Movatterモバイル変換


[0]ホーム

URL:


はてラボはてな匿名ダイアリー
ようこそ ゲスト さんログインユーザー登録

「AIWA」を含む日記RSS

はてなキーワード:AIWAとは

2026-01-18

anond:20260118125353

続き

PSON PC-486SE

そのうち、世の中はウィンドウ時代突入し、パソコンも16ビットパソコンから32ビットパソコンへと移行していったのである。…といっても、ウィンドウズ3.1は、とっくに発売されていたが、ゲーム世界が未だにDOSベースだったので、それまでは何とかなっていたのであった。が、こう周りがウィンドウズだらけになってくると、流石に不安になって、DOSからの移行を考えざるを得なくなってしまったのであった。

上述のPC-286VEでも、ウィンドウズを試してみたことがあった。そのころは、ウィンドウズは3.0で、フロッピー5枚組という、今から考えればささやか構成であった。当時は、ウィンドウズ3.0対応ソフトほとんどなく、これは試してみるだけで終わったが。

実は、32ビットパソコンへの移行の際に、一つの考えがあったのである。つまりMacへの移行である。当時、Mac世界も変革の時期を迎えていたらしく、小さい筐体が却って可愛らしいマッククラシックカラーマック(多分これでいいんだよな…)が発売されると共に、通常のサイズマックも、そこそこの(ウィンドウマシンと変わらない)価格で発売されるようになっていたのである

しかしながら、相変わらずゲームユーザーであった私は、ゲームソフトのコーナーを一瞥して、やっぱりゲームはDOSベースが多い、とばかりに、ウィンドウマシンを選んだのであった。思えば、ここが運命の分かれ道であった。

まぁ、ウィンドウズがいいかマックがいいかは、今でも議論が分かれるところではあるが、このときマック選択していれば、今の私のパソコンライフは、かなり違ったものになっていただろうことは、疑いのないところではある。

で、購入したマシンは、16ビットに引き続き、EPSONの、いわゆる「ジャケットサイズ」(…といっても、今はもうLPレコードのものマイナー存在であるが…)の小さな筐体がウリのマシンであった。CPUは、486DXの廉価版の486SXで、クロックは20MHzだった、確か。この辺は記憶曖昧。120MBのハードディスクと8MBのメモリが付いていた。一応、ウィンドウズ3.1は動くというスペック

このPC-486SEは、当然のことながら、後にいろいろと手を加えた。

こんな具合に。

サウンドボード追加(メルコ製)

グラフィックアクセレータ追加(メルコ製、サウンドボードに装着するタイプ

メモリ8MB追加して16MBに。

ハードディスク中古で購入した340MBのものと交換。

CD-ROMドライブ追加(メルコ製のサウンドボードに直結のタイプ、2倍速)

オーバードライブプロセッサ(確かIOデータ製)追加して、CPUPentium 75MHz相当に。

ディスク圧縮ツールを購入し、340MBのハードディスクの容量を540MB相当に。

これだけの改造(とはいわないか…)を施し、やっとウィンドウズ3.1が快適に動作するようになったのだ。しかし何ですな、よくこれだけ発展性のない改造をやったものだと、我ながら思う。CD-ROMは、インターフェイスが専用なので使い回しができないし。

因みに、CRTは、グラフィックアクセレータを追加するまでは、8801の頃から使っていたNECのPC-854Nを使っていた。アクセレータ購入後に、CRTがマルチスキャン対応ではないことに気づき、CRTを買い換える。ソフマップブランドの、Susteenのものでした。安い割には結構画質が良かった。

ウィンドウズ3.1にしてからインターネット接続も始めた。最初は何がなんだか分からなかったので、接続ソフトは、取り敢えずインターネットオフィスという、パック品を使用接続は、スムーズであった。付属ブラウザは、今や懐かしい「モザイクであるモデムは友人から譲り受けた14,400bpsのものだったが、このころはこれで十分なのであった。

ホームページもこのころから作り始めた。かねてから懸案のFrank Zappaのページ作りを始めるに当たり、ジャケット取り込みのためのスキャナを購入。このころは、真裸婦ラットベッドの製品は非常に高価であったので、ハンディタイプのものを購入。LPジャケットを8回に分けてスキャンし、付属の合成ソフトで合成するという、涙ぐましいものであった。

このPC-486SEでも、ゲームはずいぶんとやった。でも、以前ほどたくさんはやっていないのだな。

同級生

上述したELFの「同級生」の続編。こちらの作品は、「兄と妹」という設定で大ヒットしたという記憶がある。前作のシステムやノリをそのまま引き継ぎ、内容をさらに充実させた、名作。

メルクリアスプリティ

ホムンクルス妖精)を育てて人間にするという、育てものゲームキャラデザが、イラストレーター中村博文(どじ)氏だということで購入。そこそこやったが、何故か私が育てるとみんな悪魔になってしまい、そのうち断念。

…印象に残っているのは、このくらい。この時期は、ゲームスパーファミコンを中心にプレイしていたような気がする。パソゲーが少ないのはそのせいかな。

自作DOS/Vマシン

さて、ここでウィンドウズ95の発売となるのだが、EPSONがEPSOパソコン対応ウィンドウズ95の店頭販売を断念し、注文販売だけにしてしまったので、これは先が無いことが判明してしまった。新規パソコンを買う予算も、早々には調達できない私は、しばし呆然とし、どうしようかと思いあぐねたのだった。

1.メーカー不詳MB

そのとき、天の導きかはたまた悪魔の誘いか職場の先輩から、1枚のマザーボードが私の下へ転がり込んだのである。この1枚のマザーボードを発端として、今に至るまでの私のパソコン自作時代パソコン大散財時代へと突入するのであった。

この譲り受けたマザーボード製作した最初システムは、以下の通り。

MB(Mother Board):メーカー不詳、P54C対応マザー

CPU:Pentium 120MHz

RAM:EDO-RAM 32MB(16MB×2)

HDD:QuantumFB1280(1.2GB)

SB(Sound Board):Sound Blaster互換バルク品

Graphic Card:Canorpus PW-3DV

FDD:Mitsumi 2mode

CD-ROM:Mitsumiバルク品、4倍速

以下は、PC-486SEのころのもの継続して使用している。というか、このころは、PC-486SEも併用して使っていた。

Printer:HPDJ-560

Modem:Microcore 28.2kbps

CRT:Susteen 15inch

とにかく安く上げようとして組んだ結果がこれである。ま、最初にしては上出来だったのかもしれない。

確か、このシステム半年くらいは稼働させていたと思う。

2.GIGA-BYTE GA586HX

で、そろそろこのシステムでは物足りなくなり、もう少し上のシステムに組み替えようと思い立ったわけである

さらに、ホームページ作りに役立てようと、スキャナを購入したのも、このころかな。

MB:GIGA-BYTE GA586HX

CPU:Cyrix PR166+ (Clock=133MHz)

RAM:EDO-RAM 64MB(16MB×4)

HDD:QuantumFB1280(1.2GB)

SB(Sound Board):Sound Blaster互換バルク品

Graphic Card:Canorpus PW-3DV /VRAMを4MB増設ビデオキャプチャ機能増設

FDD:Mitsumi 2mode

CD-ROM:Mitsumiバルク品、4倍速

SCSI:TekramDC-390

Scanner:EPSONGT-5000wins

Printer:HPDJ-560

Modem:Microcore 28.2kbps

CRT:Susteen 15inch

MBにGIGA-BYTEを選んだのは、メーカー名が気に入ったのと、当時大攻勢だったASUSのものは使わないというコンセプト(?)からである。それと、SIMMのスロットが6本あるというのも、魅力であった。結局、SIMMは4本しか使わなかったが。これは、RAMマッピングするTAGRAM増設億劫がったためであるTAGRAM増設しないと、64MB以上のメモリ空間に対してアクセスが遅くなり、全体的にパフォーマンスが悪くなるらしいのだ。

さらに、このシステムに対して、CD-Rドライブ増設ヤマハのCDR-400t-VKである。I/Fは、SCSIである。このころから音楽製作関連にも大散財時代が訪れたのであった。

CD-Rを使って、現在も続いているPSY-DOLLというバンドCDを焼きまくったのであった。当時は、CD-Rの原盤の質もそれほど良くはなく、結構エラーが発生して板を無駄にすることが多かった。

この後、システムは急速に変遷を続け、私は、大散財を続けるのであった。

1999/05/05現在システムは、下記の通り。

MB:DCS S7AX

CPU:AMDK6-2 400MHz

RAM:DIMMPC-100/CL2 192MB(64MB+128MB)

HDD:QuantumFB CR8(8.4GB)

SB:Sound BlasterLive!

Audio Card:emagic Audiowerk8

Graphic Card:Creative Labs GraphicsBLASTER/RIVA TN

CD-R:YAMAHA CDR-400t-VK

CD-ROM:Mitsumiバルク品、4倍速

FDD:Mitsumi 2mode

SCSI:AdaptechAHA-2940AU

Scanner:EPSONGT-5000wins

Printer:HPDJ-560

Modem:AIWAPV-BW5605

DISPLAY:MITSUBISHI RDT141X(LCD)

Permalink |記事への反応(0) | 14:00

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

PC履歴(~1999年

フォルダを漁っていたら、1999年5月に書かれた、自分PC履歴が発掘されたので、貼り付けてみる。

特に面白いものではないけども。

私のパソコンHistory

なんだかんだ言って、私がパソコンを使うようになってから、10年近く経ってしまったのであるプログラムを組んで実行できる最初マシンは、高校ときに購入したCASIOのプログラム電卓FX-502Pであるが、これはあくま電卓であり、パソコンとは多少趣を異にするものであった。

パソコンとして最初に購入したのは、NECの8ビットマシンPC-8801MA2であり、完全なるゲームマシンであった。以下、16ビット時代突入してEPSON PC-286VE、32ビットマシンのEPSON PC-486SEと続き、とうとう自作DOS/Vマシンをメインのマシンにするようになってしまうのであった。

これから、私のこのしょ~もない足跡を辿ってみたいと思う。PC-8801MA2~PC-486SEの項には、そのときハマったゲーム感想なども記してある。暇な方はこちらもどうぞ!?

そもそもの始まり

小さい頃から電気電子関係が好きで、親にマイキット(パネル上にトランジスタとか抵抗コンデンサなどが並べられており、スプリングになった端子にコードを挟んでそれらを繋いで回路を作る)や電子ブロック(透明なブロックトランジスタ抵抗などが入っており、ブロックボード上に配置して回路を作る)などを買ってもらい、それでラジオなどを作って遊んでいたのである。マイキットでラジオを作り、夜中にこっそりと深夜放送を聞いていました。(^^;

アマチュア無線免許なども取ってみた。

因みに、私がアマチュア無線免許を取得したのは、小学生ときである。これは、ちょっと自慢してもいいと思う。

当時、「初歩のラジオ」とか「ラジオ製作」、「電波科学」などの雑誌をよく読んでいたのだが、流石に、中学生の私にはディジタル回路は難しく(というよりも、何をするためのものなのか、イマイチ理解できなかった)、ボードマイコンTK-80などに手を出すには至らなかった。

まぁ、何しろ当時は、マイコンといっても論理回路動作から入る必要があったので、当然といえば当然であろう。

カシオ FX-502P

そして、関数電卓などをいじくり、「このキーとこのキーを同時に押すと変な表示になる!?」などと遊んでいた私が、最初に手にしたコンピュータらしきものは、カシオプログラム電卓FX-502P」である

これは、512ステップまでのプログラムが組めるというもので、ちゃんと「GOTO」キーや「GOSUB」キー、「LABEL」キー、条件判定を設定するキーなどが用意されていて、結構本格的なものでした。レジスタも10個使えた。ランダムに数値を出力するキーも付いていたな。

プログラムライブラリ(本ですが)なども付いてきていて、掲載されている通りに打ち込むと、科学計算をやったりゲームなどを楽しむことができた。もちろん、プログラムを外部に記録しておくこともできたのだ。オプション必要だが(買った)、普通ラジカセなどを使ってカセットテーププログラムを記録するのである

あと、FX-502Pでは、キーに4分音符や16分音符などが割り当てられていて、短音だが楽曲を打ち込むこともできた。上述のオプションを利用して、ラジカセなどで鳴らすのである

因みに、このFX-502Pは未だに現役で動いてます

NEC PC-8801MA

学生時代は、ビンボーだったせいもあって、パソコンには縁がなかった。友人宅でシャープのTurboIIIなどでゲームをさせてもらうのが関の山なのであった。

で、就職して最初に購入したパソコンが、NECの8ビットパソコンの最終形態ともいうべきPC-8801MAである

当時は、既に16ビットパソコンPC-9801Vm2なども発売されていたのだが、私の選択したのは8ビットマシンの「ハチハチ」なのであった。何故か?

それは、パソコンゲームがしたかたかである。当時は、違法行為に限りなく近いレンタルソフト屋が横行していて、ゲームソフトなどが比較的安い価格で入手できた(ソフト毎のパラメータファイルコピーを行うFile Masterは必需品)。また、ゲーム市場も8801主体であって、9801用のものはごく少なかったのである

とにかく、とても全部やりきれないくらい、ゲームを借りまくった。

その中で、印象深いゲームを、記憶を頼りに書き綴ってみよう。

マイト・アンド・マジック

何を隠そう、私が8801を購入して、最初に買ったゲームがこれである。何で、最初からこんなに難易度の高いゲームを、と疑問を持つ向きもあろうが、要するに、当時はパソゲーなるものが全く分かっていなかったのであるしかも、あろうことか、購入時には、アクションRPGの先駆け的存在であるソーサリアン」とこの「マイト・アンド・マジック」を天秤に掛けていたのである

世間では、「クソゲー」との評価一般的であるが、私は、このゲームは名作であると信じている。とにかく、世界存在していて、プレイヤーはその世界に住むところから始まるのであるストーリーは、最初は与えられず、発見したものけがストーリーに参加できる。しかし、ストーリーに参加しなくても、とにかく世界が広大・深淵なので、アイテム探しやダンジョン探検だけでも、十分堪能できる。私は、後述する16ビットパソコン時代まで、約3年以上もこのゲームにお世話になったのである

アンジェラス

ドラクエシリーズで有名なエニックスアドベンチャーゲーム(AVG)。

不気味な感じが大変心地よい秀作。本作では謎を残したまま終結し、後に「アンジェラス2」が発売されるが、時期を完全にはずしていたし、余り面白くなさそうだったので私はやっていない。

水龍士1,2

今はHゲーのメーカーになってしまった、しゃんばらのRPG。私の大好き(だった)漫画家松田紘佳がキャラデザ他を手がけている。音楽もこの人だったな。もしかすると、「2」は後述のPC-286VEでプレイしたのかもしれない。海が舞台の、異色のRPG。とにかく海なので、3次元的に自在に移動できるのがミソ。階段を使って他の階へ移動する一般的ダンジョンとはひと味違うのである

ストーリーも大変感動的なもので、キャラデザも秀逸であった。

ただ、惜しむらくは、これは私がコピー品でプレイしていたから良くないのであろうが、2作ともエンディングを見れなかったことだ。

1作目では、「ピー」とビープ音がしてゲームハングアップ。2作目では、たぶん最終場面であろう画面から1歩も進めず、アウト。

今あったら、正式に購入して再度挑戦してみたいゲームではある。

カオスエンジェルス

かのアスキーが発売していた、Hゲー。ダンジョンを歩き回るRPGである

このゲームは、とにかくノリが非常によく、テンポが軽快で楽しいゲームであった。ゲーム自体は、6階+αの「ウロボロスの塔」を探検して、秘密を探るというもので、出てくるモンスター女の子で、ダメージを与える度に女の子が1枚ずつ服を脱いでいくという、他愛もないものである

このゲームをして最初に驚かされたのは、グラフィックの描画の早さである何だかんだ言っても、8ビットパソコンであるので、当時のゲーム特にグラフィックを強調したゲームでは、描画に恐ろしく時間がかかった。一枚の画像を出すのに数秒、ひどいものでは、数十秒、なんていうのもあった。

そんな中で、この「カオスエンジェルス」は、とにかく、一瞬で画像が描き換わった。これは、当時ではとても新鮮なことであった。

また、そのBGMもとても斬新で、簡単なFM音源を使いながら、とてもハイセンス雰囲気を醸し出していたのだ。音楽の秀逸さでは、水龍士といい勝負かもしれない。

しかし、このゲームの最大のポイントは、「洒落っけ」にあると思う。ダンジョンの壁に、前に探検した人の落書きがあって、これがまた奥が深く面白い。この落書きゲームのヒントにもなっているのだが、関係のない落書きもあって、これを探すだけでも、結構楽しめた。

うる星やつら」のゲームタイトル忘れた)

当時、特にスタジオピエロ系のキャラクターものゲームを数多く出していた、マイクロキャビンのAVG。マイクロキャビンでは、この後も、「めぞん一刻」や「気まぐれオレンジロード」などのキャラゲームを続々と発売していた。

このゲームは、少年サンデーに連載されて、アニメ化もされ一世を風靡した、高橋留美子の同名の漫画うる星やつら」をゲーム化したものである

ゲーム内容は、確か、面堂家の誰か(終太郎か、了子か、どっちか忘れた、たぶん了子だ)の誕生日に招待されたお馴染みのメンバーが「迷路」を探索しながらゴールにたどり着くというものである。何かのイベントを経る毎に、時間が経過していき、それにより結果が変化するというのと、途中の行動で結果が変化するということで、数種類のエンディングが用意されていたように思う。

マルチエンディング時間概念は今でこそ珍しくもないが、当時では結構画期的なことであったのだ。

リップスティックアドベンチャー

フェアリーテール(ELF)の伝説的名作AVGである。確か「2」もあった。フェアリーテール(ELF)のAVGは、何かこう、独特の雰囲気があって、それが私は非常に気に入っていた。なんていうか、どことなく寂しげな感触というか、ちょっと空虚な感じとでもいおうか。キャラクターや展開、秀逸なBGMなどが、この雰囲気を醸し出しているのだ。

フェアリーテール(ELF)のAVGは、この他にも相当やった。「ELLE」なんかは、最後どんでん返しが強烈でした。

そのほかにも、いろいろゲームはやったが、とんでもねーゲームを一つだけ…

番外:世紀末美少女伝説

これは、要するに当時大流行の「北斗の拳」のパロディーHゲーである

ゲーム内容がくだらないのもさることながら(あまりにくだらなすぎて、ケンシロウのようなキャラが出てくること以外、忘れた)、その作りがとにかく凄い。

これは想像だが、このゲームは、おそらくN88-BASICで組まれている。なぜなら、まず、ストッキーゲームが止まってしまう。そして、そのとき、画面の左上隅に「>C^」が出る(分かる人には分かるね!?)。

そして、NECの8801,9801シリーズパソコンには必ず付いていた、画面のハードコピーを取るキー「COPY」を押すと、押したときに表示されている画面をプリンタ印刷することができる。

なんか、「流行から適当に作って一発当てよう」という意図の見え見えなゲームでありました。

PSON PC-286VE

…そうこうしているうちに、8ビットパソコンは衰退し、ゲームソフトも発売されなくなって、世の中は16ビットパソコン時代へと、大幅に突入したのだった。

そこで購入したのが、NECではなくて、EPSONのパソコンなのである。ここいらへんに、私の偏屈さがにじみ出ていますね~。(^^;

パソコンに金をかけだしたのも、このころからである。…まぁ、8801じゃあ、金をかけようにもかけるところがないですが。(^^)

先ずメモり。1MB(!)のメモリを積んだ。

今ではもう信じられないが、当時は、1MB/1万円がメモリの相場であった。しかも、メモリをパソコンに組み込むには面倒な設定がいくつも必要で、さらに、汎用のスロットを一つ占有してしまうのだった。また、今でこそ、SIMMとかDIMMとかいって、大容量がコンパクト収納されているが、当時は、たとえ1MBでも、12cm角くらいの基板にチップがびっしり載っていたのだった。

それでも、1MBあると無いとでは、雲泥の差があった。

そして、ハードディスク。奮発して40MB(!!)を買った。

これも、今ではもう信じられないが、当時は、例えば40MBで8万円位した。しかも専用のインターフェイスが要る。これでまたスロットが一つ埋まったのであった。

でも、当時のソフトは、40MBでもお釣りが来るくらいの容量だったんだよね~。

あと、このマシンからパソコン通信を始めた。当然NIFTY Serveから

当時は、WTERMを使い、通信速度も2400bpsであった。50kBの画像ダウンロードするのに何分もかかり、さらにその画像を表示するのに何分もかかった。大変な時代であった。

このPC-286VEは、後に友人の手に渡り、そこでVRAM異常が発生してお亡くなりになってしまいましたとさ。合掌。

このマシンでも、ゲームはずいぶんとやった。中で、印象深いものをいくつか紹介しようと思う。

マイト・アンド・マジック

上述したものと同じである。当然、続きではなくて、新規に始めた。やはり8ビットのものと比べて速い。何しろ、8ビット版は2DDのディスク4枚組で、地上、ダンジョン、城、と場所を変える度にディスクの入れ替えが必要だった上、そのたび毎に、システムディスク書き込み(1分くらいかかった、マジで…)をしていたのだ。それがなくなっただけでも、快適である。ただ、8ビット版の頃はあったBGMがなくなってしまったのは、ちょっとしかったが。

プリンセスメーカー

いわゆる「育てゲー」の元祖存在

なかなかハマった。各エンディングも味わい深いもので、30数種類あるといわれているエンディングを20数種類まで見て、飽きてやめた。プリンセスと謎のエンディングは見ていない。けど、いいや。

ドラゴンナイト1~5

これもELFのゲームで、RPGである

「1」と「2」は、3Dダンジョンもの。当時は3Dダンジョンでさえ珍しかったのに、Hゲーで3Dダンジョンというのは、相当なインパクトがあった。ゲーム的にもよく練れており、ダンジョンの仕掛けも良くできていた。Hゲーという観点排除して、単にゲームとしてみた場合に、非常に完成度の高いゲームであった。

「3」は、確かドラクエタイプの2DのRPG。「4」は、ダンジョンに戻ったのだっけかな?この辺はあんまり印象にないのだな。「5」は、私の大嫌いなシミュレーションで、遂にエンディングを見ることができなかった。…と言うよりは、途中でつまんなくって止めた。「4」と「5」は、多分、後述のPC-486SEでやっている。

同級生

これは、今更説明するまでもない、ELFが世に放つ名作中の名作。このゲームが今までのゲームの流れを一気に変えたといってもいいでしょう。味のあるキャラクタ(しか大勢!)に、深みのあるストーリー。それぞれが練りに練られたマルチエンディング。とってもシビア時間概念。所持金の存在も内容に深みを与えています

さらに、複雑なフラグ制御がすばらしい。よくあれだけの条件設定をして、ゲーム破綻しないものだ。

そして、何より高校最後夏休みという、絶妙のセッティング

とにかく、この「同級生」は、何遍やっても違った展開になるし、違った楽しみ方ができるゲームという、画期的ゲームでした。

このゲームは、マニュアル本見ない方がいいと思う。

後に「2」も出て、共通するキャラクタも出演している。私は、「2」は後述する32ビット版でやったのだけれど、その面白さは全く失われてはいませんでした。恐るべし、ELF。

PSON PC-486SE

そのうち、世の中はウィンドウ時代突入し、パソコンも16ビットパソコンから32ビットパソコンへと移行していったのである。…といっても、ウィンドウズ3.1は、とっくに発売されていたが、ゲーム世界が未だにDOSベースだったので、それまでは何とかなっていたのであった。が、こう周りがウィンドウズだらけになってくると、流石に不安になって、DOSからの移行を考えざるを得なくなってしまったのであった。

上述のPC-286VEでも、ウィンドウズを試してみたことがあった。そのころは、ウィンドウズは3.0で、フロッピー5枚組という、今から考えればささやか構成であった。当時は、ウィンドウズ3.0対応ソフトほとんどなく、これは試してみるだけで終わったが。

実は、32ビットパソコンへの移行の際に、一つの考えがあったのである。つまりMacへの移行である。当時、Macの世界も変革の時期を迎えていたらしく、小さい筐体が却って可愛らしいPermalink |記事への反応(1) | 12:53

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2023-03-08

anond:20230308101358

そんなオーディオメーカーあったなぁ・・と思ったら、aiwa だった。

Permalink |記事への反応(0) | 10:17

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2021-10-27

誰しもiPhone覇権握るって思ってたでしょ

ネットで声がでかい人の意見歴史修正するのはちょっとどうかな、と思う

そもそもiPhone登場の前にiPodの躍進っていうのが史実としてあるし欠かすことはできない

2001年に初代が登場、躍進したiPod nanoが2006年iPhone登場が2007年

iPod登場以前からmp3音楽違法ダウンロードっていうのはインターネット普及と共にあって

mp3再生できるウォークマン相当のものが待望されてた

しか日本の各社、特にSONYmp3違法から開発に難色を示し、MDを推進したりATRAC作ったりした

そんな中で空気を読まないAppleっていう会社iPodを発表、mp3が聞けるってことで大流行

当初はMacしか連携できなかった(気がする)けど、WindowsでもiTunesが使えるという当時としてはビックリ対応世間を賑わせていく。

時を同じくして韓国系メーカーも参入。Rioとか懐かしいよね。当時からFLACとかOgg Vorbisとかが聞けるっていう尖ったデバイスもたくさんあった。

後はCDmp3を焼いたらフォルダ構成読み込んでアルバムとして再生してくれるやつとかもあったし、wmaとかとの覇権争いもあった。

日本権利問題が難航して全然そういうデバイスが出てこず、確かAIWAが発売してちょっと世間が沸いたぐらいだった。

そんな中でiPodが更に躍進したのがiTunesのおかげ。これで音楽ダウンロードっていう商売を成立させた。

日本では長らくiTunesで聞けるのは洋楽だけで日本レコード会社提供してくれないっていう状況が続いたし

SONYレーベル持ってたりするのでますます違法コピーの可能性があるmp3配信に難色を示して結果としては完全に出遅れ

そんな中でiPod nanoが発表。信じられないくらい小さくなっておしゃれになったデバイス

巷を席巻して、もはや携帯音楽プレイヤーiPod nanoって感じになった。

この頃から携帯電話音楽再生機能を盛り込み始める。(まぁ前からあったがおまけみたいな機能だった)

しかし例によって音楽業界の圧力なのかSONY圧力なのかmp3は聞けなかったりして独自仕様固執

SDカードは吸い出しできるからMemory Cardとか、いろんなプロテクションをかけてとにかく使いにくかった。

とはいえ邦楽聞くにはそれしか方法が無いので着うたフルとかLISMOとかが出て、SONYからwalkmanケータイが発表。

まぁそれはそれで結構流行ったけど海外流行るはずも無く完全にガラパゴスになった。

その頃からみんな噂してたのが

「逆にAppleケータイ市場に乗り込んでくる」

っていう話。

だって携帯iPodの2台を持つのが面倒だから一台にしたいっていうのが強い思いとしてあった。

Apple日本携帯メーカーと協業するっていうイメージが全くなかったから出るならAppleから直接出るだろう、と。

2004年に発売されたNintendDSタッチスクリーンUIの新しい方向性を見いだしてた頃だったので

Appleが乗り込んでくるならタッチスクリーンだろうことは間違いなかった

そもそもiPod nanoのディスプレイタッチスクリーンになるのでは?っていう話もあった。

だって当時のUICover Flowなんてタッチすること前提っぽい作りだったから。

まぁ乗り込んでくるなら名前は「iPhone」だろうっていうのもみんな予想してた。

iMacとかiPodとかiで攻めてるからまぁ安直iPhoneだろうな、と。

ただ、全面タッチスクリーンっていうのは難しいだろうという意見が多かった気もする。

これは自分の周囲だけかもしれないが、キーを無くすと視覚障害者が使えないのでユニバーサルサービス電話での導入は難しかろう、という話があった。

後は折りたたみにしないと液晶指紋で汚れる。

当時は画面が指紋で汚れるのは御法度クロスをみんな持参してことあるごとに拭いてた。

その画面を触りまくる携帯なんて考えられない、というのが大勢だった覚えがある。

ところがAppleはやってのけた。そういう弱者は全部切り捨てて全面タッチスクリーンiPhone発表。

日本音楽業界と繋がりの強いdocomo絶対販売しないと分かってたのでソフトバンク独占販売

下手したら日本販売されない可能性もあったかソフトバンクには感謝しかなかった。

このiPhoneiPod音楽業界を席巻したAppleから携帯業界でもやってくれるだろうという期待があった。

ただ初代は流石にしんどい部分が多くて音楽聴いてたら電池なくなるし電話しづらいし画面が指紋だらけになるし。

とはいえiPod nanoとの二台持ち解消のためにiPhoneを選ぶ人も結構いた。

最初iPodの代わりっていう立ち位置だったけどApple Storeがその情勢を変えていく。

Nintendo DSゲームとして提供してたタッチパネルを活かしたいろんなアプリアイデアApple Storeでアプリとして提供される。

ギターアプリインストールしたらギターになって、それを披露するとキャバクラモテるかいう噂が流れておっさんがみんなiPhone買い始めた。

後はもう、ご存じの通り、という感じ。

iPhone 3Gとか3GSとか4とかで盤石になっていった。

Androidが対抗馬として出てきたときはかなり期待したけれど

Appleのようにデバイス固定化できるOSとは違ってAndroidはいわばWindowsを目指したので立ち上がりに失敗した。

デバイスに合わせてゴリゴリチューニングすることができず、逆にOS内部まで手を入れるとアップデートが出来ないというジレンマ

そもそも各社がOSチューニングをするのはAndroid思想に反するし、とはいえ各社サプライチェーンがあるからデバイスバラバラ

Androidでまともに動くケータイの方が少なかったけどXperiaは頑張ってた。そこはSONYの意地だったな。

とはいえAppleみたいにクローズド戦略じゃないか世界的にAndroidの数の方が多いのは当たり前

デバイス差分が大きいかAndroidっていうプラットフォーム上で商売するのはちょっとしんどいんだけど

デバイス数が多いか対応せざるを得ないっていう状況

ただ、Androidデバイスが多いとはいえ公開したアプリが全てのAndroidデバイスで動く保証が無いので

iPhone向けにアプリ作る方が実際に動くデバイスが多いのは確かだろうな

なのでいまだにiPhone向けだけにアプリが公開されたりするし

iPhone携帯市場で大きな立ち位置を持ってる

anond:20211026193844

Permalink |記事への反応(2) | 08:54

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2020-06-16

過去アーティスト感謝を伝えるには

どうすればいいだろう。


今でこそダウンロードが当たり前の世の中になっているけれど、わず10年前までは、CDしか手に入らない音源が大半だった。

今の時代は、音源ダウンロードする、あるいはYoutube公式動画を視る、などの方法により、意識的か否かを問わず対象

アーティストへ何がしか収益がもたらされる。音源CDしかなく、デジタル化されていないアーティストには無縁の話だ。


言いたいのはお金の話ではない。

あなた音楽を大切に思っている人がいる、あなた音楽を聴いて心を動かされている人がいる、あなた音楽が、退屈な生活

潤いを与えてくれている。

そんな思いが間接的にアーティストに届かないものかと思う。スマートフォンタブレットなどで、音楽再生されることで、

少なくともあなた音楽を聴いている人がいるということが、伝わらないものかと思う。


もう四半世紀近くも前になる。

街の商業施設にあるCDショップで、地元ミュージシャンの新作発売を記念して、カタログ的なカセットテープ無料で配られて

いた。その音楽は、流行りの音楽しか知らない中学生には異質なもので、けれど何か心に引っかかるものがあって、結果的に擦り

切れるくらいに、aiwaポータブルプレイヤー再生していた。

いつかライブに行こうと考えていたら、気がついたときには解散していて、その後復活ライブの動きもあったようだけど、当日に

なって中止を発表。複雑な事情で、もはや活動再開は望めないような状態になってしまった。


彼ら、というよりも作詞/作曲をやっていた彼が、今なにをやっているのかは知らない。最期の経緯から考えて、おそらくもう音楽

世界はいないと思う。

でも、彼が残した音楽は四半世紀を経ても変わりなく、むしろ、聴き手にとってはより大きな存在で、光輝くものになっている。


彼あるいは彼らのライブを見ることができたら、というのは贅沢な望みなのは分かっている。

それが難しいならば、今でもあなた音楽を拠り所として、その存在感謝している人がいることだけでも、伝える術があれば

と思う。

Permalink |記事への反応(6) | 00:52

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2019-12-27

anond:20191227012418

AIWAの安ヘッドホンWIKI掲載されたこから

ネット商品ステマする場所になった

根ら~をだまして乗せてしまえば勝ち

Permalink |記事への反応(0) | 01:25

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2017-06-21

CDコンポとか懐かしいなぁ

私、30代後半の男です。

表題の通り、CDコンポを懐かしんでおります

かつてCDコンポ製造していたAIWA復活のニュースを見たもので。

懐かしいなぁAIWA

他にもケンウッドとかオンキョーとかパイオニアとかビクターとかパナソニックとかソニーとかDENONとか。

DENONってデノンなのかデンオンなのかわかんなかったなぁ。

あれ、結局どっちの読みが正しいの?

ついでにMDプレイヤーとかMDウォークマンとかも懐かしいなぁ。

MDは音飛びがしなくて良かったな。

あ、あとピッチって知ってる?

今の若い人は知らないと思うけど、ケータイ一種

懐かしー。

ジェイフォンとかも知らないよね。

スカイメールとかもさ。

今、いろいろ思い出して幸せです。

Permalink |記事への反応(0) | 02:28

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2010-11-23

オーディオテクニカ ヘッドホン コード無償交換のお知らせとお詫び の結末

5日前に書いたのにエラーで消えてしまったので放置してしまった。

うPCも買い換えなきゃならんな。

※長文注意

http://anond.hatelabo.jp/20101112212549

これの続き。Ads byGoogleがオーテクなのが笑える。

小心者なので、電話はやめてメールを送ることにした。

上の文章そのままで。

しかも、あえて修理センターではなくサポートへ。

悪戯か、嫌がらせだと思われても不思議はない。

本当はオーテクの社長さんに送って見たかったけど、天下のグーグル先生でも発見できず。

送信してから1日後に返信あり。

以下コピペ

ご連絡の件は説明が不足しご不快の念を申し訳ありません。

取急ぎメールにてご説明させていただきます

ご送付したお見積書にて

1.ご理解をお願いしているジョイントホルダー・ジョイントカバー

は塗装が剥げていて再利用できない訳ではありません。部品名称

トソウとありますのはあくまでも手前共の管理上のことであります

誤解を招いたことをお詫び申し上げます。劣化の状況を検討し、

左側のジョイントカバーはご送付のものを使用できると判断して

見積りをご提案した次第です

2.なお、ジョイント部分とは耳にあたる本体から頭上の二本のヘッド

バンドが出ているところを挟むように保持しているところです

耳にあたる側がジョイントホルダー、表側がジョイントカバー

あります。表面上は劣化が判りにくいのでご不審をお持ちになられた

ことと思いますが、これらが締め付けているはずの頭上のヘッド

バンドがガタついており内側で劣化が進行していることを判定して

おります

ご理解をいただきたく再度の検討をお願い申し上げます

今後ともよろしくお願いいたします。

ご理解して金を払えと。

ジョイントの説明などどうでもいいのに。

トソウが何だろうとどうでもいい。

メールを見た瞬間、本当にあきれた。 

入金の帰りの横断歩道で叫びそうになったわ。

こちらの要望としては、一刻も早く返して欲しい

コード交換以外は必要なかった。

もちろん金は払いたくない。

最後に書いてあるのに。

残念で仕方がない。

再度の検討ってないを検討するのかと。

金を工面しろや貧乏人がといったところか。

うざがられているのは間違いない。

よい酒の肴にもなったことだろう。

見てくださいよ。キモイメールが着ました部長

自分でも転送しまくると思う。

しかしながら、これはクレーム処理としては如何なものか。

小心者だから舐められているのだろう。

しか1000円も払えない貧乏人。

AIWAでも使ってろよってな感じか。

AIWA馬鹿にするなと2次クレームの返信。

以下、送信文コピペ

こんにちは

ご連絡ありがとうございました。

再度、こちらの要望をお伝えします。

コード交換のみの希望で、金を払うつもりはない。

早急な返送希望です

消費者センターにも相談させて頂こうかと思っています。

以上、ご確認お願いします。

ちょっと脅しを付けてみた。

消費者センターって何だよ。相談してどうなるのかと。

1000円ぐらい払いなさいと言われて終わりそうな気がする。

独立行政法人なんて恐ろしい

サイトを見てみると「回収・無償修理等の情報

」ってのを見つけた。

http://www.kokusen.go.jp/recall/recall.html

リコール情報がいっぱい。

クレーマーには堪らないでしょう。

知らずに食ってしまった。金返せ。

いつ食ったかなど忘れた。金返せ。

そういえば、最近胃の調子が悪い。金返せ。

レシートなど取って置いてない。金返せ。

社長出せ。誠意を見せろ。金返せ。

オレも接客業やってるからわかるんだけど接客態度がなってない。金返せ。

クレーマー死ね。自害しろ。

いい年したおっさんが何百円で喚くなと。しか子連れ

その金俺が出すから帰れと。

その子供の将来が不安だ。

カエルの子はカエル。自害しろ。

あとは、若い女の人に嫌な客が多いですな。

なんでそんなにツンツンしてんの?生理か?

ってくらい多い。

金投げるやつとか。自害しろ。

もちろん自分コンビニでもバーコードを上にするし、

飲食店でも「ご馳走様」は欠かさない。

人にされて嫌なことはしない。

これが私の座右の銘

関係ないがモットー(伊:Motto)に驚いた。

脱線しまくったが、昼過ぎに返信あり。

ランチタイムに盛り上がったことでしょう。

以下コピペ

ご連絡ありがどうございます。

ご連絡の件を再度修復の者と検討いたしました結果、今回

ご提案した部位に触れることなコードを交換する方策

可能でありました。調査に不徹底があり申し訳ありません。

お詫び申し上げます。お預かりの品を可及的速やかにお返し

するよう指示いたしました。こちらからの発送までに一両日

のご猶予をお願いいたします。

今後ともよろしくお願いいたします。

あれ?再利用不可なんじゃないの?

触れることなく交換可能?分解するんじゃないの?

これは酷い。やっぱり詐欺だな。

まあ自分としては返ってくればいいのでそのまま放置

消費者センターは面倒だから止めといた。

1日後に到着。

何かおまけでもあるかと少し期待したが、何も無し。

パッドもおまけで交換してくれればいいのに

ガタつき?なども感じられず。まさか直してくれた?

コードは新しくなったのかな?

正直良くわからない。

なんにしても、無駄10日間だった。

私の必需品であるヘッドホンが無い10日間。

今思うと無いならないで困らなかったかな。

イヤホンあるし。セカンドヘッドホン(残念ながらAIWAではない)もあるし。

装着感が宜しくないけれども。

これまで沢山の人が同じように料金を取られたのだろうか?

酷い話だ。リコール詐欺だ。

是非ともクロサギに潰して貰いたい

今も戻ってきたヘッドホン音楽を聴いている。

♪NOW PLAYING♪

JavieraMena "MENA"

http://tower.jp/item/2760657/メナ

最高ですよ。オススメ

南米チリ産。本当に世界は広い。

まだまだ知らない音楽が溢れている。

K~POPなんて聴いてる場合じゃない。

あれは少し前の日本音楽だね。90年代J-POP

R40世代が懐かしがって盛り上がってるだけかな。というか必死なんだろうな。

第二次韓国ブーム政治も絡んでそう。深読みしすぎか。

でも、若い子にも人気だな。そこが信じられない。洗脳か?

音楽嗜好品。そして消耗品

オーディオテクニカ消耗品には気を付けましょう。

オワリ

Permalink |記事への反応(2) | 23:29

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2008-08-28

http://anond.hatelabo.jp/20080828114936

当時のメーカーがどうなったか見れば言わずもがなです。

Permalink |記事への反応(2) | 15:25

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2008-01-18

[思いつき増田]

AIWA 果てしなきバイオレンス この世界を 最後の輝きが包む

Permalink |記事への反応(0) | 15:47

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2007-12-24

http://anond.hatelabo.jp/20071224090435

STAXからは日本特有の頑固な職人気質が見え隠れしてる。

一見客が立ち寄れない寿司屋のような、でも常連になると気前が良くなって行く感じ。

AKGは金をかけずに落せる女なんだが高飛車な感じだな。

あら?私のサイズにあなたの頭を合わせなさい、なんて責めてくる感じだな。俺は好きだ。

BOSEは社交性の広いイケメンだな。

友人に音楽関係者から航空関係、はたまた車業界にまで広いが意外に親友と呼べる人が少ない感じ。

audio-technicaドラクエ的に「ここは増田です」と書いてある看板だな。

平凡だが意外と重要立ち位置だったりする。

ERGOは結構おしゃれを気にしてる専門学生なんだけど、そのおしゃれが一般とかけ離れていて

よく親父に、外見よりも中身を鍛えろと説教されるタイプ若者だな。

AIWAグループでも地味な奴なんだが、意外と凄い能力を持っていて

成績も優秀なんだが、グループ的にはいつも地味な位置に居る感じだな。

でも親分肌のソニーAIWAの凄さに気づいていてAIWAの居場所が無くなりそうになった時

ソニープロポーズして結婚しちゃったみたいな。

BEHRINGER貧乏な家に住んでるのに皆の前では金持ちのふりをしている。でもみんな薄々気づいていて

腫れ物扱いしている感じ。初めて会う人はBEHRINGERの自慢話に驚いたりするが、段々本当の家庭環境に気づいて

でも責める事はできずにごめんなさいって感じだな。

Permalink |記事への反応(1) | 10:04

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2007-09-11

http://anond.hatelabo.jp/20070911171428

そうね、5千円ぐらいでクリスマス時期に売られたらまだ売れるかもね。

もしかしたら廉価版を既に企画済みで、そのためにこの時期にこのモデル発表なのかもしれない。

だけど、ソニーがそのまんまaiwaになる日も近いな。

ところでロボット部門をトヨタだかに売り払ったというすっぱ抜きがあったようだが、

事実関係どうなったんだろう。本当だったのかな?

いずれにしろ今期は相当厳しいだろうな。

Permalink |記事への反応(0) | 18:40

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2007-07-31

6年間は酷使したヘッドフォンがぶっ壊れた

AIWAの千円のやつ、右から音が出なくなった。音楽好きでかなり聞くほうだと思うんだけど、これで満足してた。確実にもとは取ったといえるだろう。

次のヘッドフォンをどうしようか迷う。とりあえずイチジシノギで後継版の同じのを買ってもいいんだけど。

5万ぐらいは出してもいいかなと思っているんだけど、貧乏だし、コスパ云々を考えると迷う。

iPod持っていって店で視聴するのってありなのかな?

どうすれば一番幸せになれるんだろう。

壊れる前はこの辺りを買おうかなぁと思ってはいたのだけど。もう少し金持ちになってからでもいいかなと思わんでもない。

Amazon.co.jp: audio-technica ATH-W1000 ダイナミックヘッドホン: エレクトロニクス

STAXを買うような身分ではないけど、もう少し音楽どっぷりの生活にも浸りたいかなぁ。うーん、どれぐらい高いの買おうか迷う。

Permalink |記事への反応(5) | 09:27

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

 
ログインユーザー登録
ようこそ ゲスト さん
Copyright (C) 2001-2026 hatena. All Rights Reserved.

[8]ページ先頭

©2009-2026 Movatter.jp