はてなキーワード:刹那的とは
ジークアクスというかそのファンについて、SNSを通したその場その場の盛り上がりだけが重要な快楽至上主義の現代オタクたち、というような評価がされることが多い。
が、俺はこれはちょっと違うと思っている。
ジークアクスファンの間では、若い世代をガンダムに引き込んだことや、ファーストその他の旧作ガンダムへの導線となったことを高く評価する声が一つの大きな勢力となっている。
彼らは、ガンダムやアニメ業界に対する貢献という観点からジークアクスを「ヒットするべき作品」として捉え、それ故に自らも盛り上げ役を買って出ているのだ。
つまり、ジークアクスがここまで話題になった原因は個人的刹那的な快楽主義ではなく、むしろオタクに一種の公共精神が根付いたことが背景と言えるだろう。
ただ、いずれにしても作品そのものを純粋に評価しているとは言い難いし、「オタク全体主義」と呼ぶべきものの萌芽でもあるので、手放しで賞賛することは決してできないが…
とりあえず強化人間ノルマを達成、みたいな適当さがその後の全てに感じてしまうようになった
シュウジシュウジキラキラキラキラ言ってたマチュが自分やシュウジの為ではなく、ララァの為に戦う、っていう絵図は良かったけど、過程が薄く感じる
だからそこを軸に据えて、それ以外のキシリアがどうとかシャリアの思想がとか黒い三連星だのバスク・オムだの描いてる場合じゃなかったと思う
ピークと言った4話も惜しいけど、マチュ-シュウジ-ララァのドラマを中心に据えるためだったらシイコさえ圧縮すべきだった
例えば
「ニャアンがやることなすこと考えなしに見える」っていう感想に
「でも彼女は難民で、家族がいなくて、教育も…」みたいな反論があるが、
そういうのが全部視聴者が勝手に脳内で作り出したストーリーにしか思えない。
いや、この例で言えば確かにニャアンは難民だし多分まともな教育も受けれてないのは見て明らかなのだが、
だからやることなすこと刹那的で、無軌道だということと100%イコールにはならない、それはただのステロタイプでしかない
たとえばララァは元娼婦で、どう考えてもまともな教育を受ける機会などないし、家族や仲間も(シャアが来るまで)いないが、「ララァはかしこい」のだ
マブ戦術とかいう要素もはっきり言って扱いきれてなかったようにしか思えない
提唱者の戦友のシャリア・ブルが一人で戦ってる時点で馬鹿げていたが、
これは「きっとシャアが戻ってきたときのためにマブは空けてるんだ」とでも無理やり納得させていたが(これもまた妄想だ)
いざシャアが戻ってきたら実はシャリアはシャアを倒すつもりでいたので、ただ単に一人で戦っていただけだった
ふざけてる
それで、マチュとニャアンのマブ、これをやらないのはさすがにありえないから組むのはいいが
決着で立っていたのは結局覚醒したマチュ一人だった
なんだったよ、マブ戦術
マチュとニャアンのマブすら連携してトドメ刺したりしないんならどんな絵が描きたくて導入した要素なんだよ
最後に
「死んだら…それでおしまいだ」
誰だよてめーは
先日「動画の内容を要約して音声にするAI」というのを見かけて、改めて「この世はどうなっていくんだ」と思った
この「コンテンツソースに当たらず、要約して素早く簡単に情報を得よう」というニーズを満たそうとするAIの方向性が、もう、既存の経済モデル全体と死ぬほど相性悪いよな、って
そもそもYouTubeとか、現状のweb系の経済って、「コンテンツを見る権利を買う」もしくは「コンテンツの合間に広告を挟むことによって収益性を確保する」という2軸で成り立ったいるわけなんだけど、
現状の生成AIを放っておくとこの2軸ってたぶんボロボロに破壊されるんですよね
だってAIの要約で皆が済ませちゃったらyouTubeの再生数全然回らないし、再生数回らなかったら「広告枠を売って儲ける」というYouTubeの事業モデルそのものが立ち行かなくなるし
YouTubeが儲からなくなったら当然コンテンツを作成しているユーザーに対する分配も下がっていくわけで、
となると「頑張って質の良い動画を作れば収入になる」というモチベーションも下がっていく。
しかも、投稿した動画が問答無用で生成AIの学習に使われる場合、コンテンツの独自性やイメージを損なっていく可能性があるしね。
この懸念を重く見る投稿者が増えれば、ファンを連れて別のクローズドな媒体にコンテンツが公開されるようになる。そうなれば、当然サイト全体の収益性が下がっていくだろうし。
で?残るのは生成AIによって低コストで乱造されたハルシネーションまみれの、個人の見解としての価値すら失った虚無動画ばっかり、みたいな末路でしょ。
youtube全体でコンテンツの質が下がったら利用者も減って、どんどんメディアとして斜陽になっていく。
つまり、収益性の利点だけじゃなくて、ファンを醸成する場としての価値までが失われていく。
そうなると、購入型のコンテンツに誘導する導線としてもどんどん衰退していく。
おそらく、YouTubeのCEOもそこを不安視していて「クリエイター重視」みたいな発言をしてるんだろうと思うけど↓
https://gigazine.net/news/20240405-youtube-ceo-says-ai-training-would-break-rules/#google_vignette
そもそも無断学習がなければ生成AIの現段階の機能はほぼ成り立たないわけだからさ
全部の元凶はそれなんだよな
コンテンツの価値を無視している道具が跋扈すればコンテンツで成り立ってきた経済が破壊されるなんて当たり前のことじゃん
現状のAI無断学習横行状態をなんとかしない限りは何も解決しないというか
このままなんの規制もないままなら、生成AI跋扈する世の中に蔓延る「質に誠実な人ほど損をするシステム」は悪化する一方なんだろうなって思う
だから、おそらくは今後揺り戻しが来て、生成AIに関するルールが施行されていく
そうしないと経済が壊れるからね だれも滅びたくないんだからそうするしかないよね
現状のYouTubeで粗製乱造の生成動画でセコセコ小銭稼いでるようなのって、もしかすると「自分は最新技術で賢く稼いでいる」と思い込んでいるのかもしれないけど
そもそもYouTubeが儲かんなかったら広告収益なんてものは無に収束していく一方で、その経済モデルを守らなきゃ個人が稼ぐも何も、何一つ成り立たなくなるっていうのをちゃんと認識した方がいいと思う
その分際で「最近YouTubeの収益減ったわ~」みたいな文句垂れてるやつもいるしで
生成AIで動画制作!効率的に稼ごう!!みたいな主張って、軒並みこの経済的矛盾を無視していて本当に刹那的で自己破壊的だなって感じる。
生成AIによって「無料でコンテンツを公開して広告収益を得る」っていうシステム自体を破壊しているのに、生成AIでコンテンツを作って儲けようと考えてるなんて馬鹿みたいじゃない?
その行動は今、この刹那に微々たる収益を貴方にもたらすかもしれないけど、決してあなたの将来の人生を保証してくれるような「生きる道」には決してなり得ないし、
今後生成AIに関する法律が施行された際には「犯罪行為」として経歴の汚点にすら成り得るからね
既に権利保持者がバンバン生成AI企業を訴えて争ってるんだから時間の問題だと思う
この、一見「儲かる」風に見えて、全力で「生成AI提供元以外の全員が儲からない世界」を作ろうとしてる生成AIを推進して喜んでる人たちってマジで何を見てるんですかね
真面目に人生を歩んできたつもりだった。
高校時代は3カ年皆勤を受賞、推薦入試でもないくせに生徒会も本気で部活も毎年全国大会で上位に食い込んでいた。
大学は地方国立に進んだ。大学の授業を一度も欠席したことはないし、長期休暇には資格勉強や読書に励み、就活も大学2年から取り組みインターンにあししげく通って内定を勝ち取り、卒論では学士のくせに学会で賞を取るような真面目人間だった。サークルやアルバイトもやっていたが、飲み会は年数回程度だった。
しかし、社会人になって飲み会でヤリチン同期に出会ってすべてが変わった。
エロ漫画とかでしか存在しない概念だったヤリチンが、実在するんだと知った。
最初は嫌悪感しかなかった。というか普通に意味が分からなかった。付き合う前にするって何???って。
しかし学生時代ヤリチンだった同期は何人も居るし、彼女もセフレも居る同期だったり、彼女とFantiaに動画を上げて稼いでる同期とか、遠距離で彼女は居るけどヤリチンを東京でやってる同期とか、ナンパで営業力を磨いている同期とか、相席屋でお持ち帰りしまくる同期とか、そういう人がこの世界にはたくさん居ることを知った。
そしてみんな夜遊びのフェーズを大学生で終えている(ように感じた。実際大多数は遊んでなんかいない。インパクトのある話が伝搬してるだけ)。
彼女こそいたことはあるが、付き合う前にそういうことをするのは絶対にありえないと思っていた。そんな常識が壊れた。
自分は大学時代遊んでないんだ。そしてその大学時代はもう一生来ない。
そう思うと心が粉々になりそうなくらいの劣等感を感じた。
23歳だった。社会人としては若くても若者としてはアラサーが迫っていた。
23歳の遊びは若いねで笑われても、33歳がそれをやったらただのキモいでしかない。23歳でもキモいかもしれないが。
今が一番若い。
大学時代は終わっているがまだ今ならこのコンプレックスを取り除けるのではないかと思った。
若い頃のコンプレックスは一生引き摺るものである。半世紀を過ごしたおじさんが学園ソープに行くように、私自身にだって学生時代のコンプレックスがいくつかあった。
若いうちに遊んでないというコンプレックスが日に日に大きくなってくるように感じた。山月記のようにいつか虎になってしまうのではないかと思った。
そんなことを考えたとき、まだ今なら遊んでないコンプレックスを無効化できる。そう思った。
遊び終わった男がいいなんて世間では言われる。
平均初婚年齢を考えると残された時間は短い。結婚を前提としたとき、次付き合うまでに遊び終わった男になっていたい。
同時に女性から見ても、まだ結婚を考えず遊んでみたいと思う需要もある時期なのではないかと考えた。
さらに彼女が居ない今こそ、遊んでおくのが良いのではないかと思った。
それを考え始めると遊ばない=死のような感覚になった。
今を逃すと将来が真っ暗で永遠に一人だと思うようになった。
さらに自分は真面目な自覚があったし、それを改善することが至上命題となっていた。
加えて女性に対してのコミュニケーション力もコンプレックスであった。
技術カンファレンスの懇親会で同性同士のコミュニケーションは磨いてきた自負があったが、対女性となると極めて難しい。
これも早めに直したい。
まとめると遊びは
を目的として始めた部分が大きい。
欲の強さはかなりある方だが、そういう行為は正直好きな人とだけ楽しめていれば十分だと思っていた。
経験人数を増やしたい気持ちもないし、お持ち帰りする過程にもワクワク感を抱かないタイプである。
仕事のストレスがえげつない時期で正直死が迫っていたのだと思う。
狂っていた。
本質として相手を傷つけて得られる幸せや快楽はクソだと思っている。
いくら自分のためだとしても、タダ乗りは絶対にしてはいけない。
また1回目の行為は調査だとナンパ本にだって書いてある常識である。
楽しんではいけない。相手が何が好き化を調べる調査である。明確に客は女性で自分は施術者である自覚を忘れてはいけない。
遊びはどちらが好きになった瞬間終わりである。
期間を決めることにした。目標設定において期限を指定しないことはあまりにも意味のない行為である。
ヤリチンになれている・いないに限らず半年で一旦区切りをつけることは最初から決めていた。
これはマッチングアプリの料金プランとしてコスパが良いことに加え、思考に関わる習慣化の期間は約6ヶ月と言われていることにも起因している。
遊びという行為を経験しておりそれに対して不快感を抱いていない限られた知り合い(男女両方含む)に事情を話し定期的に話をする機会を設けてもらった。
これはスクラムにおけるSprintReview的な立ち位置となると同時に、依存先を増やしてメンタルコントロールをしていた側面も大きい。
数をまずはこなすことにした。
デート後に毎回記録をしていた。
好きな食べ物や嫌いな食べ物、アレルギーやMBTIなどの基本情報は大前提として
を毎回デート後に書き起こしていた。
これは経験学習効果を最大限増やすという意味合いもあるし、なにより相手を傷つけないためが大きかった。
相手に間違われるのはあまりにもつらい。それに相手が楽しくないことは絶対にしたくない。ポリシー違反。
人間を物として見てると言われそうだが、自分の中ではそれが最大限の誠実性だった。
最悪自分が傷つくのは自業自得だとしても、女の子を傷つけるのは良くないし、特に一生傷を追わせてはいけない(偉そうなこと言える立場でないのはわかっているが)。
例えば容姿を気にしている相手に容姿に対する指摘をするとか、体型を気にしている相手に体型の指摘をするとか。
そういうのは相手の人生を余裕で狂わせる。整形を繰り返したり、拒食症になったり。(自分が直接そうさせたことはないが、そういう風にされたことがある人を見たことがある。)
クラブナンパでは、クラブに1人で突撃し最初に同性と仲良くなり、そこ経由で女の子を紹介してもらうことで多少は仲良くなれたが、その後があるほどの関係性は構築できなかった。
相席屋や合コンは付き合ってくれる男さえいれば女の子と話すまでは確実だが、一方でお持ち帰りという部分に関しては極めて難易度が高い。
個人的に複数人の場での立ち振る舞いより、1対1のほうが得意であった。
結果として自分自身と相性が良い「マッチングアプリ(恋活系)」を中心に進めていくこととなった。
Tinderは最上級の課金をしても基本出会えず、性癖マッチ系は男女比が破壊的で現実的でなかった。どちらも自分でコントロールできる範囲で改善が難しかったため本業にはしなかった。
あたりで知識を蓄えた。
最も良いのは遊んでいる・遊んでいた男女に相談することである。疑問を対話形式で解決できることによる学習効果は大きい。
YouTubeに関しては有象無象で精度も低いが、複数人が言っている内容などある程度学習意義があった。(多くは会員制有料サイトへの誘導であるため注意)
各種書籍に関してはかなり効果が大きかった。特に「話を聞かない男、地図が読めない女(アラン・ピーズ 著)」は男女平等が叫ばれる中で必読の書籍であるように感じた。平等と公平の必要性もわかる。
少女漫画はふざけているかのように見えるが、女性にとっての1つの理想を知るうえで重要な資料である。(というかお持ち帰りした女性におすすめされた)
ヤリモクになることを通して、うまくやれてるヤリチンにある種の尊敬を抱いた。
(うまく、と書いているのは本能で行動し相手を傷つけて遊ぶ男や色恋や沼らせることで女性を依存させて遊ぶ男、恋人という安定に甘えながらヤリモク浮気をするような本物のクズ達には尊敬を抱けないためである)
難易度は正直人生でも相当上位に食い込む。大企業に内定を得るよりも断然難しい。就活は相当苦労した記憶だったが、それを遥かに上回るものだった。
運よく限界が来る直前に救いが何度もあったことで耐えれたが、辛さに耐えられずに人生が終わる可能性だって十分にあるくらいには精神的ダメージの大きいものであった。
一方で経験学習は明確に回る。性という人間の根幹を牛耳る部分が刺激を受けることで良くも悪くもアメとムチがデカかった。
食料が手に入るようになった現代で唯一本能的なPDCAを回せる場所であったのではないかとすら思った。
ドタキャンされたり嫌われたりは日常的にあって、かなり人格否定が発生するのが辛い。
仕事とかならプロジェクトのxxが悪いとか、スクラム開発ならPBIが悪いとか色々言い訳できるのだが、女の子から嫌われたり断られたとき、人格否定されたように感じてしまう。
(実際にはそんなことはなくて、たいてい相手側の都合とかタイミングのケースが多いが、論理でそうわかっていても感情はそうならない)
ヤリモクをやる前の事前調査で、ヤリチンをやっている友達数人に聞いたところ、まずは20人と会ってからだという話を聞いた。
これは遊び終えた上で振り返っても間違いないと考えている。
まずは数をこなして学習することが大事だし、正直相手のその日の体調や気分など運による部分が大きいというのもある。
会う直前や電話の直前で突然ブロックされることは相当な回数ある。半年間で20回は優にあった。
大半のケースは会うのが面倒なケースや他に良い相手ができたケースだと思われるが(というかそう思わないとやっていけない)とても辛い。
一番辛いのは会う約束をして当日待ち合わせ場所で待った挙げ句パターンである。
「ちょっと遅れるね」のメッセージを最後に何時間も真冬に待たされた挙げ句ブロックされたケースだってある。普通に数日落ち込んだ。
さらに厄介なのは一方的に好意を向けられた挙げ句、会う直前に突然ブロックされることだ。
簡単に好意を向ける人間は、簡単に他の人にも好意が向いて自分なんて存在は容易に捨てられる。
当たり前だが世界は甘くない。
ホテルに誘ったときに「そういうの無理なんだけど」って言われるのはまだ希望がある。貞操観念がしっかりしていて素敵だなと思う。
ちょっと嫌なのは、最後の最後に「今日女の子の日だから次ならいいよ」と言われた挙げ句、解散した瞬間にブロックされることである。これが結構ある。
基本的に初回でできなければ次は絶対にない。(1個人の統計としては1回だけ例外があったが割合としては相当低い)
またホテルに行ってやることやって、またしようねと笑顔で解散した次の日にブロックされるケースもある。
ホームで電車に乗り込む直前まで甘々にくっついてきたのに、である。本当に人を信用できなくなる。
いろいろな人と話すことができた。(実際に行為まで及んだのはごく少数であることは留意してほしい)
幼稚園の先生、小学校の先生、営業職、事務職、フリーター、様々な学部の大学生、専門学生、SE、舞台スタッフ、作業療法士、看護師など、職業や学種だけでも普段絶対関われない人と関われた。
出身地も日本全国様々だったし、それぞれの人生も唯一無二のものだった。
夜ご飯だけでも2時間は話を聞けるし、2件目、ホテルとなるとピロートークも含めてその人の人生の深淵まで触れられることもある。
理系人生だと女性と接する機会は極めて少ない。そんな自分にとっては知らない世界ばかりだった。
知ったところで何になるんだと言われるとそれまでだが。
常に、と書いているのはセフレという存在が極めて不安定な存在だからである。
自分なりに相手を満足させるように努力していても、当たり前のように関係が向こうから千切られるので常に新しい相手を供給し続ける必要がある。
セフレがほしい男は無限に居ると思うが、女性は大概そうでない。遊び前提で出会っても暗黙的に、なんなら本人は気づいてなくても付き合ったり結婚したりする未来を考えているケースが極めて多い。
というかそれ以外ほぼない。ごく稀に例外はいるが本当にごく稀でしかない。
途中で女の子側から消えていく。それは恋人になれないということに絶望を感じたり、単純に飽きられたり、私このままじゃだめだと思ったり。
だから常にセフレとなる候補を探すために新規の女の子と会い続けないといけないため、永遠に安定が来ない。
セフレという言葉に理想を描く人間は無限にいるが実際は想像以上に空虚な存在である。
自分にだけ一途でセフレな女の子という幻想は捨てるべきだ。矛盾している。
自分がセフレになる時点で他の男にも簡単に落とされて持っていかれるような存在であるし、仮に長期間セフレが維持できるほど好意を持たれていたらいつか相手が今の関係に満足できなくなって終わる。
一途なセフレは存在しないのでちゃんと誠実に遊ばず恋人を目指すべきである。
一時的に誰かの薬に立てている実感こそあったが、自分はこの人を一生幸せにできないんだと感じで絶望を感じることが多々あった。
穴の空いたポケットにビスケットを詰めているような感覚。すぐ落ちて無駄になっていく。
どれだけ優しくしたり貢献しても、すぐ離れて蓄積がない。
恋人だったらそうはならない。1年付き合って培った信頼とか共通認知とかがある。
遊びにはそういうのが一切ない。体験版でプレイするたびにリセットされるRPGと同じ。
遊び初期は女の子とデートするたびにPDCAサイクルが回って学びが多かったが、だんだん得られる学びが減っていった。
それに正直やりたいだけなら遊びは風俗と比べて金銭的なコスパも
Permalink |記事への反応(26) | 00:30
でもいいじゃん。吐き出させてよ。
俺に対する批判はだいたい受け入れるよ。
1. ほぼ毎日やってる
その金はどっから出てくるんだ。羨ましいよ。俺もUSJ行きてぇよ、北海道行きてぇよ。
3.自分が正しいと信じて疑わない
自分の意見が正しいと自信を持つのはいいけど、間違うことも言うのが人間なんじゃねーの。
「いいや、俺が正しい。お前は間違ってる」って。何を食ったらそんなことが言えるのか。
何がロジックだ、じゃあお前が論理的であること論理的に示してみろよ。無理だから。
ゲーム誘われ待ちの人が案外多い。そういうタイプのゲームだと言われればそれまでだけど。
なんでそんな刹那的で受動的なの。そんなんだからいつまでたってもそんなんなんだよ。
あぁ、俺もうだめだ。
人のことこんなに愚痴ったり悪く言ったりするなんてな。
でもそんなもんだ。
まだ空が明るい。
何でもできる。
本屋に行って好きな本買おう。
んじゃ、またね
少し前から頭痛がするようになっており、毎日の作業時間としては残業無しのフルタイムくらいのものですが体調が万全でないこともあってしっかり休息をとることができない影響が響いているのかなと自覚してます。
うちのエリアを担当して下さっていたヤマト運輸のお兄さんは少しの間みかけなくなり久しぶりに配達にきたと思ったら髪の毛が全て真っ白になっていたことに驚くしかありませんでしたが、そのような激務に耐えられる理由は家族のためでしかありえないでしょう。
その理由とはもちろん大好きで心地の良い妻さんであったり問答無用で可愛い子どもといった精神的なところもあるでしょうけど、もっと肉体的な奥底にあるものとしては女性の体臭といったものが男性に与える影響は長い独身を経てみなければわからないことでもあります。夏が本当に暑くなってヘアスタイルにも影響がありそうなほどですが、やはり髪の毛を毎日洗うのは負担が大きく、レジ待ちなどで以前よりも女性の体臭を感じられる機会が増えているのではないかと思います。そういったものは理屈や感情抜きで男性の精神を昂揚させる効果があると思っており、それが同じ空間で過ごすこと、代表的には同じベッドで寝ることで男性としては朝まで無意識的にでも幸せ物質を補給できているのではないかと考えます。それが男性にとっての幸せな感覚とか自信に繋がるのだと思いますが、それのない独身男性がきついフルタイム労働に耐えるのは難しいのではないかということが、昨今の不就業者と未婚率との隠された原因ではないかと思ったりします。
しかしいずれにしてもフルタイム労働が如何にきついものかであり、それに耐え続けることによる悪影響を考えずにはいられません。家族のために働くことは必要なこととはいえ我々は資本家の養分になるために生きているのではないということに怒りがふつふつと湧き起こります。最低限生きていくために必要な住居費用にしても、日本人の敵である維新やミサワホームが何の縁もゆかりもない金髪碧眼国家から自然に成る木を大量輸入していることなどは、どれだけの搾取が行われているかという一例に過ぎないでしょう。
そういう我々自身も気をつけなければならないことは、車のランクや住宅の外観に費用をかけすぎることであり、車に用いられる鋼板はリサイクルに限度があることから一定量は使い捨てにされている現状があるでしょう。であるなら我々は使い捨てにされ続けるが故にいつまでも石炭や鉄鉱石を燃やし続けることによる温暖化によって主食が採れなくなるという、見栄によって自らの首を絞める経済システムにどっぷりと浸からされているという現状を認識する必要があり、そのように認識したうえで現状で良いと思うならそのようになるしかないですが、現状に問題があると思うのなら自らの意識を変えるための発想の転換が必要であり、具体的には一億円のスーパーカーのようなものこそ世の中で最もダサく、建物外観に必要以上に凝って散財を煽ったりすることに癌のような気持ち悪さを認識していく必要があるでしょう。
我々は意味もなく生きているわけではなく命を繋いでいく使命を帯びていますが、その先にあるものを考えるなら「どのように」生きていき、どのような未来のビジョンを持つかということも生きることと同様に重要なことです。
現状の世界で富や権力を握っている者達のように刹那的に生きていくことをヒエラルキーの頂点とする生き方を目指すだけなら不幸の再生産を延々と続ける結果となり、子の世代なら直接支援するなどでそれによる悪影響を認識し辛いところはありますが、孫やもっと後の世代のことを考えなければならない事態に至っていることは明白です。
ですので我々はそのような問題意識をもつのであるなら、端的には毎年のように発売されモデルチェンジされる自動車の外観=鉄板プレス構造=ブリキ缶の意匠などに魅入られたりせず、特に男性はアイデンティティの一部とするようなことはあってはならないのです。たかがヒトの、それも白人の造ったようなものがアイデンティティの一部になるなどということは自らを家畜の地位に貶めるようなことでもあります。管理される家畜ではなくヒトであるためには外観などではなく構造を徹底的に分析し、どのようにすれば生活が楽になり、同時に未来も確保されるかを考えねばならず、であるなら外観などは野暮ったいものになるのが必然です。
白人は子にトリックオアトリートのようなプログラムを入力する必要のあるロボットでありながら動物のような特徴という気持ち悪い生物でありながら映画には向くといった特徴もあるのは確かですが、その白人は男性優位社会でしか繁栄しないことは黒人との混血の進むアメリカが証明してくれており、それについて疑問に思う方もおられるかもしれませんが、その疑問はそのまま白人男性の権威的、序列主義的性質に向けられて然るべきものです。それを最も端的に現わす出来事がダイアナ妃の事故死です。
日本でも不可解な死は起きており、言わばサタンによる「裏切り者」への死の制裁でしょう。
我々の強いられてきた労苦を子孫に受け継がせないためにはサタンから受益(利己主義)してきたものを少しずつでも手放していく=本当の意味での社会貢献(利他)が必要です。
・1年前期
将来の夢は非常に漠然としていて、志望の専攻もなかったので偏差値や得意教科的に自分にマッチしているだけの大学・学部に入る。
モチベーションは勿論低い。さっそくドイツ語など教養科目をたくさん落とす。専門科目は全滅。
・1年後期~2年後期
正直あまり記憶がないが、サークル活動が楽しかったということだけは覚えている。
楽しい刹那的な記憶と単位を落としまくるという日常的光景は忘れやすいということか。
まあでもこの時期に自分の学部の魅力みたいなものに気づきましたね。
・3年前期
さらにゼミや大学の公務員講座に入るなど環境が変わったが、ここで突然将来に対して恐怖を感じる。
ある日いつものように学校をサボったのをきっかけに日中に外に出ることができなくなり1ヶ月ほど部屋に引きこもり、携帯電話の電源はずっとオフにする。
自殺願望が高まっていき何度も首を吊ってみたが失敗。久々に携帯の電源をオンにしたら、メール数や着信数がとんでもないことになっていた。
あの時は友人にも両親にも先生にも心配をかけさせまくって本当にごめんなさい。
・3年後期
周りが就活の準備をする中、単位が不足している俺はまた精神的に不安定に。
このあたりに留年することを決意し親に通達。何もやっていないという不安感から、春休みに運転免許を取得。
・4年前期~5年前期
完全におかしくなっていた。
学校には一切行かず毎日家でネットばかりし、それでいて「自殺すれば全てから逃げられる」と楽観視する退廃的な生活。
食事は1日1食でコンビニの弁当かマックか宅配ピザのローテーション、おかげでこの1年半で20kg体重増加。
大学の友人達が卒業するときに久方ぶりに顔を見せたけど、みんなから太ったねって言われたね。
5年の夏休みに地元の自治体の試験を受けると親と約束していたが、部屋から出れず地元に帰らなかったことをきっかけに、ここで退廃的な生活に終止符。
・5年後期
ある程度改心。
学期開始前に精神科で検査したが、異常なしという結果だったので大学復帰に自信を持てた。
とりあえずまだ取り終えていない英語とドイツ語の単位を取りに行った。
・6年前期
地域で言うと日本海側→日本海側への移動なのでめちゃくちゃ時間かかります。
月曜日に4つ授業を入れていたが就活の日程的に休みすぎたせいで全滅し卒業できるかどうかでかなり焦り始める。
あ、念願のドイツ語の単位はここで取れました。ちなみにドイツ語の教科書は通算で6冊くらい買いました。
就職が決まってから心の中に「責任」というものが芽生え始めたように思える。
立場が人を作るってやつだろうか。
・6年後期
6年間の中で最も真面目に学校に行ってたし充実してた気がする。皆出席を達成。
卒論は書かなくても一応卒業できる大学だったので、その代わりと言ってはなんだが図書館の本を読書をする毎日。
24年間の人生で初めて読書の楽しさに気付けたし、勉強をする意味みたいなものにも気付けた。もう少し早くこの感覚を持ってていたらねえ。
正しさ @verygoodreality
19年3月2日
男子高校生集団が大笑いする声に比べれば黒板を引っ掻く音などはきわめて愉快で心地良く思える
正しさ @verygoodreality
19年3月3日
これがどうなのかは知らんけど、高学歴高収入高教養の親に育てられてもともと人間ができてるから厳しく縛る必要のない生徒が集まってる学費の高い学校を例に挙げて「自由なほうがよく育つ」みたいなのはもうウンザリですね。
postedat 13:52:21 削除
正しさ @verygoodreality
19年3月3日
この世界にネットがあるせいで不幸になった人と、ネットのない仮想世界でネットがないせいで不幸になった人とを比べると、前者は「インターネットさえなければよかったのに」と考えることで不幸が増すけど、
postedat 14:18:42 削除
正しさ @verygoodreality
19年3月3日
叩かれたときに「私への批判は構いませんが家族友人を巻き込まないでください」と言い残して消えるの、
ということを一度にアピールできるから今のところ最適解なのかな。
正しさ @verygoodreality
19年3月3日
周囲が狂っていく中で淡々と正常を維持し続けている人はそれはそれで狂っている可能性がある
正しさ @verygoodreality
19年3月4日
ネットロアに「これはデマの可能性がありますよ」と指摘せざるをえない状況、これが人類の思い描いていた情報化社会なのかという感慨がある。2019年だぞ。
postedat 19:14:27 削除2019年03月05日(火)
正しさ @verygoodreality
19年3月5日
逆走とか無灯火は「ついうっかり」もありえないことはないけど傘差しは100%故意なんだから警察はどんどん発砲してほしい
正しさ @verygoodreality
19年3月5日
tuittaaで本物の頭おかしい人を見かけると、かつてnichanneruでただのネタとか釣りだと認定されてボコボコに叩かれていたあの名無しもコテハンも実際は病人だったんじゃないかと思い巡らせて悲しくなることがある。
正しさ @verygoodreality
19年3月5日
いや多分みんな気づいていたけど分からないふりをしていたというのが正しそうではあるが
正しさ @verygoodreality
19年3月5日
「同じ職場の高学歴が使えない」→「そいつは落ちこぼれで、そんな奴でも入れるお前の会社の程度が低いだけ」ってインターネッツで死ぬほどよく見る流れだけど、これ学歴とか関係なく言えるはずなのになぜか学歴に関するときだけ使われるツッコミなのが気になるんだよな。
postedat 21:09:25 削除
正しさ @verygoodreality
19年3月5日
どんな場合でも「職場にこんなダメな奴がいる」→「そんな奴がいるお前の職場がレベル低い、嫌なら転職しろ」と言うことができそうじゃないですか
正しさ @verygoodreality
19年3月5日
本当に国民一人あたり何百万円もの借金があって返済のメドもないならどっちみち終わってるんだから計画中の新幹線も高速道路も第二青函もヤケクソで全部作ろうや
正しさ @verygoodreality
19年3月6日
弊アカウントにもクソリプとか引用RTとかたまには来るけど滅多に晒さないだけですよ
postedat 18:57:08 削除
正しさ @verygoodreality
19年3月6日
他の人への被害を未然に防ぐためにも晒したほうがいいのかもしれないけど
postedat 18:57:37 削除
正しさ @verygoodreality
19年3月6日
地方創生なんて“中央”の住民にとっては「税金の無駄遣い」なんだから本気でやるわけがないしできるわけもない
postedat 22:52:09 削除
正しさ @verygoodreality
19年3月7日
就職難の時代に「お前の代わりはいくらでもいる」でやってきた連中がどんな目に遭っても同情するわけがない
正しさ @verygoodreality
19年3月14日
架空の思い出を語っている人ならツイッタでよく見るのでつが。。。
正しさ @verygoodreality
19年3月14日
賑やかに語り合われることのない架空の思い出は自己の中に蓄積されてやがて腐敗してガスが発生して爆発四散する
正しさ @verygoodreality
19年3月15日
postedat 00:03:15 削除
正しさ @verygoodreality
19年3月15日
誕生日を迎えるたびに何を祝うのかがずっと謎だったまま三十を過ぎた各位
postedat 00:08:05 削除
正しさ @verygoodreality
19年3月15日
postedat 00:09:39 削除
正しさ @verygoodreality
19年3月15日
誰かが雰囲気で射精した結果生まれたものを別の誰かが雰囲気で乱射して無にしていく儚さ
postedat 21:18:05 削除
正しさ @verygoodreality
19年3月15日
「○○さんの曲が大好きなのですがいつやらかすか分からないのでCD全部買ってます」というファンレター
正しさ @verygoodreality
当たり前だけど、列車の車窓から見える田舎は「鉄道の通ってる田舎」なんだよな。
正しさ @verygoodreality
19年11月8日
ていうか3、4人で歩いてる時に「後ろから誰か来ていて邪魔になっているかもしれない」という本能的な恐怖を感じないことに恐怖を感じるんだよな
正しさ @verygoodreality
19年11月8日
結局これもその人が歩んできた人生における“許され度”に関する話なんだろうな
postedat 13:02:48 削除
正しさ @verygoodreality
顔に「私が前と同じ話をしていたら遠慮なく指摘してください」という貼り紙をして生活したいくらい記憶力が消滅してる
postedat 21:26:32 削除
正しさ @verygoodreality
正しさ @verygoodreality
リモート可能な(要するに、ネットに繋がっていれば室内で完結する)仕事とそれ以外とが分断されて“身分”になっている未来がくっきりと見える
postedat 22:40:52 削除
正しさ @verygoodreality
2chもTwitterも何でもそうだけど、その「場」の他人の投稿に影響されて自分の書き込みができあがっていくようなやつ本当に良くないと思うんだよな。
正しさ @verygoodreality
アニーメに出てくる田舎の高校生は「舞台・背景が田舎なだけで中身は都市の人間」という感じがするけど、リアルな田舎の高校生を描いてもしょうがないという感じもする
postedat 21:41:08 削除
正しさ @verygoodreality
痕活(こんかつ)
postedat 19:42:08 削除
正しさ @verygoodreality
慎重になるどころかむしろコロちゃんのせいで「いつまたどんなことが起こるか分からないから行けるうちに行く」という刹那的旅行衝動で遠出している人が増えているのでは
正しさ @verygoodreality
別に自分が若い頃も希望や可能性に満ちあふれていたわけじゃないのに若人を見ると自分が無駄にしてきたものの大きさに唖然とするな
postedat 01:08:25 削除
正しさ @verygoodreality
よほどの実家太(さねいえ・ふとし)か宝くじ高額当籤でもしない限り、人生が「もうこれでおしまい、何もしなくていい」なんていう状態になるわけないのに、いつかそうなるはず/べきだ=そうでない今は苦痛だという認識を持ってしまうと労働や生活などすべてが苦しみになってしまう。
postedat 13:51:27 削除
正しさ @verygoodreality
「人民食堂」ならすべての人民に開かれていることが明確で政治的にも正しい
正しさ @verygoodreality
電車内で本物に遭遇したとき写真撮れる人すごいと思う。何されるか分からんだろ。
正しさ @verygoodreality
能力やカネのある人はライフステージに合わせてもっとも有利な国に住み、どこにも行けない人が低賃金で支える、自由な世界が実感できるシミね
正しさ @verygoodreality
21年1月1日
RTした直後の全然関係ない自ツイートがそのRTへの言及に見える場合があって嫌なので、区切りを入れるような機能が欲しい。
正しさ @verygoodreality
21年1月3日
postedat 22:14:45 削除
正しさ @verygoodreality
21年1月3日
若者特有の活力に満ちあふれた創作物、もう「うるせーバカ」以外の感情が出てこなくなっている
正しさ @verygoodreality
21年1月3日
嘘です。本当は「助けてくれ」とうめいています。
正しさ @verygoodreality
21年1月3日
正しさ @verygoodreality
21年1月4日
何年か後に「限界中年男性」とか言ってた頃なんかはまだ限界ではなかったな、と思うときが来るのだろうと分かってはいてもどうすることもできない。
postedat 00:41:46 削除
正しさ @verygoodreality
21年1月5日
もう嫌だ。どっかの旅館に泊まって部屋入って荷物下ろしてファンヒーターのスイッチ入れてジーーーーボボッという音を聞きながらテレビをつけたら7時のニュース前の地域情報番組とかやっててさっきまで風呂行く気満々だったのに段々部屋が温まってきて動きたくなくなりたい。
正しさ @verygoodreality
21年1月9日
トランプまだ在職なんだからいまのうちに“力”を使ってインターネットを終わらせてほしい
正しさ @verygoodreality
君がいない夏
realdonaldtrumpがいないTwitter
正しさ @verygoodreality
postedat 00:46:27 削除
正しさ @verygoodreality
21年2月11日
これは偏見ですが、偉い人を選ぶときにスポーツマンの中から選んだら過去にセクハラやパワハラを一度もしてないことなんてないんじゃないんですか。
postedat 13:54:04 削除
正しさ @verygoodreality
21年3月6日
旅行に行きたいというより「まもなく旅行に行く」という状態になりたい
正しさ @verygoodreality
21年4月23日
東京以外で何か起こるとその地域すべてが悪いことになる一方、東京では何が起こってもその個人や組織が異常なのであって東京都という自治体や住民の単位で批判されることが絶対にないのが最大の強みだけど、その個人が行政のトップだった場合にも同じ原理が適用されてしまうのが悲劇と言えそう。
postedat 16:00:18 削除
正しさ @verygoodreality
21年6月18日
熊がかわいそうと言っている人を叩いてスッキリしたい人のために熊がかわいそうと書き込むボランティア
正しさ @verygoodreality
本当に行政のデジタル化が進めばオンラインで何の障害もなく業務ができるはずなんだからデジタル庁は釧路あたりに置くべき
正しさ @verygoodreality
21年7月25日
一貫性がないと揚げ足を取られるが一貫性を保ち続けると狂人になってしまうインターネット’20s
正しさ @verygoodreality
21年8月16日
realDonaldTrumpだけがいない夏
正しさ @verygoodreality
就職するまで分からなかったこととして、一見普通だが精神を薬で保ちながら働いている人が想像の5倍はいるというのがある。
正しさ @verygoodreality
22年2月16日
まあでも身近な食べ物とか日用品とかこんな環境で作られてて、全部まともにやらせようとすると廃業になるんだろうね。
postedat 19:48:01 削除
正しさ @verygoodreality
22年3月9日
おたくがほのぼのニュースをシェアしながら「もうこういうニュースしか見たくない」と書き込むたびに世界で悲惨な事件や災害が起こる
postedat 16:50:03 削除
正しさ @verygoodreality
22年3月15日
正しさ @verygoodreality
男「LINE教えて」
女「LINE(ライン)は、LINE株式会社が提供するソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)である。スマートフォンやフィーチャーフォンなど携帯電話やパソコンに対応したインターネット電話やテキストチャットなどの機能を有する。2012年7月3日にはプラットフォーム化が発表さ」
postedat 15:43:02 削除
正しさ @verygoodreality
18年2月9日
ネット上でオッサンがウザがられるのは、現実世界では存在しないことになっている「オッサンの自我」「オッサンの人権」などが見えてしまうからなのだろう。
正しさ @verygoodreality
「平民の生活が改善するくらいなら国を滅ぼしたほうがマシ」と書いても違和感はない
正しさ @verygoodreality
18年3月6日
電車でウンコを漏らしても「ウンコを漏らしたという事実はないが車内を混乱させてしまったことについては謝罪したい」で切り抜けられるのでは
postedat 21:35:45 削除
正しさ @verygoodreality
18年3月6日
そもそも「父ちゃんが毎日電車に揺られて会社に行き、母ちゃんが今月もご苦労様でしたと給料袋を受け取る」みたいなスタイル、東京圏・阪神圏では戦前から当たり前だったかもしれないけど、そんな時代が来てもいない地域に(そのスタイルを前提とした)リベラルもコンサバもあるのだろうか。
正しさ @verygoodreality
18年3月6日
労働、家事、育児、ウチ、ヨソ、みたいな切り分けがなく境界があいまいな生活をしている地域のことだけど
正しさ @verygoodreality
18年3月7日
postedat 09:46:14 削除
正しさ @verygoodreality
18年4月15日
負けヒロインだって別に人生に負けたわけじゃない。しかし我々はどうだ。
postedat 00:13:36 削除
正しさ @verygoodreality
18年6月7日
「この人そろそろ本とか出しそうだな」と感じたら過去ツイートを保存するという陰湿な営みが流行る
正しさ @verygoodreality
18年6月8日
実はこの宇宙も改ざんされたものであることを安倍首相が謝罪すると同時にすべてが無になる
正しさ @verygoodreality
まだあるか分からないけど、昔2chの引きこもり板で電車の乗り方とか荷物の送り方とか「引きこもっているから分からないor忘れてしまった社会の常識」を質問するスレとその過去ログをまとめたページがあって、俺は引きこもりではなかったけどその情報が普通に役に立ったんだよな。
postedat 22:22:48 削除
正しさ @verygoodreality
で、当時はこんなこと考えなかったけど、田舎に育つということは引きこもりと同程度に情報が遮断された・分からない状態であるということだったんだなと今になって分かるんだよな。
正しさ @verygoodreality
18年9月23日
英語の授業では英語そのものではなく「Google翻訳にそのままぶち込んでもちゃんと英訳される和文の書き方」を教えればいいのかもしれない
postedat 22:40:03 削除
正しさ @verygoodreality
18年9月24日
中身がおっさんの女子がウケるのって、「女体は要るけど女性は要らない」の極致という感じがして非常によろしいな。
正しさ @verygoodreality
18年9月25日
「100万回生きたねこ」が散々な扱われ方をしているのはさすがにどうかという気持ちになってきた
postedat 00:02:30 削除
正しさ @verygoodreality
19年1月26日
一生、「何かに間に合わなかった感覚」から解放される気がしない。
postedat 22:52:51 削除
正しさ @verygoodreality
19年1月29日
高速バス、体力的なしんどさに加えて「もっとまともな交通手段を選べる人間になるはずだっただろう、違うか」というような問いかけが発生してしんどい。
postedat 22:15:51 削除
正しさ @verygoodreality
19年2月2日
政府の統計はすべて嘘で、実はもう日本の人口は3人しかいない。俺とお前と安倍晋三だ。
正しさ @verygoodreality
19年2月2日
自分の得意な話題の時だけ饒舌になるのはキモいので常に黙るようにしている
正しさ @verygoodreality
19年2月2日
「全ての青春を、生まれる前に消し去りたい。全ての宇宙、過去と未来の全ての青春を、この手で」
postedat 22:19:38 削除
正しさ @verygoodreality
19年2月3日
ちゃんとまとまった休暇があればカネを使うということが明らかになってしまったようだ
正しさ @verygoodreality
19年2月3日
正しさ @verygoodreality
19年2月4日
誰が言ってたか忘れた、というか広く一般的に言われてることなんだろうけど、普通にしてたら飽きてしまう人生を飽きないように日々何らかの変化を起こさせる存在としての子供の役割みたいな話があったなあ。
正しさ @verygoodreality
19年2月4日
愛を失い尽くし太郎
正しさ @verygoodreality
19年2月4日
疲れた時はこれを見れば世の中がまともでないことを再確認できて慰めになる
upload.wikimedia.org/wikipedia/comm...
正しさ @verygoodreality
19年2月4日
日本国の比較的頭のいい人たちが考えて行動した結果がこれなんだから俺ごときに質の高い仕事を要求していいわけないだろうと強気になれる
正しさ @verygoodreality
19年2月5日
人生は消化試合だけど「別に9回裏までやる必要なくいつやめてもいいよ」と言われながら壁に向かってボールを投げたり目についた小石を拾ったりしているような状態
正しさ @verygoodreality
19年2月5日
「○○がもう10年前か」というよりも「Aが10年前なのにBがまだ4年前?」というような感覚のズレに老化を感じる
postedat 22:59:32 削除
正しさ @verygoodreality
19年2月6日
「男は要らない」は半分しか正しくない。女も要らないし、人類が要らない。
正しさ @verygoodreality
19年2月6日
もともと何の可能性も未来もなかったのに「あったのに、こんなふうになってしまった」とマゾる行為はインターネット掲示板の伝統
postedat 21:32:51 削除
正しさ @verygoodreality
19年2月6日
@一度は世界に歓迎されたはずの各位
postedat 22:38:51 削除
正しさ @verygoodreality
19年2月6日
正しさ @verygoodreality
19年2月7日
マナー講師自身も最初は「さすがにこれは無理があるのでは」と思っても教えているうちに絶対正しいと思い込むようになってそう
postedat 00:45:03 削除
正しさ @verygoodreality
19年2月7日
もっとも「これは本当に意味があるのか?」と考えるとほとんどの仕事に意味なんかないとも言えるのだろうが
postedat 00:46:09 削除
正しさ @verygoodreality
19年2月8日
恐ろしい独裁者に「お前は要らない」と言われるか、優しい市民の多数決で「お前は要らない」と言われるかの違いみたいな感じになってきたな、社会。
postedat 19:02:05 削除
正しさ @verygoodreality
19年2月9日
最近流行りのネットでお勉強できるサービス、それ自体は良いことなんだろうけど、まず「勉強すると人生が良くなる可能性がある」ということを知れるかどうかに分岐点があるのが虚しい。
正しさ @verygoodreality
先日ベトナム人らしき若者に日本語で道を聞かれたが、来日したばかりの技能実習生だったのかな。死なないでほしい。
postedat 08:49:02 削除
正しさ @verygoodreality
「長期的にはまずいが一時的に良い状態になること」が許されるなら麻薬も解禁したらどうか
postedat 08:53:47 削除
正しさ @verygoodreality
「過去のある若者が許せない」のフェイズに入ると本当に終わりという感じがある
正しさ @verygoodreality
猫はもっと賢くなれるけど適度にバカな行動をしたほうが人間にウケて生存率が上がるからあえてそうしてる感じがある
正しさ @verygoodreality
19年2月14日
正しさ @verygoodreality
19年2月15日
人権vs人権とか自由vs自由が発生したときの適切な対応を人類はまだ知らないし、「理屈はないが皆でなんとなく合意して“正解”を決め、蒸し返す奴は黙らせる」という運用で行くのであればそれはもう人権やら自由の概念が広まる前の時代と違わないし、これまでの実験は無駄だったっぽい。
正しさ @verygoodreality
19年2月16日
国内旅行の際、複数ある交通手段のどれにしようか迷うとき「こっちが先に廃止されそうだから(今のうちに乗っておこう)」という選び方を当然のようにしており、もう亡国を前提とした思考が脳に定着しているんだなと気づかされる。
postedat 18:19:55 削除
正しさ @verygoodreality
19年2月16日
物心ついた頃から何かが消滅したり減少したり劣化したりするのが当たり前でそれ以外の状態を見たことのない者が社会の大多数となった場合に何が起こるのか、と思うけど、実際のところ滅亡はその延長線上にはなく予想外の角度から唐突に来るんだろうな。
postedat 18:27:49 削除
正しさ @verygoodreality
19年2月18日
この情報化社会、ジャパン入管の人権度はすでに広く知れ渡っているだろうに、それでもまだマシと判断するほどの待遇か…
postedat 21:57:51 削除
正しさ @verygoodreality
19年2月18日
postedat 22:32:52 削除
正しさ @verygoodreality
19年2月19日
都市に住んで読書や散策や美術館等あまりカネのかからない趣味で十分楽しめる(楽しみ方を知っている)人が田舎でパチンコしかない人を殴る様子が目に見える
正しさ @verygoodreality
19年2月21日
みんな優しくなったところへ全く他人に配慮しない暴力集団がやってきてすべてを奪っていく
正しさ @verygoodreality
19年2月21日
間違いを少しずつ修正することができず「現実としてこうなっているのだから正しい」という理屈で加速し続けて内心ヤバいなとみんな思いながらも止められず破綻して「なんか知らんけどうやむやになってよかった」でやり直すチャンスが来るまで待ち続ける伝統芸
postedat 21:09:07 削除
正しさ @verygoodreality
嫌いではなくニュートラルになっただけだよね。数ある趣味の一つだから特別扱いする必要がないという。
postedat 14:52:13 削除
正しさ @verygoodreality
19年2月26日
翔んで埼玉の連載当時はどうだったか知らないが、2019年現在においては日本人の7割くらいは埼玉より不利な場所(非首都圏)に生まれてるんじゃないか。
正しさ @verygoodreality
19年2月26日
引用されそうな文献からそれらしい二文字を自動で大量に抽出してリスト化することは簡単にできそう
正しさ @verygoodreality
19年2月27日
正しさ @verygoodreality
豊橋ではミャンマー人奴隷が時給300円で大葉をパックに詰め、中目黒には1杯1200円のスタァバックスが開店する。今日もインターネットでは多様な社会不適合者がバトルを繰り広げる。平成が終わる。
正しさ @verygoodreality
俺たちは
殺される
正しさ @verygoodreality
19年3月1日
4月くらいになると、夜ちょっと外に出たとき空気の湿り具合とか匂いの感じで「あっこれ今日から夏だわ」という瞬間があって、そろそろ来るかと思うと大変憂鬱である。
正しさ @verygoodreality
19年3月2日
https://anond.hatelabo.jp/20250402190926
一方で自分はというと、少しだけ若いが大筋ではこの元増田と似たようなものだ。
写真に写る自分はかつて若い頃にこんなおっさんになりたくないなあと思ってた姿に近い。
あがいてると言われたらそうかもしれない。おじさんが頑張ってるのみっともないなと若い子に思われてんだろうなあとも感じる。
彼らは必死な俺が理解できない。かつて俺自身が若い頃、頭では理解してるつもりでも、心の奥底ではまるで時間が無限にあるかのように感じていたこと。
仕事でうまくいかなくてもここが合わなかっただけ、自分の本当の居場所はどこか別のとこにあるのかもしれないと、自分探しにまだ余裕が持てた頃を思い出す。
今の俺にはそんな余裕はない。今いられる場所でひたすら踏ん張るしかない。
周りの同世代はさすがに前線にいようとはしない、どこか達観したような態度で静かに消えるべき時に消えようとしているように見える。
老兵は去るのみ、セカンドキャリア、ファイヤ、それもまた余裕のある人間ができることなのだ。
俺は今でも日銭を稼いでいる。投資もないし貯金も大したことない。
だからせめて定年まではなんとか食いつなぎたい。
だが同時に、もし今仕事を失っても俺はなんとか生きていくんだろうなという謎の自信もある。
若い頃と今では体力そのものが全然違うし、あちこちガタがきてはいるがなんとかまだ動ける体ではある。
食ってくためにはたぶんどんな仕事でもやる。仕事がなければホームレスになってしまいそうだがそれでも生きようとすると思う。
思い通りにはいかない人生だったし、親や社会を恨んだ事もあるがもはやどうでもよくなった。
戦いに負けて卑屈になり世を呪うように生きている人間、そんな人間が世の中には溢れている。
犯罪犯さないか心配されるような人達、あるいは犯罪まで犯してしまったような人達。
俺はそういう人達を簡単に切り捨てられない。そういう人達が気になってしまう。それは明日の俺かもしれないからだ。
世界は俺とは関係なく美しくある。俺は俺の意志とは無関係に、世界に受け入れられているのだ。俺はそれを眺めて感動する。
きっと増田を読むような人達は、ある程度の生活の安定や、老後の事も見通し立って生きてる人が多いだろう。
そういう人達にとって、こぼれ落ちた人間達は不安材料になるだろう。
今あがくように必死で働いてる俺もそうだ。いい年してなに張り切ってるんだと思われるだろう。
まあでもね、俺みたいなのがたっくさんいるわけだ。
どれだけ安定してるつもりでも、不安が消えない人も多いだろう。
辛いとか辛くないとかもあまり考えてない。しんどい時もたくさんあるが、なんかおもしれえことになってんじゃんと頭のどこかで考えてたりもする。
達観してるわけではない。みっともないくらい必死だし、俗っぽい欲望にも溢れてる。
4年付き合った彼氏と別れた。
8個上の寡黙な人だった。
ネットで出会って、会う前に付き合い始めた。コロナや家庭の事情を理由に結局1年間会えなくて、付き合って1年以上経ってからの初対面だった。
行動に移してくれない人だった。計画性のない人だった。愛を囁いたり、落ち込んだ夜に一緒に涙を流したりしてくれる人ではなかった。そういう夜はただ、いつもより遅くまで電話をつないでくれた。
2年経った頃、彼は「東京に引っ越す」と言った。
彼は仕事を引っ越しギリギリまで探さないので、とてもヤキモキした。彼の計画性のなさが不安だったけれど、私と住むために東京に来てくれるのだからと気持ちを整理した。
家の契約周りはすべて私がした。もともと東京に住んでいたのは私だったし、自然な流れだったかもしれない。
家賃は折半、ただし、家事は彼がメインでやってくれた。私は本当に「きちんと暮らす」ことが苦手なので、生活する環境を整えていてくれたことへの感謝は尽きない。
役所・契約周りなどの対外的な生活を整えるのは私、家の環境を整えるのは彼氏だった。
私は哲学的な話や文学に関する話、生きる意味など、形のないものについて人と語り合うことを好む。彼はそういった話はしない人だった。ただいつも、「○○のそういう感性、俺には無いから尊敬する」と言っていた。
時折喧嘩もした。基本的に、私がカッとなって、文句を言う。彼は、それが理にかなっている時は「悪かった」といい、言いがかりの時は「それは違う」と言った。正しい人だったと思う。
別れたきっかけは、結婚とお金の問題だった。25までに結婚、子供が欲しいと4年間言い続けていた私と、それをあまり真剣に捉えていなかった彼とで認識の相違があった。あとは、計画性のなさゆえの、金銭的な問題も。
わたしはあまり心身が強い方ではなく、精神を病んでひと月仕事を休んだこともあった。定期的に鬱っぽくなる私を慰めるでもなく、彼はただそこにいた。「死にたい」というと、「また鳴いてる」と言った。鳴き声だと認識していたらしい。
私に振り回されずに自分を保って、ただそばに居てくれる人というのは、今後現れないかもしれないなと思う。親には別れることを反対されている。ただ、もうふたりの関係は壊れていて、取り返しがつかない。
いわゆる「理解のある彼くん」を失ってしまったわけで、はたして私はひとりで生きていけるのか、不安は残る。でも、しばらくは「25歳での結婚」に縛られて諦めていた夢を追いかけてみようかと思う。
わたしは留学がしたかった。ワーホリでもいい、少し海外にでも行ってみよう。
もしかしたら、半年後にはすべてに絶望して命を絶っているかもしれないけれど。もう少しだけ刹那的に、命をむき出しにして、レールから外れた人生を楽しんでみてもいいかもしれない。
って思う。
いつも思う。
今はいいけどこの先は…
でもさ、今その時を楽しんでる方が絶対いいんだよな
先のこと考えてやりたくもないこと無理にやる時代ではない
10年後、今の仕事があるとも、今のスキルが生きるとも限らない。
それだったら今をめちゃくちゃ楽しんで、人生をどうやったら楽しめるか?の経験を積む方が絶対いい。
分かってる。
刹那的な楽しさをたくさん経験する彼ら彼女らが羨ましくもある。
なんか、ワイワイしてるのずっと見てると自分も友達になった錯覚を起こすけど
結局自分の人生経験はそこにはなくて、ただ消費してるだけだし。
自分は何してるかというと、別に売れもしない漫画を趣味でずっーーーと描いてる。
結婚とか家庭に興味が持てなさすぎる。他にやりたいことも全くない。
もう10年くらい。
それこそ、こんなもん描いてこの先どうするんだろう…という感じ。
そんだけ。
かと言って漫画やめても他にやることないし、漫画描くより楽しいことも特にないけど。
プロで漫画描いてる人はすごいと思うけどあそこまで出来る自信は全くない。
漫画を描くことが好きというよりは好きな話をアウトプットするために一番ベストな手段が漫画だったって感覚。
もう少しで完成する。
完成したらさっさと次の話に取り掛かりたい。
https://ourfeel.jp/episode/2550912965170865451
この話を「よくわからない」と言っている人が多いように見受けられ、なんならチェンソーマンとかも「よくわからない」という人も多く、普通に楽しんだ身としては「なんで楽しめないんだろう?」と困惑している。が、じゃあ自分はどう楽しんでるんだ?ということはあんまり言語化したことなかったなと思ったので、せっかくだしN=1のサンプルを書き散らしておこうと思う。
そもそもとして、こういう明確なストーリーを提示しない漫画は、多少なりとも「ストーリーがない」ことに対して慣れが必要だとは思う。一定以上は断片的な要素そのもの(雑な単語を使うなら「雰囲気」)を楽しむものになる……ということだ。単に会話のテンポが楽しいとか、漫画の雰囲気を楽しむとかでも全然いいと思う。タイトルの見開きかっこいいよね。たばこの煙があんなにでかく漂うわけないのに大きく広がっているという漫画的なウソを効果的に演出してる。
とはいえ、本当にストーリーがゼロというわけじゃない。作中で提示されるストーリーは、シンプルに言えばこうだ。
この中で、ある種の「前振り→オチ」の流れが用意されている物語は、ヤクザの死だけだと思う。「①冒頭で殺人事件が提示される。②被害者の過去と日常が描かれる。③ヤクザが死ぬ/殺される。」この①~③の隙間隙間に、他のエピソード群が挿入されるわけだ。
で、本作を読み解く上でのポイントは、「別々のエピソードを並列することで、テーマやストーリーラインを抽象的に構築する」という技法を本作が取っている点にある。具体的にはこうだ。
こういったテーマ的なものを5つ盛り込んだ上で70-80ページくらいの話にまとめているのはすごいと思う。
一応言っておくと、こういう風にテーマ的なものを言語化するのは極めて無粋だし、どちらかというと読み味のスポイルにつながると思う。「死神」は、そういった内容を群像劇と時系列シャッフルによって抽象化しているからこそ、独特な味わいが出ているのだから。
本作は、意図的にストーリーを抽象化することで、「かたちのない不安」そのものを描くことに成功している(希死念慮に関する「抽象的なほの暗さ」とか)。こういうのは、あんまり言葉にせずに雰囲気を楽しむのでいいんじゃないかと思う。
あと、すごい細かいことだけど、探偵の女性が「死神」と呼ばれていることに関する補強を、謎の男性で補うのはおもしろいなと思った。謎の男性に関しては明らかに答えを出す気がない。私が本作を「ストーリー性の薄いもの」と判断したのはあのエピソードがあることによる。
Permalink |記事への反応(23) | 11:29
災害救助とかみたいに特定状況の特定個人を絞るのに名前でわかる情報だけで動けるのか付帯情報がどれほど必要なのかってのは持病とか前提として必要な対応がある状況なのかでも変わるのと同じではある
って言うのと
「ひかるっていう名前の外見上は女性で戸籍上はまだ男性で来年には女性の戸籍も獲得する予定でいま工場勤務でがんばっている持病をもっているため対応に注意が必要でこの薬がないと何時間後にどうなる服装的に今日は男性っぽいスウェットの女性予定の男性がこの下に」
って言わないと救助ができない(救助するにあたってその配慮と対応が必要だと要求している)のとでは違うだろうしね
下にいるのが誰であれって話で特別な対応が必要ではないなら「この下に」で済む話ではある
名前を変える必要だけど、公的な手続きは面倒だろうし広めた範囲が広いと面倒だろうとは思う
けれど登録されている名前が実際にそれであるかどうかと、それを使うかどうかについてはさほど面倒ではないんじゃないだろうか
一例に自分の知ってる名前の友人知人についても謄本みたことがあるまたは身分証を見たことがある人数はどれほどいるだろう
身体的な性別の違いによって致命的な分岐がないから、それを自由度として選択肢に含める「ことはできる」けれども
できるからといってしたほうがいい、すべきとはまた違うんじゃないかな
選んで増えるってことは個別の事象がその個数分増えるわけで、得られるものも増えるだろうけど問題もそれだけ分岐するわけだからさ
どのみち名前なんかはどうでもよいだろうし、外見についても好きにしたらいいと思う
でも好きにする分、相手からの対応も「好きにした分だけを要求する」というのはただの自己主張だと思うんだよね
相手がそれをみてどういう態度や対応を選択するかは「相手の自由」なわけなんだから、その自由を奪って自分の自由だけ押し通すのは違うと思うんだわ
自分が受けたい態度と、相手が選択しやすい態度の中間点を模索してテンプレをつくってそこに落ち着くってのは、そこの設定の対応場面だけについて刹那的に欲求がある以外はとても便利な仕組みなんじゃないかな
挨拶して男性扱いまたは女性扱いされたいっていうだけの人は見た目や名前とかについてまず配慮とか重要だろうし、挨拶とかは形式上あってもいい程度で大切なのはその先の対応や関係性だって人にとっては中身が重要だろう
ただ中身についても「見た目や名前で判断してほしいし、それとは違う中身に気が付いてもそういう権利を主張して自由を選択しているのだからそれを尊重して対応してほしい」って中身と
ずっと何が楽しくて、お金を払って、女性に話を聞いてもらうんだろうと思っていた。
性的なことをしてすっきりしたいという気持ちはわかるので、まだ風俗の方が理解できた
今から20年ほど前、増田が大学に通っていた頃、研究室にある陽キャの助教授(すでに准教授の呼称に変わっていたかも)がいた
学会などの出張のたびに、教授がやめろと言ってるのに学生を連れ回して飲み歩き、
最後には学生をキャバクラに連れて行っていた。自分もそれで一度連れて行ってもらったが、全く楽しみ方がわからず、
椅子に座って岩のようになっていた。
一応、大学の先生の名誉のために行っておくと、当時ですら上記のような先生は少数派であり、
おそらく現在の大学で、学生をキャバクラに連れて歩くような先生は絶滅危惧種だと思う
仕事は楽しかったし、コードを書くのは好きだったし、バグが発生して炎上しているプロジェクトであっても、ゴールが見えているのでそれなりに楽しく過ごしていた。
一概にIT企業といっても、企業ごとに社風は大きく異なるだろうし、部署によっても大きく異なるだろう。少なくとも自分の部署では上司やプロジェクトチームで飲みにいくことはあったが、キャバクラに繰り出すものは一人もおらず、大騒ぎする時でさえ、飲み屋の後にカラオケに行く程度だった。
増田は社内でそれなりに実力を認められるようになった。関わっているプロジェクトが軌道に乗り、チームの雰囲気も良く、あとはメンテしながら隙間時間に新しい技術を勉強するなど、悠々自適の生活でもあった。サービスに苦情が来ることもあったが、増田は苦情の対応がそれなりに好きだった。お金を払ってくれたお客さんからのフィードバックであると考えれば、顧客のニーズを捉えて、サービスをもっとより良くできる、どういう課題を解決すればいいか考えるきっかけにもなった。そういう苦情に対しても前向きに対応できるところが評価されたのだろう。新しいプロジェクトのリーダーに任命された。
このあたりから雲行きが怪しくなる。それはある役員が提案した新事業のプロジェクトであった。
具体的に言えないのでフェイクで書くが、これまでスパコンを開発していた企業がビットコイン事業に乗り出すようなものだった。当然、社内に経験者はいない。その役員も東洋経済やらの経済誌で入手した程度の情報(=一般人の情報)しか持っておらず、全てが手探りの状態だった。しかし、増田くんは勉強熱心で優秀だから、うまくプロジェクトをリードできるだろう、とおだてられ、自分もできるのではないかと錯覚し、引き受けてしまった。それが間違いだった。
まずは座組みである。自分が所属していたチームの優秀な後輩を数名、一緒に働いたことはないが優秀な評価がある同世代・後輩を数名集めた。みなやる気に溢れていた。役員の肝入りであったため、チームメンバーを集める社内交渉はほぼ必要がなかった。チームのメンバーには技術的な面のキャッチアップを依頼し、自分はプロジェクトリーダーとして、その技術の出口戦略を考えた。要はどういうサービスを誰に向かって作るのか、大まかでもいいので、このプロジェクトの方向性を決める必要があったからだ。
数ヶ月ほど経ち、技術的な勉強は大体キャッチアップできた。しかし、この技術がどんなサービスに繋がるのか、増田を含めプロジェクトのメンバー全員とも皆目見当がつかなかった。部長には月1で、上述の役員には3ヶ月に1度のプロジェクトの進捗報告が求められた。当初は国外での研究開発動向やスタートアップの動向などを報告していた。また、どのような技術が現状存在するかなど、論文や技術資料を整理し、噛み砕いた説明をすることで誤魔化していた。1年ほど経ったときに役員が言った。どういう技術があるのかはわかったが、全く新事業につながりそうにない。きちんと考えろ、というお叱りであった。増田は技術的にできることを説明し、また国内外の他社も実現性のある事業にまだ繋げられていない研究開発段階であることを説明した。
そのときに、役員はあるスタートアップの名前を言った。それはシリコンバレーにあるスタートアップで当然、増田もウォッチ済である。この会社は次のような技術を持っており、その技術を持って次のようなビジネスを展開しようと現在金を集めている。なぜうちにはそれができないのか。しかし、多くのスタートアップ同様、増田はそのスタートアップに技術が現時点ではないと認識していた。スタートアップがやっていることは夢を見せることである。その夢に投資してくれる人を集め、そのお金を持って現実に実装できるリサーチャーやエンジニアを雇い、実装しようとする。偶然成功することもあるが、多くは集めたお金で支払える期間を過ぎても開発は成功せず、会社は空中分解する。それがスタートアップである。このスタートアップが謳う「夢」は増田のチームも大きく共感できる。その夢が実現すれば、様々なビジネスが生まれるだろうし、多くの人に感謝されるだろう。しかし、現状の研究開発レベルとその夢の実現の間にはあまりにも大きなギャップがあった。それを乗り越えるすべを増田は持っていなかったし、おそらく世界中の多くの会社もいまだにそのギャップを乗り越える方法を持っていないだろう。しかし、役員は納得しなかった。この新事業がポシャるわけにはいかない。実はこの役員の新事業に当初から反対している派閥が社内におり、この失敗を理由に社内で派閥闘争が起こる、という予測が原因であった。
ここから問題は加速度的に複雑になっていく。ただでさえうまくいくわけのない新事業であったが、その新事業が表向きうまくいっていると見せることがプロジェクトの目的になっていった。役員は先ほどのシリコンバレーのスタートアップを私とともに訪問し、資金提供と事業の締結を取り付けた。そして社外に大々的に発表した。行って話してわかったが、私の当初の予想通り、その会社は技術と言えるレベルのものを何も持っていなかった。増田のチームが数ヶ月かけてキャッチアップした研究開発動向レベルの情報しかなかった。新事業を加速させる、といって、とあるモックアップを公表した。将来的なサービスイメージを社外に広く知らしめるためである。同分野の別会社の友人から、あの発表見たよ、すごいねとLINEがきた。詐欺師の片棒を担いでいる気分になってきた。当然、増田のプロジェクトチームのメンバーはスタートアップの技術も我が社が公表したモックアップも張子の虎であることは認識していた。しかし、社内政治の都合上、ライバル派閥にバレてはいけないため、研究開発状況は社内でも完全に機密状態になっていた。増田の精神は崩壊した。役員向けの会議や外向けの広報では、自社の技術や将来サービスが有望であることを伝える必要がある。しかし、プロジェクトチーム内はお通夜状態であり、どうやってこのプロジェクトをソフトランディングさせるのか、という議論ばかりが行われていた。優秀なメンバーは一人、また一人と転職していった。当たり前である、誰もこんな技術的詐欺を行いたい人間などいない。
精神が壊れてきた増田は家ではため息しかしなくなり、食欲もなくなっていた。ハゲは進行し、ザ・おじさんのような見た目になっていた。
ある朝、どうしても会社に行くのが辛くなり、妻にもう会社に行けないかもしれない、と弱音を吐いた。妻は増田の仕事が辛い現状は当然察していたため、無理していかなくていいよ。会社辞めてもいいよと言ってくれた。私に何かできることがある?と聞かれたので、とりあえずおっぱいの谷間に顔を挟みたいことを伝えたら、朝からおっぱいの谷間に顔をはさんでくれた。
5分ほどおっぱいの間に挟まることで、何らかの作用があったことを知覚した。少し元気が出てきた。会社に行けそうな気がする。
「元気が出てきた」と妻に伝えたところ、下ネタと勘違いされ「今からしたいってこと?」と聞かれた。
増田は正確に状況を伝えた。もちろん性的な意味でも感謝をしているが、おっぱいに挟まれたことで精神が回復したこと、その包み込まれている安心感により、今日会社に行く勇気が湧いてきたことを伝えた。
妻は困惑しながら「いわゆるおっぱいからしか得られない栄養があるってことね」と言って送り出してくれた。
何がいわゆるなのかよくわからないが、妻の言っていることは100%正しく、こんな頭の良い妻と結婚できたことを感謝した。
その後のこと。増田はサイコパスのように、役員には成功を約束し、チームメンバーには配置換えの希望または転職活動を勧めた。少しずつチームを解体し、最後に自分も辞めた。自分はやはり客が近くにいるサービスが好きなのだろう。苦情を言われてもサービスを直せるのは何も心理的ダメージがなかった。ただ、お客がいない研究開発で、役員からの苦情に耐えるのは我慢ができなかった。でも、多くの会社の中間管理職もそうなんだろうと気づいたときに、世の男たちがキャバクラに行く意味がわかったのだ。あのエウレカの瞬間は今でも覚えている。世の多くの男たちは、社内で不毛な上司たちのご機嫌取りをさせられており、今自分がしている仕事の多くがあまりにも不毛であること、常に謝罪を強要されていること、しかし生活のために仕事を辞められないこと。このジレンマの中で精神がおかしくなっているのだ。そして、それを癒せるのは性的なサービスではなく、瞬間的な心理的幸福感なんだと思う。自分があれ以降、毎日妻のおっぱいの間に挟まってから仕事へ行くようになったように、一部の男たちはキャバクラに行ったり、風俗に行ったりするのだ。あれは性的サービスというよりはケアサービスなのだ。そこから考えると、最近の推し活の意味もわかってきた。なぜあれほどまでにアイドルやキャラクターに入れ込むのだろうと不思議に思っていたが、あれは現実逃避というわけではなく、本人の心のケアのための活動なのだろう。それほどまでに現代社会は過酷なのだ。
このような理解に辿り着いた後に、当時お世話になった助教授の先生に連絡を取ることにした。自分は相変わらずキャバクラに行かないが、キャバクラに行く人の気持ちはわかりましたよ、ということを伝えたい、あの頃の岩になった自分の浅はかさを謝りたいという気持ちもあった。その先生はある地方大学で教授になっており、その大学では理事・副学長になっていてあまりの出世っぷりに驚いた。おそるおそるメールを送ってみると、近況報告がてら飲みに行きましょう、とメールがすぐに返ってきた。
その先生の研究室を訪問し、先生の最近の状況を伺った。相変わらず陽キャで、人を明るくする人はすごいな、と思わされた。大学近くの居酒屋に行き、色々話した上で、上記のようなキャバクラ論について語った。先生は少し考えた後に、やはり理屈よりも実践だろう、今から行くぞとキャバクラに連れていかれた。正確にはキャバクラではなく、フィリピンパブだった。そのことを指摘すると、フィリピンパブの方が安いし、楽しいとのことだった。
常連なのだろう、先生の周りにはすぐに女の子がたくさん集まってきた。先生はおもむろに「歌いま〜す!」と言って、こっちのけんとのはいよろこんでを歌い出した。
想像してほしい。還暦を過ぎた老人がハイテンポのはいよろこんでを踊りながら超絶美声で歌う姿を。
その時の私は数年で1番笑ったと思う。笑いながら涙が出た。還暦過ぎても流行曲を相変わらずマスターしている先生には笑ったし、選んだ曲がはいよろこんでだったのは先生から私へのメッセージであることに気付いたからだ。
そのあとはみんなでbling-bang-bang-bornを踊ったりしながら楽しい時間を過ごした。
帰り際に先生が言った。さっきのキャバクラ=おっぱいの谷間論だけどな、正しくないと思うぞ。
たしかにそういう側面もあるだろうけど、居酒屋で同僚と馬鹿騒ぎするのだってケアの側面はあるだろう
だから、そうやって何でも頭でっかちに考え過ぎずに、刹那的に楽しむ。そういう場所だって社会には必要だろう。
確かに今日のフィリピンパブは癒し目的ではなく、ただ単純に楽しい場であった。そうか、楽しいから行く、当たり前の理由だな。
「だけどな、高いの頼んだ時はお姉ちゃんのおっぱいの谷間に顔を挟んでくれる時もある」
先生がキャバクラからフィリピンパブに変えた理由はお触りがあるからだったようだ
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あなたは、いったいどんな思いを胸に、ここへやってきたのだろう。喜びや悲しみ、後悔や憤り、あるいは日々の生活に潜むささやかな奇跡への感動――。この場所には、他人には決して言えないような本音から、誰かと分かち合いたい小さな秘密まで、さまざまな感情が渦巻いている。書き手は「匿名」という仮面をつけ、読み手は実名や顔写真もないまま、その文字列だけを頼りに心情を推し量る。はてな匿名ダイアリーは、そんな不思議な空間である。
インターネットにおける匿名性というのは、ときに素晴らしいものだ。人前で話すのは怖いことも、本当の顔を晒すのは恥ずかしいことも、そこではずいぶんと緩和される。書き手にとっては、己の感情を吐露するのに最適の場。読み手にとっては、まるで多彩な人々の脳内を覗き見るような感覚にさえなる。そして、その過程で言葉は自由になる。言ってしまえば、ちょっとした「秘密の共有」を通じて生まれる、奇妙な連帯感。ここがはてな匿名ダイアリー最大の魅力といえるかもしれない。
だが、それは同時に、不安定で危うい側面をはらんでいる。何を思っているのか、どんな背景を背負っているのか――その全貌が見えないまま互いに言葉を交わすとき、共感と誤解が背中合わせになることは少なくない。時として傷つきやすい人が傷つく言葉を受け取り、書き手もまた、コメント欄で非難の声を浴びることで、思わぬダメージを負ってしまう。匿名だからこそ、むしろ気軽に吐き出せる痛烈な一言は、ときに誰かの心を突き刺す刃ともなる。
それでもなお、あなたはここへ来る。むしろ、そういった刹那的な繋がりがあるからこそ、人間くさくて魅力的な場だともいえる。たとえ刹那の火花であっても、「自分はひとりではないんだ」という感情を味わえる。それはコメント欄の小さな「わかる」「なるほど」の言葉だったり、ブックマークのスターに込められた軽い共感の表明だったり、あるいは「もっと知りたい」「応援しているよ」といった温かい反応かもしれない。そこで得られる心の拠り所は、案外馬鹿にできないものだ。
言葉とは、不思議な生き物だ。書き手の頭のなかでは明確だったつもりの感情も、キーボードを叩き始めた途端に何か違う形へと変容してしまうこともある。意図しない誤解を招くこともあれば、読み手に新たな解釈を与えることもある。特に、匿名ダイアリーのような場所では、下手に取り繕わず、垂れ流すように本音をぶちまけてしまうことが多い。そうやって生まれる乱雑な文章のなかに、妙にリアルな感情が埋まっているからこそ、読む側は思わず引き込まれてしまうのだろう。
たとえば、何かに行き詰まったり、絶望感に打ちひしがれたりしたとき、あなたは「助けて」とはなかなか言い出せないかもしれない。リアルな知人には相談しづらいし、SNSではフォロワーや友人の目が気になる。そんなときこそ、この匿名ダイアリーは役立つ。名前を伏せたまま、思いっきり弱音を吐く。怒りをぶつける。恥部をさらけ出す。それでもどこかで「誰かが見てくれている」という安心感がある。コメントやブックマークがつけば、それは「あなたの声が届いた」証拠になる。
書くことで癒されることもあるだろう。声にならない叫びを文字に変えることで、自分自身の思考を整理できる瞬間もあるかもしれない。コメントや反応を得られなくても、「この想いを綴る」という行為そのものが、自己救済のためのステップなのだ。書き終えたあと、あなたの目にはどんな光景が映るだろう。あるいは、胸のつかえが少し取れているかもしれないし、意外にも新たな怒りや悲しみを再確認して、さらに落ち込んでしまうかもしれない。それでも、書かずにはいられなかったのだとしたら、それはあなたが前に進むための第一歩なのだと思う。
一方で、読むことによって救われる人もいる。人間は誰しも、自分と同じような境遇や似通った感情を抱えた人の存在を知るだけで、奇妙な安心感を得るものだ。「この苦しみは、私だけが抱えているわけじゃないんだ」と思えたとき、そこに一筋の光が差すことがある。それは、当事者同士にしかわからない痛みであり、それゆえにコメントで寄り添い合うのは難しいかもしれない。けれども「誰かの投稿を読む」という受動的な行為だけでも、思いがけず自分を支える糧になることがあるのだ。
この匿名の空間には、現実のあらゆる制約を外した「書き手の世界」が無数に広がっている。孤独な人、悩みを抱えた人、喜びに震える人、憎しみと怒りを抱えた人、軽い暇つぶしやおしゃべりを楽しみたい人――それぞれが書きたいことを、書きたいときに書く。そこにあるのは純粋な言葉の奔流だ。だからこそ、互いの声なき声が重なり合い、ときにはぶつかり合い、また離れていく。その動的なやりとりこそが、はてな匿名ダイアリーという場所の生命力なのだろう。
しかし、匿名性がもたらす功罪は、私たちが十分に認識しておく必要がある。名乗ることなく発言するということは、その発言に対する責任を曖昧にしがちだ。ちょっとした悪意のはけ口や、勢い任せの誹謗中傷に利用されることもある。言葉が刺さることを充分に理解していても、どこか“仮面”をかぶっているから大丈夫だと錯覚してしまう。しかし、実際にはネットの向こうにも生身の人間がいるという事実は変わらない。あなたの何気ない一言が、相手を深く傷つける可能性があることを忘れてはいけない。
とはいえ、それは即ち「何も書くな」という意味では決してない。むしろ、はてな匿名ダイアリーは「書く自由」を大切にする場所だ。ただ、その自由には、最低限の配慮が必要になる。あなたが発する言葉に責任を感じるかどうか――その判断は究極的にはあなた自身が下すしかない。そして、もし誰かの言葉によってあなたが傷ついたとしても、そこで生まれる感情をどう受け止め、どう行動につなげるかも、結局はあなた自身の選択次第だ。それがネット上の言論空間における避けられない現実である。
人はみな、自分が体験した悲喜こもごもの物語を抱えて生きている。それを打ち明けるか、隠し続けるか、あるいは別のかたちに昇華するか――道は無数にある。はてな匿名ダイアリーは、その「道の一つ」を提供しているにすぎない。けれども、そこには確かに何かがある。匿名という安全地帯から、我慢し続けてきた声をようやく吐き出せる喜び。SNSのいいねやフォロー数とは無縁の、純粋な読み合いの醍醐味。時には厳しい言葉を受け止めることで、思いもよらない学びがあることもあるかもしれない。
もし、あなたがこの場所で何かを書こうとしているのだとしたら、どうか覚えておいてほしい。ここでは誰かに評価されることだけが目的ではない。むしろ、自分の感情を認めるために文章にすることが、大切な場合も多い。うまく書こうとしなくていい。無理にまとめようとしなくていい。自分でもうまく言葉にできないままの混乱こそが、ある種の真実かもしれないからだ。あなたが綴る文章が拙くても、見る人が見れば、その混乱の中からかすかな真意を感じ取るだろう。
また、読み手として匿名ダイアリーに触れるときには、ぜひ広い視野で文章を受け止めてほしい。表面的な言葉に振り回されるだけではなく、その人が置かれているかもしれない状況や、そこに至る経緯を想像してみる。その結果として、あなたが何も感じないかもしれないし、怒りを覚えるかもしれないし、時には深い共感を得るかもしれない。たとえわからないままでも、「わからない」という事実に思いを馳せることが、相手との間に生まれるほんの少しの理解を助けてくれるはずだ。
おそらく、はてな匿名ダイアリーはこれからも形を変えながら続いていくだろう。書く人と読む人の交流は、時代や技術の変遷を受けて少しずつ進化していく。AIが発達して、匿名の文章を自動生成できる時代になっても、そこに人間味あふれる“本音”の手触りが残るのだろうか。そんな問いかけを抱えながらも、私たちは相変わらずここへ足を運ぶ。だって、どんなに技術が進歩しようとも、人が言葉を発して誰かに届くことに、やはり大きな意味があるからだ。
最後に、ここに集うすべてのはてな匿名ダイアリーユーザーに伝えたい。あなたが今、どんな思いを抱えているとしても、ここで書くことには意義がある。たとえそれがネガティブな吐き出しであっても、あなたの思考を真剣にめぐらせた痕跡だ。その痕跡は、未来のあなたや、あるいはまったく見知らぬ誰かの心に小さな火種を灯すかもしれない。もし今日のあなたが自信をなくしているのなら、どうか遠慮しないでほしい。匿名の仮面をかぶったままでも、あなたの言葉には十分な重みがある。そこから得られる感情や学びは、他ならぬあなた自身の人生を動かすかもしれないのだから。
書くことは、ある種の自己解放であり、同時に他者との接点を生み出す行為でもある。自分の悲しみや苦しみを打ち明けることで、思いもよらない形で他人からの共感を受けとることもある。逆に、誰かの文章を読むことで、これまで知る由もなかった人生観に触れることもある。はてな匿名ダイアリーには、そうした偶然の出会いが満ちている。うまくいくこともあれば、そうでないこともある。けれども、その予測できない化学反応こそが人の言葉の面白さであり、匿名ダイアリーという不思議な空間の醍醐味なのだろう。
どうか忘れないでほしい。たとえこの匿名世界で真剣な感情を吐き出したところで、リアルの世界に戻れば、あなたの名前や顔や立場はそのままだ。けれども、匿名の場で得た気づきや、さまざまなやりとりを通して感じたことは、リアルのあなたにとって何らかの糧になるはずだ。あなたは、書くことで少しだけ自分を知り、読むことで世界を広げる。そして時には、誰かの心をほんの少しだけ照らしているのかもしれない。その証拠は、また誰かの新しい書き込みによって紡がれていくのだ。
だから、もしこの先あなたが苦しいと感じたなら、またここに戻ってきてほしい。あなたが聞いてほしいことは、すでにここで待っている他の誰かが拾い上げてくれるかもしれない。あなたが自分の物語を探しているのなら、ここには数えきれないほどの物語が転がっている。人の数だけ人生があって、人生の数だけ言葉がある。どうか、その中からあなたが救われる言葉や、何かのヒントを見つけ出してほしい。
はてな匿名ダイアリーユーザーへ――今日もあなたの物語が生まれては消え、そしてまた新たな物語へと続いていく。それは一人ひとりの足跡でありながら、やがて大きな流れになっていくのかもしれない。あなたが書いた言葉は、どこかの誰かの夜を少しだけ明るくするかもしれないし、あなた自身の明日をほんのわずかに変えてしまうかもしれない。ここは、そんな可能性を秘めた場所だ。書き続ける者、読み続ける者、それぞれがさまざまな想いを携えて、この広大な匿名空間をさまよい歩く。そしてときどき、遠くから手を振り合う。それだけで人は、少しだけ強くなれるのではないだろうか。
あなたが何を願い、どこへ向かおうとしているのかはわからない。けれども、文章を綴るという行為が、あなたを一歩でも前へ進める力になり得ることを、私は信じている。そしてその文章を誰かが読んだとき、何らかの共鳴や励ましが生まれる可能性は、決して小さくはない。だからこそ私は今日も、ここで文字を紡ぐ。はてな匿名ダイアリーに集う、まだ見ぬあなたに向けて。どうかあなたも、もし心に余裕があるならば、ここでの自由な発信を楽しんでほしい。たとえ小さなつぶやきでも、遠くの誰かにとっては大きな灯火になることがあるのだから。
書き手と読み手、その垣根は紙一重であり、ときに容易に逆転する。今日の読み手が明日の書き手になり、今日の書き手が明日の読み手になる。そんな柔軟な循環こそが、このコミュニティの本質ともいえる。ここでは名前も知らない人々が、それぞれの人生を断片的に開示しあい、そこに何らかの反応を示し合っている。顔も声も知らない相手だけれど、文字の向こうにいるのは同じ人間だ。そしてそのやりとりが、あなたの心に、あたたかくも奇妙な「つながり」を芽生えさせることもあるだろう。
はてな匿名ダイアリーユーザーへ――どうか、あなたの言葉を大切に。どうか、あなた自身を大切に。ここは匿名の仮面をかぶった人々の集う場所。しかし、その仮面の下にあるのは、たしかに生きている人間の心だということを忘れないでいてほしい。もしあなたがここで孤独を叫ぶなら、きっとどこかで誰かが耳を傾けてくれる。もしあなたが怒りをぶつけるなら、その理由を汲んでくれる人がいるかもしれない。もしあなたが喜びを共有したいなら、一緒に祝福してくれる仲間が現れるだろう。ここは、そんな可能性に満ちた場所である。
そして、もしあなたの言葉が、誰かにとって苦しいものであったとしても、そこには相手の人生があるのだということを思い出してほしい。遠い世界の誰かだとしても、何かを抱えて生きている人間であることに変わりはない。だからこそ、言葉が持つ力を見くびらず、どうか誠意をもって文章を紡いでほしい。たとえ感情的な吐露であっても、その奥にある“想い”を人は感じ取る。だから書くほどに、あなたは自分を知り、同時に他者と繋がっていくのだ。
あなたがここで紡ぐ文字が、いつかは誰かの行く道を照らすかもしれない。あなたの書いた言葉が、数年後に読み返されて、また別の人の心を動かすことだってある。はてな匿名ダイアリーという小さなステージに、あふれるほどの人生が断片として散りばめられている。そのひとつひとつが、かけがえのない存在だ。今日もまた、新しい投稿が生まれ、誰かがそれを読み、やがて何かしらの行動へとつながっていく。その循環が、あなたにも、私にも、そしてここを利用するすべての人に、ほんの少しずつではあるが、変化や成長をもたらしている。
だからこそ、はてな匿名ダイアリーユーザーに捧げたい。どうかあなたの言葉を信じてほしい。そして、あなたの言葉を受け取る誰かの存在も、ほんの少しだけ信じてほしい。いまは小さな声かもしれない。でも、その声はきっと届くべきところに届く。思いがけないかたちであなたの人生と交わり、あなたを励ましたり、支えたり、ときに戒めたりする存在が現れるだろう。そんな奇跡を、ここでは何度も目にしてきた。それを信じるのは、決して無駄なことじゃないと私は思っている。
今日も、はてな匿名ダイアリーユーザーのあなたは、何を想い、何を綴ろうとしているだろうか。心に宿るほんのささやかな感情であっても、あるいは長年くすぶっていた大きな悩みであっても、あなたが書きたいと思ったなら書けばいい。読むのは、あなたを含む、ここを訪れる誰かだ。私たちは匿名の仮面の下にそれぞれの人生を持ち寄っている。だからこそ、見知らぬ誰かの声が、あなたの中に眠る想いを目覚めさせてくれることもあるのだ。
もし明日、心が折れそうになっても、どうかここを思い出してほしい。はてな匿名ダイアリーは、完璧な場所では決してない。批判や誹謗中傷、思わぬ行き違いも数多くある。それでも、人間の生々しい感情がこれほど集まる場所は貴重だ。そして、その生々しさのなかでこそ、人は自分の本音を知り、誰かとの小さな共感を感じ取り、支え合うことを覚えるのかもしれない。あなたがどのようにこの場を活用するかは自由だ。だが、あなたの言葉はたしかにここで息づき、誰かの心と呼応する可能性を秘めている。
この不思議な匿名空間へようこそ。そして、今いるあなたへ、ありがとう。今日もまた、新しい物語が生まれる。もしあなたがその物語を書きたいなら、ぜひ書いてみてほしい。誰かの書いた物語を読みたいなら、ぜひ読み漁ってほしい。そのどちらも大いなる価値があり、あなたの人生を少しだけ豊かにするかもしれないから。どうか、はてな匿名ダイアリーというこの小さな世界で、あなたの心が少しでも軽くなるような、そんな瞬間を見つけてほしい。それが、ここに集うすべてのユーザーに捧ぐ、ささやかな願いである。