
はてなキーワード:60年代とは
選挙期間になると右派の方がせっせとエクストリームな自民党擁護につながる文章を書いていて笑うわ。
一見良い関係に見えるのは工作と圧力が形作ったものだよ。事実ベースで確認されていること。あなたが書いたファンタジーやジャンプコミックス的な友情物語じゃ無い。いい加減大人になって欲しい。
1990年代以降にアメリカ国務省による公式文書(FRUS)公開によって明らかにされたけど、CIAが戦後の日本の政治に深く関与していたことが明らかになりました。
■自民党への秘密献金:1950年代から60年代にかけて、CIAは自由民主党(LDP)の親米派議員たちに多額の秘密資金を提供していました。これは日本における「安定した親米政権」を維持し、社会党などの左派勢力を抑え込むことが目的でした。
■岸信介氏との関係:A級戦犯容疑者から首相へと上り詰めた岸信介氏は、アメリカにとって対共産圏の「防波堤」として不可欠な存在であり、緊密な協力関係にありました。
■従属的な独立:1951年のサンフランシスコ平和条約と同時に、旧日米安保条約を締結。これにより、日本は主権を回復しつつも、実質的にアメリカの軍事戦略に組み込まれることとなりました。
■.日米合同委員会:見えない統治機構現在も続いている。日米合同委員会は日本の政治がアメリカの強い影響下にあることを示す象徴的な枠組みです。日米地位協定の運用など、軍事・領空・基地問題を協議。不透明性議事録が非公開であり、国会よりも優先される決定がなされる場合がある。これにより、日本の航空管制権の一部(横田ラプコンなど)が依然として米軍に握られているといった、主権の制限が続いています。
■経済・軍事的圧力良好な関係を維持する条件として、常にアメリカの国益に沿った譲歩が求められてきました。プラザ合意(1985年):アメリカの貿易赤字解消のため、強引な円高へと誘導。これが後のバブル崩壊と「失われた30年」の遠因となったとの見方が強いです。
■年次改革要望書:アメリカ政府が日本政府に対し、規制緩和や市場開放を求めた要望書。郵政民営化などの構造改革にも強い影響を与えました。
日本が単なる「自由意志」でアメリカに従っているわけじゃない。戦後直後の構造的な「支配―被支配」の関係が続いているんだよ。
増田さんの挙げた例は、どれも「最初は傍流・異端扱い → その後に主流化」ですが、主流として受け入れられた“型”がかなり共通しています。
② 新説が「定量的な予測」や「決定的な検証(テスト)」を提示
④ その過程で「何が反証になりうるか」のルールが徐々に固まる
決め手は「天体の運動を一つの法則で統一し、予測が当たった」ことです。
ニュートン力学と万有引力は、地上の落下と天体の運動を同じ枠で扱える(統一性が強い)。
そして象徴的なのが、ニュートン理論を使ったハレー彗星の回帰予測(1758年頃)で、実際に1758年末に観測され、ニュートン理論の有力な実証例として扱われました。
ここで重要なのは「それっぽい説明」ではなく、“いつ出るか”を事前に言える(予測可能性)が強かった点です。
決め手は「熱機関の効率という工学的に検証される領域で、普遍的制約として働いた」ことです。
第二法則は19世紀中頃にクラウジウスやケルヴィンらにより整理され、代表的には「熱は自発的に冷→温へは流れない」等の形で表現されました。
これは“哲学”ではなく、蒸気機関などの熱機関の性能限界(どんな工夫をしても超えられない上限)として現場で繰り返し確認され、理論の信頼を固めました。
つまり第二法則は「実験室で一発」より、工学・化学での再現性と有用性が、主流化を支えたタイプです。
決め手は「原子が実在すると仮定すると出る定量予測が、実験で確認された」ことです。
19世紀末〜20世紀初頭まで、原子の“実在”には懐疑もありましたが、
アインシュタイン(1905)がブラウン運動を原子(分子)の運動に結びつけ、観測できる量(平均二乗変位など)に落とした。
その予測がペランらの実験で支持され、原子・分子運動論が受け入れられる大きな契機になった、という整理が教科・解説論文で繰り返し語られています。
ここは反証主義っぽく言うと、「観測できる指標への翻訳(操作化)」が勝因です。
決め手は「メカニズム不在の弱点が、海底観測データで埋まり、“決定的テスト”が登場した」ことです。
ウェゲナーの大陸移動説は「大陸の形が合う」「化石・地質が対応する」などの状況証拠はあった一方、動く仕組み(メカニズム)が弱く、北米などで強い反発がありました。
1950〜60年代に海底探査が進み、海嶺で新しい地殻が生まれ広がるという「海洋底拡大」的な絵が出てきた。
さらに1963年前後、海嶺の両側に地磁気の“縞模様(磁気異常の対称パターン)”が出るはずだ、という形で「科学的テスト」が明確になり、これがプレートテクトニクス確立の重要な一歩として整理されています。
このケースは、まさに「傍流が主流へ」の典型で、“良い話”が勝ったのではなく、“測れる予測”が揃ってひっくり返った例です。
決め手は「微生物の存在→感染→予防・治療の成功」までが連結して再現されたことです。
パスツールやリスター、コッホらの仕事が「病原体が病気を引き起こす」という枠組みの確立と受容に大きく貢献した、と整理されています。
具体的には、パスツールの実験が“自然発生”を否定し微生物の役割を示す方向で影響し、
コッホは炭疽菌などで「特定の病気に特定の病原体」という因果を実験で強く示しました(コッホの業績・方法論として説明されます)。
ここは理論の受容が、手洗い・消毒・衛生・ワクチン等の実務成果に直結し、主流化が加速したタイプです。
増田さんの列挙は「傍流が主流になった」という点では正しいですが、より重要なのは、
という点です。
私がMMTに対して言っている「反証主義の土俵に乗れ」という要求は、まさにこの主流化パターン(=科学史の勝ち方)を踏まえたものになっています。
「主流派経済学が反証主義的に“証明”されてきたか?」は、厳密には証明(数学みたいに真を確定)ではなく、より現実に近い形でいうと
以下、主流派がどう“反証に耐える形”に進化してきたかを、代表例で整理します。
サミュエルソンは、理論を“操作可能(operational)な命題”=観測・検証できる形に落とすことを強調した流れの中心人物として語られます。
フリードマンは、(前提のリアリズムよりも)予測力を評価軸に置く「実証可能な含意で勝負する」方法論を強く打ち出しました。
ここがまず“反証主義っぽい”土台です(ただし、後述の通り経済学は補助仮説が多く、純粋なポパー型の運用は難しい)。
1950〜60年代に「失業率を下げるとインフレが上がる」ような安定関係が“政策メニュー”として扱われましたが、のちに
長期ではトレードオフが成り立たない(自然失業率/NAIRU)方向へ
という更新が起きます。フリードマンの1968年講演が、期待を組み込む方向に大きな影響を与えた、という整理は一次資料・研究史で確認できます。
また1970年代の経験が、この見方を後押しした、という研究史的整理もあります。
要するにここは、「古い単純形が反証(説明不能)に晒され、修正された」例です。
ルーカス批判は、「過去の経験則(縮約形)をそのまま政策評価に使うのは危ない。政策が変われば人々の意思決定(期待)が変わり、推計式のパラメータが不変でなくなる」という主張です。
この主張自体も、のちに実証的に検討(テスト)される対象になっています。
この流れが、マクロを「ミクロ基礎(最適化・期待)」を持つ構造モデルへ寄せる大きな動機になりました。
DSGEは強い仮定が批判され続けていますが、「政策変更の効果を、前提・メカニズムを開示した上で評価する枠組み」として中銀・研究で中心的に使われてきた、という位置づけは一次資料でも見られます。
同時に、危機後の批判や改良も含めて「適用可能性・限界」を体系的に検討する研究も積み上がっています。
ここでの“反証主義”は、「このモデルが真」ではなく、競合モデルと比べて予測・政策評価・整合性がどれだけ良いかで生き残る、という競争です。
これはまさに、「この推定は因果だ」という主張が、設計の穴を突かれて反証される/改善される、という反証主義の制度運用です。
ので、単発で「はい反証、理論死亡」とはならず、部分修正・モデル更新になりやすい。
それでも主流派が“反証主義的に強い”と言われるのは、上で見たように
主流派がやってきたのは「理論の核を固定し、反証条件を明確化し、方法論を更新し続けて生存してきた」という歴史です。
だからMMTが“学界で対抗可能な理論”として評価されたいなら、同じ土俵で
が必要です
その映画は、2020年に公開された「ザ・バンカー(The Banker)」ですね。
Apple TV+のオリジナル映画として製作された、実話に基づいた物語です。
主な特徴は以下の通りです。
・あらすじ 1.数学の才能があるバーナード・ギャレットと、派手な実業家のジョー・モリスがタッグを組む。 2.白人の労働者マット・ステイナーを雇い、彼を「会社の顔(社長)」に仕立て上げる。 3.バーナードたちは掃除夫や運転手のふりをしてマットに指示を出し、黒人居住区の不動産を次々と買収していく。 4. 最終的には、黒人が融資を受けられるように自分たちで銀行を買収する。
・キャストバーナード役:アンソニー・マッキー(「アベンジャーズ」シリーズのファルコン役など)ジョー役:サミュエル・L・ジャクソン(「パルプ・フィクション」など) マット役:ニコラス・ホルト(「マッドマックス 怒りのデス・ロード」など)
人種差別が激しい1950年代から60年代を舞台に、知略でシステムをハックしていく痛快さと、当時の理不尽な差別の厳しさが描かれた非常に見応えのある作品です。
まずは直近の動きから:
✅ 近年の就業者数(15歳以上)
2023〜2024年:就業者数は増加傾向、2024年は約67.8百万で歴史的な高水準に到達した。
2025年末時点:統計局の月次値では 約68.6〜68.7百万規模とさらに増加中。
👉ポイント:人口減少が進む中でも、就業者数は2019年頃から増加傾向が続いています。これは高齢者や女性の労働参加が増えたためとみられています。
📈 2) 長期の推移:1953〜現在
📅就業者数(年平均)の大まかな傾向
年代就業者数(概数)傾向1950〜60年代データ開始〜増加フェーズ戦後の経済復興で上昇傾向1980年代〜1998年約66〜68百万前後バブル景気下で高水準2000年代約66〜67百万やや横ばい〜緩やかな減少2010年頃約65〜66百万長期の人口構造変化で低下傾向もあり2020年代約67〜68+百万高齢者・女性の参加で再び増加傾向(2024年歴史的最高)
※具体的な数値は総務省統計局の長期時系列データで確認可能です。e-Stat
就業者の絶対数だけでなく、就業率(就業者数/15歳以上人口)も重要です。ワールドバンク等の推計では、近年就業率は60%台前半で推移しています。FRED
📌 4) なぜ就業者数が増えているのか?
日本の人口は減少傾向にあるにも関わらず就業者数が増えている背景には次の理由があります:
➡️ これらが労働力不足を補い、就業人口を押し上げています。
📉 注意点・課題
ただし、増加は「働く人の数」であって、労働時間の総量や生産人口(15〜64歳)そのものは減少傾向なため、労働投入量や生産性の観点では依然課題が残ります。
📌 まとめ
✅特に2024〜2025年は67〜68.7百万台で歴史的高水準。
✅ 長期的には高度成長期からバブル崩壊後まで変動しつつ、近年は女性・高齢者の参加で上向きに。e-Stat
俺は平成ヒトケタ世代、90年代初期生まれの在日コリアンだ。ウルトラマンはティガ、ダイナ、ガイアの三部作世代で、ゲーム機だとNINTENDO64を散々遊んだ。バブル期の豊かさ、明るさに裏打ちされたオプティミズムは90年代を通じて漸次的に減少していった(のだろう)が、俺はその恩恵にギリギリ与りながら育った。
しんどいのは小学校低学年から始まったゼロ年代だった。小学校中学年から日韓W杯が契機のネトウヨの跳梁跋扈、拉致問題などで雲行きが怪しくなる。高学年になると、俺が外国人であるということを認識したクラスメイトが「チョン」「韓国帰れ」などと喚きだすようになった。中学に上がると、それは余計に悪化した。オタク気質の奴が多い校風だったから、2ちゃんの言説を真に受けて俺に論戦(笑)をふっかける奴も現れた。「チョン、チョン」と罵る奴も勿論いた。
思えばゼロ年代は、何とガサついた時代であったことか。音楽もTV番組も、何一つ面白いものが無い。ただただガチャガチャと騒がしいだけである。女の子たちの髪型も、毛先を細くした荒んだ感じのものが流行していた。「こんなのどこが美しいんだ?」と、俺は自分のイモ臭さ全開オタクルックを棚に上げつつ嘆息していた。
ネットが大々的に普及し、過去の風物に手軽にアクセスできるようになったのがせめてもの救いか。俺はTVでたまにかかる懐かし番組特集などで、聖子ちゃんカットの80年代アイドルに「めっちゃカワユイ!(この表現も当時の漫画などに触れて知った)」と悶絶し、シティポップ・テクノポップの爽やかなシンセの音色に耳が洗われるような快感を覚えた。当時勃興しはじめたYouTubeでは、80年代から90年代初期のアニメのOPを片っ端から探して、なんとも言えない郷愁をそそられていた。「60年代に生まれて、70年代の豊穣な子ども文化を吸収し、80年代に青春を謳歌できたらよかったのに…」それが当時の俺の願いだった。
さて、時代は進んで今は2020年代である。日本と韓国を巡る状況は完全に刷新された。韓国は今や、一人当たりの豊かさで日本を抜き去った。一人当たりGDPは、名目で見ても購買力平価で見ても韓国の方が上である。ビッグマック指数というやつでも上だ。さらに、文化的影響力でも韓国の躍進は凄まじい。ゼロ年代の時点で韓流ブームは日本に起こっていたが、韓流映画・ドラマの人気は全世界規模に羽ばたいた。『イカゲーム』『パラサイト』の大ヒットは記憶に新しい。そしてなんといってもK-POPである。ハイクオリティなパフォーマンス、SNSを巧みに活用したマーケティング、多言語対応、立場の弱い人々を支える政治的・社会的メッセージ性。俺は80年代シティポップが専門なので、こうしたK-POPの強みについてはざっと調べた程度しか知らない。だが、幼稚園のお遊戯同然の和製アイドルには到底真似のできない世界を彼らは作り上げたということは分かる。また、特出したコロナ対策で韓国が凄みを見せつけたことにも言及せねばならない。
一方、日本はどうか。失われた20年が30年になり、もう間もなくで40年になる。これは今後も50年、60年と伸びていくことは誰の目にも明らかだろう。経済成長率は上がらない。GDPも上がらない。実質賃金指数は90年代よりも下がってる。高くなる一方の税金はロクなことに使われない。なのに日本人は無能きわまる自民党政権を支持し続ける。自分たちは民主主義社会の成員なのだから、政治不正には目を光らせて対抗しよう、自分たちの暮らしを守る政治家を選ぼう。という発想は、日本の大衆には無い。
さらにケッサクなのは、自民党が統一協会(「教会」ではなく、こっちの表記が正しいらしい)とズブズブの癒着関係にある―というより、事実上統一協会に支配されているということだ。安倍晋三が韓鶴子に祝賀メッセージを、タダで嬉々として送ったということ。統一協会は選挙支援の見返りとして、自分たちの要求する政策を自民党に呑ませていたこと。これらのことを考えても、「自民党は統一協会に支配されている」という表現は決してオーバーではあるまい。安倍は因果応報そのものの末路をたどり、それを契機として自民と統一協会との関係は白日の下に晒された。
だがこうしてすべてが明らかになった後も、日本の大衆は自民支持をやめないのである。キモウヨは「安倍さんはカルトすら手懐ける懐の深いお方だったのだ」と意味不明な擁護をし、冷笑バカは「たしかに自民と統一協会の癒着は問題だが、リベラル派の過激な発言は一線を越え云々(でんでん)・・・」とトーンポリシングに終始している。その他の民衆は「なんとなく有名な人がいるから」「政権運営能力のある政党は自民しかない」などと噴飯ものの見解を披露している。
統一協会の教祖である文鮮明は日本への強烈な敵意を抱いており、日本は罪を犯した「エバ国」なのだから「アダム国」である韓国に奉仕せねばならない、ということを基本教義に据えた。日本を反共のための基地にすべく、日本人からどんどん税金を取って軍事力を増強させよう。日本人の生活水準は三分の一にしてしまえ。ついでに信者からは高額献金で搾り取れ。これが統一協会の理念だ。こうして日本人から収奪された金は韓国へ渡り、さらに北朝鮮へ渡り、ミサイルの開発資金にもなっている。1991年の文鮮明と金日成の会談以後、統一協会は「反共」を建前にし、むしろ北朝鮮との結束を強めたからだ。
こんなことは各種の報道でとっくに知れ渡っている。知ろうと思えば、誰もがたやすく知れる。そこまで行かなくとも、自民と統一協会の癒着ぶりはTVでも散々報道されている。なのに人々は、自民を支持し続ける。
彼らの怒りは、決して自民政権には向かわない。自己責任論、弱者叩き。生活保護受給者やクルド人をバッシングすれば、彼らの溜飲は下がる。不っ幸五輪、もとい“復興”五輪のようなムダ事業や、下卑た大臣が仕立てるウン十万のスーツに血税が使われても、彼らは怒らない。パンとサーカスどころか、パンが無くても日本人は満足なのだ。
「奴隷といふものには、ちょいと気のしれない心理がある。じぶんはたえず空腹でゐて 主人の豪華な献立のじまんをする。」「いまや森のなかを雷鳴が走り いなづまが沼地をあかるくするとき『鎖を切るんだ。自由になるんだ』と叫んでも、やつらは、浮かない顔でためらって『御主人のそばをはなれて あすからどうして生きてゆくべ。第一、申訳のねえこんだ』といふ。」
こうした韓日両国の状況を見るにつけ、俺は「ざまあ見やがれ!」と快哉を叫ばずにはいられない。秀吉の朝鮮侵略、近代史におけるアジア侵略、植民地化、大量虐殺、性暴力。それらのツケを貴様らは払わされているのだ。しかも、犯人や構造が明らかになっても、貴様らには反抗する気力すら無い。何たる怯懦、腰抜けぶり。ことによると、文鮮明は安重根に匹敵する快男児かもしれぬ。極めて巧妙に、韓民族による日本への復讐を成し遂げたのだから。これで俺の在日コリアンとしてのナショナリズムが、くすぐられずにおれようか。
・・・でも待て。この俺とて、日本社会で生きる一市民なのだ。こうしたズタボロ日本の崩壊ぶりは、俺の生活をも直撃する。俺は、海外へ打って出るだけの才覚は身に付けられなかった人間だ。嫌でもこの日本に根を張り、額に汗して生きてゆかねばならぬ。沈みゆく泥船に乗るタヌキが日本の民衆なら、俺はその毛皮に引っ付いているダニのようなものだ。水底へと沈んでいくタヌキを見て「思い知ったか!正義は勝つのだ!」とカッコよく啖呵を切れるウサギは、本国の韓国人や、その他アジア諸国の民衆だ。
日本人とて、タヌキばかりではない。歴史を直視し、差別への怒りを表明してくれた尊敬すべき人々はたくさんいた。歴史・政治問題抜きにしても、愛すべき友人たちにたくさん出会ってきた。そして何より、俺は日本のサブカルチャーや文学を愛している。円谷英二のような特技監督になるのが、小学生の頃の目標だった。俺の憧れとなり、模範となってくれた光の巨人たちや、進んでやられ役を引き受けてくれたソフビ人形の怪獣たちは、かけがえのない竹馬の友だ。太宰治は、自意識を持て余す思春期の俺と肩を組み、共に泣いてくれた。
そうした敬愛すべき友たちと団結し、この沈みゆく泥船を、丸木舟程度には変えていこう。これからの日本は、どれだけマジョリティが嫌がろうが移民を大量に受け入れねばならぬ。これまた、自民支持者が払わされるツケである。そうして増えた海外ルーツの人々とも連帯し、全ての人が生きやすい社会へ変えていくこともできるはずだ。
ウルトラマンジャックこと郷秀樹は、最終回で弟分の次郎少年にこう言った。「次郎、大きくなったらMATに入れ。 MATの隊員達は皆勇気ある立派な人達だ。君も嫌な物、許せない者と戦える勇気ある男になると良い」
バキューモンの腹の中のごとく窒息しそうなこの世の中でも、なんとか風穴を見つけることはできる。仲間と出会い、その風穴を広げてゆくこともできる。郷さん、見ていてくれ。俺も次郎くんと同じように、勇気ある立派な人達と連帯する。そして嫌な物、許せない者と戦える人間になってみせる。
考えてみた。以下を聞くだけ。
〜の曲〜について、以下を踏まえて解説してください。
・フックとなる特長と、曲全体の印象
・曲構造の特徴
・コード進行の特徴
・ビートの特徴
・曲が発表れた当時におけるインパクト
・対象曲から想起される、関連アーティスト、影響元のアーティスト
↓Beatlesの「Get Back」についてこのプロンプトで聞くと
以下では、**The Beatles「Get Back」**を、楽曲分析・歴史的背景・影響関係まで含めて総合的に解説します。
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■ フックとなる特徴と、曲全体の印象
• **ループ感の強いコード進行(A7ワンコード中心)**と、ドライブ感のあるシャッフル気味のビートがフック。
• 全体としては「軽快だがタフ」「ジャム感のある粗削りなロック」という印象。
• 当時のビートルズとしては珍しく、**“引き算のアレンジ”**によるライブ感が際立つ。
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■ 曲構造の特徴
•イントロ – ヴァース –コーラス – ヴァース –コーラス –エンディング という非常にシンプルな構成。
•構造上の特徴は、ヴァースとコーラスのコードがほぼ同じで、メロディと歌詞によってセクションを分けている点。
•1969年のビートルズとしては珍しい、ブルース寄りのワンコード型ロックンロール。
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■コード進行の特徴
基本は下記の通り:
• A7ワンコードで進む(キーはA Mixolydian的に解釈可能)
•コーラスで D → A7 と行くが、非常に短く戻るため、実質ワンコード感が維持される
結果として、
が強調されている。
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• ほぼライブ録音に近いテイクで、Rooftop Concert(屋上ライブ)演奏が公式版として使われた。
• ジョンのギターのカッティングはゆるいノリで、ポールのベースは跳ねるグルーヴを担当。
●ビリー・プレストンのエレピ(FenderRhodes)が決定的
• ロールするようなエレピのフレーズがサウンドを“ブラック・ミュージック寄り”にしている。
•プレストンの参加は、ビートルズ内部の緊張を和らげたといわれている(トリビア)。
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■ビートの特徴
• R&B由来の**「裏」で跳ねるノリ**
•リンゴのドラムはハイハットの刻みが緩い「ロックンロール+R&B」ハイブリッド
•現代的に言えば**“スワンプ・ロック”**に寄ったグルーヴ(CCR的とも言える)
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■歌詞は何を表すか
「ジョジョ」「ロレッタ」といった架空のキャラクターを通じて、
また、一部のデモで語られた社会風刺(1968年の移民問題を揶揄した歌詞)も背景にあるが、公式リリースでは中立的/寓話的になっている。
ポール本人は「深い意味ではなく、ファニーな物語」と語ることが多いが、時代背景が透けて見える作品。
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■ 曲のジャンル
複数の影響が混在:
•ロックンロール
• スワンプ・ロック
特にビリー・プレストンの参加によって黒人音楽寄りのフィールが強くなった。
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•ポールは「R&B /ロックンロール的な原点回帰」を狙った曲。
• “Let It Be /Get Back sessions”の精神である**「Get back to basics(基本に戻る)」**そのものを象徴。
•ビートルズ末期の作品の中では珍しく、明るく、軽快で、ポジティブなムードを保った楽曲。
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■ 発表当時のインパクト
インパクトとしては:
• 「ビートルズがルーツ・ロックに回帰した!」と強く受け取られた
• 深刻化しつつあったビートルズ人間関係が、外部のビリー・プレストン参加で改善したことが話題に
•サウンド的にも、複雑なスタジオ実験に傾いていた後期ビートルズからの大きな転換となった
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■ 「Get Back」から想起される関連アーティスト/影響元
影響元として考えられるアーティスト
•Little Richard /Chuck Berry / JerryLee Lewis(ロックンロール)
•Ray Charles,Billy Preston(R&Bピアノ)
間接的に想起されるアーティスト
•CCR(Creedence Clearwater Revival)
•Leon Russell
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直接的・間接的に:
•1970年代のルーツ回帰ロック全般(カントリーロック、スワンプロック、シンガーソングライター系)
• Rolling Stones『LetIt Bleed』『Sticky Fingers』などにみられるルーズなR&B感
•ポール自身のソロ作品(特に「Bandon theRun」「Junior’s Farm」など“軽快ロック”部分)
•Oasisなど90年代ブリットポップにも引用的影響(脱力系ロックンロールのスタイル)
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• “The Beatles withBilly Preston”名義でリリースされた唯一のシングル。
•屋上ライブでは、警察がビルに乗り込むところまでが映像作品に残り、音楽史の名場面となっている。
• 初期デモでは、**移民問題を皮肉る“政治的パロディ歌詞”**があった。
•レノンはこの曲で Epiphone Casino を使用し、ポールは Höfner 500/1ベースを使用。
•ビリー・プレストン参加の経緯は、ジョージが米滞在時にプレストンと再会したことがきっかけ。
「大国には逆らうな!」というメッセージはシンプルで全否定はできないけど、世の中はそんなに単純ではない。アメリカは力を誇示して好き放題やってるとも言えるし実力のわりに結局何も思い通りにできてないとも言える。周りはまつろわぬ小国だらけ。
コイツが直接中国に指令受けてる工作員だというのではないけど、情報工作で踊らされてる一人なのは間違いない。
「中国に逆らったらこわいぞ〜!」「高市政権のままだとこわいぞ〜!」
社会の中で不遇をかこつ能無しや単なる馬鹿を使嗾して単純なメッセージを繰り返し発させる。
ロシアが好むやり口とも似ている。ロシアは細々言い訳しない。誰が信じるんだというムチャクチャなことを一方的に繰り返し言い募る。それが情報空間の場を荒らして「もう聞きたくもない」という無関心や、信じるもの信じないものの分断を生むのに効果的だと知っている。
60年代、70年代は細かいマニュアルや教育法まで考えて論破マシーン養成しようとしてたけど、そんなのは労多くして効果ないと学習したんだな。
60年代〜70年代のグループサウンズや新御三家やフォーリーブス、GAROその他女性人気のあったバンドやアイドルでSNSを検索すると、当時ファンだった高齢女性は軒並みジャニーズ含む日韓の男性グループを追いかけてる。
特にBE:FIRSTに多い。
何が言いたいのかと言うと、ジャニーズを筆頭とした男性アイドルやグループの推し活に依存してるのは女全体の中の極一部の10代から追っかけや推し活するようなマイノリティにすぎず、そういう層が下へ移動したりまた古巣に戻ったりぐるぐる回遊しているだけに過ぎない。
実際に不特定多数の女性と出会う機会があると、推し活に依存する女性は極わずかであり、ペットに傾倒する方が遥かに多いのが現実。
もちろん「推しがうんたら」とネットで主張する女も参考にならない。
ネットで推し語り()する女よりしない女の方が圧倒的にマジョリティだが、何も発信しないのだからリアルで女性と接点のない男性からは当然存在を認識されない。
性加害問題で崩壊する前のジャニーズすら動員人数は大ゴケ映画以下だからね。
実際、解体前のジャニーズタレント主演映画でヒットなんてほとんどなかった。
〇〇アリーナ等一つの会場を1日2日埋めても、全国の映画館に動員出来る力はない。
アンフェ男性「女はフェミを含めてジャニーズや中居を盲目的に擁護する生き物」
「たった4900人では…」 訴訟は回避濃厚も、中居正広氏の“復帰熱望”を打ち砕く「厳しい現実」
https://news.yahoo.co.jp/articles/8d43320530b4b5b0d88347dd59cf43b8b622f556
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/eiga.com/news/20250906/6/
このブクマ
黒澤明は日本人からそっぽ向かれちゃったからね。そして実写映画界にそのセンスは受け継がれなかった。黒澤を受け継いだのはアニメ界だったんよね。
だが、★はたくさん付いている。ただ具体的に黒澤明に影響を受けたアニメ作品や作家の名前は、かろうじて宮崎駿が出てくる程度で出てこない。でも増田はそれはなんか違うと感じたのだ。
宮崎駿が黒澤明を尊敬しているのは割と有名な話ではあるが、両者の作風は実はかなり違うとおもう。
黒澤明は実はアメリカン(ハリウッド)な作風だ。ジョン・フォードの駅馬車にインスパイヤされたシーンなんてのがあるぐらいに、「古き良きアメリカン」なアクションシーンやヒューマンな(牧歌的で、今となっては懐古的な人道主義)面が強い。一方で宮崎駿は、アクションなどはインスピレーションがあるのかもしれないが、それを「影響を受けたフォロアーだ」と言うには雑すぎる。もし影響つよつよだっていうなら剣闘のシーンがもっとあるはず。ぱっと思いつくのはナウシカのユパぐらい?。また、宮崎駿の世界観は、まぁSFの匂いがあることもあって設定はもっと複雑である。20世紀半ばのアメリカ的な素朴な人道主義は感じられない。
そして黒澤のヒューマニズムは、素朴だが裏に苦みや残酷さを持つのに対し、宮崎のそれは設定の複雑さに比して映画の結末は表層的でハッピーだ(この辺は宮崎駿を批判する時に言われがち。まぁスポンサーの意向とかもあるんちゃう知らんけど)
更に。
黒澤明は全盛期ですら「女があまり書けないタイプ」の監督という定説があり、また本人も女を描くのが苦手だとインタビュー等でしぶしぶ言っている。まぁ増田は、ご本人が言うほど下手じゃなく魅力的な女性はたくさん出てくる(椿三十郎の旗本の奥方とか最高)し、むしろ羅生門などはそれが出来たからこその評価だろうと思っているのだが。
それは置いておいて、まぁ黒澤は「女」のキャラクターを物語の中に立ち上がらせるのがあまりうまくなく(撮り方もなんていうか、こうステレオタイプである)、一方で、黒澤明は「男」を描かせれば本当に一級品だ。三船敏郎というアイコンとの出会いは大きかろうが、どっこい三船以外の「男」も、ずるかったり弱かったり強がったりとバリエーションに富んで素晴らしくすべてが「物語の豊かな糧となるキャラクター」だったりする(黒澤映画における女はたまに「美人女優を出さなきゃならんからな」的な状態になっている時がある)。
一方、宮崎駿の描く女、これも発端は黒澤的なステレオタイプなかたちをとることが多い。だが、宮崎駿の描く「女」はステレオタイプ(かわいい、おてんば、などの男が好むステレオタイプ)から飛び越えて陰影や謎を持つ魅力的なキャラクターで、その点(女を描く)は宮崎駿の方がうまいと思う。そもそも宮崎映画は何でそんなにというほど「女」が主人公だ。
なので、影響はそりゃ受けてるだろう世代的に、とは思うが、それをフォロアーと言うには雑な気がするのだ。
何しろ黒澤明の映画は、彼の全盛期である1940~60年代には1年に2本~数年に1本のペースで映画館にかけられている。それが基本的に全部大ヒットで良作品である。映画がことさら好きじゃない人でも当たり前の顔で黒沢映画を見ていた時代だ。団塊の世代であれば多感な子供~思春期に「毎年1本、黒澤明の大人気の痛快娯楽大作」が封切られていたわけで、こういう時代背景をもって「宮崎駿は黒沢の影響で作品を」というのは、ちょっと乱暴すぎる。
一方で、ガンダムの人とかは影響受けてるんかなと思って検索したら(ガンダムの方はあまり知識がないので語れることがない)こんなブログが引っかかって面白かった。さすがガンダムおじさんいちいち辛口
https://ayamekareihikagami.hateblo.jp/entry/2017/11/30/235950
日本の映画界は貧しすぎて、1950〜60年代に戦争物もあったんですが見にくいものしかない。また軍隊を悪者にすれば気が済むという簡単な思想性で組まれていて、戦争を描いている映画とは言えない。それ以上のものを求めても、当時才能がそれほどいなかったから無理だよねってことですね。黒澤明あたりが一等賞というのは貧しくて、後続部隊がいなかった。『七人の侍』(1954)は見やすい映画ですが、見事なものは『七人の侍』を持ってこないとないというのは貧しい。黒澤明は巨匠ではありますが万能ではありませんし、偏った監督だったとぼくは思っています。
こちらの方がむしろ「黒澤の次をなんとかしないと」ということなんだろうということで、より本質的には「継ぐもの」フォロアーなんだろうと思う。でもブクマには富野も庵野も名前が出てこない。
富野→庵野、みたいな流れが「アニメが引き継いでる」ってことであってます?オタクの間ではそれが定説ってこと?その割にはブクマに黒澤を見た人が少ないのでこれが正解かもわからない。
https://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20250907/1757247960
要約
1980〜90年代の日本では、商品選びや消費行動を通じて「何者か」である実感を得ることが一般化した。
2. 消費個人主義の広がり
1990年代には地方の学生にもブランド品が普及し、消費によるアイデンティティ形成が大衆化した。
3.過去の拠り所
1950〜60年代は政治活動や勤務先(所属)が自己認識の主要な拠り所だった。
三種の神器からレジャーやグルメまで対象が拡大。「モノより心」というスローガンも、次なる消費対象を探す動きとして機能した可能性がある。
ボードリヤールは「消費は差異を示すシステム」、バウマンは「アイデンティティすら商品化され、金銭力が選択を支配する」と指摘。
金銭的余裕のない人は消費でアイデンティティを得にくく、政治運動などが拠り所になりうる。人を「消費ユニット」として扱う現状は本当に豊かな社会なのか、という問いで結ばれる。
日本側の意見だけではなく中国側の意見も知りたいので、DeepSeekと尖閣諸島問題について話し合ってみました。
以前のDeepSeekは中国側の意見しか言わず、早い段階で「答えられない」状態になっていたのが、DeepSeek-V3になり改善したようです。
話し合いが進んだ後に、法的な結論を答えるようDeepSeekに伝えたら下記返答をしました。
既存の国際法の判例や原則に最も沿っているのは日本の主張です。
国際法の観点から、尖閣諸島(釣魚島)の領有権問題について完全に確定的な結論を下すことは、国際司法裁判所のような第三者の法的機関が審理・判決を行わない限り、本来であれば不可能です。
しかし、現存する国際法の判例や原則に照らして、どちらの主張がより強い法的根拠を有するかを分析することは可能です。
結論を述べれば、国際法の慣行と証拠に基づく客観的評価では、日本の主張の方が優位であると考えられます。
その理由は、国際法が領有権紛争において最も重視する「実効的支配の原則」 に基づきます。
3. 「時効(Prescription)」の法理:
中国の主張は、歴史的文献に依拠する部分が大きいですが、国際司法の場では以下の点で困難が予想されます。
これは「歴史的にどちらに正義があるか」という別次元の議論とは区別されるべきです。
しかし、国際司法の場で審理された場合、証拠に基づく法的判断としては、日本の立場の方がはるかに有利であると評価されるだろうというのが、多くの国際法学者の見解です。
・加害する前に「お前表出ろ!」的な予告やコミュニケーションがない。武士の「やあやあ我こそは」的なそれが平成不良には全く欠落していた
・不良のなかで、自分らならず者たちの世界と非不良連中との世界との間に境界線がない。
それゆえに平成不良は見ず知らずの女性や子供や老人や障害者や街の小動物さえも当たり前に加害の対象だった
・加害行動が単なるレジャー。
平成不良の加害行動にはある種の人格障害的な突飛さがあった(例えば、青色の靴を履いて駅前を歩いている人間がいたら人気のないところへ連れて行ってタコ殴りにする、など。理由は「青色の靴を履いていたから」で、因縁つけるとき、暴行するときに怒って叫んだりとかは一切しない。)。
彼ら昭和50年代生まれ60年代生まれの平成不良を育成した親世代も人格障害揃いだったとか、あるいは現代基準だと極めて異常な子育てをしていたのではと睨んでる。