名前を隠して楽しく日記。
予想に反してグロいという感想よりざまあという気持ちが湧きあがってきてて自分でも驚いてる
出回ってる割れた陶器みたいな死体顔画像と一緒に前日配信時の元気な時の顔も横に貼ってあるんだけど、
これがまあ調子ぶっこいた感じの顔で、貸した金返してもらえずブロックされた男の苦悩とあまりに対照的すぎて見ててムカムカしてくるわけよ
そこに割れた皿みたいな顔面になって茹でた魚みたいな白目向いてるBefore/Afterを見たら、可哀そうとかうわぁグロくて無理!という感想の前に
スカッとJapanみたいな「正義がなされた」という気持ちよさの方が勝っちゃうわけね
今この女配信者のモザ無し死体顔画像が拡散されたらマジで心当たりのある日本の女ヤバいことになると思う
写真がついてない証明書は本人が持ってきてるかどうかわかんないから本人確認にならんのだ。
保険証だけで本人確認を出来ることにしたら保険証が盗まれて手続きに使われたときに盗まれたやつもマヌケという扱いにせざるを得なくなるからそれはそれで良くはないしな。
たまにそれ言ってる人いるけどノブレスオブリージュって元々貴族の責任みたいな話じゃん…?
なんかみんな自分が生きるのにいっぱいいっぱいな一般人なのにそれ言うの聞くとなんかおかしくて笑っちゃう。
こんなことを言えてしまう人達に対して何も言えずヘラヘラと愛想笑いを浮かべてるような人のことを応援してきたことを恥ずかしく思います。
女性でありながら党首として前線に立ち続けるその姿、年齢を感じさせないエネルギッシュな様子に励まされてきました。
昔の福島瑞穂は本当に格好良かった。
でも今はもうあの人も旬を過ぎてしまったんだなと残念に思います。
他人の体の作りを揶揄して「ウンコしか産めない」と声高に叫ぶような人を目の前に何も言えないでいる姿は、私の応援したかった福島瑞穂ではありません。
馬鹿みたいなことを言う相手がいたら若造だろうが先輩だろうがガツンと一発正論で叱ってくれる勇敢な女性だと信じておりました……。
今の彼女はいわゆるフェミニストと自称する人達を票田とすることで頭が一杯で、ただただそういった愚かな人間に対してさえ何も言えなくなっているのが本当に悔しい。
悔しいんですよ。女性という弱い立場を押して闘い続けた果てに、清濁併せ呑むとでも言うような態度でもって卑怯で愚かな人達相手に薄ら笑みを浮かべて黙りすることを彼女が選ぶようになったのが。
でもこれも勝手に期待した私の自己中心的な願望なんでしょうね。
私がずっと応援してきた女性政治家が、閉経したウンコしか産めない女の悲しみを救ってくれるヒーローとして振る舞って欲しいという幼稚な他力本願。
いい年こいたおばあちゃんなんだから、そんなのはもう卒業しなきゃ。
福島瑞穂さんを応援することを辞めると言いましたが、それについてこんな簡単に決めるのは違いますよね。
それまでには私の頭も冷えていることでしょう。気持ちは冷えたままかも知れませんが、それぐらいの方が政治参加には丁度いいですよね。
増田の「ムカつく」が言語化されていないというブコメを見たので、増田がなんで「ムカつく」のか、勝手に言語化してみようと思う。
まず、「上から掃除した方がいいよ」というタイトルに対して、増田の返事が「たしかにそうですね〜ハハハ」。言ってきた相手はため口なのに、増田は敬語で答えている。となると、そこまで仲が良い相手ではなく、かつ相手は年上か目上の相手。だから、明確にこうやって言ってきた相手がいて、それに「ムカついた」という実体験があったのだろうと思う。
だから、「そもそもその相手が嫌い」説。発言そのものではなく、そもそもその人の普段の言動(効率的なところとか)から苦手意識があって、それが嫌いなだけ説。毎回話題に効率化を求められているのがしんどいとかあるのかも。効率化うるせーってなっているようにも見受けられたし。
もうひとつは「自分が正しくないと指摘されているようで嫌」説。上から掃除した方がそりゃいいのはわかっている。なんならそっちが正しい。でも自分はしない。しないことを「間違っている」「こっちが正しい」と言われているみたいで、自分の「正しくなさ」を責められている気持ちになっている。だから「そんなに正しいこと言うなら、もっとこうした方が正しいでしょ!」という効率化の話を持ち出している。でも、たぶん相手は言ってるだけで、「おまえが正しくない」とかなんも思ってない。思ったから言ってるだけ。
さらにもうひとつは「聞いてもないのにアドバイスされて嫌」説。「掃除面倒だわ~」とか世間話で言っているところに「上から掃除した方がいいよ」とか言われたら、上から目線と感じる人もいるのかも。会話がしたいのに、一段上から言ってくる感というか。たとえば「最近このアーティスト聞いてて」とか話しているときに、「自分も好きだよ!」と言われたら楽しいけど、「それはこのアルバム聞いた方がいいよ」とか言われると「ア、ハイ」みたいな気持ちになる感じ?会話として不自然じゃないんだけど、上からの立場で発言したい人っていない?なぜか全てアドバイスしてくるというか。その感じが嫌みたいな。
椅子の数が問題なのは正しい。しかしその数を増やそうというのだからバカだと書いてあげたんだよ。
誰でも座れるわけではない椅子だから価値があるんだぞ、バカが。
「上まで掃除するの?」か「じゃあ上お願い」だな。
まあ、良く使う机の整理や掃除ならまだ分かるがな、そこから上って本棚とかだよな。
更に埃や花粉が貯まるのは上もだが、壁にもかなり付いているからな。
猫やら犬やらの動画ならなんでも楽しめるかと思うと意外とそうではなかった、ことの覚書
いくら犬猫が可愛かろうと、ハイハイこれ可愛いっしょ!投げ銭してね!みたいな感じだとドン引き
私は犬猫がみたいんであって配信者の金儲けと承認欲求には興味がない
その配信者の属性が興味ないどころか苦手で括られるところだともう完全に無理
昨日はじめて見た猫配信が良すぎた、というほどに、どの動画も見るたびに生活感が出て いやちょっと…ってなる
いや、自分が生活してる場所で育ててる猫なんだからしょうがないけど 部屋だってごく一般人が暮らすと考えたら、当たり前の生活感と雑然さであり、掃除だって片付けだって配信するからにはそれなりに
犬猫用に敷いてある適当なキャラクターのマットはくたびれヨレヨレ
借金してる奴はぶち殺されても仕方がない ××
借金してるのに返済を滞ってる奴はぶち殺されても仕方がない ×
借金してるのに返済も滞っててせっかく出来た金も他の散財に使ってる奴はぶち殺されても仕方がない △
借金してるのに返済も滞っててせっかく出来た金も他の散財に使っておりそれを配信などに載せているような奴はぶち殺されても仕方がない △
借金してるのき返済も滞っててせっかく出来た金も他の散財に使っておりそれを配信などに載せてそのおかげで自分が貸した以上の売り上げが出ているような奴はぶち殺されても仕方がない ×××
借金してるのに返済も滞っててせっかく出来た金も他の散財に使っておりそれを配信などに載せてそのおかげで自分が貸した金以上の売り上げが出ているのにも関わらず連絡が取れないような奴はぶち殺されても仕方がない ◎
多額の借金をしてるのに連絡をぶっちぎるような奴はぶち殺されても仕方がない ◎◎
市場価値、格差、性的資本というワードが並び、なるほどそんな見方もあるよなと
「男性の非モテの苦しみは女性の労働問題と同質」の賛否は脇に置いても、なんだか説得力あるように感じる文章だなと感心したり
マッチングアプリの男女格差はたしかに確認できるなと首を縦に振る
ロマンスについて語っているのにまるで新聞の経済枠の記事のようだ
賛否はともかくこの経済記事風な現代恋愛事情の解説文がすーっと入ってくる
これが人気エントリに上がっているということは、わりと多くの人の世界観に沿う形で理屈が表現されている
これが現在の生産体制にどっぷりつかった私たち日本人の思考様式なのか
そして労働力も性も結婚もなんでもかんでも商品にして解体していく資本主義の顛末か
よく考えてみてほしい
性はわりと早い段階で経済に組み込まれてきたとはいえ、恋愛や結婚が市場として認識されるようになったのはほんの数十年のことだ。
大規模な市場が形成されるはるか以前から私たちは恋愛しもしくは恋愛せずにセックスし、子供をそして家庭を作ってきた
だというのに「経済」みたいな新参者に、男と女の関係性の理屈が乗っ取られてしまった
すべての価値を貨幣に変換していった結果がこれだよ、なんてことだろう
ではこのエントリで問題としている非モテをどうしたらいいのだろう
これに関しては私が焦点を当てているポイントではないけれど書いてみる
それはもう一度恋愛市場なるものから男女の関係を下して社会に埋め込み直すしかないだろう
それは「いいなづけ」かもしれないし「お見合い」かもしれないし「政略結婚」かもしれないし「村の掟」かもしれない
しがらみを復活させて、意に反するものは駆け落ち同然で市場に飛び出せばいい
男女当人同士の好意や行動力があてにならないのなら、外部がもっともらしい理由をつけてやるしかない
恋愛が存在しても良いが、性的な好意とは関係なしに結婚は存在しうるしむしろ歴史を通してそっちがメジャーだったよと
非モテ個人の意識改革でなんとかなるのだろうか、なんともならない気がする
けれども経済が伝統的コミュニティを破壊しつくした日本でそういう文化を復活させるのにはいったい何百年かかるのだろう
男女の非モテを集って地方で協働で畑仕事でもしてもらい収穫の時期にはイベントでもしてお酒を交わして豊作を祝う
もしかするとその共同生活のなかで自然な形で恋愛が生まれるかもしれない
解決のスピードを重視するなら労働と同じく市場原理に任せるのに行政が待ったをかけて修正していかないといけないのかもしれない
たとえばマッチングアプリの運用に法を介入させて「市場競争力が弱い男女を近距離でランダムに組み合わせ、とりあえず3カ月双方の好意に関わらずお付き合いする」といったルールを導入したらどうだろう。
どうガバナンスを利かせるのかもそうだし、人権や色々な問題が生じそうではある
それとこのエントリの本人に言うのなら
非モテの苦しみなるものは社会が良しとする価値判断軸を内面化した結果生じているものだと認識したらどうだろうか
それに縛られているとしたらそんなのもったいない、他者の評価なんて適当で個別的で絶対性のないものに振り回される必要はないんじゃないだろうか
異性パートナーに恵まれないだけで友人や家族がいるのなら、今ある他者を大事にしてみればいいのではないだろうか
ともかく
手段でしかない労働とその対価の貨幣がこうも私たちの意識ウェイトを占め思考のありかたに影響を与え、恋愛に限らず人間のもっとも基本的な生態に脅威を与えている倒錯した現実は認識しておいた方が良い
どうしたって社会に規定されてしまうのが私たちだけれども、今の社会のありかたが最終形でもなければ真理でもないし、ほかの形もありうるんだよということを頭にとどめておいて損はない