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この町内の片隅から

よく分からない

ガラスの靴

夢中で踊っていたので、全然気づかなかった。
ボーン!ボーン!ボーン…
午前零時を告げる鐘だ!
ハッと我に返ったアタシは、王子の手を乱暴に振り払い、
ドレスの裾を翻して大広間の出口へと向かった。
間に合うか!間に合わなくても間に合わせねば!
いきなり腕を振り払われて、驚いてポカンと口を開けた
王子の顔がみるみる小さくなっていく。


繊細な装飾が施された観音扉に体当たりし、
真紅の絨毯が敷き詰められた廊下を曲がった先にある階段へと走る


階段!階段を降りたらすぐだ。かぼちゃの馬車が待っている


両手でドレスを掴んで走る
なんて走りづらいの?このドレスってやつは?
身体に纏わりついて足の運びをことごとく邪魔しやがる
タタタタタ!
それでも懸命に、階段を駆け下りた
アタシのどこにこんな力があったのか、自分で自分に驚くぐらい
すごい勢いだった。
あと少しで馬車だ!その時、ガクン!片方の靴が脱げて転がった。
こんな走りづらい靴で、よくここまで全速で走ってきたもんだ。
魔女が出してくれたのは、カチカチのガラスの靴
靴!靴!履き直している時間はない


そう。確かこの靴がアタシの目印になるのよね
靴を持って王子がアタシを探しに来るのだ
アタシの足にしか合わないガラスの靴
転がしておけばいい
アタシの幸せを握るアイテムだから


その時、もう1人の自分が囁いた。


(ねぇいいの?楽しいの?お城の暮らし楽しいと思う?)


一度でいいから行ってみたかった舞踏会
華やかな世界
そんな世界の住人になりたかった
おいしくて珍しいお料理の数々
すてきな王子さま
煌びやかなドレス
胸元を飾るジュエリー
華奢なガラスの靴


たしかに今夜は楽しかった。
しかし、全速力で走りながら、脳裏をよぎるのは


(ちがう!ちがう!何かがちがう!)


ガラスの靴を手に王子がアタシを探しにくる
お妃になってお城での生活が始まる
安定した生活
何不自由ない生活
華やかな世界


だけど、アタシはきっと飽きるだろう。
王子にも飽きるだろう
ダンスが上手くて、背が高くって、どストライクのイケメンだけど、
型にはまってて、つまんないもん
(アハハ…アタシなんかに言われたくないか)
今日来てみて、色んなことに気づいた


…そうだっ!感じる方に従え!


脱げてしまったガラスの靴を、階段に思いっきり叩きつけてやった
もう片方も脱いで叩きつけてやった
ほんの少しの未練と一緒に。


粉々になったガラスの靴


ふふん!いい気味。ザマァ!
な〜んて、はしたない言葉が頭に浮かんだ



自分をガチガチに縛っていた鎖がプツン!小気味いい音を立てて切れた。


アタシは何者にも縛られず、自由になった気がした。
初めて自由を掴んだ気がした
すてきで、安定してるけど、あの世界で生涯を終えたくないもん
最後まで全部見えちゃって、なんだかつまんない気がする
そんなこと思うアタシって世界一バカでマヌケだ。


いつの間にか、ドレスも馬車も消えていた。
魔法の時間は終わったのだ
継母と義理の姉たちはまだ戻ってこない。
継ぎの当たった服のまま、誰もいない家に帰り、
退職金代わりだからいいよねって、金庫にあった札束を掴んで夜行列車に飛び乗った。


世界一バカでマヌケでもいいわ
失敗してもいいんだわ
気づいちゃったアタシは、アタシの幸せを掴む旅に出るのだ。

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