればせながら読む。チョムスキー、エーコにも通じる射程の広さが、中世ラテン語著作の読解にもとづく精密な差異の識別と両立させられている。 ダンテ『俗語詩論』の研究のなかでマリア・コルティは、ダンテが提唱する普遍文法の観念は、彼が当時のスコラ学の様態論学派から学んだものだと主張した。これにたいして普遍文法の観念は、様態論者に限
Long Commentary on the De Anima of Aristotle (Yale Library of Medieval Philosophy Series) 作者: Averroes,Richard C. Taylor出版社/メーカー: Yale University Press発売日: 2009/10/20メディア: ハードカバー クリック: 9回この商品を含むブログ (3件) を見る Richard C. Taylor, "Introduction," in Long commentary on the De Anima of Aristotle, trans. Richard C. Taylor with Thérèse-Anne Druart (New Haven: Yale University Press, 2009), xv-cix, here xv-x

Harold Stone, "WhyEuropeans Stopped Reading Averroës: The Case of Pierre Bayle," Alif: Journal of Comparative Poetics 16 (1996): 77–95. http://www.jstor.org/stable/521831 アヴェロエスは中世からルネサンスにかけて毀誉褒貶はありながらも、広く読まれ続けていた。しかし17世紀後半から急速に読まれなくなる。どうしてか?この問題を検証する論文である。まずアヴェロエスが注釈をほどこしていたアリストテレスの権威が、17世紀にはいると急激に低下した。権威を剥奪されたアリストテレスへの注釈者をどうして読む必要があるだろうか。アリストテレスをなお学ぶ人々にとっても、アヴェロエスを置きかえる有力な対抗馬が出現していた。イエズス会が作成した注
Renaissance Averroism andIts Aftermath: Arabic Philosophy inEarly ModernEurope (InternationalArchives of the History of IdeasArchives internationales d'histoire des idées) 作者: Anna Akasoy,Guido Giglioni出版社/メーカー: Springer発売日: 2012/12/13メディア: ハードカバー クリック: 1回この商品を含むブログ (1件) を見る Amos Bertolacci, "Averroes against Avicenna on Human Spontaneous Generation: The Starting-Point of a Lasting Debate," R

Subverting Aristotle: Religion, History, and Philosophy inEarly Modern Science 作者: Craig Martin出版社/メーカー: Johns Hopkins Univ Pr発売日: 2014/03/13メディア: ハードカバーこの商品を含むブログ (3件) を見る Craig Martin, Subverting Aristotle: Religion, History, and Philosophy inEarly Modern Science (Baltimore: Johns Hopkins University Press, 2014), 86-92. ルネサンスアリストテレス主義の最新の概説書から、イエズス会士を扱った節を読んだ。ここもまたアヴェロエスを軸に論じている。 イタリアの自然哲学者がアヴ

アルベルトゥス・マグヌスの研究をしている人の発表を聞きました。テーマは『精気と呼吸について』というアルベルトゥスの論考です。 アルベルトゥス・マグヌス(1200頃‐1280)というのは、トマス・アクィナスという人の師匠にあたる人で、自然哲学について多くの論考を残したことで有名です。 それで、この弟子のトマス・アクィナスという人の方がはるかに有名で、この人は「スコラ学の大成者」として紹介されることが多いです(その紹介が現在の研究から見て正当なのかどうかは知りません)。 要するにアルベルトゥス・マグヌスという人は中世スコラ学者なのです。 そんなアルベルトゥスの『精気と呼吸について』に関する発表でしたが、論文でやりたいことは以下の三つとのこと(あくまで僕なりのようやくです)。 自然と技術を類比的に考えるという思考のパターンが、アルベルトゥスの他の著作で認められる。同じ類比の思想がこの『呼吸と精気
哲学の歴史〈第4巻〉ルネサンス 15‐16世紀 作者: 伊藤博明出版社/メーカー: 中央公論新社発売日: 2007/05/01メディア: 単行本 クリック: 11回この商品を含むブログ (14件) を見る 宮下志朗「図書館・書斎、そして印刷術」伊藤博明編『哲学の歴史4:ルネサンス』中央公論新社、2007年、338–354ページ。 なんともすばらしい小文です。中世からルネサンスにかけて知識の担い手が聖職者から俗人へと拡大していきます。それにともない大学ができ、そこでは少数のテキストを繰りかえし読んで叡智を得るという修道院スタイルから離れ、おおくの本から引きだされた多くの情報をもとに論拠にもとづく議論をいかに戦わせるかが重視されるようになります。これらの動向から飛ばし読みが可能な黙読、情報をすばやく見つけるための工夫(段落、小見出し、索引)、口承韻文の散文化、ローマン体の発明、活版印刷術がつぎ

Avicenna (Great Medieval Thinkers) 作者: Jon McGinnis出版社/メーカー: Oxford University Press発売日: 2010/06/17メディア: ペーパーバック クリック: 2回この商品を含むブログ (1件) を見る Jon McGinnis, Avicenna (Oxford: Oxford University Press, 2010), 117–48. アヴィセンナ哲学の基本書から、知性論を扱った部分を読みました。アヴィセンナは人間霊魂の能力のうちの知性を、さらに2つに区分しています。実践知性と理論知性です。このうち理論知性が人間の知性認識を可能にし、それによって人間を他の動物から区別します。知性認識とはあらゆる質料から切り離された抽象的なアイディア(forma intelligibilis 可知的形相)を知性が受け入れ

ヴァールブルク著作集 別巻 1 ムネモシュネ・アトラス 作者: アビ・ヴァールブルク,伊藤博明,田中純,加藤哲弘出版社/メーカー: ありな書房発売日: 2012/03/01メディア: 単行本 クリック: 15回この商品を含むブログ (2件) を見る アビ・ヴァールブルク、伊藤博明、加藤哲弘、田中純『ムネモシュネ・アトラス』ありな書房、2012年。ドイツの美術史家・文化史家のアビ・ヴァールブルクは、彼自信が「アトラス」と呼んだ図像パネル集の制作を、遅くとも1926年には開始していました。このパネル集は、様々な造形作品を白黒写真で撮影し縮小して、それらを黒色の布地の上に(ヴァールブルク独自の構想に基づいて)分類配列したものです。現在元のアトラス自体は失われているものの、時系列順に3つの段階のアトラスを白黒写真に収めたものが残っています。本著作はこの最終版をもとにつくられています。 ヴァールブ

古代から中世へ (YAMAKAWA LECTURES) 作者: ピーターブラウン,後藤篤子,Peter Brown出版社/メーカー: 山川出版社発売日: 2006/05メディア: 単行本 クリック: 14回この商品を含むブログ (7件) を見る ピーター・ブラウン『古代から中世へ』後藤篤子編訳、山川出版社、2006年、71–94ページ。 ブラウンの講演集から「「中心と周縁」再考 ポスト帝国期西ヨーロッパにおける文化伝播モデル」と題された章を読みました。ピレンヌの『マホメットとシャルルマーニュ』は、地中海を結節点に諸都市間で行われる交易と、キリスト教を中心とする文化というローマの遺産が、西ローマが滅びてもなお存続したというテーゼを打ち出しました。この存続が途切れるのは、イスラム帝国による地中海の征服が東方との地中海交易を衰退させた7世紀後半です。このとらえ方は、地中海という中心がその周縁をま

アヴィセンナの発生論、とりわけ人間の発生について、『医学典範』と『治癒』「動物論」の記述から基本的な構図を抽出すると以下のようになると思われます。 形成力(virtus informativa) 父から(精液の中にある) 受胎後6日、ないしは7日後に消滅 心臓を形成(少なくとも『治癒』によれば)栄養摂取霊魂 父から(精液の中にある) 受胎後精液が固まると、その精液は霊魂を有するようになる。この霊魂は栄養摂取霊魂 諸器官を完成させるために動く 気質(complexio)が一定の状態に達すると、子供に固有の栄養摂取霊魂に取ってかわられる 感覚的霊魂と理性的霊魂 心臓と脳が判別可能になると、それらに結合される 最初に感覚的霊魂が結合し、続いて理性的霊魂が結合するということはない(もしそうだとすると、動物から人間へ種が変化したことになるから) これらを与えるのは形相付与者(だと思われる) 天の熱
ルイス・パイエンソン「科学と帝国主義」佐々木力訳『思想』No. 779, 1989年5月、9–28ページ。 http://ci.nii.ac.jp/naid/40001546539 科学と帝国主義という主題は、日本の雑誌でも特集が組まれるくらい多大な関心をひいてきました。この視角についての基本文献であるパイエンソンの論文を読みました。精密科学の諸理論が非西洋圏で熱心に学び吸収されるのは、それを会得していることが文明化のあかしとみなされていたからです。この意味で精密科学の伝播は文化帝国主義の一側面を構成します。植民地では科学研究の施設が建設され、そこに本国から科学者が送り込まれます。植民地において科学がどう利用されたかをみるためには、この(科学という)本国文化を喧伝するために送り込まれた科学者たちの活動に焦点を当てる必要があります。たとえばフランス領西アフリカにフランスから送り込まれたエドュ
文明の滴定―科学技術と中国の社会 (叢書・ウニベルシタス) 作者: ジョゼフ・ニーダム,橋本敬造出版社/メーカー: 法政大学出版局発売日: 1974/01メディア: 単行本 クリック: 8回この商品を含むブログを見る ジョゼフ・ニーダム「中国科学の世界への影響」『文明の滴定 科学技術と中国の社会』橋本敬造訳、法政大学出版局、1974年、55–130ページ。中国の科学技術史を研究する著名な歴史家が書いた論考を読みました。中国の先進性が提起するいくつかのパラドックスが考察されています。中国文明が産み出した科学技術上の成果を考察するときに、第一に思い浮かぶのは西洋に先んじて考案され、それが西洋に伝わることで巨大な社会変革を引き起こした一連の技術です。たとえば馬具、鋼鉄技術、火薬、機械式時計の発明です。しかし同時に西洋に伝わらなかったか、伝わったかどうかが確かでないような成果も考察の対象に含めね

ルネサンスの祝祭的生における古代と近代 (ヴァールブルク著作集4) 作者: アビヴァールブルク,Aby Warburg,伊藤博明,加藤哲弘,岡田温司出版社/メーカー: ありな書房発売日: 2006/01メディア: 単行本 クリック: 4回この商品を含むブログ (5件) を見る アビ・ヴァールブルク「中世の表象世界における飛行船と潜水艇」加藤哲弘、伊藤博明訳『ヴァールブルク著作集4 ルネサンスの祝祭的生における古代と近代』ありな書房、2006年、25–47ページ。 ヴァールブルクが1913年に発表した論文を読みました。おそらくは1450年から60年のあいだにつくられたフランドル産の巨大なタピスリーがローマに保存されています。そこに描かれているのはアレクサンドロス大王の生涯です。この描写の特徴は、それが飛行船で空を登り、潜水艇で海に潜る大王を含む点にあります。飛行船というのは人が入れる大きさの

坂本典昭『福祉行政最前線』高輪印刷株式会社、1990年。 http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I025774932-00 13日に亡くなった私の祖父は、いくつかの書物を自費出版しています。そのうちの一つは、市役所での仕事を中心にした自分史のようなものになっています。これは老齢に達した人がよく書くジャンルではないでしょうか。その本の冒頭部に、1945年8月6日以降に関する記述があったので、ここに抜き書きしておきます。私には興味深い証言に思えました。この時、坂本典昭は江田島の海軍兵学校にいました。 そして、運命の日、あの悪魔の火の爆発が8月6日午前8時15分、広島で爆発いたします。 江田島の生徒館の中庭で体操を終わり、直立していた小生、ピカッとマグネシュウムを焚いたような閃光と、熱風の風圧を首に受けて思わず首筋に手をやります。 ガラガラと生徒館の雨樋が崩
戦国宗教社会=思想史: キリシタン事例からの考察 作者: 川村信三出版社/メーカー: 知泉書館発売日: 2011/06/20メディア: 単行本 クリック: 38回この商品を含むブログを見る 川村信三『戦国宗教社会=思想史 キリシタン事例からの考察』知泉書館、2011年、17–86ページ。 「キリシタンの世紀」についての最新の研究書の第1章を読みました。戦国時代におけるキリスト教の移入を組織論を入り口に考察することで、問題全体を広い視野からとらえることに成功した傑作です。16世紀に日本に入ってきたキリスト教は、その組織面で大きな特徴を持っていました。信徒たちは教区制によってではなく、むしろコンフラテルニタス(信人会、兄弟会)制によって組織化されていたのです。コンフラテルニタスとは、司祭・聖職者の介入なしに自主的に信徒たちによって運営される組織のことで、西洋では13世紀に組織化され、黒死病後の

キリスト教と日本の深層 作者: 加藤信朗,鶴岡賀雄,田畑邦治,桑原直己出版社/メーカー: オリエンス宗教研究所発売日: 2012/03メディア: 単行本 クリック: 7回この商品を含むブログを見る 折井善果「キリシタン版『ひですの経』の「アニマ論」が意味するもの」『キリスト教と日本の深層』加藤信朗監修、オリエンス宗教研究所、2012年、115–133ページ。 キリシタン文書の文献学的な検討から、当時の時代状況かんする射程の長い議論を導き出す論文を読みました。浄土真宗の教えは基本的に他力信仰です。救いというのは人間の選択にではなく、仏の側にもっぱらかかっているとされます。しかし15世紀に蓮如が著した著作には、念仏を唱えることが仏の世界の側への祈願請求となるという理論が現れています。これは来世に現世での行いに応じた応報がありうるという考え方が、戦国の混乱期に求心力をもったことの反映だと解釈でき

ピエール・ベール著作集 第4巻歴史批評辞典 2 E~O 作者: ピエール・ベール,野沢協出版社/メーカー: 法政大学出版局発売日: 2005/03メディア: 単行本 クリック: 17回この商品を含むブログを見る ピエール・ベール「おっぱい派」『歴史批評辞典 II E–O』野沢協訳、法政大学出版局、1984年、734–736ページ。 おっぱい派とはなにか。ピエール・ベール(1647–1706)によると、おっぱい派は再洗礼派から派生したセクトの一つです。オランダのハールレムで、とある男性の若者が結婚したいと思っている女性のおっぱいに手をつっこむという事件がおこりました。これを知った教会(再洗礼派の教会?)は、おっぱいを触った男をどう処遇するかについて議論を開始します。ある人々はおっぱい触りくらい許してやれと言いました。しかし別の人々は、いやおっぱいを触った罪は破門に値すると言ってききません。
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