遠藤諭のプログラミング+日記第177回
生成AI時代の非知的生産の技術(1)
2025年02月27日 09時00分更新
文● 遠藤諭(角川アスキー総合研究所)
人間が「ことば」を記録するようになったのは、紀元前3300年頃のメソポタミアでのことだそうだ。シュメール人たちが、粘土板に楔型文字を使って文字を印した。この人間が「ことば」を記録するという営みが、いま生成AIによって大きく変化しはじめている。
生成AIで「ことば」を生み出すといえば、ChatGPTでメールの返事を書かせたり、人間が書いたとしか思えない小説ができたといった話題もある。それらはどちらかというと、何か小石のようなものをジャラジャラとシャッフルして自分の納得するパターンを見つける特別な仕掛けのようなものだ。
それに対して、自分の頭の中にあるものを言葉として表現して、相手に伝えるための手段として生成AIを使うことも始まっている。それをいまのところいちばん理想に近い形で実現していると見られているのが、コードエディタ「CURSOR」(カーソル、カーサー)のようだ。
CURSORは、2023年に公開された基本無料(有料契約もある)のエディタで、WindowsとMacOS、Linux用がある。要するに、もともとソフトウェア開発のためにプログラムを書く道具として開発されたものである。しかし、それをプログラムを書くだけでなく文章を書くために使うこともできるのだ。
MIT出身の4人の創設者たちがマイクロソフトのVisual Studio Code(以下VS Code)をベースに開発したもので、Anysphere社として発売。ChatGPTやClaudeで使われているLLM(大規模言語モデル)が統合されていることを最大の特徴とする。OpenAIのスタートアップファンドなどから資金を調達したことでもニュースになった。
コンピューターを動かすためのプログラミング言語も、人に意図を伝える人間のことばも、どちらも「言語」である点は変わらない。しかも、ソフトウェア開発では、その生産性やプログラマの負担を軽減することが求められ、なおかつ技術と品質が求められる。そのための道具であるコードエディタなどのツールは、研ぎ澄まされ、高度に進化している。
それに対して、一般の人たちが文章を書くためのワープロソフトは、1980年代以降あまり進化していないといっても大げさではない。そもそも、原稿や小説などの「文章」を書く人には、プログラミング用のエディタを使う人は、どの時代にも一定数いたのである。
1970年代末~:PAVALET(パンチカード)、VAX-11 EDT、TECO
1980年代中盤~:RED、FINAL、MIFES、Penguin Editor
1990年代~:Vz Editor、秀丸、QX、EmEditor
2000年代:サクラエディタ
しかし、このエディタを使って文章を書くということがCURSORによって大きく変化しそうである。それは、「ただ書くための道具」が進化したということではなくて、「ことばと人間の関係」をも根本的に変えてしまいそうですらある。
というわけで、CURSORとは、文章を書くときにどんなふうに使えるのか? まだ触っていない人もいると思うので、「こんなところが便利だよ」というところを、いくつか見ていただくことにしよう。
まず分かりやすいところとして、スマホの予測変換のちょっと賢いやつともいえるのが「文の補完」である。人間の書く文章というのは、その文で伝えたいことはたいした情報量ではなく、残りの部分というのは、その文を正しく伝えるために補ってくれるものである。
実は、いまこの原稿を書いているときも「その文で伝えたいことはたいした情報量ではなく、残りの部分というのは、」と書いたところで、CURSORが「その文を正しく伝えるために補ってくれるものである。」と提案してきた。私は、そこでTabキーを押しただけである。この提案が気に入らなければ、無視して書き進めてやればいい。
これは、まだ非常に単純な例で何行にもわたる「文章を提案」してくることもある。なので、ちょっとした原稿を書くときに最初の「ひとこと」を書いたら、あとはCURSORが全部書いてくれるようなことが起きてしまいそうになる。実際に、後述するメンション機能などで適切なリソースを与えてやるとそれに近いことは可能かもしれない。
そうして出来上がった文章というのは、私の書いたものなのか? それとも、CURSORが書いたものなのか? しばらく使っていると、それはどちらでもいいという気分になってくる。CURSORは、私の忠実な部下のようなもので、私の意図どおりのことが書かれているという感じになってくる。
ちなみに、この補完機能は、ただ文章の先を提案してくるだけではない。箇条書きで書いていると、それを認識して各行の文頭や文末に同じマークなりタグなりを入れようとしてくる。私が、ASCII.JPの入稿システムで使っている自作プリプロセッサの私しか知らないタグなども、勝手に憶えて補完候補をあげてくる。
やってみると「おっここまでやるか」ということもよくあり、CURSORに対して、思わず「ヨシヨシ」と頭をなでてあげたくなるシーンだ。
CURSORで、私がいちばんよく使う機能の1つは、1つの段落なり1つの章なりをまとめてAI的に書き直してもらうことだ。直したい部分を「選択」をしたあとに「Ctrl-K」とやって、この部分に対して指示を出す。
たとえば、インタビュー記事などをまとめるときに、人間の会話をそのまま文字起こししただけでは、むしろ分かりにくいことが多い。その場合に「読みやすくして」などとやると一発でとてもまともな文章にしかも文意を損なうことなく書き換えてくれる。次のような具合である。
「読みやすくして」以外にも、「補足して誰でもわかるように」とか、「だ・である調で」とか、好きなように指示を出せる。上の文章に対して「読みやすくして」と入れて「Genarate」を選んだときに出てきたのが次の画面である。もとの文章の下に、生成AIが提案する修正案が出てくる。
ここで、「Accept」とか「Reject」をキーボードショートカットかマウスで選んでやればよい。もちろん、気に入らないならプロンプトを書き換えてやり直すのもありだ。同じようなことは、ChatGPTでもワープロ画面からカットペーストしてできるが、それは手間というものだ。ファイルをアップロードして文章全体を書き換えてもらうことも可能ではあるが、なんとも大ざっぱな作業となる。
もちろん、インタビュー記事だけではなく、自分が文章を書いているときもこれは同じように使える。「読みやすくして」といった修正以外にも、誤字・脱字などは「校正して」ということでチェックできる。その場合は、元の文章のまま訂正案を出してくれて、ワンタッチで修正できる(使用するモデルによって漏れもある=念のため)。どうしても自分の書いた表現に違和感があって思うような「ことば」が浮かばないときに「類語辞典」的にお世話になるのもよいだろう。
実は、プログラムを書く場合にも「コメント」という人間のことばでコードの意味を説明することが行われている。もともと、CURSORは、人間のことばについても一定のスキルを持っていて原稿の執筆なども可能なものなのだった。
CURSORの中で、生成AIをただ呼び出して使うこともできる。CURSORの画面は、左側に「プライマリサイドバー」、中央に文章やコードを書く「エディタ」の画面、右側に「AIパネル」という構成になっている(正確にはプログラムの実行やデバッグのためのパネルもある)。右側のAIパネルが、まさにAIと対話する使い方をするようになっている。
ちょうど、ChatGPTやClaudeを使うようにバンバン対話することができる。文章を書いているときに知りたくなったことをここで聞くことができる。しかも、ここではメンションという機能があって、「@Web」とやればウェブから情報を持ってくるし、「@/_genko」のようにフォルダを指定してやれば参照範囲を指定して質問もできる。
ソースを明示的に示せるので、たとえば、レビュー記事など一定のスタイルをもった文章は、過去記事や公式データなどをもとに執筆するのに便利そうだ。
CURSORには「プロジェクト」という考え方があって、いま編集しているテキストの入っているフォルダの親フォルダを起点に作業が行えるようになっている。AIパネルで「@」と打つとメンションの種類を選べるようになっている。「フォルダ」を選んで、次に質問対象にしたいテキストの入っているフォルダ名を入れていくと候補から選べるという使いやすさだ。
もちろん、いわゆる複数のファイルにまたがった通常の「Grep」的なこともできるようになっていて、それは画面上の検索窓から「%」のあとに検索文字列を入れるようになっている。これで、現在編集中のファイルのあるフォルダの親フォルダの元にあるファイルを全文検索。
エディタの中にいながらにして「出かけなくてよい」便利さ、それに加えて前提となる情報の範囲が暗黙に示されている「わかっている感」は、なかなかのものではなかろうか?
AIパネルで私がよく使っているのが、文章の見出しを考えてもらうことだ。本文は、気持よく文章を書いていても「見出し」を考えるのは意外に面倒なものだ。ところが、見出しというのは記事としてはとても重要だからおざなりにはできない。必用な部分を選択したら「記事の選択部分の見出しを提案して」とやるだけだ。
自分が文章を書いていてCURSORがやってくれないかなと思うことは、どんどん試してみるといい。
私がよく使うわかりやすい例だけを紹介したが、これだけでも、文章を書くことをなりわいとしている人なら画期的だと思うはずだ。ちなみに、CURSORのメニューなどの日本語化は「Extension」という機能から日本語パックをインストールしてやればよい。
画面の色やデザインなどは、自分で設定できるほかにテーマとして提供されている。私の場合はオタクムード漂う「Doki」というテーマをインストールして使っている。カスタマイズ機能は、あまりに豊富なので、なにがなんだか分らなくなりそうになるが、それら、設定方法もAIパネルに「この設定を変更したいのですが」と質問すれば教えてくれるというのが、なかなか新しい体験となる。
コードエディタと生成AIが統合されたところに、CURSORの最大の特徴があるわけだが、その生成AIのモデルは自分で選べるようになっている。「Claude」や「GPT」、「Gemini」、「DeepSeek」のほか、新たにモデルを追加できるようにもなっている。
これらは、「無料」と「Pro」(月額20ドル)、「Business」(月額40ドル/人)の3つのライセンスによって、それぞれ、生成AIの呼び出し回数や実行速度、プライバシー設定などが異なっている。選べるモデルなどは時期によって変わるらしいので、詳しくは、https://www.cursor.com/pricingを参照のこと。
CURSORの唯一の欠点を挙げるとすれば、機能が豊富すぎてプロフェッショナル向けに作られているという点である。普段ワープロソフトを使っている人にとっては、だいぶ取っつきにくく感じるかもしれない。しかし、これは逆に言えば、使い込むほどにその奥深さを堪能できるソフトウェアだということでもある。
この記事で紹介した中にも、CURSORでもっといいやり方があるかもしれない。CURSORを開発環境として使いつぶしているプログラマには、これちょっと違うよと言われそうな部分もありそうだ。その場合には、ぜひともSNSなどを通して教えていただきたい。
コンピュータによる執筆環境というものは、「文房具」のようでもあり「書斎」のようでもあり、また「自分の頭の中」のようでもある。私にとっては、ほとんど生活そのもののようなものである。それが、いきなりこんなふうに新しくなるとはなんとも嬉しいことではないか。混迷する生成AI時代において、CURSORは、前向きかつ明るい気分になるソフトウェアである。
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。MITテクノロジーレビュー日本版 アドバイザー。ZEN大学 客員教授。ZEN大学 コンテンツ産業史アーカイブ研究センター研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役などを経て、2013年より現職。趣味は、カレーと錯視と文具作り。2018、2019年に日本基礎心理学会の「錯視・錯聴コンテスト」で2年連続入賞。その錯視を利用したアニメーションフローティングペンを作っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『頭のいい人が変えた10の世界 NHK ITホワイトボックス』(共著、講談社)など。

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