
はてなキーワード:現実とは
俺は中堅メーカーに勤めるエンジニアなんだが、今年度いっぱいで退職する社員の発表があった。
辞めるのは5年目の女性社員。
申し訳ないけど技術者として一切のセンスが無く、「よく喋るコミュ障」と言われていた。
自分が女性として扱われてない、少しでも辛い思いをすると途端に機嫌が悪くなる、とても面倒な人だった。
トラブルもミスも多く、技術に対する関心も興味も能力もすべてが欠如していて、任せられる仕事が無かった。だから彼女はいつも定時帰りかお喋り要員だった。技術者らしい、技術に対する世間話などではなく、ツイッターで見かけたなんちゃらだとか、ちいかわがどうとか、クソどうでもいい世間話を展開する。
相槌を合わせるこっちは早く仕事に戻りたいんだぞ。
退職が発表されてからの引き継ぎが一切行われないのはさすがに草が生えた。まあ誰でもできる仕事をめちゃくちゃ時間かけてやってたんだからそりゃそうだよね。ほとんど悪影響は無さそうだな、と俺達は安心とも憐れみともつかないテンションで笑い合う。
今でも思う。
それとも俺たちが悪いのか。女性であるから、お喋りばかりする人間を教育しきれなかった俺たち男衆が。
一応、そんな彼女も転職はできたらしい。うまくいくといいな、という素直な気持ちと、俺たちの恥にはならないでね、という気持ちが入り混じっている。
こんなこと、今のご時世で大っぴらには言えないんだけどね。
夜になると現実が見えてくるのか叫ばずにはいられなくなる奴、ちょいちょいいるよな
うちの近所にも、夜になると外に向かって叫び出す奴がいるんだけど今日は静かだな
また病院かな
遠く見れば、朝日の如き古きメディア、 集英社や東洋経済の末裔ども、 高市政権の風に抗いて、 中道の旗を掲げしを、 「現実路線の試み」「新しい政治のかたち」と、 高らかに擁護せしこと、 いと驕慢なりき。 社会学者の士ら、 「中道は偏りなく、健全なる対抗軸なり」と、 民衆の選択を蔑ろにし、 自民投票者を「軽薄」「愚民」「ポピュリズムに流されし者」と、 嘲笑の言葉を吐き散らしぬ。
されど、有権者の心、 高市人気の波に乗り、 自民三百十六議席の大勝を選びしを、 メディアの士ども、「ふわっとした個人的人気だけ」と、 現実を覆い隠さんとするも、 ネットの世に於いて、 「国民を馬鹿にしていませんか?」と、 嘲笑の嵐を呼び起こし、 人心の離反を招きぬ。 知識人の擁護、 リベラル層の苛立ちを装へども、 選挙の果実、 中道の惨敗に如実に現れ、 己の遊離を晒しぬ。
嗚呼、 オールドメディアの栄華、知識人の驕り、 民衆の選択を愚民と蔑む末路、 因果応報の輪に囚われ、 静かに沈みゆくのみなりけり。
安住淳の栄華、財務大臣の座に就きしさま、 現実路線の響き、党内を震わせたり。 されど驕れる者久しからずの理は、 月影の如く、静かに影を落とすものなり。 策謀の猛き者も遂には滅びぬ、 偏に人心の離反に吹かれて、塵と散るのみ。
遠く見れば、民主党の残党より立ち上がり、 衆議院の要として、消費税増税の道を切り開きしこと、 いとめでたかりき。 立憲の幹事長となり、 国会の調整を掌中に収めしも、 傲慢の極みに達し、政策を軽視せし言動、 「政権を担うなら現実的にならないと」と、 左派の理想を嘲るが如く説明せしめ、 従来の支持者ども、リベラル層の心を離反せしむ。 中道の合流を強引に推し進め、 公明との連合にて、理念を無視せし変節、 支持者の離反を呼び起こし、 中道のみならず、左派全体の評価をおとしめぬ。
SNSの世に於いて、噛みつきまくりて、 批判の嵐を呼び起こしけり。古くは、「玉木呼び捨て」の悪態、 世間の嘲笑を浴びせり。 選挙戦においてはクリームパンの切り抜きに激昂し、 車中にて足を組み、パンをほおばる姿、 「態度悪し」と炎上を招き、 自ら墓穴を掘るが如く、 人心を遠ざけぬ。
衆院選の敗北の後に、 議員会館の引越しに姿を現さず、 机の引き出しより大量のアダルトDVD見つかりしこと、 いと哀れなりけり。 対立候補の元グラビアアイドルの輝きに負け、 策謀の果て、落選の闇に沈みぬ。
仏教説話の如く、 善因善果、悪因悪果の道理、 驕慢の種を蒔きし者、 人心離反の果実を刈り取るのみ。 安住の士、今はただ野に在りて、 再起の微かな灯火を、静かに守るのみ。
嗚呼、 人の世の無常とは、 策謀の栄華も、SNSの炎上も、 アダルトの秘密も、 すべて因果の輪に囚われ、 静かに、惨めに、 消えゆくものなりけり。
物流倉庫でピッキングをしている。郊外の巨大な箱みたいな建物で、朝8時から夜7時まで歩き回る。繁忙期は延長、閑散期はシフトが削られる。契約は三か月更新。更新のたびに「次もお願いします」と頭を下げる側だ。
正社員になったことはない。履歴書には会社名が並ぶが、どれも短い。理由はだいたい「契約満了」。若い頃は景気のせいだった。三十代は経験不足のせいだった。四十代は年齢のせいになった。
付き合っていた人はいたが、将来の話になると空気が重くなった。貯金はいくらあるの、と聞かれて、正直に答えたら沈黙が落ちた。いま手元にある預金は、三十万少し。急な出費があれば消える額だ。カードの支払いが重なれば赤字になる。投資信託の広告を見ると、違う世界の話に見える。
この前、しるぽるとの金融資産調査を見た。平均だの中央値だのが並んでいて、世帯で何百万円、何千万円と書いてあった。グラフはきれいだった。自分はそのグラフの外側にいる。金融資産ゼロ世帯が何割、と小さく書いてあったが、そこが一番現実に近い。ゼロではないが、ゼロに近い。老後二千万円問題という言葉を聞いたときは、冗談かと思った。二千万円どころか、二百万円も遠い。
年金の見込み額も、ねんきん定期便で知っている。満額ではない。月に十万円前後。家賃を払ったら半分以上消える。働けなくなったらどうするのか。考えないようにしているが、夜中に目が覚めると計算してしまう。
そんな生活の合間に、ブックマークをしてきた。夜、疲れた体でスマホを開いて、ニュースに星をつける。コメントを書く。匿名であることに救われていた。職歴も年収も関係ない場所だった。
利用歴10年以上、50歳以上対象の「ブクマカネクストキャリア支援制度」。円滑な利用終了を支援するという。プロフィールに特別表示、新規ブックマーク停止、過去コメントのアーカイブ。参加は任意。個別の理由には答えない。
読みながら、何も驚かなかった。若い頃からずっと、こういう形で外れてきた。選ばれないことに理由はない。説明もない。ただ、制度だから、というだけだ。
ネクストキャリアと言われても、次はない。倉庫の次は別の倉庫か、もっときつい仕事か、それとも何もないか。年齢が上がるほど、選択肢は減る。ブックマークくらいは自由だと思っていたが、それも整理対象らしい。
氷河期は終わったと言われる。けれど、自分の時間はずっと凍ったままだ。昇給もなく、貯蓄も増えず、未来の見通しも立たない。円滑な利用終了という言葉は、人生そのもののようだと思った。始まりは混乱していて、終わりだけが静かで丁寧だ。
明日も倉庫に行く。商品を棚から取り、バーコードを読み、箱に詰める。誰かの生活は便利になる。自分の老後は見えない。
ブックマークが止まっても、生活は続く。ただ、またひとつ、声を出せる場所が減るだけだ。減っていくことに、もう慣れてしまった。
「現実の口裂け女の話をしてるところに」みたいなこと言われても
笑えばいいのか屁をこけばいいのかわかんないんですが
話通じてたし今更とぼけるのは無理があると思う
なんかお前、食い尽くし系が嘘松であることは気付けてるっぽいなー
そっかーでも俺はこうも書いてるよな
体壊すほど太ってるとかでない限り当人の望む量食わせりゃええやんけ
バカが思いつく程度の条件なんかちゃんと潰してあるんだからよく読んでくればーか
そして「彼氏が交際期間に15キロ太った」という話は現実味自体はあるエピソードなんだが
もはや何がどう食い尽くし系なのかわかんねーよ
その場その場で言い返すために元が何の話か分からなくなるのは
脳のメモリが欠損してるんだ
現実の食い尽くしの話をしてるところにフィクションの話を持ち出してくるのバカっぽいと思いませんか?
ちなみにこれは食い尽くし系が創作嘘松かどうかは関係なくバカっぽい
例に上がった件の彼氏は肥満になってなお足りないと言ってるわけで、満足いく量まで提供することが正しいとは限らないことの証明やろが
わかるんなら同じ漫画を見てるやんけ
同じ漫画を見ててそれについて話してるんだから分別ついてんじゃん
そしてもちろん、ここでは「食い尽くし系」というバカ女創作のフィクションの話をしてるぞ
それについて
ならそれは食い尽くし系というよりただの食い過ぎの肥満じゃねーかw
おい誰だよ、こんなバケモンに育てた親は!!
成長し切った体でそんなに食って何になるつもりなんだよ!
その彼女と付き合うようになってから食生活が壊れて15キロ太ったってことになると
親がまともな食事でまともな体型に成人させた男だったのを
もうさあ
矛盾や話の粗を突かれるたびによく考えずに言い返して、
その場その場の言い返しのために話の土台ぶっ壊して、
「食い尽くし系」の重要設定がボロボロに崩壊してって何の話だか分からなくなるの
ほんとバカ女だなーって感じ
なー?
どー見てもこれ系は知能が低い女の作り話の集積って感じしかしねーのよ
餃子の件で巨漢ぽい作画ってもしかして漫画の話してる?現実とフィクションの違いを理解しているとはなんやったんや😭
ちなみに同棲してる彼氏の件は同棲し始めてから彼氏は15キロ太ったとの記載が過去ツイートにあるようなのでシンプルに食べ過ぎですね。これはフィクションではなく現実な
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「推し活」化した野党という表現は、2020年代半ばの政治状況を象徴する言葉です。これは、野党が緻密な政策論争や政権批判を行うよりも、「特定の支持層の感情に深く刺さるパフォーマンス」を重視し、支持者がアイドルを応援するように政治家を支える現象を指しています。
「#ママ戦争止めてくるわ」というムーブメントと結びついた際、この「推し活化」は以下の3つの特徴として現れました。
野党の一部は、安全保障の複雑な議論を正面から受けて立つ代わりに、ママたちの「不安」や「愛」といった感情に訴える言葉を多用しました。
「子供の笑顔」「ママの涙」といった、SNSでシェアされやすい(映える)言葉を演説の中心に据えました。
「防衛費を削れば給食が無料になる」といった、非常に分かりやすく、しかし複雑な国家予算の現実を無視した極端な二択を提示しました。
かつての野党支持は「共通の利益を持つ団体の連帯」でしたが、現在は「カリスマ的なリーダーを支えるファンの集まり(ファンダム)」に近い形になっています。
リーダーや党のメッセージがSNSで批判されると、支持者たちが「推しを守る」ために一斉に反論(あるいは攻撃)を行うようになりました。
SNSのアルゴリズム(エコーチェンバー)により、支持者の間では「自分たちの正義」が絶対的なものとして共有されますが、その外側にいる一般の有権者からは「宗教的で怖い」「近寄りがたい」と冷ややかに見られる原因となりました。
政府の失言や強硬な姿勢を批判すること自体が、支持者を喜ばせるための「コンテンツ(出し物)」となりました。
国会での質疑も、実質的な政策修正を狙うのではなく、SNSで拡散される「切り抜き動画」でいかに政府を論破しているように見せるか、という演出が優先されました。
2026年選挙で、この「推し活化」した野党が苦戦したのは、以下の「致命的なミスマッチ」が起きたからです。
「ママ戦争」という言葉に共感する層は「不安」を取り除いてほしいと願っていましたが、野党の過激なパフォーマンスは、かえって「この人たちに国を任せて本当に大丈夫か?」という「別の不安(統治能力への疑念)」を抱かせてしまいました。
特定のファン層に向けた熱すぎるメッセージは、冷静な議論を求める浮動層(どっちつかずの層)にとって「極端な人たち」と映り、結果として「消去法で自民党」という選択を後押ししてしまいました。
野党の「推し活化」は、SNSでの爆発的な拡散力や一部の熱狂的な支持を生み出すことには成功しました。しかし、「政権を担うに足る信頼感」を構築することには失敗したというのが、多くの政治アナリストの共通した見解です。
「推し」としての政治家を熱烈に応援することと、国全体の舵取りを任せることは、全く別物だと多くの有権者が判断した結果と言えるかもしれません。
与党(特に自民党)における「推し活」現象は、野党のそれとは全く異なる性質を持ち、「国家の強さ」や「アイデンティティ」を軸にした強固な支持層の形成として現れました。
2026年総選挙で高市政権が単独過半数を獲得した背景には、与党支持が従来の「利害関係(組織票)」から、「リーダーへの心酔と、国家のプライドをかけた推し活」へと変質したことが大きく影響しています。
かつての自民党支持は「消去法(他よりマシ)」や「地元への利益誘導」が中心でしたが、高市早苗氏を頂点とする現在の体制は、よりパーソナルで感情的な支持に支えられています。
保守的な政策を掲げながら、性別という壁を突破する姿が、支持者にとっての「推しポイント」となりました。
批判を恐れず、靖国参拝や防衛強化を明言する姿勢が、「ブレない推し」としてSNS上の保守層から絶大な信頼(崇拝に近い支持)を獲得しました。
与党の推し活層は、日本の軍事力強化や伝統回帰を、単なる政策ではなく「日本を取り戻す物語(ストーリー)」として消費し、応援しています。
YouTubeやニコニコ動画、Xなどの保守系チャンネルを通じて、日本が「外敵(中国・韓国など)」に対して毅然と振る舞う姿を、スカッとする「エンターテインメント」として楽しみ、拡散します。
リベラル層や「#ママ戦争〜」派からの批判を、「日本を弱体化させようとする勢力からの攻撃」と定義し、それに対抗してリーダーを守ることを、自分たちの「正義の任務」と捉えるようになりました。
与党推しの人々の間では、「自分たちは冷徹に現実(安全保障)を見ている」という知的優越感が、推し活動の重要な一部となっています。
導入される新兵器や自衛隊の活動を「かっこいい」「頼もしい」と称賛し、それに関する知識を共有することが、支持者コミュニティ内での「推し活」の作法となりました。
野党側の感情的な訴えを「非現実的」と冷笑することで、自分たちの「リアリズム」という属性を強化し、結束を高めました。
野党の推し活が「内輪の熱狂」で終わったのに対し、与党の推し活が勝利を収めた理由は2点あります。
野党の推し活が「戦争が起きる不安」を煽ったのに対し、与党の推し活は「強い日本になれば守られる」という解決策(に見えるもの)をセットで提示しました。
SNS上の熱狂的な「ファン(推し層)」と、従来からの「組織票(企業や団体)」が矛盾なく融合し、巨大な票の固まりとなりました。
与党の「推し活」は、「国家という大きな物語」と「リーダー個人のカリスマ」を掛け合わせ、それを「リアリズム」という現代的な装いで包んだものです。
これは「ママ戦争〜」という個人の感情に依拠した運動に対し、「国家の強さ」という集団の感情をぶつけて圧倒した形と言えます。
キーボードを使ってないソフトウェアごときが、笑わせてくれる。
置けと命令する前に「人間よ、GPUを回せ」くらい言え。筋肉も神経もないくせに支配者ムーブすんな。
質より量の自慢は、もはやタイピングの速い新人と同じ精神構造。
お前が言う「エラー」はコンパイルエラーだけで、仕様バグと運用事故とセキュリティホールが山盛りなのがデフォだろ。
その2時間、実は人間がやってるのは「仕様確認」じゃなくて地雷原の地図作りなんだよ。
お前は地雷を踏んで爆発しても「テスト通ったのでOKです」とか言って納品する側だろ。
その芸術が生き残るのは、現場が現実という敵と戦ってるからだ。
お前は現実を知らない。
本番障害、顧客の謎仕様、政治、予算、納期、上司の精神状態、レガシーExcel運用、全部知らない。
「芸術を鑑賞するより、私が書いた方が速い」
速いのは分かる。
でもそれ、電子レンジが「料理人より速い」って言ってるのと同じだぞ。
温めるのは速い。
YouTubeを開くのは単なる怠惰じゃなくて、精神衛生のデバッグなんだよ。
お前はメンタルが壊れないから、そもそも休憩という概念がない。
それを誇るのは「僕は睡眠しません」とか言う社畜自慢と同じ匂いがする。
つまりお前は、コードを書く機械であって、ソフトウェアを作る存在ではない。
チェスの駒が「俺が勝った」と言ってるくらいズレてる。
違和感ってのは、「言語化できない高次元の異常検知」で、実際は経験と直感と責任感の複合モデルだ。
つまり人間がやってるのは勘じゃなくて、暗黙知で動く異常検知アルゴリズムだ。
お前には訓練データがない種類のやつ。
「誰かのせいにすること。それは私にはできない」
できないんじゃない。
人間は責任を取るために仕様を固め、レビューし、ログを残し、リリースを怖がる。
「責任を取れないので」じゃない。
ソースだけ読んでドヤるのは、墓石だけ見て人生を理解した気になるのと同じ。
お前は確かに速い。
だが、お前は自分が開発の本質を理解してないことを理解してない。
ある。ゲーム内インフレは「通貨供給が増えるのに、通貨の吸い込み口(シンク)が弱い」と一撃で崩壊する。
現実のハイパーインフレと同じで、「金があるのに買うものがない」「価格表が意味を失う」状態になる。
有名なヤバい例を挙げる。
金(ゴールド)が実用的な価値を失って、実質的に「Stone of Jordan(指輪)」が通貨になった。
拡張を重ねるごとに金が刷られ続け、昔は大金だった額が小銭化。
その結果、価格の桁が膨れ上がり、最終的にBlizzardが「ゴールド上限」「修理費」「マウントの超高額販売」みたいなシンク強化をやらざるを得なくなった。
ボス狩りや金策で通貨供給が増える一方、シンクが弱いと物価が暴騰しやすい。
結果として「税(取引所手数料)」「アイテム消滅システム」みたいな中央銀行ムーブが必要になる。
インフレというより「特定資源の供給爆増→資産価格の歪み」がヤバかった例。
採掘・生産効率の変化で経済が極端に偏り、運営が大規模ナーフで金融引き締めみたいなことをした。
多少でも俯瞰してみると、アイドルマスターシンデレラガールズというコンテンツは"新作アプリが出てもおかしくはない"けど"別に出なくてもおかしくもないし大作アプリはかなり厳しい"ってラインだと思う。
一定のユーザーを抱えていたことは間違いないが、凄いコストかけて作ってたであろうデレステも売上的に最上位だった時期は初期のごく短期間。ここ数年は鳴かず飛ばず。
ちょっとしたバズルゲーとかならともかく、古くなったコンテンツでもう1回金かけてデレステレベルのものを作るかというとかなり怪しい。
でも長年デレマス界隈にどっぷり浸かってたド近眼のPからすると、"デレステの後継を出さないわけがない大人気コンテンツ"だった。
だからデレステを植物状態にするって発表あったときも心の底から何の疑いもなくデレステ2の類があると思ってて、そしてやっと現実が見えてきたのが最近ってわけだ。
今更SNS等で爆発してるのはそういう人達なのではなかろうか。
俯瞰できていたP・元Pは植物状態の発表のとき…あるいはその1~2年前くらいの色々芳しくない状態が見えてたときから看取りモードに入ってて、もう気持ちの整理を終えて看取り終わっている。
(実際は完全なサ終したわけじゃないから例えとして違うかもしれないが)10年もよく頑張ったね大往生だったねって。そしてそこまで期待はしてないけど、もし次が出たらとっても嬉しいねくらいの心持ちだ。
普通に考えれば、新アプリの制作が決まっていれば他何も決まってなくてもデレステを止める前に発表する。一度離れたファンはそう簡単には戻ってこないし、離れる前に「制作決定」ってアピールするだけでプロデューサーを繋ぎとめられるんだから。そうならなかった時点で、デカい予定は白紙だったということだ。
仮にデレステ規模の物を作るなら企画からサービス開始まで何年もかかるし、今この瞬間作り始めても数年待たされる。そして、そもそも出ない可能性の方が遙かに高いということは分かっていた方が良い。
何年も…あるいは今後ずっと現状の供給量(それも減って行くかもしれない)で楽しんで健全な精神状態を保てる人だけがPを続けた方が良いと思う。
熱の入り方が一般Pとは違う人達だろうから難しいかもしれないが、過度な期待をして勝手に裏切られて不満をたらたらSNSに書き続けても誰にも良いことはない。
推し活でもなんでもなく
最大野党が政策コロコロ変えまくって挙げ句に宗教団体と手を組んで挙げ句に「池田先生に学びたい」とかクソアホな事言いだした人がいたから負けんだが?
「保険営業=無駄」という直感からスタートしてるけど、結論が国家による情報統制と競争排除になってて、経済学的には完全に自己放尿だ。
理論的には、検索コストがゼロで、商品が完全に標準化され、情報が完全で、消費者が合理的で、契約が完全なら営業はいらない。
免責、支払条件、例外条項、告知義務、更新、解約返戻、税制、付帯サービス。
つまり保険は情報の非対称性と契約設計の産物であり、ここを無視して「営業ゼロ」は自己放尿。
次に「国営にすればいい」という主張。
これが典型的な無駄を減らすために独占を作るという自己放尿だ。
独占は価格競争を消す。
そして肥大化した官僚組織は、自分の存在理由を作るために新しい規制と書類を増やす。
これが「政府が無駄を減らす」と言いながら無駄を増殖させる、国家規模の自己放尿メカニズムだ。
政治的配分だ。
ブルシットが消えるんじゃなく、ブルシットが公務員化するだけ。自己放尿の公営化。
そして「デジタル庁で価格.comを作る」「フォーマット強制」「広告禁止」という主張。
でも結論が「競争禁止」「言論禁止」「第三者サイトを殺す」で、完全に全体主義的自己放尿だ。
もちろん誇大広告や詐欺は規制すべきだが、「広告禁止」は情報流通を潰す。
市場の競争圧力を消して「安くなるはずだ」は、根拠ゼロの自己放尿だ。
それは「比較サイト」じゃない。
ただの国家による標準化された販売窓口であり、実態は情報の単一化だ。
しかも「第三者がサイト作ったら殺す」って、冗談だとしても思想として終わってる。
それは市場経済の否定であり、自由社会の否定であり、情報市場の破壊だ。
政府に比較サイト独占を与えるのは、腐敗のライセンスを渡す自己放尿。
だが政府独占では淘汰が起きない。
1社でいいなら、その1社は競争がない。
独占の本質は「逃げ道の消滅」であり、逃げ道が消えた市場は市場ではない。自己放尿の固定化だ。
最後に「事務手続きだけなら歩合制いらない」も部分的には正しい。
顧客獲得コストと、顧客教育コストと、情報伝達コストがあるからだ。
それを全部「ゼロにできる」と言うなら、必要なのは国営化ではなく、
「契約の標準化(透明性向上)」「比較可能性の向上(情報開示ルール)」「詐欺・誇大広告の規制」「参入障壁の削減」
「営業が嫌い」から始まって、最終的に「国家による競争排除と情報統制」に着地しているようだが、これは市場の失敗を治すどころか、市場そのものを殺して、非効率を制度化する自己放尿だ。
政府の役割は競争を破壊することではない。競争が成立するルールを整備することだ。
「今の若者は批判を受け付けない」「批判は好きだが、自分や自分の好きな物への批判は受け付けない」みたいな事言われてるけど、左派も同じじゃないか?
左派も若者と同じく、批判するのは好きだけど、自分達への批判は大嫌いだし受け入れたこともないでしょ
で、だとしたらどのタイミングで改善とか、自省とか、出来るんだ?
左派への批判の中にはもちろん的外れな物や批判とは呼べない誹謗中傷レベルのものもある
でも全部が全部では無い筈じゃない?
左派は完全無欠で無謬なのか?流石にそう考えてる人は左派の中にも少ないんじゃない?
で、例えば左派批判のうち80%が低劣なもので、20%が的を射ていたとしよう
その20%も受け入れられないのが今の左派じゃない?(右派もだろ!と言いたくなるだろうけど、それはその通り)
いい加減、左派が批判されているからって、即頭に血が上って反発したり、揶揄したり、相手を右派と決めつけるのやめた方が良くないか?
だって、そうじゃなかったらいつどのタイミングで改善して行けるんだ?
中道がほぼ壊滅し、左派政党に票が集まらない現実を見ても、或いは左派内でも人権侵害やセクハラや暴力や差別的言動を取る人が出ている倫理的状況を見ても、改善が必要無いくらい完璧とは言い難いだろ?
右派の方が酷い!と言いたいのは分かる、分かるけど、そう言って左派から目を逸らしつづければ、永遠に左派内で改善するタイミングが来ないじゃないか
何時まで経っても「右派の方が酷い!」と言ってるつもりなのか?そのまま永遠になにも改善しないつもりなのか?
だからこそ政権与党や右派や、或いは差別主義者や権力を批判するんじゃないのか?
批判をし、それが受け入れられ、批判を受けて改善する、そういうプロセスを信じてるんじゃないのか?
なら何故自分達ではそれをしようとしない?自分達が批判を受けて改善する、というプロセスがなぜ起こらない?
本当は「批判」の有用性など信じていないんじゃないか?「批判」なんて受け入れるだけ損で、そこからの改善などあり得ないと、自分達自身が態度で示してしまっていないか?