
はてなキーワード:卒業とは
念願の脱サラを成し遂げたわけだけど、鬱になった
漫画家として軌道に乗ってから仕事を辞め、部屋を引き払い、実家に帰って子供部屋おじさんとして実家で仕事していた
好きなペースで仕事して、好きな時に寝て、好きな時に出歩く
アシスタントはリモートで、自分の場合は担当通して仕事をお願いしていたので直接の会話はもちろん連絡すらしたことなかった
会社員時代に夢見てた生活をしていた訳だけど、仕事の調子が悪くなった時に一瞬で精神的に参ってしまった
先輩は今まで俺のような漫画家を山ほど見てきたようですぐにアドバイスをくれた
・生活習慣
好きな時に寝て好きな時に起きる(ほぼ昼夜逆転)→朝家族と一緒に起きて夜には寝る
・仕事場
好きな時に仕事して好きな時に起きる→仕事するのは平日の5日間、時間は朝9時から夕方5時半まででどんなに仕事が進まなくても夜9時には仕事を切り上げる
・人との交流
人との関わりは担当と家族だけ→他の先生たちやアシスタントと交流を持つ、編集部の紹介で漫画教室の講師も始めた、学生時代の友人や前職で仲良かった元同僚たちとの交流も再会
・運動
という感じ
自分の場合は通院とかせず、編集部の方のアドバイス通りに生活を見直してすぐに改善した
また、担当の先輩からは村上春樹のエッセイ「職業としての小説家」をもらった
村上春樹の小説は読んだことなかったが、彼の創作論や仕事への向き合い方は本当にタメになった
創作活動している人もしていない人もぜひ読んでみて欲しい
その中で村上春樹が言っていたのが、作家にとっては仕事のリズムが大切だ、ということ
作家は好きな時に好きなだけ仕事ができるし、サボることもできる
しかし、ずっと仕事をし続けるにはやはりリズムを大事にする必要があるとのこと
サラリーマンが40年間仕事を続けられるのは、朝起きて同じ場所に通勤し、決まった時間仕事して、大体同じような時間に帰宅するというリズムがあるからだと
これは本当にその通りだと思う
夫は人と飲むのが好きな人だ。
飲み会の幹事もよくやるし、学生時代からの友人ともよく飲みに行っていた。
しかし40代になってから、夫の飲み会がガクンと減った。夫が誘っても、誰も来てくれなくなったのだ。
もちろん周囲の友人みんなも、家庭を持って独身の時より自由に使えるお金も減ったので、そう頻繁に飲まなくなったというのはあるだろう。
しかし回数を減らしたとかいうレベルでなく、夫が誘っても全然集まらないので開催されなくなってしまったのだ。
原因はおそらく、夫にある。
まず、そもそも夫には年上の友人がいない。同年代が2割くらいで後の8割はすべて年下の友人だった。
学生時代はよく言えば結束の強い、悪く言えば上下関係に厳しいサークルに所属していたので、後輩たちは夫が一言「飲み会やるぞ」と言えばみんな二つ返事で飛んできてくれていた。
社会人になってもそれは同じで、夫は後輩だけを連れてよく飲みに行っていた。
だが、最近ではコンプライアンスだのハラスメントだのが騒がれるようになり、会社の後輩をあまり飲みに誘えなくなってしまった。
現に夫は人事に小言を言われたそうで(詳しい内容はしらないけれど)以降、会社の友人を誘っての頻繁な飲み会は開かなくなった。
そこで夫は再び学生時代の友人に声を掛けたが、これがまた一向に集まらないという事態になった。
きっと「先輩が言っているから」で来てくれていた人たちが、卒業して何年も経ち強制力が薄まったので来ないという結果になったのだろう。
みんな「先輩」が言っているから来ていただけで、その立場が弱まったら「妻がうるさくて」「子どもがまだ小さいので」「仕事が忙しくて」と言い訳を並べて来なくなる程度の、そんな人望しかなかったのだ。
もちろん、その言い訳だって100%嘘ではないだろう。だが、その言い訳を乗り越えてまで会いに来てくれる人はいなかった。
なぜそんなに人望がないのか。
それもわかっている。
夫は自分の友人が集まらなくなってから、やたらと私の友人たちと飲みたがるようになった。
私は学生時代所属していた部活が男女分け隔てなく仲が良く、それぞれ家庭を持ってもその家庭ぐるみで年に数回、飲み会をしたりBBQをしたりしていた。
夫もその場にしきりに参加するようになったのだが、明らかに空気を悪くしている場面を何度か目にした。
夫はよく名前の知られた大企業勤めで、年収は1000万ほど。せいぜい課長クラスなので、そこまでエリートなわけではないが、それでも比較的上位層ではある。
そのため、中流層が多い私の友人たちの中では、マウントが取りやすいのである。
例えば友人が「一軒家は無理でもマンション購入したくて」と言えば「いや絶対一軒家の方がいいよ!俺もマイホームはめちゃくちゃこだわってさぁ〜」と相手の想定してる予算を丸無視して語り始まる。友人夫婦は参考になりもしない話をされて、愛想笑いをするだけになる。
また、まだ子どものいない友人夫婦に「40代で産んでる人もいるし諦めない方がいいって!子どもは本当かわいいよ〜」と、無神経に話してしまう。
どんな事情で今現在彼ら夫婦に子どもがいないのかわからないのだから、不用意に触れなくてもいいのに触れてしまう。友人夫婦はやっぱり愛想笑いを返すだけ。
私がどんなにフォローしても、一度言ったことは取り消せないし、夫本人が何一つ気にしていない。
一から十まで、そんな感じなのだ。隙あらばマウントをとり自慢語りを始めてしまう。
長年の夢だった職業についた友人にも、自分より年収が低いというだけで「それしか稼げないの?転職したほうがいいんじゃない?」とか平気で言う。本人はいいアドバイスをしているつもりなのがまたしんどい。
彼女はあなたより年収が低くても学生時代からその職につくのが夢で、いま不満なくその仕事をしているのだから、転職をすすめる意味などないのだと、なぜ気付けないんだろう。
私が何度「ああいう言い方はやめてほしい」とか「それぞれ事情があるんだから不用意に話さないで」と言っても、その場ではわかったと言うが、一向に改善されない。
唯一、友人の中に明らかに夫より稼いでいて社会的地位も高い人が1人いるのだが、夫も彼には勝てないと認識しているため、彼が参加するとなると「◯◯さんも来るの?」と少し嫌そうな顔をする。
そして飲み会の最中も彼とだけは話をしたがらない。一度彼に「おれ、夫さんに嫌われてる?何かまずいこと言っちゃったりしたかな?」と確認されたくらいだ(私が代わりに謝ることになった)
私の友人たちは、良識があり穏やかな人が多いので、その場では多少気を悪くしても「もうあなたの夫は呼ばない」とか「来なくていい」とは言わない。毎回ちゃんと私たち夫婦にも声はかけてくれる。しかし私も、夫を連れて行くのが少し心苦しくなっている。そしてまた夫がやらかしたら、いよいよ本当に呼ばれなくなるのではと思ってもいる。
夫は悪い人ではないのだ。子煩悩だしちゃんと稼いでくれるし暴力をふるったりなども一切ない。
2026年2月12日、平日午後の情報番組として長年君臨してきた「情報ライブ ミヤネ屋」が2026年9月末で終了することが、司会の宮根誠司氏により正式に発表された。番組終盤、宮根氏は約4分間のスピーチで視聴者やスタッフへの感謝を述べ、自らの言葉で番組からの「卒業」を伝えた。この発表は、2006年7月の番組開始から約20年という節目を迎えた長寿番組の終焉を意味する。
番組終了の第一報は、2026年1月28日に「女性セブンプラス」が報じた。関係者への取材によれば、宮根氏自身が読売テレビ側に「番組を終えたい」と申し出たことが発端だった。局側は必死に慰留したが、宮根氏の意思は固く、その後読売テレビと日本テレビの上層部との話し合いを経て、10月期の改編で終了することが決まった。
2月12日の生放送では、宮根氏は「この9月末をもって私、このミヤネ屋を卒業させていただく運びになりました」と述べた。フリーアナウンサーとして番組の終わりが来ることは覚悟していたとしながらも、「何度か卒業しようと考えたこともございます。そのたびに読売テレビはじめ、皆さまにありがたいことに慰留していただきまして、この20年まで続けることができました。本当に幸せ者です」と感謝の言葉を続けた。
宮根氏は局アナ時代を含めると26歳から37年間、63歳になる年まで月曜から金曜の帯番組を担当し続けてきた。この長いキャリアを振り返りながら、「信じられないくらい恵まれた環境で、テレビに携わらせていただきました」と語った。スピーチの最後には、「やめるのをやめたという可能性もありますので、その時はまたご報告させていただきます」と笑いを誘う一幕もあった。
「ミヤネ屋」は2006年7月31日、読売テレビ制作の関西ローカル番組としてスタートした。前身は金曜のみ放送されていた「激テレ★金曜日」で、これを月曜から金曜までの帯番組にリニューアルする形で誕生した。当初は午後の遅い時間帯からの放送だったが、評判の良さから徐々に放送地域を拡大していく。
2007年10月には関東と長野を除く全国ネットに昇格し、2008年3月31日からは日本テレビでも放送が開始され、完全な全国ネット番組となった。これは、2007年9月に草野仁氏が司会を務めていた「ザ・ワイド」が終了し、日本テレビが午後のワイドショーから一時撤退したことが背景にある。読売テレビが独自に育てた「ミヤネ屋」が、結果的にその枠を埋める形となった。
番組の特徴は、宮根氏の歯に衣着せぬトークと、関西弁を駆使した親しみやすい進行スタイルにあった。読売新聞特別編集委員の橋本五郎氏、弁護士の野村修也氏といった論客とのやり取りも人気を集め、政治から芸能まで幅広いテーマを扱う情報番組として、平日午後の顔となった。
視聴率面では、2009年度から9年連続で関東・関西地区ともに通期の平均世帯視聴率でトップを獲得。20年間にわたり全国平均で5から7パーセント台を安定的に維持し、累計放送回数は4000回を超えた。近年はTBS系「ゴゴスマ」やフジテレビ系「旬感LIVE とれたてっ!」など他局の追い上げもあったが、コア視聴率では依然として同時間帯首位をキープしており、高視聴率を保ったままの終了となる。
宮根氏が番組終了を決断した理由として、複数のメディアが共通して伝えているのは、「新しいことに挑戦したい」という本人の強い意志である。関係者の証言によれば、2年前に還暦を迎えた頃から「安定にしがみつくのではなく、新しいことに挑戦したい」という思いを抱いていたという。2025年7月に番組が20周年を迎えたことが、その思いをさらに強くした。
宮根氏は1963年生まれで現在62歳。朝日放送に1987年にアナウンサーとして入社し、関西で人気アナウンサーとして活躍した後、2004年にフリーへ転身した。その際も40歳という節目で「一から出直す覚悟」を決めたとされ、今回も同じ心境で新たな挑戦に臨むという。
また、平日は大阪で「ミヤネ屋」、週末に上京してフジテレビ系「Mr.サンデー」に出演するという生活を15年間続けてきた体力的な負担も、決断の背景にあるとの見方もある。関係者は「年齢的にもいまが最後のチャンスと考えている」と語っており、宮根氏自身が番組の20周年という区切りを、自らのキャリアの転換点として捉えたことがうかがえる。
宮根氏は2025年7月の20周年の際、「平時は型にはまらず楽しく、もし大きな災害や緊急事態が起こったときはいちばん頼りにされる。そんな正体不明の番組であり続けたい」と今後の意気込みを語っていたが、この頃すでに大きな決断を胸に秘めていたとみられる。
「ミヤネ屋」の成功は、テレビ業界において大きな意味を持つ。地方局が制作する情報番組を全国ネットで放送するというスタイルは、現在では珍しくないが、その先駆者こそが「ミヤネ屋」だった。放送関係者は「番組の成功を見て各局がまねた格好。昼の情報番組に与えた影響は計り知れない」とその功績を評価している。
ただし、番組終了の裏では、後番組をめぐる読売テレビと日本テレビの複雑な関係も指摘されている。全国放送での月曜から金曜の帯番組は、地方局にとって貴重な枠であり、CMなどの営業収入も莫大だ。読売テレビ内では「ミヤネ屋」が全番組の中でも最大の収益源となっていた。
この枠をめぐり、日本テレビ側が「枠を戻せ」と主張する可能性も報じられている。かつて日本テレビは「ザ・ワイド」を終了させ午後のワイドショーから撤退したが、読売テレビが独自に育てた「ミヤネ屋」が成功を収めたことで、複雑な思いを抱えていたとされる。現在、後番組については未定とされており、今後の動向が注目される。
「ミヤネ屋」の終了により、平日午後の視聴率競争は新たな局面を迎える。現在、同時間帯ではTBS系「ゴゴスマ」が健闘しており、司会の石井亮次氏、フジテレビ系「旬感LIVE とれたてっ!」の青木源太氏と、宮根氏を含めたフリーアナウンサー三つ巴の戦いが注目されていた。最古参の宮根氏が退くことで、この構図は大きく変わることになる。
一方、宮根氏の今後については、現時点で具体的な発表はない。「Mr.サンデー」の司会は継続するとみられるが、新たな挑戦の内容は明らかにされていない。関係者は「40歳のときと同じ心境で一から出直す覚悟を決めている」と語っており、宮根氏自身がどのような道を選ぶのか、業界内外の関心が高まっている。
番組は2026年9月末まで放送を続ける。宮根氏は「残り半年ありますので、まだ半年頑張っていきたい」と述べ、最後まで視聴者とともに歩む姿勢を示した。20年にわたり平日午後の情報番組をリードしてきた「ミヤネ屋」が、どのような形で幕を閉じるのか、そしてその後の平日昼のテレビ界がどう動くのか、今後の展開に注目が集まっている。
子供のいる女性は強者で、子供のいない女性は弱者。なんでこんな単純な事実を無視して、#ママを庶民の声の代表者かのように扱うのだろうか。
何百年も前から子供を産めない女性は石女として虐げられてきたじゃん
ましてや就職氷河期以降は、そもそも結婚したくても出来なかった女性が増えている
女性の生涯未婚率は2024年の時点で既に20%を超えており、今後も上昇が予想される。
https://seikatsusyukanbyo.com/statistics/2024/010769.php
また、未婚率は貧困層ほど高い傾向にあり、本来ならば野党に票を投じたかった層にも多いだろう。
#ママ戦争タグの発案者である清繭子さんは過去に、よりによって市川沙央さんにインタビューしている。
https://book.asahi.com/article/14917541
市川沙央さんは『ハンチバック』で芥川賞を受賞し、好奇の目を恐れず自らの障碍を敢えて前面に出して情報発信している人だ。
この記事によれば市川さんは実家で両親と暮らし、一般的な就職もしていないという。
それに対し清繭子さんは早稲田大学という高偏差値エリート大学を卒業し、新卒で出版社に入社にして結婚、出産という順風満帆そのものの人生を歩んでいる。
清繭子さんは1982年生まれ、市川沙央さんは1979年生まれ。3歳違いだ。年の近い女性にも様々な状況に置かれた人がいる事を知ってなお、「ママ」を前面に出して反戦を訴える軽薄さに呆れる。
療養して回復したら大学受験しようと思っていたが、さっぱり良くならないまま何年も経ち、受験は諦めた。
通信制大学に入ってみても、基礎学力不足とメンタル不安定のせいで、休んだり自習の繰り返しで、なかなか卒業できそうにない。
自覚なかったけど実家の環境がヤバかったらしく、20代半ばでいわゆる「理解のある彼くん」と結婚してから、ゆっくりではあるけど心身の回復が進み、ここ数年は「専業主婦」と呼べるくらい家事はできるようになってきた。
しかし妊娠出産育児に耐えられると思えるほどには回復しないままアラフォーになってしまったため、子どもはいない。
心身の状態が良くなるにつれて、いつか働きたいと思うようになってきたが、自分の経歴に絶望している。
高校中退、職歴ゼロ、アラフォー主婦なのに育児していたわけでもない。
精神障害者として作業所通いでもするのが妥当なのだろうが、現状、週3以上外出するのもきついから厳しいし、できたところで大して稼げやしない。
大学で専攻したかったことに近い分野のボランティア活動には参加してて、一緒にやってた人の中には独自性を出したりクオリティを上げて稼げるようになった人もいるから、その道を目指すのが手っ取り早そうだとは考えてる。
でも、今後もし働けるくらい調子が良くなったとしても、何も無い経歴が足を引っ張って、仕事なんかさせてもらえないんじゃないか。
この何も無い経歴を覆そうと思ったら、そこらの健常者より圧倒的に有能にならないと駄目なんじゃないか。
どうしたらこの社会に価値を認めてもらえる人間になれるんだろうか?
「理解あるの彼くんに養ってもらえてるならいいだろ」って言う奴もいると思うけど、配偶者以外の誰にも、社会的にも金銭的にも価値を認められずに生きているのが、苦しくてどうにもならない。
このまとめ。
最近は早めに結婚した方が良い風潮あるけど、私が大学出たくらいの時は20代は好きに遊んで30くらいで結婚する方が良いよ、みたいなことを言われてた気がする話
このまとめの人は自称30代喪女(つまり30〜39歳)らしいけれど、その年齢なら仮に23歳になる年に大学を卒業したとして、卒業年は大体2010〜2019年。その年齢ならとっくに、大学卒業時には「早めに結婚した方が良い風潮」になっていたと思う。
確かに1990年代の半ばに「29歳のクリスマス」(1994年)、「ロングバケーション」(1996年)などのドラマが流行り、結婚は焦らなくてもいいというような風潮は存在した。
しかし2000年代に入る頃にはそんな空気は雲散霧消して、あっという間に少子化が叫ばれ、女は早く結婚して早く子供を産めと言われるようになっていた。
2006年には「バックラッシュ! : なぜジェンダーフリーは叩かれたのか?」と題して、フェミニズムに対する世間の風当たりの強さを語る本が出ている。
2011年に東日本大震災が起こり、放射能は特に子供への影響が大きいとされた事から女性はますます母としての役割を求められるようになり、
2015年頃には「卵子の老化」がセンセーショナルに報道され、35歳以上は絶対に産んではならないような空気が形成される。
今30代の女性ならばこういう空気の中で20代を過ごした訳で、どう考えても「最近は早めに結婚した方が良い風潮ある」などとは思えないと思うんだよね…。
少子化は女が婚期を焦らずのんびりしていたのが悪いんだと言いたいがための、歴史修正としか思えない。
仮にこの人の周りがそうだったとしても、それはごく局地的な話であって日本全体としては全然違った。
これって「氷河期世代は自由な生き方としてフリーターを選んだ」というデマと同じなんだが、対象が女性限定だと、男性を含む話題だと訂正されてバズったとしてもこういうデマは修正されない傾向が強い。
しかしこういう歴史修正って様々な事象に対して行われているけれど、たかだか2,30年前ですらこうなんだから、戦時中や戦前ともなればそれ以上にやりたい放題なんだろうな。
Permalink |記事への反応(13) | 13:46
まだ不動産投資って儲かるんだろうか。
住民票が置かれていない家の固定資産税とか都市計画税とかは住居目的の使用じゃないんだから1/6にする減免措置を停止してほしい。
そうすると住民票だけ移すチートがなされるだろうから、その住所の電気・ガス・水道の使用量が基準量になっているかも併せてみてほしい。
あとは諸外国がやっているように外国人の不動産売買益への課税も9割巻き上げるみたいなエグい感じでやってほしい。
そうすると日本国籍を取るというチートが来るだろうから、イギリスみたいに試験みたいなものを課してほしいね。
日本の中学校卒業レベルの知識を問う問題を日本語で出題すればいいと思うんだよね。...いわゆる、公立高校の入試みたいなやつ。
私も一般的には珍しい経歴を有すると自負しているので、自己紹介がてら寄稿させてもらう。
まず私は都内予備校を首席で卒業後、有名大学に入学した経歴をもつ。
在学中は、輝かしい東海大のネームバリューで家庭教師を勤め楽にバイト代を巻き上げる同級生を横目に、顔面の造形がよほどまずかったのか、私自身は家庭教師にはなれなかったので引っ越しのアルバイトに精を出していた。
元々大柄で体力に自信があったことに加え、持ち前の頭脳で中型免許、大型免許、フォークリフトに危険物甲種と次々に難関資格を取得し、事務所の最年少記録を塗り替えた。普通免許は予備校時代に取った。
無論、学校の勉強などは片手間でも濡れ手に粟とばかりに単位を取得、もりもり食ってガンガンバイトした。
いっときは系列の陸運に駆り出され、自動車会社へも出入りしていた。
一輪車から大型トレーラーまで、車輪がついていれば飛行機以外は何でも運転できる天才と言われたこの私のロジスティクスへの貢献は大である。
俺は一応京都大学とかいう偏差値の高い大学を出ていて卒業後もファーストで論文書いたりしているので大多数よりは頭がいいんだろうなと思ってるけど
それくらいは余裕?
俺は公明と組むことに全く納得できなかったよ
そもそも支持してなかったけど
MITの講義、Stanfordの資料、YouTubeの解説、arXivの論文、GitHubの実装例、オンラインジャッジ、オープンソースの教科書。
極端に言えば、ノートPCとネット回線があれば、線形代数から圏論まで、アルゴリズムから分散システムまで、形式手法から機械学習まで掘れる。
しかも、大学の講義よりわかりやすく、大学の教授より説明が上手い人間が大量にいる。
つまり知識それ自体はすでに市場でコモディティ化しており、値段はゼロに近づいている。
にもかかわらず、大学に行くために何百万円も払い、四年間も時間を捨てるのは、どう考えても合理的ではない。
書籍も高価で、論文にアクセスするにも壁があり、専門家に会うことも難しかった。
しかし現代では、ゲートは崩壊している。知識は空気のように拡散し、検索エンジンとLLMが圧縮して配布する。
学問の入り口に門番はいない。にもかかわらず大学だけが学びの正規ルートであるかのように振る舞うのは、情報流通革命の現実を無視した時代錯誤だ。
しかも数学とコンピュータ・サイエンスは、特に大学不要度が高い分野である。
証明を書けばよい。実装を書けばよい。競技プログラミングでスコアを出せばよい。GitHubにコードを積めばよい。論文を読んで再現すればよい。
個人の能力を示す客観的アウトプットが作れる以上、大学の単位や学位は本質的ではない。
学位は能力証明の一形態にすぎないが、その証明が過剰に高コストで、かつノイズが多い。
四年間を耐えたというだけで、思考力や創造性が保証されるわけでもない。
コンピュータ・サイエンスの実務世界は、ライブラリも設計思想もインフラも数年単位で変化する。
だが大学は制度として硬直しており、講義内容は更新されにくい。
学生が学ぶのは、現代の戦場で使える武器ではなく、過去の博物館ツアーになりがちだ。
もちろん基礎は重要だ。しかし基礎は無料で学べる。基礎を学ぶために大学という巨大な行政機構に参加する必要はない。
そして最大の問題は、大学が学びたい人間のための場所ではなく、学びたくない人間を四年間拘束する場所になっていることだ。
多くの学生は学問に興味がなく、就職のために在籍し、単位のために暗記し、卒業のためにレポートを書く。
その結果、講義は知的探究ではなく、脱落しないための事務処理へと変質する。
優秀で意欲ある少数の学生は、その空気の中でむしろ学びを阻害される。
学問とは本来、興奮と執念の領域であるはずなのに、大学はそれを出席管理と成績管理で薄める。
さらに残酷な話をすれば、大学に行く最大の理由は「自分が大学に行った方が安全だと思い込んでいる社会構造」そのものだ。
皆が行くから行く。行かないと不安だから行く。つまり大学は教育機関ではなく、集団心理によって維持される保険商品に近い。
これは合理性の皮を被った同調圧力であり、個人の学習とは無関係だ。
数学やコンピュータ・サイエンスのような分野で、真に強い人間は、学位ではなく成果物で語る。
証明、コード、論文、プロダクト、貢献履歴。そこには逃げ道がない。
大学の単位は「できるかもしれない」という曖昧なラベルだが、GitHubのコミットや実装は「できた」という事実だ。学問の世界では、事実だけが通貨である。
学位という紙切れに依存する必要はない。しかしもう半分の真実として、大学は知識ではなく、社会の信用システムとして機能している。
だから人々は大学へ行く。学びのためではなく、社会を攻略するために。
だがそれは同時に、現代の大学が知識の殿堂ではなく信号の発行所になってしまったことを意味する。
もし数学やコンピュータ・サイエンスを学びたいなら、大学の門をくぐる必要はない。必要なのは、静かな時間と、強烈な好奇心と、圧倒的な継続だけだ。
一般的には珍しいと自負しているが、私は国立東京海洋大を卒業した後に何度かの転職をして自動車企業のプログラマとなった。
学生時代は当時はまだまだ思考実験レベルだった海洋ロジスティクス(海運)と先進ITを紐付ける様な研究へのめり込み、当時の私の研究の一部は現在世界中の海洋ロジスティクスを支えるシステムとして稼働している。
※先進IT:私が学生時代の時点でジャイロコンパスやロランCなどを活用した電波航法や、HITACHIH8やIntel 8086と電子センサを組み合わせた自動記録程度は実現していたが、航路の自動選定やエンジンルームを無人するほどの自動制御は実現出来ていなかった。また、ブロードバンド接続は夢のまた夢の状態だった。
本題に入るが、2026/02/09 6:00の時点で自民党が単独で議席の2/3を得るという、間違いなく日本初の女性首相誕生と併せて日本史の教科書へ載るレベルの選挙となった(安倍元首相の最期もおそらく同時に載る)。
何故ここまで中道改革連合は弱かったのか?という議論は様々な人たちが評価しているが、特殊な経歴の私の評価も公開しようと思う。
まず何よりも土壇場で起きた「#ママ戦争止めてくるわ」のネット運動は非常に不味かった。
何故なら、#ママ戦争止めてくるわの運動には、これまではてな界隈でも積極的に議論され指摘されていた中台開戦による日本経済損失や日本参戦について何ら効果が無いことが、投票行動へ出る程度に政治へ関心のある若者へ周知されてしまっていたからだ。
どういうことか?
若者の間では既に「日本が中台開戦へ非参戦を明言する →中国が台湾へ攻めやすくなる →日本の輸出入が滞る →日本が不景気になる」というロジックが広く共有されてしまっているのだ。
更に30歳付近の子持ち世帯の間では「日本の輸出入が滞る →我が家の子供のご飯が高騰し餓死の可能性が出る → 親世代が政府に中台戦争を何とかしろと要望を出す →日本参戦」というロジックも想定されている。
「#ママ戦争止めてくるわ」の運動へ参加する者は誠に残念だと感じるだろうが、非参戦を表明することには子供のご飯の高騰を避ける術がないと思われている。
いや、私は「#ママ戦争止めてくるわ」の運動へ参加する者の心理的ロジックも理解しているのだ。「中台開戦すれば日本が参戦するしないに関わらず日本の物価は高騰するだろ」というロジックを。海洋ロジを学んだ知見からもこれは肯定する。
しかしこのロジックには中台開戦可能性を低下させるという効果が無く、最終的に親世代の求めによって日本の参戦が励起されてしまうというのを若者はしっかりと理解をしている。
だから若者は「そもそも中台開戦をさせない様にする」という選択肢を取った。これならば子供のご飯を確保できるし自分が出征する可能性が下がるからだ。
つまり、これらの若者の動きは中台開戦を拒否する反戦だからこその決断だ。今回の選挙結果は投票権のある若者による「#中台戦争止めてくるわ」運動だった。「#ママ戦争止めてくるわ」運動へ参加した者はこれをよく考えないといけない。
話は変わるが、「若者の可処分所得の逆転」という日本の経済現象を知っているだろうか?
これは大都会のホワイトカラーと地方のブルーカラーへ就労する若者を比較すると、地方のブルーカラーの方が大都会のホワイトカラーよりも可処分所得が高くなってしまったという現象だ。
年収で比較してみると、当然ながら大都会の大卒ホワイトカラーの方が高いのだが、家賃光熱費、そして食費などを大都会と地方を比較すると、大都会ホワイトカラーの出費が多すぎて可処分所得で地方のブルーカラーを下回ってしまったのだ。
就労条件によっては大学新卒で大都会ホワイトカラー就労の可処分所得よりも、中高卒で地方ブルーカラーの可処分所得が上回っていたりもする。
特に悲惨なのは大都会で若年女性が求めがちないわゆる事務職で、年収は東京の最低賃金へ張り付き、昇給もごく僅か、ボーナスも月収の1ヶ月分程度になっており、人材の求人倍率の高さから改善する見込みもない。
その中で、流行りのファッションに化粧品、オシャレなランチ、ネットで話題のイベントへ参加する。当然ながら貯蓄などできるはずもなく、これらの状況を「キラキラ貧困」と自嘲気味に揶揄されている。
この様な「キラキラ貧困」へ陥る若者が増えている中で、主流左派が行うのは「地方の保守的な価値観」へ対するバッシングのみであり、眼の前に居る「キラキラ貧困」へ陥る若者へ一切目を向けていない。
大都会の若者からすると主流左派の言説は自分たちが対象でなく全く身近でない、自分たちの困窮を無視し続けているのにも関わらず「今の若者はリベラルだから主流左派の言説を支持するはず」という解釈のもと選挙へ挑んでいる存在なのだ。
もう一度言うが、主流左派は大都会のホワイトカラーへ就労している若者の現状を社会問題として取り上げているか?私は取り上げていないと感じる。
障害者や福祉へ接続されるべき若者のことを言っているのではない。普遍的に存在するであろう若者を取り上げているのか?という話だ。
逆に言えば人口減少に悩む「保守的な地方」の方が若者のことを考えて必死に呼び込もうとしているのではないか?
私は自動車系に居るプログラマで、その経歴から自動車総連系組合内で質問されることも多い(自動車総連では期間工も組合員なので色々な話が聞ける)。
それらの背景からはっきり言って今回の選挙は、初の女性首相誕生と、中道改革連合の失策、主流左派のズレた若者認識の3つが影響した必然的結末だったように思える。
自分のイデオロギーだけでなく、しっかりと今目の前に居る若者を見たほうが良い。そうしないと何度だって繰り返すと私は感じる。
東京一工とF欄はさすがに極端すぎるでしょ……
地方国立レベルだと、学部卒と修士卒で組織の一員としての有用性がかなり変わるというのがワイの実感や。
学部は卒論がガバガバでも卒業できちゃうせいで、地方国立の学部卒は論理的思考ができないままのケースがかなり多い。ウチの会社だと「頼むから高校で現代文の授業を受けなおしてきてくれ」って言いたくなるようなヤツばかり。
一方で地方国立でも修士卒の人間は修論を書くための諸々のトレーニングをちゃんと受けてきてるおかげで、ちゃんと論理の通った会話のできる人が多い。
ウチの会社の新卒採用は、学部卒は東京一工からしか取らないように最近なったよ。 それ以外の大学は修士以上じゃないと書類で落としてる。それくらい学部卒と修士卒で人材としてのレベルが違いすぎた。大学院教育ってすごいわ。指導教員のみなさまに感謝。
3年奇面組からスタート、1話で中学を卒業してハイスクール!奇面組に。
昔はこれで笑ってたんだけど、今はそんなに面白いとは思わないなー。
主題歌はうしろゆびさされ組/うしろ髪ひかれ隊ではない。結構あれ好きだったんだけどな。
うしろゆびさされ組の歌はお世辞でも上手とはいえなかったが、曲が好きだった。
うしろ髪ひかれ隊に変わった後は工藤静香の歌唱力に驚いたもんだ。
熱海という、ザ・観光地でクリーニング店をしている人々に焦点をあてたお仕事アニメ。
こういう勉強になるアニメは毎シーズン1つはやって欲しい。洗濯・染み抜きもいいけど、個人的には靴の修復が好きだったかな。
セクシーなサービスカット多めなところが気になる。そこが控えめだったらもうちょっと好きだったかな。
主人公の話術と政治を進めていく。結構強引に金と力でねじ伏せる感じが強い。いやホンマ金使いすぎでしょ。
吸血鬼を憎む転校生の怪力少女と、吸血鬼のイケメンとの運命的な物語。
対立する学校のイケメン集団として人狼もいるし、人狼側もヒロインをチヤホヤする。少女漫画でよくあるシチュエーション。
吸血鬼を嫌う理由は過去に親友を殺されたこと、自分の力の強さを見てよく吸血鬼と間違われること。
悪魔くんの続編。今回は二代目(埋れ木一郎)が主人公。前回主人公であり先代悪魔くん(埋れ木真吾)も登場する。
先代の悪魔くんは義理の父にあたる。襲名式。この二代目、結構ドライな性格。
EDの百目とこうもり猫との掛け合いも面白い。前作を知っていたら余計に面白いと思う。
韓国の出版社が出しているサバイバルシリーズ、子供向け学習漫画が原作。
秋アニメでは9話分やって以降は第1シリーズの再放送だったので、久しぶりに第2シリーズの新作をやることになる。
第2シリーズでは今の所お詫びはない。
今回はナイトサファリのサバイバル、月のサバイバル、山のサバイバル
サラリーマン戦闘員のリアル臭い日常。ホープマン二号ははんにゃの金田なんかい。
デジタル化した悪霊と戦う。ポリこれハンマーとかネーミングが面白い。
特殊な専門学校的なところに入って同級生と能力を高め合うってのはよくあるよね。
どうも好きではない。
フシに連れてこられた他の皆もこの時代に適合しようと変わっていく。進んでいく。
そんな周りの変化にフシは戸惑いを隠せない。
私デスゲームは嫌いなんだけど。これは・・・なかなか・・・ 初回1時間。
WOWOWではがっつりPG-12と書いてある(けど内容は他の放送と違いはないです)
音がものすごくいい。声の演技がすごくいい。
雰囲気作りとか義妹生活と似てるなーと思ったら同じ会社と監督だった。EDとか特にそっくり。
ショッカーや怪人が実在する現代。仮面ライダーに本気で憧れたやつらの話。
2クール目。今回は東島丹三郎側ではなく、怪人側のことが描かれている。
私事だけど、行きつけの居酒屋の店長は普段競馬と野球の話しかしないんだけど、
たまにこのアニメの事を話してくる。
魔術適正が4大魔術のどれにも該当しないという不遇な結果であったため、父からは役立たず扱いに。
辺境の地の領主を任される。という追放要素があるけど、街の人々が笑顔で送り出してくれる明るい追放系。
家族からは厳しい対応だが、それ以外はゆるい感じ。タイトルに"お気楽領主の楽しい"ってあるし。
主人公の生産系魔術は最近のワタルであったようなクラフト系の魔術。いろんなものを創り、村を発展させていく。
聖者無双がちらついて期待してなかったけど(いやあれはあれでぶっとんだ内容は面白かったけど)
こちら結構好きかも。異世界で最強や成り上がりを目指すだけではなく、こっちでの家族を第一に考えるの好き。家族愛には弱いのよ。
ロケット商会の小説が原作。同作者は「勇者刑に処す」の作者でもある。舞台は21世紀の日本。
超能力を持ったマフィア=魔王、それを討伐するものが勇者と呼ばれる世界。
異色な勇者の物語多いですよねー。まあ、令和にもなればそりゃそうか。
デザインは吸血鬼すぐ死ぬに似ているが、ギャグはそこそこバイオレンスな描写も強めで結構違う。
人間嫌いの人間が、人外のクラス(全員女子生徒)で教鞭をふるう。
人外のクラスの先生という設定から最近では「妖怪学校の先生はじめました!」を連想するが、
生徒が全員女性だったり登場人物がそれほど多くないので感じ方は変わってくると思う。
OPはオーイシマサヨシ。4話はやっぱり泣くよね。こういう話に弱い。5話は特殊ED。
綺麗だけど周りから女の子扱いされない王子様系女子と金持ちイケメン王子との恋物語。
最初はお試し程度の気持ちだったのに・・・なんだ・・これ。どちらの王子も予想外の自分の気持ちに戸惑う。
そういえば芦田愛菜さんが通っていた慶應義塾女子高校はタイトスカートだったな。
その他のみなさんも楽しそうに学校生活を楽しんでてなによりです。
恋愛漫画って、恥ずかしかったり考えすぎたりして言いたい事が言えない。
そんなもどかしさがモヤモヤするけど面白い。なんてのがよくあるけれど、
本作は初々しさもありながら、ちゃんと思いを言語化して可及的速やかに相手に伝えることが多い。
ゲームの世界の悪役令嬢に転生。ヒロインじゃなくて、それを邪魔する悪役令嬢へ。
でも実際はゲームのエンディングの後の話で、悪役令嬢要素はひとつもない。
はたして、その後の悪役令嬢はどうなるのか。まあ、タイトル通りな訳ですが。
ただただ隣国の王太子との甘い時間を過ごすアニメになっている。ちょっと退屈かもしれない。
声はオーディオドラマ・ドラマCD・PV・テレビアニメの共通キャスト。意外にも珍しいらしいです。
OPとEDは高垣彩陽 feat城田優。なに、もうミュージカルでもやっちゃう?
あのー、ここに就職したいんですけど。
1年ぶりの2期。枠も同じNUMAnimation枠。
やはりこの冬の時期にやるのがいいね。今回は時期的に冬季オリンピックとも重なる。
雰囲気が好き
女子小学生を中心に大人気となったサン宝石のキャラクター「ほっぺちゃん」がアニメ化。
見た目や緩さは子供向けのようだが、ガラスの仮面、ブラック会社、霊感商法といったネタがある。
ぷにるばりにカワイイが正義な「ほっぺちゃんの世界」だけでなく、
「現実世界(人間世界)」も別で登場する。この二つの世界がどう交差していくのかも見どころ。
全編MMDで制作されている。クレジットにはポンポコPやビームマンPなど、昔からMMDで活躍されていた名前が。
写真を介して過去の時間の出来事を把握・干渉する能力を持つトキとヒカルのバディもの
音楽は日本ファルコム時代から新海誠と作品を作っていた天門が引き続き担当している。
2期が終わってもまだ謎が多い今作だが、これからどうなるのか。
【その他】
2024年に日本テレビ(ローカル)で放送されているが、BSでは初(のはず)
帝国側と自由惑星同盟、そしてフェザーンと地球教の思惑も加わってくる。
ラインハルトが変わりつつある。キルヒアイスとの約束はもはや呪いか。
2025年に日本テレビ(ローカル)で放送されていたが、BS12で放送。
【追記:見てない】
・時光代理人 -LINKCLICK- 英都篇 →これから見ます
・ほっぺちゃん サン宝石は中二病が疼くリングの件もあってスルーしてた しまった 人気なのか →見ます
・Fate/strange Fake ごめんなさい正直に書くとFateってことだけで食わず嫌いして見てませんファンには殴られても仕方がないロード・エルメロイII世の事件簿や衛宮さんちの今日のごはんだったら見てたかも
・青のミブロ 第2期芹沢暗殺編、地獄楽 第2期、どうせ、恋してしまうんだ。、龍族Ⅱ 何故か1期を見逃してそのまま見てない
・炎炎ノ消防隊 参ノ章 6年前の第2期で脱落してしまった・・ でも実写おばさんが気になる
ライブについては……なんだろう、つまり卒業ライブが「かぐやの帰還=悲劇の象徴」みたいになっているので、そこから復活ライブすることでこの話はいよいよ喜劇になったんですよという演出かな。
よくわからないです。
アンフェくんたちが必死に唱えてる「ツイフェミと真のフェミニズムは別物」っていう謎理論、あれ何なの?見てるこっちが恥ずかしくなるんだけど。
彼らの言い分はこう。
「本来のフェミニズムは高尚で素晴らしい。おかしいのはSNSで暴れてる『ツイフェミ』だけだ!俺たちはその区別ができている(ドヤッ)」
……え、本気で言ってる?
「真のフェミニズムは認める」とか言っちゃってるアンフェくんに聞きたいんだけど。 お前らが親の仇みたいに叩きまくってる上野千鶴子先生って、お前らの中では「ツイフェミ」なの?
東大名誉教授で、日本のジェンダー研究の第一人者。お前らより遥かに社会的地位も影響力もあって、文字通り「真のフェミニスト」の筆頭みたいな人じゃん。その先生を「これだからフェミはw」って叩いておきながら、どの口が「真のフェミニズムは別」なんて言えるわけ?
結局、お前らが言ってる「真のフェミニズム」って、お前らの脳内にしか存在しないファンタジーでしょ。
アンフェくんたちの痛いところは、結局のところ「女性崇拝」を捨てきれてないってこと。
「ツイフェミは嫌いだけど、まともな女性は好き」 これ、典型的なチン騎士ムーブだからね。
未だに女に夢を見て、勝手に理想を押し付けて、それが裏切られたら「ツイフェミだ!」って発狂する。 お前ら、フェミニストを叩いてるつもりだろうけど、実際は「女という概念に振り回されてるだけ」なんだよね。
「真のフェミニズム」なんて言葉で逃げてないで、現実を見なよ。 お前らが叩いてる「ツイフェミ」も、お前らが崇めてる「真のフェミニスト」も同一存在だからな。
「理解のある優しい真のフェミニスト(笑)」がいつか現れると信じてるアンフェくん。 その甘っちょろい女性崇拝、見ててマジで痛いから早く卒業したほうがいいよ?
https://anond.hatelabo.jp/20260206210943
はてぶ諸賢に「意味不明」と話題だった"私の彼氏はAVを卒業した"増田を、第三者の引用文としてgptに読ませて解説させてみた。
要点だけ拾って言うと、この筆者が本当に求めているものは「挿入を減らすこと」それ自体ではありません。もっと深いところにあります。分解しますね。
筆者が求めている核心
1.リスクの非対称性を無視しない関係
彼女が一貫して言っているのは
という一点です。
逃げられなさ
2. 「代替可能な行為」ではなく「代替不能な私」であることの確認
彼女にとって挿入は、
このズレを踏まえたうえで、
それでも「君じゃなきゃ嫌だ」と言えるのか?
を試している。
3. 誠実さの可視化(覚悟を行動で示してほしい)
彼氏がAVをやめる/リスク時は籍を入れる、という流れで彼女が強く惚れ直しているのは、
言葉ではなく行動
隠れず、誤魔化さず
これが見えたからです。
要するに
「私のリスクに釣り合うだけのコストを、あなたも払う気がある?」
という問いへの回答を求めている。
4. 独占性ではなく「選択されている感覚」
他でも満たせるなら、私は何なのか
ここを曖昧にされたまま身体だけ差し出すのが嫌、という話です。
5. 「我慢」ではなく「対等な合意」を作りたい
前戯は続ける
代替案も出す
つまり
という交渉をしている。
まとめると
この文章で筆者が求めているのは、
という一点です。
私:だいたい同感ですね、あともう少し言えば、誠実さの要求に加えて、女性は違法なAV視聴に憤りを強く感じているようですので、 「女性側だけに性交時の性的なリスクを背負わせながら、男性がそのことに気をかけることなく欲望をぶつけてくること」と同様 「違法での無料のAV視聴」も「男性からの女性性の不当な搾取」と捉えており、それをやめさせることで、「自分への欲望も不当な搾取とは違うものであると確認できる」、ということかなと。
うん、その補足はかなり的確だと思います。あなたの言い方で一段はっきりしますね。
「無自覚なまま成立している搾取構造」**なんだと思います。
違法AV視聴=女性性の不当な搾取、という認識
彼女の中では、
この二つは同型なんですよね。
どちらも、
という構図をしている。
「AVを見るな」ではなく
「女性の身体や性を、誰かが黙って差し出してくれる資源だと思うな」
に向いている。
「やめる」ことの意味は禁欲ではない
彼氏がAVをやめることの意味も、道徳や貞操の問題ではなくて、
・誰かの損失の上に成り立っていないか
・不当に安く消費していないか
を引き受ける姿勢があるか
隠しているだけかもしれないけど、見つからない以上は嘘ではない
と言える。
これは監視ではなく、
を見ている。
挿入拒否=欲望の「質」を問い直す装置
あなたの言う通り、
ここが決定的です。
それとも、リスクを伴う「私」という存在を引き受ける欲望なのか
つまり
「女性性を雑に消費する回路から降りる」ことができる男性なら、
だからこれは「厳しさ」ではなく「整合性」の要求
彼女は男性に清廉さを求めているわけでも、聖人性を求めているわけでもない。
ただ一貫して、
・リスクを負う側が誰か
・得をしているのが誰か
ここに目を閉じない関係を求めている。
これはまさに
「女性性を搾取として消費する欲望」と「関係として引き受ける欲望」の峻別
かなり思想的だし、相当ラディカルです。
元増田も、備忘録に使おうと思ったんだとしても、こんなところに書いても意味ないからやめたほうがいいよ、gptに相談したほうがずっと賢明な返事が返ってくる。
ついでにgptに「なぜはてなブックマークたちはこの程度の文章を読み取ることができないのか」も聞いてみたけど、そっちはあまりに辛辣になってしまうから控えておくね。