
はてなキーワード:R指定とは
あの場合は拒否反応は連載の最初から存在したので、劇場版で多少追加されたところで「気にしない」だったのではないだろうか
原作者インタビューでよく聞く(いや、平成で「聞いた」かな)ほうのいい反応では
「アニメのほうがうまくて(構図がいいとかアクションとか)(声優の演技が異性のキャラを把握してるとか)こうなっていたのかと作者である自分も驚いたので、
相乗効果で結末がちょっと変わった(いい演技をした声優のキャラがもうすこし長く活躍するとか)」。
これがコナンの声優やら翼の声優やらと結婚する作家が出る結果にも繋がるんじゃないだろうか。
しかし一方で、最近は最初から映画原作のような形で漫画をくみたてる漫画家も増えてきたとおもうので、
それだと「指示書」通りだなと監督のようなことをおもうのではないだろうか。
チェンソーマンとか呪術はすごく映画を意識してるからようやくオレも劇場版にたどり着いたなくらいの感じじゃない?
さらに、残酷なシーンを含んでR15公開する漫画の場合は、非常に繊細な狙いをつけたショックを与えるようにストーリーがくみたてられているので、
劇場版で少しでも手心を加えたりするとR指定と与える感動からズレが発生してしまう。
黎明卿とか猗窩座とかよく動かしたよな。
なので諫山せんせ(巨人モグモグ前提で「自由にやってください」だと?本当に「自由の翼」をやるやつがあるか)は本当に外れ値だとおもう。
あとアーシュラルグインは二度とアニメ化を許可しなかったけどそれはそうだろとおもう。
原作と違いすぎるし、宮崎駿は原作レ○プの連続だからさ……きみたちはどう生きるかっていうタイトルに出版社が商標権とってなくてよかったね
まず前提を書いておこう。
私は腐女子である。一般的な腐女子ではないかもしれないが、歴としたBL文化を好む腐女子だ。無論二次創作もしている。
何がどうあれ、それは事実だ。
それから事の発端は皆さんもご存知だろうが「いちばん美味しいゴミだけ食べさせて」というSteamのゲームである。
私がこのゲームのことを知ったのはXの電ファミニコゲーマーのポストだ。それを見た時におもしろそうなゲームだな、と思うと同時に不味いなとも思った。
さて私の立ち位置を明確にしよう。
どのような内容であれきちんとR指定などをしているのならば現状は問題ないはずである。
だが不適切な場所での性的なWeb広告などには反対をしていきたい。それはきちんと線引きができていないからだ。今はその話ではない。ゲームである。
だが考えてみて欲しい。このゲームはまだ発売していないのだ。発売していないゲームの中身なんて、誰にも本当のところは分からない。
このゲームを本当に評価するなら、買って遊んで中身を確かめてから然るべき批評をすべきだ。
だってこのゲームに出てくるラブリィドールとやらにゴミを食べさせて賢くなったらそのラブリィドールが今度はプレイヤー(人間?多分、知らないけど)と立場を入れ替えて今度は人間に美味しそうな残飯料理を振る舞うようになるかもしれない。
それならこのゲームは知能を持つことやその存在との関係性の構築に対するカウンターとして機能することになる。
このあらすじだけではゲームの全貌は分かりっこない。
仮に本当にあらすじからそのまま連想されるような女性蔑視的な視点が含まれていたとしても、別にそれは悪いことでは無い。
それなら世の中のそう言った生き物(男性/女性/動物/有機物/無機物を問わず、命あるもの全て)を物扱い(この場合、ラブリィドールは物だから別に物扱いしても構わないとも思うが)して性的搾取していると思われる作品は全て検閲対象にせねばならない。
道徳的に問題のある作品の全てがダメなのなら、その前に規制や検閲を受けるべき作品など山ほどある。
現状そんなルールは存在しないのでその方向でこのゲームを取り沙汰するのはどうにもおかしなように思う。
それから純粋に、アルジャーノンに花束をからインスピレーションを得たとするこの設定は挑戦的でおもしろそうなことは間違いない。私はSteamのウィッシュリストに放り込んだ。閑話休題。
そしてBLだ。
私はいつも近所の本屋に行くと、その本屋では児童書コーナーの奥まった場所にBLコーナーがある、それを見る度にせめて場所を変えてくれないかと思っていた。
男性向けR指定コーナーと同じにすると女性が性的被害を受けるので現状は難しい、と言うのなら今後は男性と女性それぞれのR指定コーナーを設ける、と言うことを検討してもいいと思う。
児童書コーナーの奥よりはマシだ。
それをすると腐男子の方々がBLを購入するのに差し障りがあるかもしれない。まあ私も男性向けのR指定本を買う時に困るが……現状世の中には通販と言うものもある。
なんなら全てを通販で済ませても良い、と思う時もあるが本屋には総覧性という素晴らしい利点と思い立った時に手にすることが出来るという通販では得られない即時性もある。
ならば現状を維持する為に男性向けも女性向けもR指定の権利と表現の自由を主張するべきだろう。
それが筋というものだ。
エロの表現のきれいさとか性的搾取が無い作品だとか、そんなものは男性向けにもあるし女性向けにだって強姦表現やとても口に出すのは憚られるようなものもある。数の問題では無い。表現の内容を全てを一纏めに語るのは暴論だし、そうなったらどちらも規制である。
あと私は男性向けとか女性向けとかそんな括りは関係無く全ての作品が読みたいし、全ての表現を尊重したい。
ちなみに個人的な考えを言うと作品の倫理観は時に読み手とナラティブに呼応し、時に逆照射されて読み手に倫理的に働きかける(その逆もある)というのならば読み手と書き手は両者共に倫理的に成長すべきだし、その営みを守ることに対して声を上げたいと思う。
1.Diggy-MO'パートの歌詞が何言ってるかちゃんとわかる
「バカンスに向かう途中の車内って愉快だよね」という内容を歌っていて楽しい。
Zeebraのガナりとかもそうだけど、特徴ってどんどん誇張されて「ちょうどいい」を通り越していきがち。
DreamDriveくらいのDiggyがいっちゃん聞きやすい
2.Bro.Hiの才気が爆発している
Bro.Hiはビートボックスと早口ラップが特徴的だがそれが完璧に融合している。
クラブスクラッチ(口でやるスクラッチ)からシームレスに続く高速ラップは今聞いてもクソカッコイイ。
ライブではさらにノっていて、こいつホンマにヤバいなってなれる。
3.SOの土台としてのトラックマスターShinnosukeがすごい
ちょっとチープでだけどキャッチーで懐かしいサウンドを作らせたらこいつの右に出る者はいない。
特にDreamDriveはアッパーな「バカンスに向かう道中」から始まってどんどん盛り上がっていって
最後、家に帰るまでがdriveですよとばかりに脳裏に夕日が浮かぶようなおセンチでメロウな曲調で終わっていく
あとさぁ。
Diggy-MO'もBro.HiもSOUL'dOUTが解散してからはより難解でテクニカルな方向にシフトしていったけど
SOUL'dOUTがあのスタイルで評価されたのはひとえにShinnosukeのサウンドのキャッチーさのおかげじゃない?
Creepy NutsのR指定がソロ時代に出したアルバムは鳴かず飛ばずだったけど、
DJ松永のサウンドにのってから飛躍したのにも通じるものがある。
4.塩がたんないし笑いも止まんない
ウマ運営はさ、せめてググったり各種絵描きサイトなりのランキングにいるようなやつをきっちり仕留めてから声明出してくんないかな
本気でR指定やライン踏みに行くアホを駆逐するなら、ちゃんと対応してるところを見せてくれ
いくら通報したって消されないなら、そのうち馬主に凸が飛んでコンテンツ爆散するけど本当にいいんかいな
記事への反応 -
ゴロはBANしたってまたやるから、見えないところにもぐられる前に身元抑えとかないと、実質野放しになって収拾つかなくなるんだがな...
今、エロ娘を描いてる連中って反社なんでしょ。弁護士立てて法的にやろうとしたら、弁護士が行方不明になるやつじゃん?運営だってナンデモできるわけじゃないんだよ
逆に何でそんなウマシコを目の敵にしてるん?
うーむ、そこはやっぱり相入れないのか。
悲壮さを伝えたい、加害者側の気分で興奮するためではない何らかの演出意図でそういうシーンを入れる可能性は、普通にあると思うのですよね。
物語って、別に加害者・被害者の視点だけで見るものではないので。
現状だと局部を映さなければ18禁にはならないので、ダイレクトエロでなければ(不快であっても)普通に流してOKとなってしまうと思いますが、それもやはり注意書きだけではダメというご意見なのでしょうか?
個人的には、(性被害ではないものの)いじめのシーンもけっこうクるんですが、いじめの悲壮さを伝えたい意図があるなら制作側は入れたくなるだろうと思う。
それと同様に性被害の描写を入れたい、と思う作り手がいてもなんらおかしくはない気がするんですよね。
あと全ての表現がすべて意図に基づいているわけでない可能性もあるかなと。
あとは表現意図でそこを分けることがそもそも可能なのか?そこで分けてもいいのか?という問題もある気がします。
アニメも映画であればPG,R指定がありますが、やはりR指定となると
・内容が反社会的
・犯罪を賛美するように描いている
・薬物関係は特に厳しい。注射器が映っただけで即アウトになる場合もある。
でもそういう基準を全部飛ばして、制作意図のあいまいな可能性を検討できずに一律で長く描写するなら18禁、というのであればそれはこうしてほしいという表明以上の、現状の規制を変える話になってくるように思います。
ふと思いついたので、テキトーに書いていく。
数年前に某プロゴルファーの「セックス依存症」の記事を見て、「あ、自分もこれだった」と思った。
本当のところ病名になるほどだったかは分からないが、記録しておく。というか一種のライティングセラピーとして、増田のためにここに記述しておく。
同じような経験をしてる人は、人生が破綻する可能性があるので、参考にしてほしい。
特にTwitter等マッチングアプリでオフパコ自慢をしている人を見ると、「真っ当な生活に戻れるのか?」と心配になる。
自分が「セックス依存症(?)」になった原因ははっきりしていて、継続的に2人以上の女性と肉体関係を持ったことだ。
特に道程で大学入学して、2〜3ヶ月で肉体関係の女性が二人もできたことが大きい。
一人は彼女。
もう一人はバイト先の先輩。
そういうサークルに入っていたわけでもなく、相手の入れ替わりはあったが、常に1〜3人程度のパートナーがおり、大学生活中は3日中2日はセックスしてた。
本当に在学中4年間は自己処理しないほどだった。
社会人になってからも会社のストレスに潰されそうになりながら、やっぱり常に1〜3人のパートナーを作りセックス三昧だった。
こういった環境に長くいると感覚がおかしくなり、以下のような症状が出てくる。
自己肯定感が自信につながり、そのためか寄ってくる女性も多くなる。
というか新しく異性に出会うと「抱けるかな?」と思ってしまう。
パートナーが1人だけだと、「俺は1人にしか相手にされない程度なのか」と自己肯定感が極端に下がる。
3日もセックスしていないと、自己肯定感はどん底状態で、抱ける女性を探し始める。
また、上記のような状態が数年続いた後、急にパートナーが0人になると禁断症状が出てくる挙句、女性は簡単に抱けると錯覚しており、最悪の状態になる。
以前ニュースで、モテそうな男子大学生が道すがら女性を襲ったという話を見たが、おそらく上記のような状態だったのだろう。
この状態から抜け出せたのは、以下のような幸運が重なったためだと思う。
色々あって結婚したが、それによって周囲のパートナーになりえそうな親しい女友達が、蜘蛛の子を散らすように増田と遊ばなくなった。
思えば真っ当な女友達ばかりだったのかも。今でも年賀状程度で交友関係は続いている。
結婚してすぐに子供が産まれ、共働きで子供の面倒を見ることにより自分の時間がなくなった。
結婚〜1人目赤ちゃん時代ははセックス禁断症状が凄く、自己肯定感の低下と欲求不満、ストレスが凄かった。
この頃、Twitterでライティングセラピーもどきを始めた。
快楽に溺れ、禁断症状に苦しみ、平穏な生活を得た今感じることは、「経験しないほうがよかったかも」だ。
違法薬物と一緒で、経験した快楽は手放し難いし、今でもその快楽を覚えている。
また、セックスに膨大なエネルギーを注ぎ、それにより失った経験も多いように感じる。
大学、社会人と彼女がいてもセックスありきの逢瀬で、旅行なんて全然行かなかった。
性欲が高まるとあの頃に戻りたいと思う時もあるが、今の生活を手放したくないという感情が、それを抑える。
経験した快楽と、それによって失ったであろう真っ当な恋愛、価値観が「経験しない方がよかったかも」を導き出す。
隣の芝生が青く見えるだけかもしれないが、学生時代にプラトニックな恋愛をし、浮気をせず、刺激の強すぎるセックスを避けた方が人は幸せなのもと、最近思い始めた。
友人も多く失った。
職場では上記のような経験を隠し、女性とも積極的に喋らないようにした。
最近は久しぶりに喋る女性同僚に対してはどもりがちになり、異性として見られない。