
はてなキーワード:人達とは
https://tonarinoyj.jp/episode/2551460910074026968
https://x.com/HamelnFilgaia/status/2017075424543854878
この作品の良さは、『カズヤがいい人に何を思うか』を、転換と縦筋でまとめてるところと、それが一点に収束していくところにある
まず母親周り
最初に主人公が父親の残した借金を4000万返した、という部分が提示されて、主人公がデスゲームに参加した動機がちょっと遠回しに、最速で提示されて主人公への印象がコントロールされる
その次に、息子のカズヤを諦めることで気が楽になったという母親のシーン
みつきが「あなたはそんなこと思ってない」じゃなくて「おばさんは悪くない」って言ってるあたり、息子を諦めることで気が楽になったというのは、心の一部分とはいえ本心だったと思うんですよねこれ(気の迷いとかではなく)
そしてこれがカズヤのデスゲーム参加動機である「デスゲームで死んでも母親の重荷じゃなくなる」というやけっぱちな動機に繋がる
4000万の借金、母親の涙、カズヤのベッドの上のセリフで一本目の縦筋がまずここにあります
ネームだからあんま強調されてないけども、最初の病室のシーンには最初から薬を飲むための水が置かれてるんですよね。その上でカズヤは飲み水があるのにおもむろにペットボトルを開けて、それをみつきに渡す
その理由、ペットボトルを開けて渡す関係が教室で提示されてもうみつきは自分で開けられることが明かされる
カズヤは「他の人に開けてもらえば」って言うんですが、みつきの無言のモーションから「カズヤがいい」というメッセージを受け取る
前述の母親のシーンから、カズヤは「自分が母親に必要」という認知を既に失ってしまっていて、「自分は母親にとって重荷」っていう認知に移行してしまっている
だから「自分も含めてデスゲームに参加する人間なんて誰にも必要とされてない人間だと思ってた」というセリフに繋がる
でも、ペットボトルの件のみつきの真意を知ったことで、「幼い頃からずっとみつきはカズヤを必要としてくれていた」と気付くわけです
みつきはペットボトルの蓋を開けられるようになってもなお、カズヤを必要とする瞬間を作ってくれていた。理解者だったんですよ、彼女は
カズヤは序盤みつきに冗談めかして言われてた通り、過酷な家庭環境ゆえに人と向き合う気が無かったんです
カズヤはここでようやく幼馴染と向き合う機を得たんです
これが二本目の縦筋
この二本目の縦筋には、更に別の縦筋が添えられてます
たとえば「痩せた?」「太ったんだよ」のシーンはギャグっぽく見えますが、後のシーンで飯も食わずに探し回ってるみつきのシーンを見ると、嘘の名演技でみつきが誤魔化したシーンだと分かる
みつきが誤魔化してるシーンは他にもあって、たとえばカズヤが「捜索手伝わされたって聞いたよ。ごめんな」って言ったとこでみつきは(ごめんなって言った今?)って顔になるんですが、「私超いいやつだから」で誤魔化したりしてる
カズヤには愛されてる実感がずっと無かったのでこうなってる
で、このへんから、「カズヤはみつきが言うことをそのまんま信じてしまういいやつ」なのがちょっと読み取れるんですが
それが序盤のみつきが「私超いい奴だから」という冗談が、中盤の「だってみつき超いい奴だろ」に繋がる流れを裏打ちする
みつきは「…そうでもないよ?」って言うんですけど、これは『カズヤが好きだからここまでしてるに決まってんじゃん』という意の台詞なのに、カズヤには全然伝わってない
カズヤはみつきが超いい奴だから面倒見てくれてると思ってるからです。そんなわけないだろ
カズヤは「デスゲーム参加者が皆いい人だった。デスゲームに参加する人なんて皆必要とされてない人だと思ってたのに」って言うんですが
これはカズヤが「皆生きるべきいい人達だった」と思った主観的事実である、ってのは考慮しといていい
前述の通り、カズヤの人物評は間違いやすいというのが遠回しに示されてます
そのカズヤの人物評が正しいとは限らない。もちろん間違ってると決まりきってるわけでもないですけどね
でもたぶん、父親の残した借金を抱えてデスゲームに参加して、勝っても負けても母親を楽にしてやれると語る少年が、デスゲーム参加者の皆に「いい人達だから生きてほしい」と言って、自分の命を投げ出してるなら……そりゃ皆カズヤに未来を残してやりたいとも思ったんじゃないでしょうかね
「皆がいい人だからカズヤを生き残らせてくれた」ではなくて「皆をいい人だと思うカズヤだから皆が生き残らせてくれた」なんじゃないのという話ですね
まあこの作品ではカズヤの主観の話が断片的に見えるのみなので、ここは想像するしかありませんが
カズヤは「夫の残した借金を背負って苦労して息子を育ててくれてるいい人」である母親のためにデスゲームに参加して、「デスゲームでいい人達に救われたから」で罪悪感から次のデスゲームに参加しようとしていて、「超いい奴」であるみつきによって踏み止まって未来を選ぶ
『カズヤがいい人に何を思うか』が一貫した主線になってるんですよね
描写Aが描写Bで保管されて描写Cに繋がって……という複数の縦筋が並行して同時に繋がっていって、カズヤの心の変化を生み出すのがめっちゃ気持ち良い
ーー
背景で鳥がネズミを食ってるのとか、トカゲが蛾を食べようとしてるのとか、そういうのが細かく描かれて「動物は全く気にしてないのに優しい人間だけが気にしてるんだ」っていう言外のメッセージを見せてるのとかも好きですし
みつきを理解してないカズヤが「人と向き合ってないからモテない」って言われてて、実際クラスの女子からは奢り抜きだとモテてなかったりとか
逆にカズヤを理解して向き合ってるみつきは、クラスの男子からモテてるのとか、そのへんの対比描写の細かい一貫性も完成度高くて好きですね
いつも思うんだけど、「活動家」という言葉が悪口になっている現状が謎過ぎる。
いや、活動する事自体は別にどうでもよくない?ていうか生きて生活している以上、誰しもが何らかの活動はしてるだろ。問題なのはその活動内容でしょうに。
まあ、参政党やチームみらいが「活動家」呼ばわりされているのは見た記憶がないから、
ネットで声の大きい人達が「左」ないし「リベラル」と認定した対象にだけ用いられるレッテル貼りなんだろうな
逆に言うと「活動家」呼ばわりされている勢力は、庶民の味方になってくれるとして一定程度(あくまで一定程度)信頼できるって事ではある。
「#ママ戦争止めてくるわ」を批判したら「戦争反対の何が悪いの?」と返してくる人達って、
「ママ」の部分が目に入っていないのか?
批判しているのは「戦争止めてくるわ」じゃなくてあくまで「ママ」の方なんだが。
未婚率の上昇による少子化が進み、親も死んでいよいよ孤独になる人が増える氷河期世代に対して、
本当に違和感を覚えないのか?
このタグを左翼だとか、リベラルや共産だとか言ってる人達も謎過ぎる。
何処をどう見ても旧態依然たる家制度思想を受け継いだ思考停止のオールド保守なんだが。
rci えっ、なにがダメなの? みんな戦争止めたいですよね? 違うの? 戦争止めるがダメっていくらなんでもすごすぎる
https://b.hatena.ne.jp/entry/4782870353752906114/comment/rci
このタグに文句を言った増田https://anond.hatelabo.jp/20260207001814
だけど、何故かこいつと同一人物扱いされててキレそう。
何処をどう見たら同一人物に見えるんだ?
usi4444 2026/02/07
https://anond.hatelabo.jp/20260207001814 ←多分これと同じ増田で、常識から考えてありえないと思っているんだろうが、就任前にはそれほど無茶はすまいと楽観視されていたトランプ2期目でどうなっているかよく見て見なされ。
あと、ブクマでこういうふうに煽ってる人達も、「ビョーキ」呼ばわりと同類の性格の悪さ。
仮にあのタグが「効いてる」として、子持ちの意見だから聞き入れてもらえるという差別的な風潮に疑問を持たないのはほんと人権意識が無いな。
hatsumoto 2026/02/08
効いてる効いてる。よほど嫌なんだな
RIP-1202 2026/02/08
なんか効いてるの?勝つってわかってるんだからのんびり構えていればいいのに。なんなら投票行く必要すらないくらい勝てるのに。
hammondb3 2026/02/08
このハッシュタグに相当危機感を感じているんだな。ビョーキが始まったら何なんだ?軍拡のために消費税上げるのは既定路線だろ?
今この時代にこれだけのハッピーエンド作品を描ける事の嬉しさは、間違いなく存在する。
ボカロ文化や配信、vtuber文化を特別に捉えすぎ無い方がいい。それらは現代の人々の暮らしにただ根付いているし、オタクをただ照らしてくれている。本当に何も特別な事は無い。インターネットはここにあるし、今もどこかで誰かが配信をしているし、新しいボカロ楽曲はアップロードされて、世界を彩っている。超かぐや姫!でもそうであったように。
作中の百合を思わせる描写も、時代に即した形だと思う。ただそこに好意があり、添い遂げたいと思う人間が居ただけだ。パッケージングされた言葉よりももっと先に、世界はそれを愛と呼んでいる。
人物の描写が足りていない、脚本が薄っぺらい、エモの表面をなぞっただけ、足りない描写は視聴者に保管させている、これらの批判は批判たり得ていないのでは無いかと思う。
2時間20分の尺の中で、足りていない描写を補完する為に視聴者の体験を想起させる手法は、表現の中でも最上級のものでは無いかと思う。超かぐや姫!では我々に馴染み深いカルチャーが扱われていることだし。
脚本は十二分に伝えたい事を伝えてくれている。人物の描写も同じくだ。「伝わってこない」という批判は、同時に「伝わってきた」という称賛が存在する時に扱いが難しいなと思う。少なくとも、超かぐや姫!はファンブックや監督のインタビューを見なくても、そこで語られている情報や意図が映画から十分に伝わってくる出来だと感じる。
超かぐや姫!がこれほどにハッピーエンドのその先を描く作品である以上、作品の外で諍いが起こる事も心苦しい。
「お前ら本当に超かぐや姫!の事分かって褒めてンのかよ?!」という趣旨で、フワッとキマシタワーを乱立している百合のオタクや、どこからともなく現れて、したり顔で超かぐや姫!推しなんですって言ってる配信者にキレているというのなら気持ちは分からなくも無いが、超かぐや姫!そのものにそこまで批判出来るポイントは無いだろ!というのが素直な感想だ。
添い遂げたいと想い合う二人がいる時に、その障害を取り除く不思議な技術や情熱があって、誰になんの不都合があるのだろうか。キャラクターの生活の延長にあるエモいライブシーンを描いて、それを見て喜んでくれる人達がいるのなら、それを描かない理由があるのだろうか。
若者を舐めていない作品とはそもそもどのような作品をさすのか。(マッシュルは若者を舐めていた)
彼女ら、彼らの行動原理が分からないのは、単にあなたの人生にそのような行動を引き起こすほどの出会いや動機が未だ発生していないだけでは無いのか。本当に人生が存在していないのは誰なのか。
高額療養費とは、医療費が高額になったとき、窓口負担(原則3割)に上限を設けて、それ以上は払い戻される制度だ。
がん治療、心筋梗塞・脳卒中、交通事故、早産・NICU、難病・長期入院等々、高額な医療費が必要になる事は現役世代や子供でも多く、幅広い国民の財産と命のセーフティネットになっている。
いくらまで払うのかは年収により決まっており、年収370〜770万円なら月の自己負担上限 約8〜9万円。
医療費が100万円かかっても実際の自己負担はその上限までなので、難病にかかった時に治療を諦めず生きる事が出来る。
ここを削られてしまうと、高額な医療費がかかる事になった時に、莫大な負担がかかり貯金が尽き借金をし、治療を諦め死を選ぶようなリスクを背負うことになる。
高額療養費が無くなるなら、いざと言う時にかかる医療費が何倍にも変わってくるので、医療保険の見直しも必要になり、保障が何倍も必要となり、個人でかける保険負担はかなり上がるだろう。
自民党は現在2年ごとに患者の自己負担額を引き上げると言っている。
つまり負担増でがん治療をあきらめ死を選ぶ人などが増える事を期待している。
これに賛成しているのは何故なのだろう。
例えば夫婦別姓を法律化しようもんなら次はX%の人しか別姓を選択していない、これは女性への弾圧だ!っていい出すとバレてるからな
って、ニュース見てりゃわかる気がするんだが、
『戦争は仕掛けなければ起こらない』って思う人も多いのかな……。
海外の人達も『兵士は要らない。話せば分かる』が主流だというなら、俺も再考してみるが、
だって、戦争が嫌なのなら、守って欲しいわけでしょ? 誰に守ってもらう腹積もりで徴兵反対なんだろ。徴兵が必要かどうかは、ソロバンのレベルで賛成反対の議論があるべきだとは思うが、少なくとも『徴兵が戦争への道である』というのは論理のレベルで間違ってると思うぞ。
それとも、守ってもらわなくても平和守れるって信じてるのかな。
実際にさ、ちょっとでも戦争反対とか人権とか言おうもんならこれまでの言動関係なくリベサヨ認定される訳だけど世の中の右でも左でもない人達マジで戦争に駆り出されてもいいと思ってんの?
流石に日本本土が戦場になることはすぐには考えららないにしても、他所の国の戦争に自衛隊出してくれってなるのは割と現実味があるんだけど