
はてなキーワード:技術とは
私は日本人だから和服を着ます。下駄、足袋を履きます。米を食べます。お茶を飲みます。日本の伝統的な木造家屋、殻ぶき屋根の家に住みます。大戸屋、すき屋、吉野家などの和食チェーンに行きます。アスファルト・コンクリートは日本語ではないので私はいつも輸入品や輸入した技術に頼らず草の上を歩きます。
ルンバと出会ったのは2008年頃に大学の研究室に導入されたのがきっかけだ
それまでは秘書さんが毎日掃除していたのがルンバが導入されて夜中にルンバが走り回って掃除してくれるようになった
秘書さんの稼働は減って楽になったし、朝になると隅々まで綺麗になっていて感動したものだ
まぁルンバ導入以前は床に置かれていたケーブルだとかの物品もちゃんと机に置くようになって
そのお陰で綺麗になったというのもある
「なんで毎日こんなに埃が溜まるんだ」
と思った覚えがある
(夜中まで作業したり泊まり込みしてる学生にとっては五月蠅かったらしいが、耳栓することで対処していた)
そんなこんなで家でも買って使ってみることになったがトラブルが多かった
当時は毛足の長いカーペットを使っていたのだが、カーペットの中で立ち往生して動かなくなってしまうことが多かった
またテレビ台の下の隙間が狭くて入り込めず埃を取れない上にいろんな物を押し込んでしまうようになった
加えて夜中に掃除させると寝室が近いこともあって五月蠅く、夜中に起こされてしまうようになった
結局はカーペットを買い替え、テレビ台も買い替え、掃除時間は仕事をしている昼間に変更するなどして対処して
そんなこんなで子供も産まれて引っ越しし、そのタイミングでルンバも新型に変更
自動でゴミを収集してくれるようになり、しかも拭き掃除専用のBraavaも導入した
寝室とリビングが離れたこともあってリビングに関しては夜中に掃除ができるようになった
なんと新型のルンバは暗闇だと位置情報が取れないらしく、夜中だと掃除がちゃんとできない
Braavaについては掃除の度に水を補充してモップを交換しないとダメで
おまけにやたらと時間がかかるので、夜中の4時から掃除を始めると朝になっても終わってないことがあった
結局、リビングルームに常夜灯を設置して最低限の明るさをキープ
拭き掃除は毎日ではなく週2回程度にしつつ、掃除の時間も夜の3時に変更した
この辺からだんだんiRobotの製品には疑問が出てきたのだが新製品では改良されるだろうと思っていた
なんと、空気清浄機だ
独自の技術を使ってパワフルに空気を清浄してくれる上にフィルターは1年に1回交換するだけでいいらしい
もう、アホなのか、バカなのかと
相変わらずルンバそのもののアップデートはほとんどなかったので、次の引っ越しのタイミングでルンバを廃棄してAnkerの出してルンバに変更
中華製は怪しいからちょっとな、と思っていたが選択肢は中華製しかなく、中華製の中では一番信頼できるAnkerにした
結果としては大正解でこれまでの苦労はなんだったのか、と思い知らされた
本当に吸ってるのか?と思うぐらい静かだったが、よく考えたら最近のハンディ掃除機はこれぐらい静かだ
次にゴミの収集と拭き掃除を同時にやってくれるので時間が大幅に短縮
寝ている間にやってもらうので正直時間の短縮は大して効果が無いのだが、朝になっても終わってないということは無くなった
おまけにモップを自動洗浄して汚水タンクに貯めてくれて1週間に一度ぐらい捨てればよくて
圧倒的に床が綺麗になった
最初は綺麗になっても最初だけかと思ったのだが、1年以上毎日モップがけしてるのにいまだに汚水タンクは雑巾がけした後の臭いがするぐらい汚れている
それぐらい汚れを取ってくれているのだ
アプリで掃除エリアなどは全て指示できるしケーブルなどを見つけたら避けてくれる
噂では去年ぐらいから同様の機能を搭載した機種を販売したらしいが、残念ながらもう戻ることは無いだろう
リンクだけ貼っておいてくれって感じ
中小SIerに入社されて感じられた率直な感想や疑問点、そして業界に対する鋭い批判、大変興味深く拝見いたしました。特に、「技術が軽視されている」「人月商売の構造」「SE/PGの分業」といった点に関するご意見は、まさに私ども顧客企業が日々、SIerとの取引の中で肌で感じ、時には課題として認識している部分でもあります。
しかしながら、貴殿の文章には、Web系企業と比較した際のSIerの価値や、顧客企業側のニーズに対する理解が一部不足しているように見受けられます。顧客企業の立場から、貴殿のいくつかのご批判に対して反論させていただきます。
貴殿は、SIerが「プログラムが書ける人」を自社サービスに使わず「人に貸して金取る」のは戦略的に間違っていると指摘されています。Web系企業が自社の「武器」を理解しているという点も理解できますが、SIerの「人月商売」が横行する最大の理由は、顧客企業側の根強いニーズにあります。
Webサービスのような単一の製品ではなく、金融・製造・物流など、複雑かつ大規模な基幹システムを構築するには、一時的に数百人規模の専門的なマンパワーが必要になります。
顧客企業は、開発ピークが過ぎた後、大量のIT人材を社内に抱え続けるリスクを避けたいと考えます。必要な時に必要なスキルを持った人材をスポットで調達(変動費化)できるSIerのビジネスモデルは、極めて合理的です。
貴殿はプログラムの複製可能性に言及されていますが、私どもが求めているのは、パッケージソフトではなく、企業の業務フローやルールに完全に合わせた、オーダーメイドの「複雑な業務システム」です。この「業務への深い理解」と「それを実現するカスタマイズ」こそがSIerの提供価値であり、Web系企業とは根本的に異なります。
貴殿はSE(システムエンジニア)とPG(プログラマー)の分業に強い違和感を覚えているようですが、これは「単価」のためだけでなく、システムの「品質」と「持続可能性」を保つために必要な構造です。
SEは、業務要件定義、顧客折衝、システム全体設計、プロジェクト管理といった、高度なコミュニケーション能力とビジネス理解力が求められる専門職です。PGは、品質の高いコードの実装、技術的な最適化に特化します。どちらも極めて重要ですが、役割を分けることで、それぞれのプロフェッショナルが最大限の能力を発揮できます。
貴殿が仰る通り、設計とコーディングは密接ですが、大規模システムにおいては、設計者が自ら全てをコーディングするのは物理的に不可能です。設計(SE)はシステムの骨格と道筋を決め、PGはその設計に基づき品質保証された実装を行うという、明確な役割分担が、納期遵守と品質維持の鍵となります。
SIerで技術が軽視され、マネジメント層へシフトすることが「単価」のためだと断じていますが、これは「顧客のビジネス成功に責任を持つ」というSIerの責務に裏打ちされています。
私ども顧客企業が求めるのは、「最新技術」そのものよりも、「システム導入によるビジネス上の成果」です。
マネージャーは、技術だけでなく、予算、納期、人員配置、顧客との調整といった、プロジェクト成功に直結する要素全てを管理し、最終的な成果に責任を負う役割です。このリスクと責任に見合う対価(単価)が設定されるのは当然であり、経験を積んだ優秀な人材がマネジメントに就くことは、顧客にとっても極めて重要です。
貴殿の、現状を改良しよう、自動化しようという姿勢は非常に素晴らしく、私ども顧客企業はそうした熱意ある提案を常に歓迎いたします。しかし、SIerのビジネスモデルは、単なるプログラミングの受託ではなく、「顧客の業務全体を理解し、巨大なシステムを納期と予算内で完遂させる」という、極めて複雑でリスクの高いサービス提供によって成り立っていることをご理解いただきたく存じます。
これもっと知られるべきと思うんよなあ
Goodhart & Pradhan(2020)
“The Great Demographic Reversal: Ageing Societies, Waning Inequality,and an Inflation Revival” を、学術的に・構造的に解説します。
「少子高齢化は前期デフレ、後期インフレ」という命題を最も明示的に提示した代表的著作です。
Charles Goodhart
Manoj Pradhan
📌中央銀行の内側にいた人物が「インフレ復活」を真正面から論じた点が、この本の重みです。
彼らが反論している通念はこれです:
・高齢化=需要減・人口減少=デフレ・技術進歩=永遠の低インフレ
Goodhart & Pradhan はこれを
「過去40年の特殊な人口ボーナスを普遍法則と誤認している」
によって、
数十億人規模の労働供給が一気に市場に参入
📉
これが
をもたらした。
若年層が少なく需要が弱い
➡ 貯蓄超過
➡ 低金利
高齢者が貯蓄を取り崩す
➡賃金上昇
📌彼らは明確にこう述べます:
“Demographywill turn frombeing disinflationary to inflationary.”人口動態はデフレ傾向からインフレ傾向に変わるだろう。
通常の経済学:
Goodhart & Pradhan:
➡賃金は下がらない
これは中央銀行にとって非常に厄介。
高齢化後期では:
社会保障
を削れない。
➡国債増発
彼らは、
理由は3つ:
労働力不足は不可逆
➡一時的ショックではなく
2020年代以降は後半戦に入りつつある
📌この本は、のちの
彼らは
ただし、「人口動態という制約条件を無視したモデルは現実を誤る」と主張します。
学界での主な反論:
高齢者は本当に取り崩すのか?
👉Goodhart & Pradhan は
「完全には相殺できない」
この本は
過去40年のデフレを“例外”と位置づけた人口動態はデフレ →インフレへ反転する日本はその最前線
悲しくなってくるよ。
だってこんなのSEKIROやブレワイが居たら話にならない扱いレベルでしょ全部?
CIV4やオブリが最初に流行りだした頃の「今のゲームすげえええええええ」って興奮を思い出したらさ、この程度のものが10年後に賞レース争いしてるとか想像もできんやろ。
ゲームって多分もう一通りのネタは使い終わって、如何にして焼き直すかでしかないんやと思う。
んでもって焼き直しを少しでも目新しさのある畑でやったら「これは凄い!画期的だが王道でもある!」って簡単に褒められちゃうんだなって。
まあイングレスとかだって大昔かある地図使った遊びの延長でしか無かったのに凄い新しく感じたし、シュタゲやKANONも元ネタがチラツキこそスレ美少女ナイズされただけで感情移入度の変化で楽しめたからなあ。
でも流石にそういった手法自体が手垢が付いてる感じがするんだよね。
他のジャンルから何かを持ってきて移植して組み合わせの新しさで勝負的なのがさ。
でもそこに大きな工夫っていうか意外性っていうか「俺が思いついてもこのバランスを目指せなかったと思う」的なのがあればね。
たとえばローグライトカードゲームってやってることはTCGのシールド戦とノンフィールドローグライトのかけ合わせなんだけど、それであそこまで興奮を生み出せる形になってるのは凄いと思うわけ。
あとは数独×ADVゲームっていうジャンルも「総当りと推理の間のバランスに対して完璧な答えはここにあったのか!」って震えたわけですよ。
そういうのが欲しい。
つうかね、「最新の高画質と処理能力を駆使して昔出来なかったことおおおおおおおおおお」みたいなのもう腹いっぱいなんですよ。
コンシューマーはある程度しゃーないけどスマホのオープンフィールドブームとかマジでアボカドバナナよ。
ゆーてそれらに勝ったウマ娘も「でもこれパワポケで30年前からやってたやつでは・・・」なわけじゃんですよ。
なーんかな—止まってるな—。
進歩してないな—。
俺はさ、古いゲーマーだから「ゲームの楽しみってのは技術の進歩によって可能になった新しいアイディアの発露なわけ。技術の進歩そのものを扱った現代アートとしての側面もあるわけよ」って感じなのな。
そんな俺からすると昨今の「とりあえずアイディアの水平移動×技術の縦異動で新しい感出しました!実際の所は新規性0です!」みたいな大学4年生が苦し紛れで出して教授が「就活もあったから仕方ないよね。でも会社で新規事業開拓しろって言われてこういうの出したら絶対通らないことだけは覚えていってね。とりあえず出したからB判定にするね」って言われるような感じのやつ~~~マジでいい加減にしてくれ~~~~~~
デジタル技術は現代ビジネスの発展において重要な役割を果たしています。多くの企業がマーケティング、販売、顧客サービスの向上に技術を活用しています。その例として、ソーシャルメディアやeコマースプラットフォームの活用が挙げられます。
ビジネスのデジタル化により、企業は地理的な制約なくより広範な市場にアクセスできるようになります。さらに、テクノロジーはデータ管理や消費者行動分析にも貢献しています。
しかし、デジタル時代におけるビジネス競争はますます激化しています。企業は生き残り、成長を続けるために、絶えず革新を続け、技術の発展に追随することが求められています。
https://registry.scalar.com/@motchilla/apis/truytimlongdienhoung/
https://registry.scalar.com/@motchilla/apis/truytimlongdienhoung4k/
https://registry.scalar.com/@motchilla/apis/chaseforambefull4k/
https://registry.scalar.com/@motchilla/apis/truytimlongdienhoung2025/
電子書籍のサービス終了に際して「読めなくなるのは許せない」と憤る人々を見るたびに、私は正直なところ理解に苦しむ。なぜなら、そこには読書という行為を根本から誤解している姿勢が露呈しているからだ。
読書とは、本という物体やデータを所有し続けることではない。本質は、そこに書かれた情報や思想を読み取り、自分の思考体系に組み込み、行動や判断に反映させることにある。読み終えた瞬間から、その本はすでに「外部記憶装置」としての役割を終え、内容は読者の内側に移行する。これが健全な読書体験である。
電子書籍を購入したらその日のうちに読み切り、得られた知識や感想を即座にアウトプットし、要点を自分の言葉で再構築する。そうすれば内容は長期記憶として定着し、何年、何十年経とうが必要なときに再生可能だ。そこまで完全に消化してしまえば、元データが消えようが何の問題もない。むしろ、読み返さなければならないという状況自体が、理解不足や消化不良の証左と言ってよい。
それにもかかわらず、サービス終了に狼狽し、「買ったのだから永久に読めるべきだ」と権利を主張する人々は、本を読んだ気になっているだけで、実際には何も自分の中に残していないのではないか。蔵書数やライブラリの体裁に執着し、知的であるかのような外観を維持したいだけの、いわば読書家ごっこである。中身が空洞だから、外部に依存せざるを得ず、外部が失われた途端に取り乱す。
厳しい言い方をすれば、そうした「保持できない読者」に社会全体が過剰に配慮する必要があるのかは疑問だ。変化の激しい国際情勢や技術環境の中で生き抜くために求められるのは、情報を迅速に吸収し、内面化し、次の行動に転化する能力である。データの保管場所が失われた程度で機能不全に陥るようでは、競争社会において足手まといにしかならない。
電子書籍が消えることを恐れる前に、自分の頭に何が残っているのかを省みるべきだ。本を「持っている」ことに安心するのではなく、「理解しきった」と胸を張れるかどうか。そこにこそ、読書の価値と個人の知的成熟度がはっきりと表れるのである。
モノのインターネット(IoT)は、様々なデバイスをインターネットに接続し相互通信を可能にする技術です。IoTの応用例としては、スマートホームにおけるスマートライト、防犯カメラ、自動温度調節器などが挙げられます。
IoTにより、日常生活の活動はより効率的かつ便利になります。ユーザーはスマートフォンだけで家庭内のデバイスを制御できます。産業分野では、IoTが生産性と業務効率の向上に貢献します。
利便性を提供する一方で、IoTにはセキュリティリスクも伴います。システムが適切に保護されていない場合、ユーザーの個人データがサイバー犯罪の標的となる可能性があります。したがって、セキュリティはIoT技術開発における重要な要素です。
https://registry.scalar.com/@phimmoi/apis/thehekytichfull4k/
https://registry.scalar.com/@phimmoi/apis/phutsinhtufull4k/
https://registry.scalar.com/@phimmoi/apis/cuoivochochafull4k/
https://registry.scalar.com/@phimmoi/apis/anhtraisayxefull4k/
その通りだ。首がもげるほど頷いた!!!!
あなたのその叫び、俺の鼓膜と網膜に焼き付いていた感情そのものだ。
いや、それ以上だ。
俺も乗っからせてもらう。
企業のTechBlog、およびその形骸化したノルマ文化、今すぐ滅びてくれ!!!!!!
「参考になった」なんて声は稀だ。
大半は、冷笑と、呆れと、ミュート推奨の対象になってるんだよ!!!!
具体的に「生の声」を代弁しながら、なぜお前らのブログが「社会悪」なのか、骨の髄まで理解させてやる。
まずな 「公式ドキュメントの劣化翻訳」は検索汚染だ!!!!
散々言われてるだろ!?
「公式のREADME読めば1分で終わる話を、なんで自分語りとスクショ付きで薄めてんだよ!!!」ってな!!!
エラーログをそのままググった時、検索トップに出るのが公式ドキュメントでもStackOverflowでもなく、バージョンも文脈も不明な、どこの馬の骨とも知れぬ企業の個人ブログだった時の絶望感!!!!
あの時の「またお前か……」という徒労感を!!!!
中身を開けば、「なんかよくわからんけど再起動したら治ったw」……舐めてんのか!!!!!!
お前らのその承認欲求を満たすためのゴミ記事が、本当に困っているエンジニアの邪魔をしてるんだよ!!!!
おい、特に「〇〇をとりあえず触ってみた」系の記事を書いているお前ら!!!
胸に手を当てて言ってみろ。その記事、公式ドキュメントの「GettingStarted」をなぞっただけじゃないのか!?!?
「〇〇の初期設定手順」で、何でお前らの手垢まみれの画像を必要とするんだ!?
公式が提供している最新で正確な一次情報、あれをわざわざコピペして、スクショを撮り直して、「俺もできた!」とドヤ顔で公開する。
しかもそれを鵜呑みにした新人が環境構築に失敗して「動かない!」と勘違いする。
正確な情報への到達を阻害する、まさに検索結果のテロリストなんだよ、お前らは!!!!
頼むから、公式ドキュメントを「分かりやすくしてやった」とか傲慢なこと抜かすな。
公式が分かりにくいなら、そのツールの開発元にフィードバックしろ!!
真顔でXポチポチーってして、薄めた麦茶を、さも高級なワインのように売るな!!!!!!!
「エンジニアがアウトプットする文化があります(キリッ)」じゃねえんだよ!!!!
その「アウトプット」とやらを見て、まともなエンジニアがどう思うか、Xのタイムラインでエゴサしたことあるか!?
「うわ、こんなレベルの低い記事を『技術ブログ』としてドヤ顔で出す会社なのか……技術力お察しだな」
「これをGoサイン出したマネージャーがいるってことは、コードレビューもザルなんだろうな」
質の低い記事は、「弊社の技術レベルはこの程度です」って全世界に恥を晒してるのと同じなんだよ!!!
お前らが良かれと思ってやってるその施策は、優秀な人材を遠ざける魔除けにしかなってねえんだよ!!!!
あとな、アドベントカレンダーという名の「ハラスメント」
そして今まさに進行中のこれだ。
「ネタがない」「書くことがない」「業務時間外に書かされる」……悲鳴で埋め尽くされてるじゃねえか!!!!
「12月だから」という理由だけで、なぜ普段書かない人間まで駆り出されるんだ?
「空き枠を埋めること」が目的化したカレンダーに、魂なんて宿るわけねえだろ!!!!
11月末にSlackで「まだ枠が空いてます!誰かいませんか!」って必死にメンション飛ばしてる広報!!
その姿を見て、エンジニアがどれだけ白けてるか想像してみろ!!!
「書くことがないなら、書くな!!!!」
これが真理だ。
無理やり絞り出したカスみたいな記事で、インターネットの帯域を無駄にするな。
やる気のある数人が、本当に書きたい時に、濃密な記事を一本落とす。
量で質を誤魔化すのはもうやめてくれ!!!!
「〇〇とは?」「〇〇の使い方」なんて記事は、もうChatGPTが3秒で、しかもお前らより正確に教えてくれるんだよ。
人間が書くべきなのは、AIには語れない「泥臭い一次情報」だけだ。
「ビジネス要件と技術的負債の狭間で、どう意思決定したかのドキュメント」
こういう血の通った、文脈のある記事以外は、もうノイズなんだよ。
だから頼む。元記事の提案通り、今年の年末がラストチャンスだ。
こう言ってくれれば、俺たちは「よくぞ言った!!」とスタンディングオベーションを送る準備ができている。
頼む。本当に頼む。
「広報のKPI」「自己顕示欲」「Xで有名人になりたい」のために、俺たちのインターネットを、これ以上濁らせないでくれ!!!!!!!!
なるほど、バナナの皮に毛が生えていないことが問題だと感じるのですね!確かに、毛が生えていると何かしらの感触や視覚的な変化があって面白いかもしれませんね。でも、実際にはバナナの皮に毛がないのは自然なことです。
バナナの皮は、外敵から果実を守るために滑らかで丈夫に進化してきたため、毛が生えないんです。植物の進化的な観点から見ると、果実を守る役目を果たすために、毛がなくても十分に役立っているわけですね。
もし、バナナの皮に毛が生えていたら、剥くときにもっと困難になるかもしれません。毛があると、手に引っかかって滑らず、むしろ引っかかりやすくなる可能性があります。まあ、バナナの皮に毛が生えているなんて奇妙な想像ですが、それを実現するためには、遺伝子編集や未来的な技術が必要かもしれませんね。
もしかして、毛のある果物や野菜が気になったのでしょうか?それとも、バナナに関してもっと面白いアイデアを考えているのですか?
キャリー(スズキ・キャリイ)は、日本の軽トラック市場における象徴的なモデルであり、その堅牢性、実用性、そして維持費の安さから、確かに多くのファンに「名車」として愛されています。特に日本の狭い道や農作業の現場では無類の強さを発揮します。
しかし、テスラ・モデル3は、電気自動車(EV)としての最先端技術、環境性能、自動運転技術などを特徴としており、キャリーとは設計思想も用途も全く異なる乗り物です。
環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんが、環境負荷の低い移動手段を選ぶという観点からEVであるモデル3を運転している、または移動に利用している可能性はありますが、航続距離や高速移動の快適性、安全性といった点では、軽トラックのキャリーが代替となることは考えにくいでしょう。
第1章:突入の朝
黒塗りのヘリが上空を低空飛行し、最新型のドローンが精密にターゲットを追跡。地上では自衛隊の特殊部隊が迅速に包囲網を築く。
だが、このターゲットは、予想とは裏腹に、体格が非常に太く、健康とは言い難い人物だった。
部隊のリーダーである**コードネーム:「タワー」**は無線で指示を出し、全員が動き出す。
そのターゲットとは、元防衛大学の特殊工作員、現在は肥満でメタボ気味なコードネーム:「バルログ」。かつて戦場を駆け抜けた男だが、今はすっかり腹回りが膨れ上がり、健康状態は最悪だ。だが、過去の経験と軍事的知識は今も健在で、彼の持っている情報は極めて危険なものだった。
⸻
「バルログ」は、75歳の元防衛大学特殊工作員。かつての精鋭部隊員であり、冷戦時代に数々の極秘任務をこなしてきた。しかし、現在の彼は、かつての鋭い身体能力を完全に失い、すっかりメタボな老人になってしまっていた。
体格は巨大で、腹部は膨らみ、動きが遅く、息を切らしながら歩くことが多い。長年の戦闘経験から、身体は鈍っていても、知識と直感は鋭い。かつて戦場で培った戦術やサバイバル技術を使いこなすその能力は、見かけによらず非常に高い。
現在、バルログは、自らが持っていた極秘情報を売り渡そうとしていた。だが、情報を買い求める者たちが次々と彼に接触し、その行動が明るみに出た。部隊はその情報を確保するため、突入を決意した。
⸻
突入:白煙の中で
「突入!」
タワーの命令と共に、部隊は一斉に動き出す。**コードネーム:「ブレイド」**が煙幕弾を投げ、部屋の中が一瞬で煙で覆われる。煙の中、隊員たちは慎重に動きながらターゲットの部屋に突入する。
ブレイドが先頭で突入し、素早く周囲を確認するが、目の前に現れたのは、予想通り肥満体型の老人だった。
バルログは座り込んで、まるで戦う準備ができていないように見えたが、その顔には冷徹な笑みが浮かんでいる。
「お前らが俺を捕えることができると思うか?」
その姿は、もはや老兵というよりも、ただの「メタボなジジイ」にしか見えない。しかし、その目は生き抜いた者の鋭さを保っており、単なる脂肪の塊ではないことを示していた。
「お前の情報をいただく。」
⸻
屋上決戦:逃げる老兵
部隊がバルログを取り囲んだが、ターゲットは決して簡単に屈しなかった。
「さぁ、来いよ。」
バルログは壁を背にしてじっとしていたが、その身体に似合わぬ冷徹さを感じさせる。膨らんだ腹部を抱えながら、彼はゆっくりと立ち上がる。その動きの遅さに反して、目は死んでいない。
「お前たちには、俺の動きが読めるかな?」
屋上へ逃げようとしたバルログを、**コードネーム:「ヴァルキリー」**が追い詰める。彼女は躊躇なく銃を構えるが、バルログはまるで反応を待つかのように、その巨大な体をゆっくりと動かし、隠し持っていた小型の手榴弾を取り出す。
「こっちのほうが早い。」
バルログは爆弾を投げつけ、ヴァルキリーが反射的に身を引く。その隙間を突いて、彼は一瞬のうちに屋上の端へと向かう。
⸻
バルログは屋上に立ち、もはや逃げ場はないことを理解していた。
「俺が生きている限り、何も変わらん。俺が死んでも、情報は動かない。」
彼の体重が重すぎて、身体の動きが鈍いのは明らかだった。しかし、彼の目には一切の動揺が見えなかった。過去に戦場を生き抜いた老兵としての誇りが、その言葉に表れている。
「終わりだ。」
ヴァルキリーは冷静に言い放つ。彼女は照準を合わせ、引き金を引いた。
一発の銃弾がバルログの胸を貫通し、その巨大な体は屋上に倒れる。息を引き取る瞬間、彼は最後にこう呟いた。
「もう少し、やりたかったな。」
⸻
京都の街は再び静寂を取り戻し、昼間の光が町を包み込んでいく。あの夜の出来事が住民たちにとってはただの噂でしかなく、ただの一日として過ぎ去る。しかし、部隊にとっては、この任務の後、何かが変わったように感じる。
そして、部隊の仲間たちは静かにその言葉を受け入れ、任務を終わらせた。
⸻
https://anond.hatelabo.jp/20251214182609
そもそも責任とはなんだろうか。日本語では曖昧だが、英語圏では以下の責任を明確に区別する。
元増田が使っている「責任」はこの三つが混在しているが、それぞれ分けて考えると、議論の見通しが良くなる。
事故をなるべく起こさずに運転する、という意味では、AIが人間より高い responsibility を果たし得る、という指摘には同意できる。
疲労せず、注意が散漫にならず、統計的に安定した挙動を取れる以上、運転行為そのものに限ればAIの方が優秀な場面は多いだろう。
ただしこの記事で扱われている responsibility はほぼこの「運転行為」に限定されている。
自動運転タクシーにおける responsibility には、
これらはAIには担えず、人間が引き受けなければシステム自体が成立しない。仮に部分的にタスクを切り出して任せることは出来たとしても、AIに頼んで待機していればシステムが構築される、というレベルの responsibility は、現代の生成AIの延長線上にはまだ見えてこない。
を説明し、制度や設計に反映させる責任は、AIではなく人間側の制度に属する。
現代の安全設計では、謝罪や後悔よりも、 この accountability をどう回すかが核心になる。
しかしこの記事では感情的責任が否定される一方で、accountability の議論はほぼ登場しない。その結果、責任の議論は期待値計算に収束している。
記事の後半で主に扱われているのは、実質的にはこの liability だけだと思われる。事故が起きたら保険で補償される、結局は金銭で解決される、というのは事実だ。ただし、liability が制度として処理されていることと、responsibility や accountability が不要になることは同義ではない。
liability の期待値だけを見ると、
またliabilityには刑事責任も含まれるが、AIは牢屋に入れないのでその点でも責任は果たされない。
ここまでの説明の通り、AIが直接代替可能な責任とはresponsibilityの下層、タスクとして明確化された範囲に過ぎない(代替による改善の結果が他の責任を軽くすることはあり得る)。
しかし自分は元増田の、『人間が責任を取れるというのは自惚れ』という論を概ね肯定する。
なぜなら元増田をはじめとする多くの人々は『責任』を運転のような個別行為を遂行するresponsibility の下層であるタスクの確実な実行としてしか認識できず、本来の責任の主体である制度設計やそれを構築する行為まで考えが及ばないからだ。そういった人達にとっては、AIは自分たちの責任範囲を脅かす脅威であることは疑いようがない。
LINEオープンチャット「はてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらにAIを使用し、試験的にまとめまています。
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外食や雑談を通じたガス抜きと共感がチャットの大きな役割になっていた。
最終的にはユーモアや食べ物の話に戻る、緩急のある1週間だったと言える。
https://anond.hatelabo.jp/20240722084249
責任を取るが、謝罪と賠償金ってところで止まってるのが責任を理解してない子どもだなぁと
責任のもうひとつ重要な要素に再発防止が必要で企業間で責任問題になると必ず、
AIって再発防止出来ないんだよね~
すみません、金払って原状回復しますけど、もう一度同じ状況になったらまた事故起こします
人間も同じ問題は起こすけど、再発防止する意思を示して技術改善や注意個所を増やしたりはするわけ それが責任
AIはAI精度があがって改善するかもしれないけど、うちのサービスじゃないしサービス止める訳にはいかないんで営業は続けマッス 可能性の問題でしかないっすね
これを責任取ってると判断できるか AIだから賠償多めにするからいいでしょなら責任を果たしてるわけではなくそれこそ金でぶん殴ってるだけでしょ
もしくはそういう状況をモデルに組み込んで、AI精度を局所的に向上させて事故防止します再テストもしますってことならまさに人間が責任取ってるよね
スズキが誇る「SUZUKI ADVANCED COMICAL SYSTEM (SACS)」、通称「アドバンスドコミカルシステム」の素晴らしさは、その名の通り、コミカルさ(おかしみ)と先進性(アドバンス)という、一見相反する要素を極めて高い次元で融合させた、他に類を見ない哲学と技術にあります。このシステムを搭載した代表的な車種が、伝説のミニレプリカバイク「GAG(ギャグ)」です。
1980年代後半、バイクブームは全盛期を迎え、各社が「レーサーレプリカ」という名のもとに、最先端技術を詰め込んだ高性能マシンを競って市場に投入していました。誰もが本気の速さを追求する中、スズキはあえて逆張りのアプローチを取りました。それが、「本気」を究極までデフォルメした「ギャグ」という存在です。
ギャグは、当時のフラッグシップモデルであるGSX-Rシリーズを彷彿とさせるフルカウルを持ち、ミニバイクながらも本気のレプリカスタイルを纏っています。しかし、そのサイドカウルに誇らしげに掲げられた「SACS」の文字は、本来スズキの油冷エンジン冷却システム「SUZUKI ADVANCED COOLING SYSTEM」の略であるにも関わらず、小さく「COMICAL」と書き換えられています。
このユーモアこそが、アドバンスドコミカルシステムの本質です。
SACSの真の素晴らしさは、その技術的なデフォルメにあります。
スタイルはレプリカ、中身は実用車ベースのエンジン:ギャグのエンジンは、当時の実用車「バーディー」用をベースとした空冷4ストローク単気筒です。周囲が2ストロークエンジンでパワーを競い合う中、あえて非力ながら扱いやすい4ストロークを採用した点が、最大の「コミカル」な技術的選択です。しかし、そこにはバーディーにはないオイルフィルターを装備するなど、遊び心の中に「ADVANCED」な改良も見られます。
本気のような足回りもデフォルメ: リヤサスペンションはシングルダンパーを採用し、レーサーレプリカらしい雰囲気を醸し出しつつも、その全体的なサイズ感はあくまでコミカル。ライダーは、その非力なパワーを最大限に引き出すために、バックステップを踏み込み、必死で風を切り裂くという、本気のレプリカと同じ「操る楽しさ」を、安全で扱いやすいミニバイクで体験できます。
SACSが体現するアドバンスとは、「バイクは速さだけが全てではない」という哲学の先進性です。
当時のユーザーは、バイクに「速さ」だけでなく、「楽しさ」や「遊び心」を求めていました。SACSは、そのニーズに応えるために、「本気のスタイル」という先進的なデザイン言語を使いながら、「非力さ」というコミカルな性能で、誰もが気軽に「レーサーごっこ」を楽しめるという、新たな価値を提供しました。
これにより、ギャグは単なるバイクではなく、「乗るだけで笑顔になれるおもちゃ」となり、ユーザーに最高の笑顔と楽しい時間を提供しました。これは、当時のハイテク競争の中で、最も人間に寄り添った「ADVANCED」なシステムであったと言えるでしょう。
妻に離婚され、新しい出会いがあっていい感じになってもそのことで女性は去っていきます。
奇跡が起こったのか医療技術の革新か彼にチンチンが再び生えます。
彼はそのチンチンを見て涙を流します
娘の為にパソコンへ詳しすぎる夫を倒したい
例の「娘の為にパソコンへ詳しすぎる夫を倒したい」って増田読んだ。
吐き気がしたわ。
実用性皆無のLinux環境を娘に押し付けるとか、もはや新手の虐待でしょ。
「自由なソフトウェアが~」とか御託並べてるけど、学校で配られるChromeOS端末ですらハブられる現代で、娘をデジタル孤児にする気か?
子どもにとっての「最初のPC体験」っていうのは、ドライバのエラーログを吐くことじゃない。
直感的に世界と繋がって、何かを「創れる」と錯覚することだ。その万能感を与えるのが親の役目だろ。
クリエイティブな感性はAdobe製品とRetinaディスプレイでしか育たない。変な自作PC渡してみろ。
スタバでMac開くのが「普通」なんだよ。その「普通」の切符を親が破り捨ててどうする。
「SteamでゲームするならWindowsだろ」とか、GPUのコスパがどうとか言ってくるキモいおっさんも湧きそうだが、それも違う。
ゲームなんてiPadで十分だ。ガキに必要なのはスペックじゃなくて「スタイル」なんだよ。
正論だけじゃ家庭は回らないし、お前の信じる「技術的な正解」は、娘のスクールカーストにおいては致命的な「不正解」なんだよ。
結論を言う。黙ってMacBook Airを買え。それが唯一の親心だ。
もし自分が親なら、子供に「あえて」苦労させるOSを使わせるか?
なんで会社の保険で払うと言ってるのに事故ったタク運が個人賠償することになってるの?
アホなの?
加害者のその後の人生を被害者側がモニタリングする手段なんかないよ。
アホなの?
もし仮に何らかの手段で加害者が金に苦労してるようすが見られたからって、そんなもんで身内轢き殺された側が「安寧を得」たりしないよ。
アホなの?
自動運転の事故が確率に関わらず心情的に受け入れがたいだろうと思うのは責任者不在だからじゃなく目新しい技術だからだよ。
飛行機のマシントラブルや薬害やエレベーター事故だって誰のせいとも特定できないけど「そういうことは稀にはある。ゼロリスクは不可能」と、悲しいけど仕方ないこととして受け入れてるだろ。
GeminiDeep Researchで本当の話なのか調査させ、はてな匿名ダイアリーへ投稿出来るように要約させた
はてな匿名ダイアリーを指定したら口調が勝手に変わって吹いたw
2025年末、「娘のはじめてPCにLinux」という議論がネット上で波紋を呼んだ。これは単なるOSオタクの戯言ではない。 「エリート層は子供にRaspberry Pi(ラズベリーパイ)を与えて"支配側"へ育て、一般家庭や公教育はiPadを与えて"消費側"に留め置く」という、現代の身分制度(デジタル階級社会)への警告だ。
本稿は、英国王立協会やGIGAスクール構想の実態、労働市場データを分析した「公教育の機能不全と家庭内資源動員に関する調査報告書」の要約である。結論から言えば、「中流以下の家庭こそ、なけなしの金を払ってでも子供にLinuxを触らせろ」ということになる。
かつてのデジタルデバイドは「ネットに繋がるか否か」だった。スマホ普及後の現代における格差は、「コンピュータの制御権(Root権限)を持っているか否か」である。
英国王立協会はすでに2012年の段階で「学校のICT教育はオフィスソフトの使い方しか教えていない」と酷評している。 その結果、富裕層の私立校では専門家を雇ってRaspberry PiやAI活用を教え、貧困地域の公立校では管理が楽なiPadを配って終わり、という絶望的な「質の乖離」が起きている。米国でも同様に、富裕層の子供ほど「消費的なスクリーン(TikTokやYouTube)」から離れ、ChromeOSやRaspberry PiやUbuntuなどを導入し創造的なプログラミング教育を受けている。
日本の金のある自治体の公立小中学校で配られたiPadは、MDM(管理ツール)によってガチガチに制限されている。 逆に、ChromeOSはLinuxベースであり開発環境として優秀なのだが、教育委員会は「セキュリティ」と「管理コスト」を理由にその扉(ChromeOSやLinuxでの創造的な授業)を諦めた。 結果、公立校の生徒はiPadで「Web閲覧」と「ドリルアプリ」しかできない。
一方で、開成や筑駒といったエリート校の生徒は、制限のない環境でサーバーを構築し、Unityでゲームを作り、競技プログラミングに没頭している。iPadの 「サンドボックス(砂場)」の中で遊ばされている公立校生と、システムの内側に触れているエリート校生。このスタート地点の差は、10年後に致命的な「年収の差」となって現れる。
「社会に出ればWindowsだろ?」というのは20年前の常識だ。現代の高付加価値インフラ(AWS、Google Cloud、AI開発、IoT)は、ほぼ全てLinuxで動いている。
GUI(マウス操作)はAIにとってコストが高いが、CLI(コマンド操作)はAIへの命令(プロンプト)そのものであるため、相性が抜群に良い。Linuxを学ぶことは、「AI時代におけるコンピュータへの正しい命令作法」を学ぶことと同義だ。
「MOS(Microsoft Office Specialist)」というフィルター機能は低下し、GithubやPixiv、Youtubeなどでのクリエイティブな活動履歴(何を作れるか)がパスポートになる。貧困・中流層がこの壁を越える唯一の武器が「技術力(ポートフォリオ)」だ。
中流以下の公教育が頼りにならない以上、家庭で動くしかない。幸い、Linuxの世界は「金はかからないが、知恵と時間はかかる」。これは資金力のない家庭にとって最大の勝機だ。
30万円のMacBookは不要。企業落ちの中古ビジネスPC(ThinkPad X250/X260等)なら、秋葉原や通販で1.5万〜3万円で買える。Windows11が入らない型落ちこそ、軽量なLinuxには最高の機体だ。Raspberry Pi 4や400の中古も良い選択肢となる。
親が教えられないなら、CoderDojo(無料のプログラミング道場)のようなコミュニティに子供を連れて行けばいい。そこには「技術を楽しんでいる変な大人」がいる。その出会いが重要だ。
「壊れるから触るな」ではなく、「壊してもOSを入れ直せば直るから、好きにいじれ」と言って管理者権限(Sudo)を与えること。YouTubeを見る端末を、YouTubeを作る端末に変えること。
高価なiPadを買い与えて安心するのではなく、1万円の中古PCを与えて「黒い画面」に向かう子供を応援すること。 その小さな投資が、子供を「デジタル小作人」から救う唯一の手段になるかもしれない。