「いたっ!」
洗い桶に手を入れた母が小さく悲鳴を上げました。
(しまった!)
その瞬間、心臓をキュッと掴まれ、身が縮みました。
先ほど使った包丁を、他の食器と一緒に洗い桶に突っ込んだままだったのです。
洗い桶の中の包丁にうっかり触れてしまうなんて…
スッと指を切ったかもしれない
赤い血が滴っているかもしれない
血の気が引く思いでした。
申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
それは、中学か高校の頃だったと思います。
(ごめん!危ないことしてごめん!ごめんごめんごめん)
その一言がどうしても言えませんでした。
わるいと思っているのに、どうしても言葉になりませんでした。
責める言葉は一言もなかったです
怒られもしませんでした。
母の指の傷は数日で治ったと思います。
しかし、わたしが心に負った痛みは、何年経った今でも
大きくなったり小さくなったりしてチクチク残っています。
この正月に実家を訪れました。
餅つき機でついた切り餅が、新聞紙に無造作に広げてありました。
餅粉がたっぷりまぶしてあります。
帰り際、
「持っていかん?」
餅好きのわたしのために、餅つき機をだして、わざわざついてくれたのでしょう
餅は好きですが、パンパンに詰まっている冷凍庫と、
年末に買ったばかりの生協の切り餅2袋が頭に浮かびました。
バカなわたしは、また新しい痛みを1つこしらえてしまいました。

すこしは賢くなれるか?と思いながら食べてみました。