
はてなキーワード:nttとは
あのレベルの絵と話でジャンプラ連載できてる時点で大勝利だと俺は思うんだけど・・・。
基本情報技術者しか持ってない奴がNTTの子会社に正社員で潜り込めたみたいなレベルだろ実際・・・。
逆にこの人に聞いてみたくなるよね。
「もし、『サンキューピッチ打ち切り』と『アサシネーションホスピタル打ち切り』のどちらかを選ぶことになったとして、貴方はどちらを選びますか?編集者の立場、客観的な一読者の立場、両方で回答して下さい」って
プロになるってことは一切の下駄を履かせてもらえないまま鳥山明や冨樫義博と比較されるってことが分かってない感じが凄い。
なんでこの程度の知能のやつが脳外科医やってんだろ。
怖いよ。
ディナーをデナーとか高齢者がどうのとか君大好きだね
英語のカタカナ表記においてメイクのeiはしばしばエーとなるけど俺は英語普通に喋れるのでメィクとするのが本来だと思うからメイクかメークかはどちらでもいい
ディはデとは確実に違う上にディナーとするのが圧倒的に多いので揺れないよ
辞めた直後は「やらかしたかもしれん」「これで一生の年収ピーク終わったらどうしよう」みたいなことばかり考えていたけど、今のところはなんとか生きているし、結果としては転職してよかったと思っている。
辞めた当時の話をすると、「大企業の安定を捨ててまでやりたいことなんて本当にあるの?」とか、「せめて◯歳まではいた方がいいんじゃないの?」とか、だいたい似たようなことをいろんな人から言われた。
正直、自分でも完全に自信があったわけではなくて、「まあダメだったらそのときまた考えればいいか」くらいの雑なノリで、勢いで辞めたところはある。
当時のモヤモヤを雑にまとめると、
みたいな感じだった。
今になって振り返ると、別にNTTが特別ひどい職場だったわけではない。
むしろ、休みは取れるし、残業もそこまでエグくなかったし、真面目でいい人が多いし、いわゆる「ホワイト大企業」カテゴリに入れてもいい方だと思う。
それでも合わないものは合わない、というだけの話だったんだと思う。
その後、なんだかんだでWeb系の会社に転職して、気づいたらプロダクト開発を◯年くらいやっている。
やっていることは、ユーザー向けの◯◯サービスの開発とか、社内ツールの改善とか、そのへんのよくあるやつ。
環境はけっこう変わった。
最初の一年くらいは、毎日なにかしら壁にぶつかっていて、「これ本当に定年まで続けられるやつか?」と何度も思った。
それでも、結果が見えるのは単純におもしろくて、気づいたら「大企業に戻る」という選択肢はだいぶ遠くなっていた。
NTTで過ごした時間をどう思っているかというと、「あれがあったから今そこそこまともにやれている」という気持ちと、「もっと早く動いてもよかったかもしれない」という後悔が、だいたい半々くらい。
よかった方を挙げると、
一方で、もしやり直せるなら、
というのも正直なところではある。
でも、そのあたりの後悔を含めてひっくるめて、あのときの自分にしては頑張って決めた方だと思いたい。
じゃあ「NTTから転職した方がいいのか?」と聞かれると、それはもう完全に人によるとしか言えない。
安定が何より大事な人もいるだろうし、「会社の看板」を最大限活かすのが最適解な人もいると思う。
ただ、もし昔の自分みたいに、
みたいな状態なら、一回どこかのタイミングで真面目に棚卸ししてみたほうがいいとは思う。
紙に書き出すでも、誰かに話を聞いてもらうでもいいので、「自分が何に不満で、何を変えたいのか」くらいは言葉にしておくと、いざというときに迷い方が少しマシになる。
数年前の自分に向けて書いているつもりが、気づいたらそこそこいい年齢になってしまったけれど、あのとき退職届を出した自分には一応「おつかれ」と言っておきたい。
あとはまあ、なんとかするしかない。
これは、AIに「NTTから数年後に振り返るエントリっぽい文章を書いて」と頼んで生成した文章だ
自分はまだNTT退職エントリを書いていないし、正直、書くのはめんどくさい。
本当のところを言うと、「退職直後のテンションで書くエモい退職エントリ」よりも、「数年たってからの答え合わせ記事」のほうが、これから転職を考えている人にはよっぽど役に立つんじゃないかと思っている。だから頭の中ではずっと温めてはいたものの、いざ退職してしまうと、仕事や生活がそれなりに充実してきて、わざわざ長文を書くほどの気力が残っていない。
上に書かれているような「もっともらしい理由」についても、「いや、そういう話じゃないんだよな」と思う部分はいろいろある。
ただ、それを一つひとつ訂正して、自分の言葉に置き換えるのも面倒で、「まあだいたいこんな雰囲気」ということで済ませているのが現状だ。
ただ、一つだけちゃんと言っておきたいのは、NTTから転職して、NTTにいた頃よりもやりたいことができていて、ストレスも残業も減って、今となっては給料もだいたい倍くらいになっている、ということだ。
少なくとも自分にとっては、「悪くない選択だった」と胸を張って言える。
いつか本当に気が向いたら、そのときはちゃんと自分の言葉で「本当の話」を書こうと思う。
それまでは、このAI製のエントリ案を「もし自分がちゃんと書いたら、だいたいこの方向性になるんだろうな」という仮の答え合わせとして置いておく。
電話屋さんで培ってきた技術はインターネットの発展でTCP/IPに乗っ取られてEnd-EndのOSが頑張るから電話屋の出番は出てこない
そんでWiFiとか光ファイバとかのL2以下の仕事しかなくなったんだけど今となっては完全に飽和してやることなし
頑張ってIOWNとか言ってるけど中身は光回路のプロセッサーで通信速度じゃ無くて電気代が安くなるだけ
L3より上のユーザー体感できる部分は何も変化が無いのでいくらIOWNとか言っても顧客体験は何も変わらない
当時からソフトウェアが主流になることは分かってて優秀なソフトウェア技術者をいっぱい雇ったり育てたりしたけど
いわゆるGAFAだとかにガンガン引き抜かれて「NTT大学」とか揶揄される始末
まぁNTTの研究所がソフトウェアをリリースするのは法律的にも文化的にも大きな壁があるので事実上無理で
子会社に論文を渡して開発してもらう、みたいなことをいまだにやってるんだけど全然時流に合ってない
良い例がTsuzumiとかいう劣化チャッピーで、意気揚々とTsuzumi2を発表したのに前日にgpt-ossが発表されてたので誰にも見向きされてない
そりゃわざわざ金出して性能低いもの使う奴おらんわな
継続的なインテグレーションと顧客体験との統合が今時のソフトウェアでは当たり前に必要なのに
研究→開発→テスト→販売 みたいなモデルで会社構造を組んでしまってるからソフトウェア開発に1mmも合って無いし
GAFAに行けない無能が「精度で勝った!」とか部屋の隅っこで騒いでるだけ
補聴器もずっと出す出すと言ってたのにAirPodsが補聴器機能を先に搭載してしまって今頃になって「オープンイヤー」とか言って発表してる
残念ながらこんな市場は中華製品に蹂躙されるのが目に見えてるので第二のバルミューダになる未来しか見えない
苦し紛れにパーソナライズドサウンドゾーンとか言って音の打ち消し距離だとかを突き詰めてる一方で
AirPodsはノイズキャンセリングしながら同時通訳まで搭載していますよ?勝てるんですか?コレ
時価総額だけやたら高いけどトヨタみたいにGRGTとかのぶっ飛んでる車を出したり自動車の最先端を走ってる企業とは全然レベルが違うんよ
https://speakerdeck.com/tanyorg/fu-gang-da-xue-gong-kai-ntpsabisu-atupudeto
そもそも、何で福岡大学に集中してたのか知らなかったので調べてみた、というかGeminiに聞いた!
違ったら教えてエライ人。
日本のインターネットがまだ研究段階だった1993年、福岡大学はGPS時計と連携した高精度な時刻サーバーを構築し、研究の一環として善意で公開。
当時、高精度な時刻同期サーバーは非常に希少だった。
その結果、日本のインターネットエンジニアたちの間で「時刻合わせなら福岡大学(133.100.9.2)につなぐのが確実」という常識が定着。
・マニュアルの例示: 多くのルーターやサーバー構築の解説書、Webサイトが、NTP設定の模範設定例(サンプル)として福岡大学のIPアドレスを記載。
・エンジニアの習慣: 多くのエンジニアがその設定をそのままコピー&ペーストしてシステムを構築。
これにより、福岡大学が意図しないところで、無数のシステムが福岡大学を参照するようになってしまった。
3.ハードウェアへの埋め込み
さらに深刻なことに、ルーターやIoT機器(Webカメラや家電など)の出荷時設定に、福岡大学のアドレスがハードコード(書き込み)されて販売されるケースも出てきた。
こうなると、ユーザーは自分が福岡大学に接続していることすら知らず、設定変更も容易ではない。
これらが積み重なった結果、福岡大学には日本中(時には世界中)から毎秒数十万回ものアクセスが集中するようになった。
大学本来の教育・研究用ネットワークを圧迫するほどの通信量(数百Mbps規模)になり、大学単独では支えきれなくなった。
福岡大学1か所に集中していたアクセスを、国(IPA)やNTTなどの協力機関に分散させる(Anycast技術) ことで、30年以上続いた「福岡大学への一点集中」を終わらせようとしている・・・。
AIバブルに胸を躍らせている若い方々を見ると、どうしても二十数年前のドットコムバブルを思い出します。
当時の空気は、いまのAIブームとよく似ています。「この技術が世界を変える」という熱狂の中で、株価も評価も天井知らずに上がっていきました。しかし、バブルの裏側では、いまでは信じられないような出来事がいくつも起きていました。
ドットコムバブルで最も大規模な破綻を起こしたのは、インターネット企業ではなく通信会社でした。
日本ではNTTが当時すでに大量の光ファイバーを敷設していたため、同じような「過剰投資による事業崩壊」を肌で実感しにくかったかもしれません。しかし、設備投資が巨額になる業種がバブル期に過熱すると、崩壊した際の痛手は極めて大きいということは、ドットコム期の重要な教訓です。
当時、ISP(インターネット接続事業)は金鉱脈と認識されていました。
通信会社はもちろん、総合電機メーカー、ダイヤルQ2サービスの運営者、さらには互助会、個人レベルまで――「うちもISPをやれば儲かる」という空気がありました。
しかし、結果はご存じの通りで、
と、最終的には参入過多 →価格競争 →事業撤退の典型的な業界となりました。
当時、技術者の憧れはSun Microsystems のEnterprise Server でした。SPARC/Solaris は最先端で、「Sunの箱が置いてあるだけで先進企業」と言われたほどです。
最終的に2010 年、Sun はOracle に買収され、企業としての歴史に幕を下ろしました。
技術としての価値があっても、時代の波とビジネスモデルの変化には勝てないことがある、という象徴的な例です。
Ciscoはバブル期の「象徴企業」の一つで、当時の言葉で言えば “Ciscoが使えたら一生食いっぱぐれない” と真剣に言われていました。
実際、倒産はしませんでしたし、いまでもネットワーク技術において極めて重要な存在です。しかし、
余談ですが、今日でも外資系企業の40代・50代には、「元Cisco」「元Oracle」という人材が大量にいます。
彼らは、当時どれだけこれらの企業が“勝ち組企業”に見えていたかが分かります。
バブル期にはいま振り返ると不思議なブームが多いものですが、象徴的なのが プッシュ技術 です。
ブラウザはユーザーが能動的に情報にアクセスする方式でしたが、プッシュ式で情報を送る技術が提案されました。
具体的には Marimba とか PointCast ですね。
一瞬だけ「次世代の主役」と持ち上げられたものの、課題が多く短命に終わりました。
短命の流行はいつの時代にもありますが、バブル期にはこれが増幅されやすい、という好例です。
バブルは弾けましたが、インターネットそのものは多少の停滞はあったかもしれませんが、消滅するどころか大きく発展しています。
AmazonやGoogleといった会社のようにドットコム企業とみなされていた会社も社会に定着しています。
インターネットはその後20年以上かけて、社会のインフラそのものに進化しました。
当時の一般的な回線速度の1000倍以上の速度で通信できる端末を、誰もがポケットに入れて持ち歩いています。
“バブル期の期待”をはるかに超える形で、インターネットは世界を変えました。
AGI(汎用人工知能)が本当に実現するかは分かりません。しかし、
といったドットコム期の教訓を踏まえれば、AIもまた“社会を便利にする技術として定着する可能性は極めて高い” と感じています。