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はてなキーワード:60年代とは

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2026-02-11

anond:20260211132014

自分たちも軍備増強せざるを得ないのは、相手継続的軍拡してる状況だからなんだよね。

こっちだけが立ち止まってると、時間が経つほどバランスは崩れる。

そうなれば相手に「今なら現状変更できる」と思わせる余地生まれる。


ちなみにこういう軍拡競争の構造を掴んで「血を吐きながら続ける悲しいマラソン」と端的に表現してたのが60年代特撮ヒーロー番組

時代限界はあるが、子供向けの話としてバカにしたものでもないと思う。

Permalink |記事への反応(1) | 20:47

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ボトラー人権を取り戻したい

60年代フランク・ザッパのLet'smake the water turn blackという曲がまさにこれ

放課後にみんなで離れの物置に集まってポーカーをするんだけど

トイレまで行くのが面倒臭くて果実酒用のボトルにしてそのままにして

半年後に開けてみたら小さな生物ウヨウヨうごめいていたと……

Permalink |記事への反応(0) | 13:47

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2026-02-10

anond:20260210161048

60年代にありましたって?

じゃあ戦艦だってロシアの侵攻を止めた例があるんだから戦艦も作る?

Permalink |記事への反応(0) | 16:12

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2026-02-06

軍靴の音が聞こえるのまとめ

Permalink |記事への反応(1) | 21:33

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2026-01-30

AI既存曲をリメイクさせるやつって悪なの?

youtube見てたらオドループを60年代風にAI加工された動画が流れてきて俺はおもろいなーって肯定的気持ちになったんだけどこれって悪なのかな?

俺的にはremixみたいな見方をしてるんだけどどうなんだろう?

金銭的にどうこうって話ではなく倫理的な話で良い悪いが判断できないか意見を聞きたい。

Permalink |記事への反応(3) | 13:39

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2026-01-25

anond:20260125151857

選挙期間になると右派の方がせっせとエクストリーム自民党擁護につながる文章を書いていて笑うわ。

一見良い関係に見えるのは工作圧力が形作ったものだよ。事実ベース確認されていること。あなたが書いたファンタジージャンプコミックス的な友情物語じゃ無い。いい加減大人になって欲しい。

CIAによる資金提供政治工作

1990年代以降にアメリカ国務省による公式文書FRUS)公開によって明らかにされたけど、CIA戦後日本の政治に深く関与していたことが明らかになりました。

自民党への秘密献金:1950年代から60年代にかけて、CIA自由民主党(LDP)の親米派議員たちに多額の秘密資金を提供していました。これは日本における「安定した親米政権」を維持し、社会党などの左派勢力を抑え込むことが目的でした。

岸信介氏との関係:A級戦犯容疑者から首相へと上り詰めた岸信介氏は、アメリカにとって対共産圏の「防波堤」として不可欠な存在であり、緊密な協力関係にありました。

従属的独立:1951年サンフランシスコ平和条約と同時に、旧日米安保条約を締結。これにより、日本主権回復しつつも、実質的アメリカ軍事戦略に組み込まれることとなりました。

■.日米合同委員会:見えない統治機構現在も続いている。日米合同委員会日本の政治アメリカの強い影響下にあることを示す象徴的な枠組みです。日米地位協定運用など、軍事領空基地問題協議不透明議事録が非公開であり、国会よりも優先される決定がなされる場合がある。これにより、日本の航空管制権の一部(横田ラプコンなど)が依然として米軍に握られているといった、主権制限が続いています

経済軍事圧力良好な関係を維持する条件として、常にアメリカ国益に沿った譲歩が求められてきました。プラザ合意1985年):アメリカ貿易赤字解消のため、強引な円高へと誘導。これが後のバブル崩壊と「失われた30年」の遠因となったとの見方が強いです。

年次改革要望書:アメリカ政府が日本政府に対し、規制緩和市場開放を求めた要望書。郵政民営化などの構造改革にも強い影響を与えました。

日本が単なる「自由意志」でアメリカに従っているわけじゃない。戦後直後の構造的な「支配―被支配」の関係が続いているんだよ。

日本戦後80年経っても独立できないでいるアメリカ実質的傀儡政権政権を握る植民地みたいなもんなんだよ

Permalink |記事への反応(0) | 20:14

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2026-01-23

anond:20260123234041

増田さんの挙げた例は、どれも「最初は傍流・異端扱い → その後に主流化」ですが、主流として受け入れられた“型”がかなり共通しています

既存理論では説明しにくい観測事実アノマリー)が蓄積

② 新説が「定量的予測」や「決定的な検証テスト)」を提示

③ 追試・再現で生き残り、応用(技術・実務)で強固になる

④ その過程で「何が反証になりうるか」のルールが徐々に固まる

以下、各例で「何が決め手だったか」を短く整理します。

1)ニュートン万有引力が主流化した理由

決め手は「天体運動を一つの法則統一し、予測が当たった」ことです。

ニュートン力学と万有引力は、地上の落下と天体運動を同じ枠で扱える(統一性が強い)。

そして象徴的なのが、ニュートン理論を使ったハレー彗星回帰予測(1758年頃)で、実際に1758年末に観測され、ニュートン理論の有力な実証例として扱われました。

ここで重要なのは「それっぽい説明」ではなく、“いつ出るか”を事前に言える(予測可能性)が強かった点です。

2)熱力学第二法則が主流化した理由

決め手は「熱機関効率という工学的に検証される領域で、普遍的制約として働いた」ことです。

第二法則19世紀中頃にクラウジウスやケルヴィンらにより整理され、代表的には「熱は自発的に冷→温へは流れない」等の形で表現されました。

これは“哲学”ではなく、蒸気機関などの熱機関の性能限界(どんな工夫をしても超えられない上限)として現場で繰り返し確認され、理論の信頼を固めました。

まり第二法則は「実験室で一発」より、工学化学での再現性と有用性が、主流化を支えたタイプです。

3)原子論が主流化した理由

決め手は「原子実在すると仮定すると出る定量予測が、実験確認された」ことです。

19世紀末〜20世紀初頭まで、原子の“実在”には懐疑もありましたが、

アインシュタイン(1905)がブラウン運動原子分子)の運動に結びつけ、観測できる量(平均二乗変位など)に落とした。

その予測ペランらの実験で支持され、原子分子運動論が受け入れられる大きな契機になった、という整理が教科・解説論文で繰り返し語られています

ここは反証主義っぽく言うと、「観測できる指標への翻訳操作化)」が勝因です。

4)大陸移動説(→プレートテクトニクス)が主流化した理由

決め手は「メカニズム不在の弱点が、海底観測データで埋まり、“決定的テスト”が登場した」ことです。

ウェゲナー大陸移動説は「大陸の形が合う」「化石・地質が対応する」などの状況証拠はあった一方、動く仕組み(メカニズム)が弱く、北米などで強い反発がありました。

1950〜60年代に海底探査が進み、海嶺で新しい地殻が生まれ広がるという「海洋底拡大」的な絵が出てきた。

さら1963年前後海嶺の両側に地磁気の“縞模様(磁気異常の対称パターン)”が出るはずだ、という形で「科学テスト」が明確になり、これがプレートテクトニクス確立重要な一歩として整理されています

このケースは、まさに「傍流が主流へ」の典型で、“良い話”が勝ったのではなく、“測れる予測”が揃ってひっくり返った例です。

5)病原菌説(germtheory)が主流化した理由

決め手は「微生物存在感染→予防・治療成功」までが連結して再現されたことです。

パスツールやリスター、コッホらの仕事が「病原体病気を引き起こす」という枠組みの確立と受容に大きく貢献した、と整理されています

具体的には、パスツール実験が“自然発生”を否定微生物役割を示す方向で影響し、

コッホは炭疽菌などで「特定病気特定病原体」という因果実験で強く示しました(コッホの業績・方法論として説明されます)。

ここは理論の受容が、手洗い・消毒・衛生・ワクチン等の実務成果に直結し、主流化が加速したタイプです。

まとめ:増田さんの例が示す“主流化の条件”

増田さんの列挙は「傍流が主流になった」という点では正しいですが、より重要なのは

それらは “検証可能予測(あるいは反証条件)を固定し、外部データと追試に耐えた”から主流になった

という点です。

私がMMTに対して言っている「反証主義の土俵に乗れ」という要求は、まさにこの主流化パターン(=科学史の勝ち方)を踏まえたものになっています

Permalink |記事への反応(0) | 23:51

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anond:20260123233433

「主流派経済学反証主義的に“証明”されてきたか?」は、厳密には証明数学みたいに真を確定)ではなく、より現実に近い形でいうと

…という意味での「反証主義的な淘汰」です。

以下、主流派がどう“反証に耐える形”に進化してきたかを、代表例で整理します。

1)方法レベル反証可能な形に「落とす」こと自体を重視してきた

サミュエルソンは、理論を“操作可能(operational)な命題”=観測検証できる形に落とすことを強調した流れの中心人物として語られます

フリードマンは、(前提のリアリズムよりも)予測力を評価軸に置く「実証可能な含意で勝負する」方法論を強く打ち出しました。

ここがまず“反証主義っぽい”土台です(ただし、後述の通り経済学は補助仮説が多く、純粋ポパー型の運用は難しい)。

2)マクロ典型例:フィリップス曲線の「単純な政策トレードオフ」は壊れた

1950〜60年代に「失業率を下げるとインフレが上がる」ような安定関係が“政策メニュー”として扱われましたが、のちに

期待インフレを入れた「期待修正フィリップス曲線」へ

長期ではトレードオフが成り立たない(自然失業率/NAIRU)方向へ

という更新が起きますフリードマン1968年講演が、期待を組み込む方向に大きな影響を与えた、という整理は一次資料研究史確認できます

また1970年代経験が、この見方を後押しした、という研究史的整理もあります

要するにここは、「古い単純形が反証説明不能)に晒され、修正された」例です。

3)ルーカス批判政策が変わると推計式も変わる、という“反証の形”を導入した

ルーカス批判は、「過去経験則(縮約形)をそのまま政策評価に使うのは危ない。政策が変われば人々の意思決定(期待)が変わり、推計式のパラメータが不変でなくなる」という主張です。

この主張自体も、のちに実証的に検討テスト)される対象になっています

この流れが、マクロを「ミクロ基礎(最適化・期待)」を持つ構造モデルへ寄せる大きな動機になりました。

4) DSGEなど“構造モデル”は、透明性と検証可能性を上げる方向で発展した

DSGEは強い仮定批判され続けていますが、「政策変更の効果を、前提・メカニズムを開示した上で評価する枠組み」として中銀・研究で中心的に使われてきた、という位置づけは一次資料でも見られます

同時に、危機後の批判や改良も含めて「適用可能性・限界」を体系的に検討する研究も積み上がっています

ここでの“反証主義”は、「このモデルが真」ではなく、競合モデルと比べて予測政策評価整合性がどれだけ良いかで生き残る、という競争です。

5)ミクロ実証いちばん反証主義が“制度として”強く働いたのはここ(信用革命

近年の主流派の強さは、むしろミクロ因果推論で顕著です。

これはまさに、「この推定因果だ」という主張が、設計の穴を突かれて反証される/改善される、という反証主義制度運用です。

6) じゃあ主流派は“ポパー型にきれい反証”されてきたのか?

ここは正直に言うと きれいはいきません。理由典型的に

ので、単発で「はい反証理論死亡」とはならず、部分修正モデル更新になりやすい。

それでも主流派が“反証主義的に強い”と言われるのは、上で見たように

という⭐「負け方のルール」が共有されているからです。




流派がやってきたのは「理論の核を固定し、反証条件を明確化し、方法論を更新し続けて生存してきた」という歴史です。

からMMTが“学界で対抗可能理論”として評価されたいなら、同じ土俵

必要です

Permalink |記事への反応(0) | 23:37

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2026-01-20

anond:20260120182729

その映画は、2020年に公開された「ザ・バンカー(The Banker)」ですね。

Apple TV+のオリジナル映画として製作された、実話に基づいた物語です。

主な特徴は以下の通りです。

・あらすじ 1.数学の才能があるバーナード・ギャレットと、派手な実業家ジョーモリスがタッグを組む。 2.白人労働者マット・ステイナーを雇い、彼を「会社の顔(社長)」に仕立て上げる。 3.バーナードたちは掃除夫や運転手のふりをしてマットに指示を出し、黒人居住区不動産を次々と買収していく。 4. 最終的には、黒人融資を受けられるように自分たち銀行を買収する。

キャストバーナード役:アンソニー・マッキー(「アベンジャーズシリーズのファルコン役など)ジョー役:サミュエル・L・ジャクソン(「パルプ・フィクション」など) マット役:ニコラス・ホルト(「マッドマックス 怒りのデス・ロード」など)

人種差別が激しい1950年代から60年代舞台に、知略でシステムをハックしていく痛快さと、当時の理不尽差別の厳しさが描かれた非常に見応えのある作品です。

この映画特定のシーンや、その後の展開についても詳しくお話しましょうか?

Permalink |記事への反応(0) | 20:34

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2026-01-03

日本就業人口

📊 1) 最新の就業者数の動向(2020年代

まずは直近の動きから

✅ 近年の就業者数(15歳以上)

2022年:約67.23百万(年平均)

20232024年就業者数は増加傾向、2024年は約67.8百万で歴史的高水準に到達した。

2025年末時点:統計局の月次値では 約68.6〜68.7百万規模とさらに増加中。

👉ポイント人口減少が進む中でも、就業者数は2019年から増加傾向が続いています。これは高齢者女性労働参加が増えたためとみられています

📈 2) 長期の推移:1953〜現在

📅就業者数(年平均)の大まかな傾向

※以下は統計局の長期データ及び世界銀行等の推計より整理

年代就業者数(概数)傾向1950〜60年代データ開始〜増加フェーズ戦後経済復興で上昇傾向1980年代1998年約66〜68百万前後バブル景気下で高水2000年代約66〜67百万やや横ばい〜緩やかな減少2010年頃約65〜66百万長期の人口構造変化で低下傾向もあり2020年代約67〜68+百万高齢者女性の参加で再び増加傾向(2024年歴史的最高)

※具体的な数値は総務省統計局の長期時系列データ確認可能です。e-Stat

📌 3)就業率の変化(人口に占める割合

就業者絶対数だけでなく、就業率(就業者数/15歳以上人口)も重要です。ワールドバンク等の推計では、近年就業率は60%台前半で推移しています。FRED

📌 4) なぜ就業者数が増えているのか?

日本人口は減少傾向にあるにも関わらず就業者数が増えている背景には次の理由があります

女性活躍の進展(女性就業者数の増加)

高齢者労働参加の増加(65歳以上の就業者も増加)

➡️ これらが労働力不足を補い、就業人口を押し上げています

📉 注意点・課題

ただし、増加は「働く人の数」であって、労働時間の総量や生産人口(15〜64歳)そのものは減少傾向なため、労働投入量や生産性の観点では依然課題が残ります

📌 まとめ

日本就業者数は、人口減少にも関わらず近年増加傾向。

特に2024〜2025年は67〜68.7百万台で歴史的高水準。

✅ 長期的には高度成長期からバブル崩壊後まで変動しつつ、近年は女性高齢者の参加で上向きに。e-Stat

必要であれば、年代ごとの具体的な数値表やグラフ化も作成できます。ご希望があれば教えてください。

Permalink |記事への反応(0) | 17:53

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2025-12-30

いち在日コリアンとして、沈みゆ日本を想う

俺は平成ヒトケタ世代90年代初期生まれ在日コリアンだ。ウルトラマンティガダイナ、ガイア三部作世代で、ゲーム機だとNINTENDO64を散々遊んだバブル期の豊かさ、明るさに裏打ちされたオプティミズム90年代を通じて漸次的に減少していった(のだろう)が、俺はその恩恵ギリギリ与りながら育った。

くたばれゼロ年代、憧れちゃうんだ80年代

しんどいのは小学校低学年から始まったゼロ年代だった。小学校中学から日韓W杯が契機のネトウヨの跳梁跋扈拉致問題などで雲行きが怪しくなる。高学年になると、俺が外国人であるということを認識したクラスメイト「チョン」韓国帰れ」などと喚きだすようになった。中学に上がると、それは余計に悪化した。オタク気質の奴が多い校風だったから、2ちゃんの言説を真に受けて俺に論戦(笑)をふっかける奴も現れた。「チョン、チョン」と罵る奴も勿論いた。

思えばゼロ年代は、何とガサついた時代であったことか。音楽TV番組も、何一つ面白いものが無い。ただただガチャガチャと騒がしいだけである女の子たちの髪型も、毛先を細くした荒んだ感じのもの流行していた。「こんなのどこが美しいんだ?」と、俺は自分のイモ臭さ全開オタクルックを棚に上げつつ嘆息していた。

ネットが大々的に普及し、過去の風物に手軽にアクセスできるようになったのがせめてものいか。俺はTVでたまにかかる懐かし番組特集などで、聖子ちゃんカット80年代アイドルに「めっちゃカワユイ!(この表現も当時の漫画などに触れて知った)」と悶絶し、シティポップ・テクノポップの爽やかなシンセ音色に耳が洗われるような快感を覚えた。当時勃興しはじめたYouTubeでは、80年代から90年代初期のアニメOPを片っ端から探して、なんとも言えない郷愁をそそられていた。「60年代に生まれて、70年代の豊穣な子ども文化を吸収し、80年代青春謳歌できたらよかったのに…」それが当時の俺の願いだった。

キモウヨ諸君、NDK(死語)**

さて、時代は進んで今は2020年代である日本韓国を巡る状況は完全に刷新された。韓国は今や、一人当たりの豊かさで日本を抜き去った。一人当たりGDPは、名目で見ても購買力平価で見ても韓国の方が上であるビッグマック指数というやつでも上だ。さらに、文化的影響力でも韓国の躍進は凄まじい。ゼロ年代の時点で韓流ブーム日本に起こっていたが、韓流映画ドラマの人気は全世界規模に羽ばたいた。『イカゲーム』『パラサイト』の大ヒットは記憶に新しい。そしてなんといってもK-POPであるハイクオリティパフォーマンスSNSを巧みに活用したマーケティング、多言語対応立場の弱い人々を支える政治的社会的メッセージ性。俺は80年代シティポップが専門なので、こうしたK-POPの強みについてはざっと調べた程度しか知らない。だが、幼稚園のお遊戯同然の和製アイドルには到底真似のできない世界を彼らは作り上げたということは分かる。また、特出したコロナ対策韓国が凄みを見せつけたことにも言及せねばならない。

一方、日本はどうか。失われた20年が30年になり、もう間もなくで40年になる。これは今後も50年、60年と伸びていくことは誰の目にも明らかだろう。経済成長率は上がらない。GDPも上がらない。実質賃金指数90年代よりも下がってる。高くなる一方の税金はロクなことに使われない。なのに日本人は無能きわまる自民党政権を支持し続ける。自分たちは民主主義社会の成員なのだから政治不正には目を光らせて対抗しよう、自分たちの暮らしを守る政治家を選ぼう。という発想は、日本大衆には無い。

さらにケッサクなのは自民党統一協会(「教会」ではなく、こっちの表記が正しいらしい)とズブズブの癒着関係にある―というより、事実上統一協会支配されているということだ。安倍晋三韓鶴子に祝賀メッセージを、タダで嬉々として送ったということ。統一協会選挙支援の見返りとして、自分たちの要求する政策自民党に呑ませていたこと。これらのことを考えても、「自民党統一協会支配されている」という表現は決してオーバーではあるまい。安倍因果応報のものの末路をたどり、それを契機として自民統一協会との関係は白日の下に晒された。

だがこうしてすべてが明らかになった後も、日本大衆自民支持をやめないのであるキモウヨは「安倍さんはカルトすら手懐ける懐の深いお方だったのだ」と意味不明擁護をし、冷笑バカは「たしか自民統一協会癒着問題だが、リベラル派の過激発言は一線を越え云々(でんでん)・・・」とトーンポリシングに終始している。その他の民衆は「なんとなく有名な人がいるから」「政権運営能力のある政党自民しかない」などと噴飯もの見解披露している。

奴隷根性の唄

統一協会教祖である文鮮明日本への強烈な敵意を抱いており、日本は罪を犯した「エバ国」なのだからアダム国」である韓国奉仕せねばならない、ということを基本教義に据えた。日本反共のための基地にすべく、日本からどんどん税金を取って軍事力を増強させよう。日本人の生活水準は三分の一にしてしまえ。ついでに信者からは高額献金で搾り取れ。これが統一協会理念だ。こうして日本から収奪された金は韓国渡りさら北朝鮮渡りミサイルの開発資金にもなっている。1991年文鮮明と金日成の会談以後、統一協会は「反共」を建前にし、むしろ北朝鮮との結束を強めたからだ。

こんなことは各種の報道でとっくに知れ渡っている。知ろうと思えば、誰もがたやすく知れる。そこまで行かなくとも、自民統一協会癒着ぶりはTVでも散々報道されている。なのに人々は、自民を支持し続ける。

彼らの怒りは、決して自民政権には向かわない。自己責任論、弱者叩き。生活保護受給者クルド人バッシングすれば、彼らの溜飲は下がる。不っ幸五輪、もとい“復興五輪のようなムダ事業や、下卑た大臣が仕立てるウン十万のスーツ血税が使われても、彼らは怒らない。パンとサーカスどころか、パンが無くても日本人は満足なのだ

奴隷といふものには、ちょいと気のしれない心理がある。じぶんはたえず空腹でゐて 主人の豪華な献立のじまんをする。」「いまや森のなかを雷鳴が走り いなづまが沼地をあかるくするとき『鎖を切るんだ。自由になるんだ』と叫んでも、やつらは、浮かない顔でためらって『御主人のそばをはなれて あすからどうして生きてゆくべ。第一、申訳のねえこんだ』といふ。」

金子光晴の「奴隷根性の唄」そのものである

こうした韓日両国の状況を見るにつけ、俺は「ざまあ見やがれ!」と快哉を叫ばずにはいられない。秀吉朝鮮侵略近代史におけるアジア侵略植民地化、大量虐殺、性暴力。それらのツケを貴様らは払わされているのだ。しかも、犯人構造が明らかになっても、貴様らには反抗する気力すら無い。何たる怯懦、腰抜けぶり。ことによると、文鮮明安重根匹敵する快男児かもしれぬ。極めて巧妙に、韓民族による日本への復讐を成し遂げたのだから。これで俺の在日コリアンとしてのナショナリズムが、くすぐられずにおれようか。

しかし俺とて、日本社会の一員

・・・でも待て。この俺とて、日本社会で生きる一市民なのだ。こうしたズタボロ日本崩壊ぶりは、俺の生活をも直撃する。俺は、海外へ打って出るだけの才覚は身に付けられなかった人間だ。嫌でもこの日本に根を張り、額に汗して生きてゆかねばならぬ。沈みゆく泥船に乗るタヌキが日本民衆なら、俺はその毛皮に引っ付いているダニのようなものだ。水底へと沈んでいくタヌキを見て「思い知ったか正義は勝つのだ!」とカッコよく啖呵を切れるウサギは、本国韓国人や、その他アジア諸国の民衆だ。

日本人とて、タヌキばかりではない。歴史直視し、差別への怒りを表明してくれた尊敬すべき人々はたくさんいた。歴史政治問題抜きにしても、愛すべき友人たちにたくさん出会ってきた。そして何より、俺は日本サブカルチャー文学を愛している。円谷英二のような特技監督になるのが、小学生の頃の目標だった。俺の憧れとなり、模範となってくれた光の巨人たちや、進んでやられ役を引き受けてくれたソフビ人形怪獣たちは、かけがえのない竹馬の友だ。太宰治は、自意識を持て余す思春期の俺と肩を組み、共に泣いてくれた。

そうした敬愛すべき友たちと団結し、この沈みゆく泥船を、丸木舟程度には変えていこう。これから日本は、どれだけマジョリティが嫌がろうが移民を大量に受け入れねばならぬ。これまた、自民支持者が払わされるツケである。そうして増えた海外ルーツの人々とも連帯し、全ての人が生きやす社会へ変えていくこともできるはずだ。

ウルトラマンジャックこと郷秀樹は、最終回で弟分の次郎少年にこう言った。「次郎、大きくなったらMATに入れ。 MATの隊員達は皆勇気ある立派な人達だ。君も嫌な物、許せない者と戦える勇気ある男になると良い」

キューモンの腹の中のごとく窒息しそうなこの世の中でも、なんとか風穴を見つけることはできる。仲間と出会い、その風穴を広げてゆくこともできる。郷さん、見ていてくれ。俺も次郎くんと同じように、勇気ある立派な人達連帯する。そして嫌な物、許せない者と戦える人間になってみせる。

Permalink |記事への反応(0) | 01:21

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2025-11-29

音楽オタクになるなめのプロンプト

考えてみた。以下を聞くだけ。

 

〜の曲〜について、以下を踏まえて解説してください。

・フックとなる特長と、曲全体の印象

・曲構造の特徴

コード進行の特徴

演奏音響の特徴

ビートの特徴

歌詞は何を表すか(歌詞がある場合

・曲のジャンル複数ジャンルの影響がある場合複数挙げる)

アーティスト作曲者)の作品の中で、どういった位置付けか

・曲が発表れた当時におけるインパクト

対象から想起される、関連アーティスト、影響元のアーティスト

対象曲が直接、間接的に影響を与えた作品

・曲に関連したトリビア豆知識

 

Beatlesの「Get Back」についてこのプロンプトで聞くと

 

以下では、**The BeatlesGet Back」**を、楽曲分析歴史的背景・影響関係まで含めて総合的に解説します。

■ フックとなる特徴と、曲全体の印象

• **ループ感の強いコード進行(A7ワンコード中心)**と、ドライブ感のあるシャッフル気味のビートがフック。

• 全体としては「軽快だがタフ」「ジャム感のある粗削りなロック」という印象。

• 当時のビートルズとしては珍しく、**“引き算のアレンジ”**によるライブ感が際立つ。

■ 曲構造の特徴

イントロ – ヴァース –コーラス – ヴァース –コーラスエンディング という非常にシンプル構成

構造上の特徴は、ヴァースとコーラスコードがほぼ同じで、メロディ歌詞によってセクションを分けている点。

1969年ビートルズとしては珍しい、ブルース寄りのワンコード型ロックンロール。

コード進行の特徴

基本は下記の通り:

• A7ワンコードで進む(キーはA Mixolydian的に解釈可能

コーラスで D → A7 と行くが、非常に短く戻るため、実質ワンコード感が維持される

ブリッジ的な明確な対比セクションは存在しない

結果として、

ループ感/ジャム

ファンクの萌芽的手法ワンコードでのグルーヴ勝負

が強調されている。

演奏音響の特徴

バンド演奏の生々しさが強調

• ほぼライブ録音に近いテイクで、Rooftop Concert(屋上ライブ演奏公式版として使われた。

• ジョンのギターのカッティングはゆるいノリで、ポールベースは跳ねるグルーヴ担当

ビリー・プレストンのエレピ(FenderRhodes)が決定的

• ロールするようなエレピのフレーズサウンドを“ブラックミュージック寄り”にしている。

プレストンの参加は、ビートルズ内部の緊張を和らげたといわれている(トリビア)。

ミキシングルーム感強め

• “Let It Beセッション特有のざらついた音像。

60年代後半のビートルズとしては「未加工」感が強い。

ビートの特徴

• ややスウィングシャッフルした8ビート

• R&B由来の**「裏」で跳ねるノリ**

リンゴドラムハイハットの刻みが緩い「ロックンロール+R&B」ハイブリッド

現代的に言えば**“スワンプ・ロック”**に寄ったグルーヴCCR的とも言える)

歌詞は何を表すか

ジョジョ」「ロレッタ」といった架空キャラクターを通じて、

自分の原点に戻れ(Get Back)

• 都会の混乱・多文化化の中で“ルーツ”を探せ

といった寓話テーマが描かれる。

また、一部のデモで語られた社会風刺1968年移民問題揶揄した歌詞)も背景にあるが、公式リリースでは中立的寓話的になっている。

ポール本人は「深い意味ではなく、ファニーな物語」と語ることが多いが、時代背景が透けて見える作品

■ 曲のジャンル

複数の影響が混在:

ロックンロール

• R&B /ソウル

• スワンプ・ロック

カントリーロック

ブリティッシュロック ×アメリカ南部音楽ミックス

特にビリー・プレストンの参加によって黒人音楽寄りのフィールが強くなった。

アーティスト作曲者)の作品の中での位置づけ

ポールは「R&B /ロックンロール的な原点回帰」を狙った曲。

• “Let It Be /Get Back sessions”の精神である**「Get back to basics(基本に戻る)」**そのもの象徴

ビートルズ末期の作品の中では珍しく、明るく、軽快で、ポジティブムードを保った楽曲

■ 発表当時のインパクト

1969年チャート1位(英米)。

インパクトとしては:

• 「ビートルズがルーツロック回帰した!」と強く受け取られた

• 深刻化しつつあったビートルズ人間関係が、外部のビリー・プレストン参加で改善したこと話題

サウンド的にも、複雑なスタジオ実験に傾いていた後期ビートルズからの大きな転換となった

■ 「Get Back」から想起される関連アーティスト/影響元

影響元として考えられるアーティスト

Little Richard /Chuck Berry / JerryLee Lewis(ロックンロール)

Ray Charles,Billy Preston(R&Bピアノ

• Band(ザ・バンド)のアーシーなルーツロック

• Rolling StonesのR&B寄り路線

間接的に想起されるアーティスト

CCR(Creedence Clearwater Revival)

• Delaney & Bonnie

Leon Russell

いわゆるアメリカ南部ロック/スワンプロックの波と共振

対象曲が影響を与えた作品

直接的・間接的に:

1970年代ルーツ回帰ロック全般カントリーロック、スワンプロック、シンガーソングライター系)

• Rolling Stones『LetIt Bleed』『Sticky Fingers』などにみられるルーズなR&B感

ポール自身ソロ作品特に「Bandon theRun」「Junior’s Farm」など“軽快ロック”部分)

Oasisなど90年代ブリットポップにも引用的影響(脱力ロックンロールのスタイル

■ 曲に関連するトリビア豆知識

• “The Beatles withBilly Preston”名義でリリースされた唯一のシングル

屋上ライブでは、警察ビルに乗り込むところまでが映像作品に残り、音楽史の名場面となっている。

• 初期デモでは、**移民問題皮肉る“政治的パロディ歌詞”**があった。

レノンはこの曲で Epiphone Casino を使用し、ポールは Höfner 500/1ベース使用

ビリー・プレストン参加の経緯は、ジョージが米滞在時にプレストンと再会したこときっかけ。

マッカートニーは「最初ジョークとして作った」と語っており、深刻なメッセージソングではない。

Permalink |記事への反応(1) | 10:55

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2025-11-19

anond:20251118224853

大国には逆らうな!」というメッセージシンプル全否定はできないけど、世の中はそんなに単純ではない。アメリカは力を誇示して好き放題やってるとも言えるし実力のわりに結局何も思い通りにできてないとも言える。周りはまつろわぬ小国だらけ。

コイツが直接中国に指令受けてる工作員だというのではないけど、情報工作で踊らされてる一人なのは間違いない。

中国に逆らったらこわいぞ〜!」「高市政権のままだとこわいぞ〜!」

社会の中で不遇をかこつ能無しや単なる馬鹿使嗾して単純なメッセージを繰り返し発させる。

ロシアが好むやり口とも似ている。ロシアは細々言い訳しない。誰が信じるんだというムチャクチャなことを一方的に繰り返し言い募る。それが情報空間の場を荒らして「もう聞きたくもない」という無関心や、信じるもの信じないものの分断を生むのに効果的だと知っている。

60年代70年代は細かいマニュアル教育法まで考えて論破マシーン養成しようとしてたけど、そんなのは労多くして効果ないと学習したんだな。

Permalink |記事への反応(1) | 13:05

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2025-11-18

anond:20251118012922

お、なんか追加してきたので

MLKが60年代だよ

それ以前は色つきはバスの同じ場所に乗るなって時代

君がいくつか知らないけど最低20代大人なら君のお父さんお母さんの時代でさえ色つきはそれ

おじいさんおばあさんの時代人間未満で猿に近いとか言われてたときだよ

ひいじいさんひいばあさんの時は日本首相だってガチ奴隷として売られた経験がある時代

色つきなんかそんなもんだよ

フィリピンと同じ扱いを受けるわけがない!というのは選民民族優越意識があるのでは?

Permalink |記事への反応(1) | 09:58

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2025-11-05

限界アンチフェミ男性「女はみんな推し活に依存している、ジャニーズというだけで全ての女が擁護する」

60年代70年代グループサウンズ新御三家フォーリーブスGAROその他女性人気のあったバンドアイドルSNS検索すると、当時ファンだった高齢女性は軒並みジャニーズ含む日韓男性グループを追いかけてる。

特にBE:FIRSTに多い。

GAROの誰それが好きだったという話題で盛り上がっていた。

何が言いたいのかと言うと、ジャニーズを筆頭とした男性アイドルグループ推し活に依存してるのは女全体の中の極一部の10から追っかけや推し活するようなマイノリティにすぎず、そういう層が下へ移動したりまた古巣に戻ったりぐるぐる回遊しているだけに過ぎない。

実際に不特定多数女性出会う機会があると、推し活に依存する女性は極わずかであり、ペットに傾倒する方が遥かに多いのが現実

ホスト推し貢ぐ為の風俗嬢は全く参考にならない。

もちろん「推しがうんたら」とネットで主張する女も参考にならない。

ネット推し語り()する女よりしない女の方が圧倒的にマジョリティだが、何も発信しないのだからリアル女性と接点のない男性からは当然存在認識されない。

性加害問題崩壊する前のジャニーズすら動員人数は大ゴケ映画以下だからね。

実際、解体前のジャニーズタレント主演映画でヒットなんてほとんどなかった。

〇〇アリーナ等一つの会場を1日2日埋めても、全国の映画館に動員出来る力はない。

もちろん視聴率に換算しても1%に満たない。

アンフェ男性「女はフェミを含めてジャニーズ中居盲目的に擁護する生き物」

現実ネット署名ですら集まら

「たった4900人では…」 訴訟回避濃厚も、中居正広氏の“復帰熱望”を打ち砕く「厳しい現実

10/11(土)11:00配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/8d43320530b4b5b0d88347dd59cf43b8b622f556

Permalink |記事への反応(1) | 09:32

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2025-09-29

anond:20250929220713

トキワ荘に関わってた人間という「トキワ荘ボーナス」みたいな面はあるにせよ「二次的」以上の存在感はあるんじゃないかと思うが

寺田ヒロオとは何だったのか」論争みたいなのは数年おきに出てるし戦後漫画黎明期スポーツ漫画の創生みたいなことはしたわけで

論争に加わる全員が寺田ヒロオ作品を読んでるとか60年代漫画に詳しいというわけではないにせよ

Permalink |記事への反応(0) | 22:15

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2025-09-08

結局どんなアニメ黒澤明を受け継いだのかわからなかった

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/eiga.com/news/20250906/6/

このブクマ

黒澤明日本人からそっぽ向かれちゃったからね。そして実写映画界にそのセンスは受け継がれなかった。黒澤を受け継いだのはアニメ界だったんよね。

この根拠いまいちからない。

だが、★はたくさん付いている。ただ具体的に黒澤明に影響を受けたアニメ作品作家名前は、かろうじて宮崎駿が出てくる程度で出てこない。でも増田はそれはなんか違うと感じたのだ。

宮崎駿黒澤明尊敬しているのは割と有名な話ではあるが、両者の作風は実はかなり違うとおもう。

黒澤明は実はアメリカンハリウッド)な作風だ。ジョン・フォード駅馬車インスパイヤされたシーンなんてのがあるぐらいに、「古き良きアメリカン」なアクションシーンやヒューマンな(牧歌的で、今となっては懐古的な人道主義)面が強い。一方で宮崎駿は、アクションなどはインスピレーションがあるのかもしれないが、それを「影響を受けたフォロアーだ」と言うには雑すぎる。もし影響つよつよだっていうなら剣闘のシーンがもっとあるはず。ぱっと思いつくのはナウシカのユパぐらい?。また、宮崎駿世界観は、まぁSF匂いがあることもあって設定はもっと複雑である20世紀半ばのアメリカ的な素朴な人道主義は感じられない。

そして黒澤のヒューマニズムは、素朴だが裏に苦みや残酷さを持つのに対し、宮崎のそれは設定の複雑さに比して映画の結末は表層的でハッピーだ(この辺は宮崎駿批判する時に言われがち。まぁスポンサー意向とかもあるんちゃう知らんけど)

更に。

黒澤明は全盛期ですら「女があまり書けないタイプ」の監督という定説があり、また本人も女を描くのが苦手だとインタビュー等でしぶしぶ言っている。まぁ増田は、ご本人が言うほど下手じゃなく魅力的な女性はたくさん出てくる(椿三十郎旗本奥方とか最高)し、むしろ羅生門などはそれが出来たからこその評価だろうと思っているのだが。

それは置いておいて、まぁ黒澤は「女」のキャラクター物語の中に立ち上がらせるのがあまりうまくなく(撮り方もなんていうか、こうステレオタイプである)、一方で、黒澤明は「男」を描かせれば本当に一級品だ。三船敏郎というアイコンとの出会いは大きかろうが、どっこい三船以外の「男」も、ずるかったり弱かったり強がったりとバリエーションに富んで素晴らしくすべてが「物語の豊かな糧となるキャラクター」だったりする(黒澤映画における女はたまに「美人女優を出さなきゃならんからな」的な状態になっている時がある)。

一方、宮崎駿の描く女、これも発端は黒澤的なステレオタイプなかたちをとることが多い。だが、宮崎駿の描く「女」はステレオタイプかわいい、おてんば、などの男が好むステレオタイプから飛び越えて陰影や謎を持つ魅力的なキャラクターで、その点(女を描く)は宮崎駿の方がうまいと思う。そもそも宮崎映画は何でそんなにというほど「女」が主人公だ。

なので、影響はそりゃ受けてるだろう世代的に、とは思うが、それをフォロアーと言うには雑な気がするのだ。

しろ黒澤明映画は、彼の全盛期である1940~60年代には1年に2本~数年に1本のペースで映画館にかけられている。それが基本的に全部大ヒットで良作品である映画がことさらきじゃない人でも当たり前の顔で黒沢映画を見ていた時代だ。団塊の世代であれば多感な子供~思春期に「毎年1本、黒澤明大人気の痛快娯楽大作」が封切られていたわけで、こういう時代背景をもって「宮崎駿黒沢の影響で作品を」というのは、ちょっと乱暴すぎる。

一方で、ガンダムの人とかは影響受けてるんかなと思って検索したら(ガンダムの方はあまり知識がないので語れることがない)こんなブログが引っかかって面白かった。さすがガンダムおじさんいちいち辛口

https://ayamekareihikagami.hateblo.jp/entry/2017/11/30/235950

日本映画界は貧しすぎて、1950〜60年代戦争物もあったんですが見にくいものしかない。また軍隊悪者にすれば気が済むという簡単思想性で組まれていて、戦争を描いている映画とは言えない。それ以上のものを求めても、当時才能がそれほどいなかったから無理だよねってことですね。黒澤明あたりが一等賞というのは貧しくて、後続部隊がいなかった。『七人の侍』(1954)は見やす映画ですが、見事なものは『七人の侍』を持ってこないとないというのは貧しい。黒澤明巨匠ではありますが万能ではありませんし、偏った監督だったとぼくは思っています

こちらの方がむしろ「黒澤の次をなんとかしないと」ということなんだろうということで、より本質的には「継ぐもの」フォロアーなんだろうと思う。でもブクマには富野庵野名前が出てこない。

富野庵野、みたいな流れが「アニメが引き継いでる」ってことであってますオタクの間ではそれが定説ってこと?その割にはブクマに黒澤を見た人が少ないのでこれが正解かもわからない。

Permalink |記事への反応(1) | 12:01

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https://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20250907/1757247960

要約 

1. 消費とアイデンティティ関係

1980〜90年代日本では、商品選びや消費行動を通じて「何者か」である実感を得ることが一般化した。

2. 消費個人主義の広がり

1990年代には地方学生にもブランド品が普及し、消費によるアイデンティティ形成大衆化した。

3.過去の拠り所

1950〜60年代政治活動や勤務先(所属)が自己認識の主要な拠り所だった。

4.消費社会拡張反動

三種の神器からレジャーグルメまで対象が拡大。「モノより心」というスローガンも、次なる消費対象を探す動きとして機能した可能性がある。

5.社会学分析

ボードリヤールは「消費は差異を示すシステム」、バウマンは「アイデンティティすら商品化され、金銭力が選択支配する」と指摘。

6. これから行方

金銭的余裕のない人は消費でアイデンティティを得にくく、政治運動などが拠り所になりうる。人を「消費ユニット」として扱う現状は本当に豊かな社会なのか、という問いで結ばれる。

Permalink |記事への反応(0) | 09:33

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anond:20250908070915

ハイティーンファーストガンダム出会えた60年代まれが一番幸せだろ

Permalink |記事への反応(1) | 07:20

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2025-08-28

anond:20250828161713

その意図なら60年代を出す意味が謎だから分からんかったんだよ

30年前は結構適当に書いたんだけど、できちゃった婚2000年前後らしいから、認知され始めた時期で大体あってんじゃん

あと、「普通のことと受け止める」とはニュアンスが違って「一般的じゃないけどそういう人もいるよね」ぐらいの話をしてる

普通のことと受け止める」は現代でもまだそこまでじゃない。現代は「結構あるけどまだまだ少数派」でしょ

Permalink |記事への反応(2) | 16:20

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anond:20250828152313

30年前って95年だぞ?

コギャルだぞルーズソックスだぞエヴァンゲリオンだぞ?

60年代前半でもちょっとないなってレベルだろ

どういう日本で生きてきたんだ群馬か?九州か?

Permalink |記事への反応(1) | 16:09

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2025-08-24

中国AI尖閣諸島問題について話し合ってみた

日本側の意見だけではなく中国側意見も知りたいので、DeepSeekと尖閣諸島問題について話し合ってみました。

以前のDeepSeekは中国側意見しかわず、早い段階で「答えられない」状態になっていたのが、DeepSeek-V3になり改善したようです。

話し合いが進んだ後に、法的な結論を答えるようDeepSeekに伝えたら下記返答をしました。

※内容が正しいか不明です。

総合的な結論


既存国際法判例原則に最も沿っているのは日本の主張です。


結論の内容


国際法観点から尖閣諸島(釣魚島)の領有権問題について完全に確定的な結論を下すことは、国際司法裁判所のような第三者の法的機関が審理・判決を行わない限り、本来であれば不可能です。

しかし、現存する国際法判例原則に照らして、どちらの主張がより強い法的根拠を有するかを分析することは可能です。

結論を述べれば、国際法慣行証拠に基づく客観的評価では、日本の主張の方が優位であると考えられます

その理由は、国際法領有権紛争において最も重視する「実効支配原則」 に基づきます

日本の主張を優位とする法的根拠

1.平穏かつ継続的実効支配:

2.中国の長期にわたる沈黙と黙認:

3. 「時効(Prescription)」の法理:


中国の主張の法的課題

中国の主張は、歴史的文献に依拠する部分が大きいですが、国際司法の場では以下の点で困難が予想されます


この分析は、あくまで現行の国際法の枠組みに基づくものです。

これは「歴史的にどちらに正義があるか」という別次元議論とは区別されるべきです。

しかし、国際司法の場で審理された場合証拠に基づく法的判断としては、日本立場の方がはるかに有利である評価されるだろうというのが、多くの国際法学者見解です。

Permalink |記事への反応(2) | 13:18

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2025-08-21

潜水病

今が60年代だったらいいのにな、そしたら幸せになれるのにな

Radioheadってバンドが95年に出した曲の歌詞

でも今が90年代だったらな、って最近よく考えるよ

最高にスペシャルで最高にイカレていたよな、あの時代

"I wishitwas the '90s,I wish I could behappy."

Permalink |記事への反応(0) | 23:22

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2025-08-16

日本人勘違いしてるけど

WW2のアメリカでは有色人種選挙権はないからな

日本リベラル公民権運動を語ると歯切れが悪くなるから笑えるんだよな

人種平等を達成した正義アメリカ日本を正したって歴史認識なのに

公民権運動60年代から認知的不協和を起こす

Permalink |記事への反応(1) | 23:26

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2025-08-09

平成以降の不良にこそ典型的だった特徴

・加害する前に「お前表出ろ!」的な予告やコミュニケーションがない。武士の「やあやあ我こそは」的なそれが平成不良には全く欠落していた


・不良のなかで、自分ならず者たちの世界と非不良連中との世界との間に境界線がない。

それゆえに平成不良は見ず知らずの女性子供や老人や障害者や街の小動物さえも当たり前に加害の対象だった

・加害行動が単なるレジャー

平成不良の加害行動にはある種の人格障害的な突飛さがあった(例えば、青色の靴を履いて駅前を歩いている人間がいたら人気のないところへ連れて行ってタコ殴りにする、など。理由は「青色の靴を履いていたから」で、因縁つけるとき暴行するときに怒って叫んだりとかは一切しない。)。




彼ら昭和50年代生まれ60年代まれ平成不良を育成した親世代人格障害揃いだったとか、あるいは現代基準だと極めて異常な子育てをしていたのではと睨んでる。

Permalink |記事への反応(0) | 21:01

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