
はてなキーワード:黎明期とは
そうでもなくて、インターネッツも「昔は良かった」的なことがあったんだよ。はてブも。
大昔インターネッツ参加は結構お金もかかったし時間も必要だったし英語も必要だったりしたけど、
その結果そういうハードルをクリアできるエリートが入口で選別されていて黎明期を切り開いた。
はてブも20年前にいろいろネットを駆使して技術ブログとか発信してた人達や、ブログ収益化に挑戦してた人達とか
それなりに意識が高く行動力の高い人達がある程度いたんだと思う。今は参加0円時代でネットイナゴとかレイジベイトでのアフィ導線とか
そういう方向に進んでとにかく金金金で劣化してきたのは明らかなので、「昔は良かったなぁ」という意見には頷けるところも多い。
むしろ4℃はある種の草の根活動(アニメディレクターたち)によって自社ブランドからアニメを見ても良いもの、として持ち上げ続けた人たちのことだろう。
森本晃司や湯浅政明らの独自性をスタジオの個性として取り込みその道での広め方(ある種のジブリへのアンチテーゼであり並走でもある)を考えてきた側じゃないか。
そもそもアニメギークたちがみつけたのも始まりはマインド・ゲームだったように思うし、この作品なしに4℃は語れないはずだよね。
とにかく今現在からの視点しかないのにここまで一方的に言われるはずもないし、ウェブ黎明期から彼らの美学(デザイン性や独自性)を貶めて良いわけがない。
確かに社長は業界でも有名なアレだけど、彼女たち制作側の熱意ももちろん、クリエイターたちの"4℃ならやっていい"の許される風土を知らない意見すぎて呆れる。
大資本が入ってなかった昔の世界ではこの手のスタジオ性=信頼性だったわけで、そこを突破するための策をこんな形で言われる筋合いは全くないよ。
最近Youtubeのラジオ配信にハマっていて、おすすめを書くのでみんなのおすすめも教えてほしい
オモコロ編集長こと原宿さんと、イラストレーターの室木おすしさんの2人のラジオ番組
一番長く聴いているラジオ番組で、かなり長いシリーズもの(400本以上投稿されている)
2人のおっさんが小一時間しゃべるだけだが、生活の話とか子供の話とかちゃんと聞くと身に染みる話が面白い
あと、名物企画「いる人」と「あの事件」っていう視聴者から募集した投稿企画もあって、たまに神回があるものいい
ただ最近2人とも売れてきて編集の手を抜き始めたので、そのうちガチの投稿忘れとかやらかしそうでワクワクしている
vtuberとして活動するぽんぽこと、謎のキャラクターピーナッツくんの2人で運営されているラジオ番組
この2人は兄妹(ピーナッツくんが兄)で、実は活動歴自体は長め
Youtube自体は6,7年前からvtuberの黎明期からずっと見ているので、勝手ながら親戚がやっているラジオ番組だと認識している
でもたまにぽんぽこが言ってる内容がマジで共感できなくて、ムカついてスマホをぶん投げたくなるが、それもまた面白さの一角を担っている
シャニマス声優でおなじみ黒木ほの香さんと前川涼子さんがパーソナリティのラジオ番組
チャンネルはスタジオが運営しているので、いわば声優ラジオに近い
昨年の秋ごろから始まったばっかりで、投稿数が少ないが、2人の掛け合いが面白い番組
ただ、2人とも声色が似ていて、ちゃんと文脈を追っていないと「今のどっちだ??」となる
みんなのおすすめも教えてほしい
以下所見です
駒木結衣さんのチャハーン事件とかとても好きだし、辞めちゃったけど大島璃音さんのダンゴムシ事件とかめちゃ笑った思い出ある
ポン子もかなり昔に星座占いの「かに座!」の部分だけ切り抜かれてネットミームになってたの思い出した
やっぱり2人ともプロ中のプロなだけあって、音声がめちゃ聞きやすいし、全然無音の時間がなくて凄い
昔見てました
コーサカさんの喋りって、他の人には真似出来ない特殊技能だよね
力ちゃんの空昼ブランコはちょこちょこ聞いたことあったけど、舞元力一はあんまり聴いたことない
全て聞いています
先日8時間くらいの超長い回が投稿されて、心の準備ができていなくて聞けていません
好きな買いはARuFaさんがワールドイズマインの冒頭だけ歌って、よねを歌わないやつ
ただあまりにキラキラしすぎてて、親戚の子供と遊んだ時みたいにエネルギーを吸い取られる
振り分け間違ってたら教えて
Q:YoutubeでラジオとかMVじゃなく音楽を聴くのってどういうこと?
めっちゃ素人考えだからあほなこと言ってたらごめんだけど、音声だけのデータと違がって黒塗り画面でも動画データになるからその分だけ通信料って多くなったり重くなったりしないの?
A:通信量は普通のYoutubeの動画と変わらないので、当然ながらギガを食います
学生時代は少しでも容量を減らすために最低画質の144pに設定して画面ガビガビのまま音声だけ聴いていました
今は大人になったので、つよつよプランを契約してどこでも快適に映像も音声も聴けてますが、プランが貧弱な方は家で端末にダウンロードするとか、それこそradikoを使うとかなんらかの対策を講じる必要があります
Permalink |記事への反応(10) | 19:17
もしくは埼玉送りにされてほしい
[B! togetter] 職場で「中年女性に理解できるかわかりませんが…」とネットやハードウェアの説明を受けることがあるが、今の中年世代の方々は黎明期から自作PCでHTMLを手打ちしてた人達である
楽しそうでいいのだけど1つだけやめて欲しいことがある、ちなみに何度か丁寧にやめてくれと伝えたが全然伝わっていない
友達は私からすると祖父母の歳くらいで色々あって仲良くなり3か月に1回くらいランチをしてる(私の祖父母は20年前に皆死んだ)
マジでただの友情、普通に恋愛の話もするしおススメの映画とかコスメとか服とか手芸とか彼女が学生で戦時中だった頃の話とかいろいろ話す
マジで元気すぎておもろい、ランチ後は3時間くらい散歩してまたカフェ行って、年末はスイス行ってたらしいとかでお土産くれた、今度は山登りに行こうと誘われてる
基本的に彼女はPCもスマホも使いこなしてSNSも楽しいらしくインスタもXも見てるらしい、LINEの返事も早いしスタンプも使う、スマホで写真もたくさん撮って印刷してアルバムにしてプレゼントしてくれた、とても向上心のある人で柔軟な考えをしていて人生を謳歌するとはこのことかと感慨深い
そんな彼女はandroidのスマホを使ってジェミニ?を使うのが楽しいらしい、その使い方が一部、少し、私には心に引っかかるものがある
この前中学校の同窓会に行ったのと見せてくれた6人ほどの集合写真、覗き込んで楽しそうだねと答えると彼女は画面を横にスワイプしながら、集合写真をジェミニに頼んで別々にしてもらったのと次の写真を見せていく、確かに個々人が1枚ずつになっている、頼まれてやったのかと思っていたら善意の行動らしく彼女は続ける
この人のシャツ似合わないわってご飯の時に思ってたから色と柄を変えたの、あとこの人はお化粧が薄かったから足してもらって、この人は髪を伸ばした方がいいと思って、次々に横へ流れていく写真は確かに最初の集合写真からどんどんかけ離れていく、再度集合写真が現れる、こっちのが最初よりも素敵でしょ?みんなにこれを送ったら感謝されたの!すごいねってみんな感心していたのよと嬉しそうに続け彼女は私の方を向いて、さきちゃんもしてあげましょうか?ジェミニってすごいのよ!頼んであげる!もっと素敵になれるわ!とカメラを向ける
著作権や肖像権、オマージュやパクリやトレース、出典やレギュレーション、様々なことについて考えさせられ時代の技術に気圧され毎日働いている
ガラケーからスマホへの過渡期を学生として過ごしSNS黎明期の荒波にもまれてなお、スマホで自分の顔を加工する(写真のレタッチ)ことはしても他人の顔や服や見た目を許可なく加工することには忌避感が強い、ご法度だと思う、顔をネットに流すのもその後のデジタルタトゥーもごめんだ
だが加工もアップロードも簡単にタップひとつで出来るようにしてしまった世界では全てを規制、管理することは到底できないと分かっている、だからこそ倫理観や道徳やリテラシーが試される世界線において自分が他人のそれらを加害することのないよう必死に生きている、のに、目の前で尊敬しているといっても過言でない人がそのような振る舞いを無邪気に何気なく行うことにひどく狼狽えた
何故こんなにと自問自答した、突然ぶたれたわけでもなく相手の善意が嫌だと初手から感じるのは私の問題であるはずなので
平たく言えば価値観の違いなのだろう、それだけならきっとこういう人なのだなあで終わる話なのに、そうではなく、きっと私の知らないところで私の権利が彼女の100%の善意で侵されることが火を見るよりも明らかで、その予感が危機感が嫌だと叫ぶのだろうと暗い気持ちになった
彼女の提案を丁重に断り、私はそういうのがあまり好きではないし他人の顔や姿を加工するのはあまり、と説明したが首をひねって彼女は、さきちゃんって若いのに保守的なのね、私こういうの大好きよ!楽しいもの!あなたはまだ楽しい使い方を知らないのかもしれないわと笑っていた
この感じだと明日にでもきっと私に許可など取らず勝手に加工して習い事のクラシックバレエ教室で年下の友達だと見せて回るのだろう、彼女が納得するまで試行錯誤した”素敵なさきちゃん”を
今をときめく売れっ子芸人達が当時若手芸人としてシノギを削っている真っ只中であり、大変豪華なメンバーを劇場で1000円位で見ることができた時代だった。当時のお笑いはスマホがない時代、校則でアルバイトができない学生でも十分楽しめる娯楽だったのだ。
特にNHKで放送されていた「爆笑オンエアバトル」は毎週録画するくらい熱心に見ていた。毎週(隔週だったかも)公開収録が行われており、観覧に当たらなくても無料で見学することができた。
ラーメンズ、ますだおかだ、アンタッチャブル、ドランクドラゴンなど初期のオンエアバトルを支えた人気芸人達が卒業していくなかで、彗星の如く初登場初オンエアを獲得したあるお笑いグループにどハマりしたのだ。ネタが面白い、なのにオシャレでカッコいい。私は一気にそのお笑いグループの大ファンになった。
以降、四六時中ずっとそのグループのことを考えるようになった。お笑いの雑誌を買って切り抜き、友人と足繁くライブに通った。大物芸人達が出演するライブの前説に推しが出るとわかれば前説目的でチケットを買った(当たり前だが、途中で帰ることなく最後まで鑑賞した)単独ライブで、観客を巻き込んだコーナーで推しに当てられた時は嬉しくて気が狂いそうだった。推しが怪我をしたと掲示板で知ったら、自分に何かできることはないかと真剣に考えて、好きな曲だけを集めたMDを送ろうとした(さすがにやめたが)だいぶ認知が歪んでいた。
推しに熱狂する一方で、?ということも出てきた。推しのメンバーのうちの1人がかなり出待ちに冷たかったのである。目も合わせないし無視するか、かったるそうに応じる。それ以外にも、ファンの方を向いておらず、先輩芸人とのホモソーシャルな結びつきを大切にしているのではないかと感じることがあった。今の芸人の「軍団」とはちょっと違う印象を受けた。出待ちは、当時は黙認されていたが後に禁止になった。今売れているお笑い芸人達は出待ち1人1人に丁寧な対応をしていた人が多いように思う。当時の出待ち勢が今も何かしらの形で支えているのだろう。特にロバートは3人ともすごく優しく丁寧に応じてくれたのを今でも覚えている。
推しに少々の違和感を持ち始めた中、推しがレギュラーメンバーのお笑い番組が始まった。期待に胸を膨らませリアタイしたが、全く笑えない酷くつまらない番組だった。番組の最後に沢山のよくわからない露出度の高い女性が踊っている中から推したちが指名し、女性が服を脱いで水着姿になる、というコーナーを目の当たりにしたときには推しへの気持ちが急速に冷めていった。
水着のお姉さんが嫌なのではない。当時の深夜のお笑い番組は水着の女性がレギュラー出演することが割とよくあった。彼女たちは美人でスタイルも良く、サバサバしていて話も面白く好感が持てた。
それとは違う、ファンが最も見たくないであろう、推しが風俗嬢を指名している場面を見させられたような気持ちになった。
次の日、一緒に推し活をした友人と会話が途切れ途切れになったのを覚えている。クスリとも笑えない内容、何の予告も無しに見させられた、最も見たくなかった形のエロ。
そこから大学受験で多忙になってゆき、徐々にお笑い自体を追いかけなくなっていった。
そこからだいぶ時間が経ち、久しぶりにかつての推しがニュースになっていた。解散し、新たな体制になるというニュースであった。推したちは売れないままおじさんになっていた。
久しぶりに推しの動画を漁った。ネタもファッションもあのときオシャレだと感じたままであったが、同時に「懐かしい平成」と化してしまったように感じた。
インターネット黎明期でお金のない学生時代の推し活で本当によかった。
あの時に、今のようにある程度自分で使えるお金が当時あったとしたら、おそらくもっと推しにお金をつぎこんでいただろうと思う。そして見たくもないエロを見せられてお金をつぎこんだことを後悔しただろう。
良くも悪くもワナビー初心者が書く掌編小説みたいな映画だったな55点。
様々な境遇――受験に人生を支配される主人公、学校でいじめにあうはるか、病気で余命幾許もない諒――の3人はとあるオカルト情報を元に集まる。それは夏に廃飛行場で花火をするとサマーゴーストと呼ばれる幽霊に出会えるという噂。廃飛行場で花火を行い、最後の線香花火に火をつけたとき彼女は現れる。死を意識する人にしか見えないという彼女と少年たちのひと夏の思い出。
みたいな話。
40分の短編アニメーション映画で初期の新海誠監督作品、例えば「ほしのこえ」みたいな作風になってる。美しい背景にラフ画や絵コンテみたいなキャラクターがアニメーションするみたいな感じで2020年代、after成長した新海、鬼滅の刃時代にこのクオリティはかなり厳しいと感じる人もいると思う。まぁ見てるとあんま気にならなくなるし、監督はイラストレーターやキャラデザを行う方で原画なども担当しているとのことで、文字通り「絵になる」シーンも多い。
途中、サマーゴーストに連れられて幽体離脱し空を飛びそこから落下し地面に激突するかと思いきや地面という名の海の中に沈没していくシーンなんかは粗削りだからこそのダイナミックさやCG処理の美しさなどがあった。まぁ今どき空飛んで落下してドボンかぁというのはあるが。
だがストーリー面に関しては申し訳ないけど圧倒的に尺が足りないと言わざるを得ない。
あらすじでも書いたような重いバックボーンを抱えた3人が幽霊との出会いによって人生を少し変える話、としては最低でも後20分。できれば40分くらいはほしい。ただこれはだから悪い映画だと言いたいのではなくて、それくらいの長尺にも耐えられるだけの映画であるはずだという意味でもある。
まぁ、イラストレーターさんが中心に作った制作会社の初めての商業作品。原案はともかく脚本は乙一さんなのでもっと詳細な話も書けただろうけど、そうしなかったのは予算が厳しかったのか純粋にマンパワーが厳しかったのか、監督としての力量が厳しかったのかはわからないが、描けているところは素晴らしいがゆえに様々な欠落が目についた。
例えば死を意識した人にしかサマーゴーストは見えない。苛烈ないじめを受け実際に自殺未遂を図るはるかや、大好きだったバスケもできなくなり、後輩に春を迎えられないと語るも冗談にしてしまう諒はわかる。しかし主人公は母親に受験のために厳しく生活を制限され本当は描きたい絵も封印しているというところは伝わるが、他の2人に比べると動機があまりに薄く見える。ノベライズ版では母親の毒親描写がドチャクソに増えているらしいが本作では「厳しい教育ママ」という印象から抜け出さない。おそらくシングルマザーで父親は死んだのか出ていったのかは作中では明かされないが、そこに彼が本心では求めている絵を描くという行為を絡めて深みを出すこともできたはずだが、そこまでは触れない。
またこの3人が集まり、そこにサマーゴーストが加わることで4人のケミストリがおきそれぞれの意識が変わるというのがおそらくあるべき作劇だと思うのだが、3人はそれほど深く話し合ったりもしないしサマーゴーストと深くかかわって変わっていくポジションはほぼ主人公に託されてしまっている。
そんな様々な欠落を抱えながらも透明感のある画面と青春のみずみずしさや、乙一による「きっとおそらくここでは何かがあったんだろう」とは思わせてくれる話運びの巧みさはあるので「なんだこれ意味わからんおもんない」とは俺はならなかった。
特に自殺した女の霊だと思われていたサマーゴーストが実は殺されて埋められていたことがわかり、主人公は彼女の死体探しに没頭する。(おそらく)死を求めていた主人公が、死を探すことで自身の生を見つめ直す。そしてスタンドバイミーよろしく3人で死体を探し、それを発見し、いざ対面する時に主人公は自分の中の死と出会い「死者の国への最後の招待状」を突き付けられる。そこで彼を生に引き戻すのがもう招待状を受け取ってしまっている諒の声だというのは作劇としてあまりに美しい。
1年後の夏、母親を説得しおそらく芸大か美大の受験を決心した主人公、まだいじめは終わっていないが戦うことを決めたはるか、そして諒が3人揃ってまた廃飛行場で花火をしているシーンに移るがそこにはもうサマーゴーストはいない。そうして花火が終わると諒は消える。
決してハッピーエンドではないし自体は大きく好転もしない。それでもひと夏を通じて何かが終わり、何かが始まる。
そういう映画だった。
ちなみに劇伴はいかにもキレイ目なアニメ映画劇伴ですよ!って感じのピアノと弦楽器多めのメロディアスな曲が多くてあぁアニメってやっぱ曲と絵で盛り上げるエンタメだよなと最近は実写ばっかり見てたので強く思わされた。
俺は学生時代に小説投稿サイト(まだ小説家になろうとかが出てくる前か黎明期)に入り浸っていてその時に、学生さんが書く「イメージ先行」の掌編小説を山ほど読んだ。彼ら、彼女らの小説は情報や描写は足りず話はめちゃくちゃで「ちゃんとした小説」を目指す人から散々叩かれたりしていたけれど、ただちゃんとした小説を書いて商業に乗せたいというだけの人にはない「絶対にこのシーンが書きたい」という思いが見えたり「この文章を書きたい」という文章自体への高い熱量がある作品も少なくなかった。
なんか美しい映画!としか言いようがない出来なのだが、俺はこの作品が嫌いになれない。
Native Instrumentsが予備的破産手続きに入った、ってニュースを最初に見たのは、プリセット探しに疲れてベッドでゴロゴロしながらスマホ眺めてた時だった。
一瞬、寝ぼけて「NIS Americaか何か別のNIだろ」と思ってスルーしかけたけど、本文読んだら普通にBerlinのNative InstrumentsGmbHで、例のCharlottenburg地裁での予備的破産手続き(vorläufiges Insolvenzverfahren)開始って書いてあって、ちゃんと管財人の名前まで出てる。
あー、これマジのやつだ、ってなった。
30年DTMやってるけど、そんな見出しを見る日が来るとは思ってなかった
90年代末にCubaseVSTいじり始めて、ソフトサンプラー黎明期からKontakt 1に飛びつき、Reaktorの意味不明な配線に挫折し、Traktorでクラブもどきのことをし、Maschine Mk1のパッドを叩き過ぎて一部反応悪くして、
Kompleteは気付いたら「アップグレード代が固定費」みたいになってた。
DTM 30年もやってると、「業界標準」って言葉を疑う癖がつくんだけど、それでもKontaktだけは本当に“事実上の標準”だった。
オーケストラ系の国内ベンダーも、同人の薄い本に付いてくるおまけ音源も、だいたいKontaktインストゥルメント前提。
で、その土台にしてた会社が、ある日突然「予備的破産」です、って。
「予備的破産だからセーフ」は、ユーザーの心には何のセーフにもならない
今の段階では「即死じゃなくて、延命しながら解体するか再構築するか見極めるフェーズ」だってことも、
管財人が付いた時点で経営陣の決定権はかなり縛られて、資産の売却とか事業単位での整理が現実的にテーブルに乗ってるってことも。
つまり、「もう崖から落ちてるんだけど、落ち方を調整する段階」に入ったってことだ。
でも、そんな法的な説明をどれだけ読んでも、日本のDTMユーザーのタイムラインは一瞬で「Kontaktどうなんの?」で埋まる。
「Traktor終わり?」とか「Maschine買おうか迷ってたけど様子見だな」とか。
あと、iZotopeとPlugin AllianceとBrainworxも同じグループだったことを今さら思い出して「RXまで巻き込まれるの…?」ってざわつく。
CDMだのGearnewsだのの海外記事は、「短期的にはサービス止まらない」「コアビジネスは健全で、拡大路線と買収で抱えた負債が原因ぽい」とか冷静に書いてる。
でも、30年かけて積み上げてきたプロジェクトファイルの左側で、Kontaktのアイコンがズラッと並んでる光景を見慣れてる身としては、
「はいはい短期的にはね、で、5年後の開けないプロジェクトは誰が責任取るの?」って話になる。
日本のDTM業界が食らう一番デカいダメージは、「安心感」が死ぬこと
日本のDTMって、良くも悪くも「とりあえずNI入れとけば大丈夫」文化があった。
それが一夜にして、「その“とりあえず”が一番とりあえずじゃなくなった」わけで。
国内の小さいデベロッパーにしても、多くはKontaktのフォーマット前提でビジネス組んでる。
自社でエンジン作る体力もないし、マルチプラットフォームのシンセを書ける人材もいない。
だから「Kontakt Player対応」ってラベルは、サポートとか互換性とか、ユーザーに対して「うちは大丈夫ですよ」っていう保証の看板でもあった。
その看板を貸してた本体がグラグラになったら、日本のサードパーティは一斉に「うちの音源、この先10年どう説明する?」ってところからやり直しになる。
特に日本は、教則本と専門学校と通信講座で「DTMの正解」を体系化するのが大好きな国だから、「カリキュラムの柱」がこんな形で揺れるのは、想像以上の衝撃になる。
「業界標準」の裏にあった投機的拡大のツケを、ユーザーが払うという理不尽。
今回の件で地味にムカつくのは、CDMや各メディアが「どうもプロダクトの売上がダメになったというより、拡大と高額買収で抱えた負債が原因ぽい」と書いてるところ。
ユーザー目線では、「何かよくわからんけど、あちこちのロゴが全部NIになっていく」くらいの話だった。
でも裏ではそのたびにでかい金が動き、その借金の最終的な“清算”に巻き込まれるのは、30年分のプロジェクトファイルを持ってる現場側。
日本のDTMユーザーは、円安だろうが税金上がろうがKompleteのアップグレード代をせっせと払い、
「もう使ってない音源もあるけど、将来の互換性のために一応アップグレードしておくか」と、実質サブスク状態で支えてきた。
その「互換性への保険料」が、まさか投機的なM&Aの反動で吹き飛ぶとは誰も思ってなかった。
30年DTMやってると、もう何社も見てきてる。
そのたびに、古いWindowsマシンを押し入れから引っ張り出して、
「この曲だけは何としてもステムを書き出しておかなきゃ」と夜中に凍ったUIと戦う。
今回も、多分そういう「最後のエクスポート祭り」が、日本中のスタジオと六畳間で静かに始まる。
国内ベンダーにとっては「巨大なチャンス」と「地獄の二択」が同時に来る
冷静に考えれば、これだけ巨大なプラットフォームが揺れた瞬間って、本来なら国内の開発者にとってはビッグチャンスでもある。
でも、日本のDTMマーケットって、そもそもそんなに大きくない。
NIレベルのプラットフォームを「じゃあ自分たちで作りなおそう」と思っても、開発費もマーケもサポートも全然追いつかない。
結果として、多くの国内ベンダーが直面するのは、だいたいこんな二択になる。
1. しばらく様子を見つつ「Kontakt前提ビジネス」を惰性で続ける
→ でもユーザーには「長期的な保証はできません」としか言えない
2. ここで腹をくくって自前エンジンか別フォーマットに大転換
どっちを選んでも、コストは跳ね上がる。
で、そのコストは結局、値上げか有償アップグレードか、何らかの形で日本のユーザーに跳ね返ってくる。
専門学校と「教える側」の人たちには地味に致命傷
もうひとつ、日本固有の問題として、専門学校と通信講座がある。
予備的破産のニュースが流れた翌日、どこかの専門学校で、講師にこう聞く学生は必ず出る。
「先生、Native Instrumentsって潰れるんですか?」
そこで本当のことを言えば、
「いや、今すぐ潰れるわけじゃないけど、将来のことはもう誰にも断言できない。数年のうちに、ブランドが分割されたり、別の会社に吸収されたり、最悪、一部の製品は開発終了になる可能性もある」
って話になる。
でも、授業としてはそんな不安定な話を延々するわけにもいかないから、「とりあえず今は気にせず学びなさい」と言うしかない。
こうして、「教える側は不安を隠しつつ、学生には良い顔をしなきゃいけない」という、いつもの構図がまたひとつ増える。
企業の戦略ミスと負債の処理を、教育現場が尻拭いするの、正直そろそろやめてほしい。
短期的な話をすると、日本のDTMショップと代理店はかなりキツい。
こういうところで一気に「様子見」が発動する。
ソフトはまだしも、ハードは「これから買うのは怖い」が一斉に駆け巡る。サポートがどうなるかわからないし、ファームウェアやドライバのアップデートが止まった瞬間、OSアップデートのタイミングで一気に文鎮になるリスクがあるから。
で、ユーザー側も、「このタイミングでKompleteUltimateに上げるか」とか「Maschine Mk3に買い替えるか」とか、今までなら普通にポチってた決断に、急ブレーキをかける。
その「様子見」が、実際には「もう戻ってこない」ことも、30年見てくるとよくわかる。
こうして、ゆっくりと、でも確実に、NI周辺にあった「標準装備としての売上」が薄まっていく。
その余波はもちろん、国内ショップの売上にも降りかかるし、「DTMってまだ日本でビジネスとして行けるの?」って空気にもつながる。
それでもプロジェクトファイルは開けなきゃいけないし、音は鳴らさなきゃいけない
じゃあ30年選手として、何をするか。
正直、やることは地味で、ロマンのかけらもない。
(国内外問わず、Kontakt依存度を下げられる構成をゆっくり検討する)
これを、世界中の古参DTMおじさんとおばさんが、各自の狭い部屋で黙々とやる。
そういう、ものすごく個人的で、でもシステム全体としては巨大な「サイレント・マイグレーション」が、これから数年かけて進むことになる。
日本のDTM業界にとって、今回のNIの件が「激震」なのは、別に明日サービスが止まるかもしれないからじゃない。
30年かけて「ここに積み上げれば安全」と教えられてきた土台が、実は誰かの投機的拡大とレバレッジの上に乗っていただけだった、って事実を突きつけられたからだ。
その現実を見せられたあとで、次に「安心して積める場所」はどこなのか。
それをまた探し始めなきゃいけない、っていう意味で、今日という日は確かに、日本のDTMにとってひとつの「終わりの日」なんだと思う。
……とか真面目なことを書きつつ、さっきも普通にKontakt立ち上げてベース音色選んでた。
でも、このニュースを見た瞬間に、いつものKontaktのGUIが、急に“期限付きの借り物”みたいに見えたのもまた、事実だった。
と、錯覚してしまうほどに、インターネットのコメント欄というのは程度が低い
仮説としては
・賢い人ほど書き込まないから、アレらは平均以下だよ
・過激なもの、極端な意見ばかり上がりすぎるから、あれは平均じゃないよ
・頭の出来はともかく、攻撃的な人ばかり書き込んでるよ
・ごく一部の変なやつの意見が目立ちやすい仕組みになっているだけだよ
ここらへんは複合して存在している気がする
実際
・インターネットで何か活動してる人(必ずしも皆が頭いいわけではない)
・著名人、タレント、インフルエンサー、多くのYoutuber(全員ではない)
・知り合い
こういう人からはさほど変なコメントは出てこないので、このギャップが奇妙で怖く感じる
コンテンツを発信されてる方はかなり賢いと感じるし、慎重だし、言語化がうまく、空気も読めるし、変な意見もあまり言わないんだが、それを見てる視聴側はひょっとして全員猿なのか?と錯覚する
たとえばXのコメントの一部なんて、2chと攻撃性は変わらない
どんな人が言ってるのかとアカウントを覗いてみると、普通の垢もある一方で、病気持ちを公言していたり、フォワー2みたいな人は体感多いように感じる
まあそもそもリア友と繋がってる垢でそういうことは言わないから、人柄というよりアカウントの違いかもしれないが
何割かは、自分でも思いつかない切り口の意見を持っていて感心するが
半分くらいはやはりバカにしか見えず、特にスターを付けてるだけの人?はキツイ
これはXなんかでも同じで、つまりバカが多いせいで「より間違った意見にいいねが集まり上に来る」という事象が起きるんだ、集合知ならぬ集合痴
たとえば、サラリーマンが見るようなビジネス系Youtubeのコメント欄や、Xの賢いインフルエンサーの返信欄ですらこれはひどくて、彼らも相当失望してることだろうと心中を察する、まともな人もっと反応してくれーとか思ってんのかな(いやもう完全に無視してるのか?考えてみたら彼らのスルースキルすごくね?)
一周回ってヤフコメの方が最近はマシに見えてきた(まああれも、注目度の高い5件に2件まともなのがあったら良いほうだけど)、あれはたぶんエキスパートという仕組みを入れてるお陰でマシに見えてるのかもしれない(ビジネスモデルが違うからあれができるのかな?)
SNSの黎明期、開発者は「皆の投票でいい情報を上に持ってくる」という仕組みを考えたんだと思うが、そろそろ全ての仕組みが破綻してきていると思う
次世代の枠組みが必要だと思うが、難しいんだろうな、名だたるサービス全部コメント欄が地獄になりつつある
っていうか、こういう人たちってAIとどういう会話してるんだろう・・・見たくないかも
___
ていうか、攻撃性あるアカウントって、ASDとか更年期障害とか統合失調症とか、あるいは失業などでストレス下に居る人など、体に問題がある人だけでも世の中の3%くらいはいるわけで、100万人居たら3万人は居るんだよな
自分も失恋で病んだ時のSNSはそりゃもう酷いもんだった(垢ごと消した)
果たしてそういう人の影響がないといい切れるのかと言ったら疑問で、だとしたら「建設的なコメントをしよう」などという性善説に立った呼びかけは無理なんじゃないかと思う
何人かに1人は制御不能であり、彼らが事態を悪化させている可能性がある
結局そういうPV数が金になるというアテンション・エコノミーが諸悪の根源かもなあ
「じゃあ他のマネタイズ考えてみろよ」と言われると、むずいんだよね・・・
どこかの雑学系YouTubeでも言ってたが、現代人はSNSというものを処理できていないんだと思う、村社会のつもりで発言したら世界に伝わってたり、誰かに苦言を言ったらそれが炎上の一端だったりと、非常に相性が悪い
しかし良い面もあるのでやめられない止まらないとなってる、やだねえ
ーーー
ネットのコメントなんか見てるお前はアホだと言われたらそうだと思う
世の中の多くの人、コンテンツだけ見てコメントは見てない人多い、そうなりたい、でも見ちゃうんだよね
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なんか今日のコメントみんなまともで嬉しい、こんなぼやき聞いてくれてありがとう
「アテンション・エコノミー」って用語、もっと広まってほしい、今後より一層社会課題になると思ってる
Permalink |記事への反応(42) | 08:09
スポンサー収入は未だ増え続けてるから、インスタとかのわけわからん素人を起用してる広告を食っていけば余裕で最高益更新できると思うぞ
オンライン英語コーチの黎明期から今までずっとやってきて思う。
サービスの母数が増えるとともに、受ける人の真剣度も変わってきたな、と…。
緊急性、重要度が高く、ある人は3カ月でTOEIC○点以上取らないと後がない、と言っていた。
50代後半の方で、当時のスコアから150点を上げなければならず、正直かなり厳しかったけど、本当に頑張ってギリギリクリアし、無事に希望通りの転職を果たされた。
コーチングサービスの母数が増えるということは、価格競争、そして価格破壊につながる。
そして、そのしわ寄せを真っ先に食うのが、従業員、つまり英語コーチ側。
逆にTOEIC750点以上で募集をかける「ビジネス英語コーチ」の求人を見た時は目を疑った。
舐めてんの?と。
TOEICが全てではないのは理解しているけど、TOEICの英語が分からないのにビジネス英語の指導は厳しいでしょ。
極端な話、高卒の先生に大学受験対策を受けたいと思う?という話。
一方で、私が知っている英語コーチは本当に仕事に熱心な人が多かった。
会社がそこまで求めていないはずなのに、完全に属人化されている。
そのコーチに当たった生徒はラッキーだけど、前任の都合で引き継いだ私、相当困ってます。
「前のコーチはしてくれたのに!」
英語コーチの悩みと言えば、待遇や報酬を除けば生徒対応が一番。
でも、残り1割が結構大変。
全く言うことを聞かない人。
これはまだマシな方。
何のためにこのサービスに申し込んだのか、本気で疑問。
メンヘラ気質で、学習報告という名の愚痴が毎日延々と続いた人。
最終的に「コーチは優しすぎます!解約します!」というクレーム。
もう敵わん。
顔が見えない女性コーチということで、勝手に美化されるケースもある。
彼氏かな?みたいな文面が来始めたので、50代で子供3人いると嘘をついたら、次の日から音信不通。
やたら要望が多い人もいる。
それはサービス外だと言っても「高い金払ってるんだぞ」。
うちはそこまでのサービスじゃないです。
ただ、こういう分かりやすい問題児は、会社に入ってもらってフェードアウトできる。
悪気がないのは分かる。
例えば、日程調整。
即レスできない人が本当に多い。
忙しいのは分かる。
ノーコメントで。
今、それ聞かなくてよくない?という質問を連打されると
「ドゥドゥドゥ!」と制したくなる。
まず単語覚えようね。
三つ目。
お礼がない人。
感謝されるためにやってないけど、その一言で救われることはある。
ありえないくらいスコアが伸びた人が、何も言わずに消えていった時は正直堪えた。
返ってきたのは
そこ???
悩んでるコーチ、きっと多いと思う。
今回は、そんな愚痴。
オンライン英語コーチの黎明期から今までずっとやってきて思う。
サービスの母数が増えるとともに、受ける人の真剣度も変わってきたな、と…。
緊急性、重要度が高く、ある人は3カ月でTOEIC○点以上取らないと後がない、と言っていた。
50代後半の方で、当時のスコアから150点を上げなければならず、正直かなり厳しかったけど、本当に頑張ってギリギリクリアし、無事に希望通りの転職を果たされた。
コーチングサービスの母数が増えるということは、価格競争、そして価格破壊につながる。
そして、そのしわ寄せを真っ先に食うのが、従業員、つまり英語コーチ側。
逆にTOEIC750点以上で募集をかける「ビジネス英語コーチ」の求人を見た時は目を疑った。
舐めてんの?と。
TOEICが全てではないのは理解しているけど、TOEICの英語が分からないのにビジネス英語の指導は厳しいでしょ。
極端な話、高卒の先生に大学受験対策を受けたいと思う?という話。
一方で、私が知っている英語コーチは本当に仕事に熱心な人が多かった。
会社がそこまで求めていないはずなのに、完全に属人化されている。
そのコーチに当たった生徒はラッキーだけど、前任の都合で引き継いだ私、相当困ってます。
「前のコーチはしてくれたのに!」
英語コーチの悩みと言えば、待遇や報酬を除けば生徒対応が一番。
でも、残り1割が結構大変。
全く言うことを聞かない人。
これはまだマシな方。
何のためにこのサービスに申し込んだのか、本気で疑問。
メンヘラ気質で、学習報告という名の愚痴が毎日延々と続いた人。
最終的に「コーチは優しすぎます!解約します!」というクレーム。
もう敵わん。
顔が見えない女性コーチということで、勝手に美化されるケースもある。
彼氏かな?みたいな文面が来始めたので、50代で子供3人いると嘘をついたら、次の日から音信不通。
やたら要望が多い人もいる。
それはサービス外だと言っても「高い金払ってるんだぞ」。
うちはそこまでのサービスじゃないです。
ただ、こういう分かりやすい問題児は、会社に入ってもらってフェードアウトできる。
悪気がないのは分かる。
例えば、日程調整。
即レスできない人が本当に多い。
忙しいのは分かる。
ノーコメントで。
今、それ聞かなくてよくない?という質問を連打されると
「ドゥドゥドゥ!」と制したくなる。
まず単語覚えようね。
三つ目。
お礼がない人。
感謝されるためにやってないけど、その一言で救われることはある。
ありえないくらいスコアが伸びた人が、何も言わずに消えていった時は正直堪えた。
返ってきたのは
そこ???
悩んでるコーチ、きっと多いと思う。
今回は、そんな愚痴。
https://anond.hatelabo.jp/20251221114355
話題になっていた「フリマアプリの会社で働いていた」という退職エントリーを読んだ。世間では「心が洗われた」「よく言った!」などと絶賛の嵐だ。
まず最初に断っておきたい。
件の会社とは一切関係がないし、正直あの会社がどうなろうと知ったことではない。
だが、あのエントリが「美談」として消費されている現状には、実務家として看過できない猛烈な違和感がある。
おそらく、組織の利益や存続を左右する重い舵取りを任された経験がある人間ならば、あの文章を読んで抱く感想は「感動」などではないはずだ。
「ああ、ビジネスパーソンとして必要なOSが、根本からインストールされていないな」
致命的に何かが欠落している人間が、それを「正義」だと信じ込んで語っている姿に対する、埋めようのない断絶と脱力感。PLの重みを知る人間なら、誰しもがこの「やるせなさ」を感じたのではないか。
もちろん、これがバズった背景は理解できる。あれは彼への純粋な称賛というより、例の企業に対する「積年のヘイト」が噴出した結果だ。彼を「巨悪を刺した勇者」に仕立て上げれば、みんな気持ちよく会社を叩けるからだ。
だが、だとしてもだ。
彼がやったことは、冷静に見れば明白な「背信行為」であり、ビジネスパーソンとして「ありえない」振る舞いの連続だ。
それなのに、「美談」というオブラートに包まれて、組織人としての背信行為が正当化されてしまっている現状には、多くの実務家が口には出さずともモヤモヤしているはずだ。
誰も斬り込まないなら、私が沈黙している彼らの代弁者として、その「美談」の裏側を解剖しておきたい。
まず前提として、度を超えた転売行為や偽ブランド品の流通が「社会悪」であるという点については、私も彼と認識を共にしている。おそらく、批判されている経営陣とて同じだろう。誰だって犯罪や迷惑行為を放置したいわけがない。 だが、ここからが決定的に違う。「それが社会悪である」ということと、「企業としてリソースを投下して今すぐ撲滅すべき最優先課題であるか」ということは、全く別のレイヤーの話だ。
その前提のもと、増田の思考は、驚くほど「単変数」的だ。その思考の単純さが、最も端的に露呈しているのがこの一節だ。
あの当時の自分は、CS部門の現場の人間としてマスク転売に反対していました。理由は述べるまでもなく、「困っている人がいるのに転売はおかしい!」というものです。
この一文を読んだ瞬間、私は頭を抱えたくなった。 ここには「自分の主観的な感情=世界の絶対的な正義」という、極めて独善的な前提しかない。自分が見ている景色、自分が感じている感情。それだけが唯一の判断軸であり、それ以外の視点が存在する可能性を1ミリも想像できていない。
もし私が彼の上司で、部下からこんなことを言われたら、その瞬間に絶望する自信がある。「ああ、この人をマネジメントするのは無理だ」とサジを投げるだろう。 なぜなら、彼は「対話」ができないからだ。自分の感情が「述べるまでもない正義」である以上、それに異を唱える経営判断はすべて「悪」になる。 こんなマネジメントコストの高い人材を抱え込むなんて、考えただけで胃が痛くなる。
彼が単変数の問題を声高に叫ぶ傍らで、経営陣やマネジメント層は、無数の変数が複雑に絡み合う高次の方程式を解いている。そこには「倫理」という変数以外にも、法的リスク、数千万人のユーザーの自由、監視コスト、株主への責任、従業員の給与原資、将来への投資、そして競合とのパワーバランスといった、相反する要素がひしめき合っている。転売問題などのレピュテーションリスクについても、経営陣が気づいていないわけがない。リスクが看過できないレベルに達したその瞬間に、リソースを一気に投下すればいいと計算し、あえて今は「静観」というカードを切っているに過ぎないと私は想像する。
その舵取りへの想像力を働かせることもなく、彼は「倫理観がない」と切り捨てた。30代のいい大人が書いたとは信じがたいほど拙い文章であり、知的な怠慢だ。
そして、私が最も問題視しているのは、彼が平然とやってのけた「背信行為」の暴力性だ。
彼は退職後、組織の内情を、誰が見てもその会社だとわかる形で暴露した(わざとかどうかはわからないが、社名まで公開していた)。さらに恐ろしいのは、彼がこの行為を「正義」だと信じていそうな点だ。自分の放った言葉が、かつての同僚や株主、ステークホルダーにどのような損害を与えるかという「結果への想像力」が、彼には絶望的に欠けている。
さらに致命的なのは、その破壊的な衝動がどこから湧いてきているのかを俯瞰する「メタ認知能力」の欠如だ。
私の見立てでは、彼の動機は心理学でいう「認知的不協和の解消」に過ぎない。
構造はこうだ。
「正直、給料は軽く百万以上は下がりました」
つまり、彼はあの会社に「経歴の箔付け」をしてもらっただけでなく、自身の本来の市場価値よりも100万円以上も高い値付けで雇ってもらっていたことになる。
それこそが、彼が軽蔑する経営陣が、綺麗事だけでは済まない資本主義の荒波を冷徹に舵取りし、会社という箱を必死に守り抜いてきた結果得られた「果実」だ。
彼はその果実を長年貪り食ってきた。会社という防波堤の中で守られながら。
しかし一方で、彼は「自分は清廉潔白で、人のために尽くす善人だ」という自己認識を捨てきれない。「汚い会社で身の丈以上の利益を享受している自分」と「正義の味方である自分」。この矛盾する二つの事実は、強烈な不快感を生む。
この不協和を解消するために、彼にはどうしても「物語」が必要だったのだろう。
「自分は金のためにそこにいたのではない。極悪非道な組織に囚われていただけで、心までは売っていなかった被害者なのだ」という物語が。
会社を「絶対悪」として断罪すればするほど、そこで恩恵を受け続けていた自分の過去を正当化できる。彼のエントリーに見られる攻撃性は、高尚な倫理観から来るものではない。自分の中にある不快感を解消したいという、独善的な防衛本能に抗えなかっただけだ。
自分の受け取っていた対価が誰の泥臭い努力の上に成り立っていたのか。その想像力すらなく、去り際に後ろ足で泥をかける。
そして、私はこの退職エントリを読んで、経営陣の「強烈な意志」を感じ取った。それは、「黎明期から居座る、今のフェーズに合わなくなった人材を市場に放出したい」という意図だ。
想像するに、例の会社にはまだ、彼のような人材が大量に残っているのではないか。創業期や拡大期に入社し、運良くストックオプションや高待遇を得たものの、能力が会社の成長スピードに追いつかなくなった「古参の既得権益層」だ。
某企業は、待遇が良いことで有名だ。外に出れば年収が下がることがわかっているから、彼らは会社にしがみつく。組織に寄生し、甘い汁を吸いながら、口だけは「昔はよかった」「倫理観が」と文句を垂れ流す。経営陣にとって、こうした「寄生する古参」の満足度を上げることは、組織を緩やかな死に向かわせる自殺行為に等しい。
だからこそ、経営陣は今、あえて彼らが居心地の悪くなるような施策を打っているのではないだろうか。 それは短期的には従業員満足度を下げるだろう。だが、それは「代謝」のために必要な痛みだ。
不満を抱き、文句を言うだけの存在に「自分から出て行ってもらう」ための、組織マネジメントの一環。そう考えると、この退職エントリは、経営陣の描いたシナリオ通りにことが進んでいることの証左に見えてくる。一時的な痛みに耐えてでも、組織を次のステージへ強引に引き上げようとするその胆力には、同情を超えて敬礼したい気持ちにすらなった。
この退職エントリーを読んで、私がもう一つ強く感じたのは、例の組織における「翻訳機能の欠落」だ。
先ほど述べたように、経営者が解いているのは、無数の変数が絡み合う「多変数関数」だ。
株主利益、法的リスク、競合優位性、キャッシュフロー、そして従業員の士気。これら全てのバランスを取りながら、組織全体として最もパフォーマンスが出るポイント(全体最適)を探し続けている。
一方で、現場が見ているのは「目の前の業務」という極めて限定された変数だ。増田のようなCSであれば、「ユーザーの感情」や「倫理的な正しさ」が変数のほぼ全てを占める。彼らが解いているのは、部分最適の関数だ。
ここで不幸なすれ違いが起きる。
「全体最適」のために導き出された解は、「部分最適」の視点から見ると、往々にして「意味不明な愚策」や「冷酷な切り捨て」に見えるからだ。
例えば、「将来の法的リスクを回避し、サービス全体を存続させる(全体最適)」ために、「今の不正ユーザーの一部を泳がせて証拠を固める(部分的には悪)」という判断を下すとする。
だが、その意図を知らない現場からすれば、それは単なる「悪の放置」にしか映らない。
経営層が弾き出した「冷徹で論理的な解」を、そのまま現場に流せばショートするのは当たり前だ。だからマネージャーは、その決定背景にある「なぜ」を噛み砕き、時には現場の不満をガス抜きし、彼らが納得できる「物語」に変換して伝える。
この「説明コスト」と「感情のケア」こそが、組織を繋ぎ止める接着剤なのだ。
しかし、増田のエントリーからは、その形跡が一切感じられない。
そこにあるのは、経営層のドライな意思決定が、なんの緩衝材もなく、剥き出しの高圧電流のまま現場に直撃している光景だ。
「翻訳」不在のまま、資本の論理を叩きつけられれば、純粋な現場社員が「この会社は人の心がない」と錯乱するのも無理はない。
彼が怪物に見えた「経営者」は、実はただ淡々と全体最適の計算をしていただけかもしれない。
だが、その計算式を翻訳し、現場の言語で語れる人間が組織から消え失せていた(あるいは機能していなかった)。
この「中間レイヤーの空洞化」こそが、彼を孤独な義憤へと駆り立て、最終的に「背信行為」という暴発を引き起こした構造的な真因ではないだろうかと私は想像する。
(もしくは、説明しても話が通じないので出て行ってもらうためにあえて放置してる可能性もある。)
一応、彼へのフォローもしておく。もちろん、彼個人を全否定するつもりはない。CSという職種の性質上、高い「共感性」は必須スキルだ。目の前の顧客の痛みに寄り添えなければ、CSとしての機能は果たせない。 だから、彼らが解く方程式において「ユーザーの痛み」という変数の重み付けが、他の変数よりも極端に大きくなってしまうのは、避けられないことでもある。それが彼らの「才能」だからだ。その「痛みへの感度」があるからこそ、救われたユーザーもいただろうし、彼は優秀な現場担当者だったのかもしれない。それは想像に難くない。
だが、経営判断が自身の感情を逆撫でするものだからといって、会社という公器を危険に晒す行為は、経営を預かる身として到底容認できない。それとこれとは全く話が別だ。
最後に、私自身の「メタ認知」も記して、この乱文を締めくくりたい。
ここまで増田をこき下ろしてきたが、彼が持っている「純粋な気持ち」そのものを否定するつもりはない。顧客のために涙を流せる感受性は、人間として美しいものだ。それは認める。
ただ、正直に告白しよう。私がなぜここまで感情的になり、彼を断罪するような文章を書いたのか。 それはきっと、私自身が経営に携わり、会社という「器」を守るために、その「純粋さ」を犠牲にし、切り捨ててきたからだ。 彼の持つ、曇りのない眼差し。顧客と泣き合えるほどの無垢な心。それに対する、ある種の「嫉妬」が私の中にあることは否定できない。
だが、これだけは理解してほしい。 彼がその純粋さを保っていられるのは、誰かが——経営者たちが——資本主義という冷酷な市場の中で、泥水をすすりながら適切な舵取りを行っているからだ。 彼らが「汚れ役」を引き受け、複雑な変数を処理し、防波堤になっているからこそ、彼は「善人」でいられる権利を享受できている。
その構造に対する想像力もなく、たった一つの変数しか見えていない視野狭窄な状態で、「あなたは非人間的だ」と安全圏から石を投げられること。これにはどうしても辟易してしまうし、傷つきもする。 だからつい、こうやって匿名のダイアリーで感情的になってしまったわけだ。
純粋でいられることへの嫉妬については、謝ろう。申し訳ない。ただ、その「純粋さを保つ権利」が誰の犠牲の上に成り立っているのか。その構造に気づかない限り、彼は次の「温かい職場」でも必ず同じ過ちを犯すだろう。
彼は現在、「現場の裁量で社内調整し、規約を超えて一人のユーザーを救える」ような企業に転職し、水を得た魚のように働いているらしい。
結構なことだ。だが、経営の視点からあえて冷や水を浴びせるなら、それは組織が未熟だから許されているだけの「期間限定のモラトリアム」に過ぎない。
「規約を超えた個別対応」などというものは、オペレーションとして見れば再現性のない欠陥品だ。
ユーザー数が10倍、100倍になった時、その「温かい属人対応」は間違いなく破綻する。公平性を担保できなくなり、現場はパンクし、結局は彼が憎んだ「冷徹なマニュアル対応」を導入せざるを得なくなる。
彼が今、幸せを感じているのは、その新しい会社がまだ「経営の多変数関数」を解かずに済む、牧歌的なアーリーフェーズにいるからに過ぎない。
いずれその会社が成長した時、彼はまた同じ壁にぶち当たるはずだ。その時、彼はまた「会社が冷たくなった」と絶望し、同じように砂をかけて去っていくことが想像に容易い。そうならないことを、切に願っている。
最近、AIで文章を書くことが多くなった、インターネット上もAIで書かれた文章が多く散見されるようになったと感じる。
私もAIを使って文章作成はしている。特に仕事で使う文章は80%AIで書いている。そっちの方が早くて要点を上手に伝える文章になっているからだ。どのような人に伝えたいかをインプットすればその人が理解しやすい文章も作ってくれるので助かっている。
私のように文書が下手な人にとってAIは、楽器はできないけど作曲できるDTMみたいなもので技術を補い、表現を形にしてくれる心強い味方。
しかし、AIで書いた文章が手抜きや悪のように扱われる意見も最近は見るようになった。求人情報にはAI文章お断りを書かれるのもたまに見かける。
こうした拒絶反応を振り返ると、過去にも似たようなことがあった。
パソコンが浸透しだした頃、履歴書を手書きにするかオフィスソフトで作成するか論争があった。今オフィスソフトを使わずに手書きで履歴書を書く人はいないだろう、履歴書で字の上手さを見せる必要はないから。
バラエティ番組が台本有りきの内容であることに気づいてそれを悪として扱う人もSNS黎明期は多かったように思う。台本無しで面白い番組作るより有りで作った方が面白い番組になる確率は高くなる。視聴者としてはバラエティは面白ければ良いのだから台本の有無はどちらでも良い。
どちらも表面的な部分で本質からズレているから今では誰も議論しなくなった。
以前からアナウンスがあったとおり、遊戯王OCGはイラストが従来の枠を超えて飛び出しているようにみる「オーバーフレーム」を出してきた
https://x.com/mizukame_MHF/status/2002183379715072319
https://x.com/yukurach/status/2002282967851512048
通常版のほかにこのようなオーバーフレームを出してきたのは遊戯王の歴史に刻まれる出来事だと言っていい
だけど、結論を言えば、俺は好きだが期待した以上のものじゃない
イラスト自体はカッコいいんだが、他のTCGとの差別化が全然図れていないんですよ
フレームレスとかどのTCGでもやってることで、遊戯王が今更それを見習ったとしても単にイラストを巨大化させただけってのが丸わかり
なぜならイラスト以外は特に変更がないので、良くも悪くも遊戯王の体裁がそのまま残っていて、全体が最適化されていない
遊戯王はTCG黎明期に登場したこともあって全体的に古臭いデザインだ
これらが際立つ
特にモンスターはその傾向が顕著で、カードの主役と言っていい中央のイラストは額縁によって切り取られて全体的にこじんまりとしている
またモンスター自体が棒立ちだったり、背景がさほど作りこまれていないこともあって、全体的に「証明写真」という印象がとても強いデザインだ
さらにカードにおいて重要なテキスト部分の視認性は全カードゲームの中でも最悪と言っていい
テキストはイラストと同じく枠で囲まれているが、肝心のテキストはいったい何pxかわからんほどに小さく、記号も使っていないので非常に読みづらい
遊戯王はキーワード能力といったテキストを短く納められる手法を取り入れておらず、さらに総合ルールを持っていない
そのためテキスト自体に全てを詰め込む必要があるので、テキストの総量が長い傾向が強い
さらにカード自体がTCGではややマイナーなスモールサイズという小さい紙であり、テキストの主要な部分は全体の30%程度と小さい
つまり、テキストで全てを完結させようと小さい枠の中に詰め込んでいるせいで、視認性が極端に悪いTCGの代表になっている
せっかくイラストがかっこよくなり、躍動感がでているのに、テキストが読みづらい問題を棚上げしている時点でUIの刷新をあきらめているのが如実にわかる
せめて他のTCGと同じくルールテキストを可変長にしたり、テキスト部分もフレームレスにすればよかったのに
TCG黎明期は本当にいろんなカードがでてきたため、どれもこれも差別化を図っていた
後発のTCGはそれらの知見を参考にして最初からより最適なUIで出している
ヴァンガードなどが顕著だけど、イラストがカード全体に配置されてそこに重なるようにテキストやカード情報が記載されているというのが近年では普通になっている
https://cf-vanguard.com/cardlist/?cardno=DZ-BT10/004&expansion=283&view=image
けど、遊戯王はそのダサいUIがある意味で最適なんじゃないかと思うよ
イラストをでっかくすればみんな喜ぶというのは確かにそうだけど、TCGがここまで普及した現代においては「なんちゃって感」の方が強い
上の方で言ったけど、テキストやレベルといった重要なカード情報はイラストに対して特に刷新されていない
ということはイラストがデカくなって視認性はそのまま悪いだけのカードに成り下がったと言っても過言じゃないのよ
そのため、中途半端さが出てくる
その中には単に既存のイラストをちょっとアレンジしただけのもあれば、全体のフレーム自体の雰囲気を変えたり、あるいはもはやMTGとぱっと見ではわからないくらいに印象を変えてるものもある
https://magic.wizards.com/ja/news/card-image-gallery/kamigawa-neon-dynasty-variants
ちょっと前のスタンにあった神河は、神社とネオンを意識したフレームデザインをヴァージョン違いとして取り入れているよね
これが良いか悪いかはさておき、イラストを大きく変更したものをつくるならこれくらいはっきりとコンセプトを出してほしいものだ
遊戯王はいままで、あのこじんまりとした不細工なUIを誇示していたからこそ、他のTCGと差別化されていたと感じる
けどオーバーフレームを取り入れた結果、よく似たカードゲームと真正面から戦わなくてはいけなくなった
なら、最初から最適化して作られているカードゲームの方が見やすくてきれいに映るのは当然だろう
そして何よりOCGと比較してラッシュデュエルのUIが良かったというのが印象に残る
という点で大きく違う
なのにOCGにはその良い点が殆ど生かされていない
イラストが飛び出しただけで最適化もしていないUIはラッシュに近づいた結果、ラッシュに劣ることが暴露されてしまったんだよね
良い意味で古参が頑張っていた遊戯王に新しい風が吹いた結果、変えなかった方が実はよかったんじゃね?と思うに至る
古いUIのまま最適化されていったものを新しくしようとしたのに、古いUIをリサイクルしているから全体がチグハグになっている
旅行先でレンタカー借りて街を走るのが好きだけど名古屋の道路は明らかに異質、初見殺しも甚だしい。なんだあれ。
五車線ある指定道路で左折したくてももう車線変更が間に合わない、意味の分からないところから出てくる謎の側道、三差路×三差路みたいな化け物みたいな交差点。
こんな道じゃ事故が多発するのは致し方ないと合点がいった。そしてぐったりした。
いわゆる名古屋走りと言われるものもこの複雑怪奇な道路を攻略するがために出現した現象なんだろうな。
日々あんな修羅を潜り抜けてる名古屋ナンバーにはもう憐れみと労りしか感じない。
元々名古屋については異質さを覚えていた。
バカの一つ覚えみたいに赤出汁赤味噌、トーストにあんことか言うねるねるねーるねかよという組み合わせ、台湾と何にも関係ない台湾ラーメン、ここでしか見ない存在意義の分からない先割れスプーン(フォーク?)、台湾ラーメンアメリカンに至ってはもはや意味不明。
創作意欲はあってもセンスが小学生並みなので名古屋にしかウケないものしか出来ない。
一次産業がないので土産物も食べずとも味の想像ができるスナックばかり。
ぴよりんがちょっとバズったくらいだろう。
名古屋嬢を買うなら長野の雷鳥の里の方が100倍美味い。ゆかりはその辺のデパ地下で買える。きしめんもただのうどん。ういろうは食感がキモい。現物食べる気にもなれない小倉トーストのラングドシャなんか職場のお土産に持ってけるもんじゃない。ハッピーターンは何味でもハッピーターンになるから妥協点。
唯一喜ばれそうな赤福も三重県を手下に従えてるかのようなツラしてちゃっかり売ってるがお前んとこのじゃねーだろ。 日持ちしないし。
快速みえは京急もびっくりの轟音&揺れで人生初の電車酔いを体験できる。
鉄道開通黎明期もこんな感じだったんですかな〜!とタイムスリップ気分味わいたい変態以外は悪いこと言わないから少し金出してでも近鉄特急に乗ろうな。
とにかく名古屋は全てが雑。整然さがない。
駅周辺のビルの造形が奔放だな…と気づいた時から名古屋の全てに違和感を覚えていた。
これが車で街を走ってすべて得心がいった。
あそこはそういう都市なんだ。
ではその時になにをするか?
良いところを見つけようと努力するのが善き人間としての行いだと思う。
名古屋には世界最大のプラネタリウムを抱える名古屋市科学館がある。
ラジオ深夜便を彷彿とさせる絶妙な味わいのナビゲーターの語りと適度にパーソナルスペースが確保されたリクライニングシートに眠ること必至。
子供が泣く本気のテスラコイル実験装置に舐めてかかると大人でも無言になる南極体験。
ぎゃーぎゃーうるさいガキンチョばかりだが真面目に見て回れば科博にも勝るとも劣らない楽しさがある。1日では回りきれない。
あと近場で腹ごしらえしようと適当に入った香港料理屋かなんかが本気のシノワズリでビビった。
言わずと知れた高級陶器メーカーノリタケの成り立ちからコレクションの展示を総覧できる。
いつからあるか分かんない謎のノリタケの平皿かカップが家に1セットくらいあるだろ。たぶん展示されてる。
「あ、これうちにある!」と見つけた瞬間突然ノリタケに親近感を覚えるだろう。
ガラス越しの蕎麦打ち職人よろしく絵付師たちが陶器の何たるかも知らない素人がウロウロしてる中で普通に仕事してる。
陶器製造の技術が多角展開されてる旨のパネルも面白いから理系は絶対見ろ。
最後はショップに行くといい。アウトレット品からガチの鑑賞用までここもまた見応えがある。
贅を凝らしたきらびやかなノリタケ様の作品の数々にすっかり心が乙女になったお前は必ず何かが欲しくなる。
あとはトヨタ紡織資料館とか徳川美術館とか退役した砕氷艦の係留がされてたりとか色々あるけどめんどくさくなってきたからあとはテメーらでやれ。
アロー戦争 英仏連合軍に大敗、清には対抗できる艦隊は存在せず海戦は起こらなかった
洋務運動の一環として清朝官僚の曽国藩、李鴻章によって江南機械製造局(現在の江南造船所)が上海に建設される
ロシアによって中東鉄路公司輪船修理工場(現在の大連造船所)が大連に建設される
日露戦争後、川崎造船所(現在の川崎重工業)が大連造船所と旅順造船所を運営
1945年までに3度にわたり拡張され、中国最大の造船所になる
★清朝滅亡
イギリスの実業家Nils Mollerが上海に"Mollers' Shipbuilding & Engineering Works"(現在の滬東中華造船)を設立
日本軍が江南造船所を占領し朝日工作部上海工場と改名、三菱重工が運営する
日本軍が"Mollers' Shipbuilding & Engineering Works"を占領し三井造船所と改名、三井造船が運営する
海軍の礎が築かれる
★中華人民共和国が成立
古寧頭戦役/金門戦役中国人民解放軍海軍は大量の漁船を徴用し金門島を占領しようとしたが大敗、これによって台湾侵攻を断念
戦争の歴史から、二度と繰り返してはならない、という思いを抱くのは日本だけではありません。中国もそうです。しかし、どんな教訓を得るかは、国によって異なります。
(略)
毛沢東は,1949年の中国人民政治協商会読第1回全体会議における開幕の演説で
「......どのような帝国主義者にも再び我々の国土を侵略させてはならない......我々は強大な空軍と海軍を保有しなければならない(......不允許任何帝国主義者再来我們的国土.....而且有一個強大的空軍和一個強大的海軍)」と指摘し,
1953年には
「わが国の海岸線は長大であり,帝国主義は中国に海軍がないことを侮り,百年以上にわたり帝国主義は我が国を侵略してきた。その多くは海上から来たものである(我們国家的海岸線視長,帝国主義就是欺負我僧没有海軍,一百多年免帝国主義侵略我臥大都是従海上乗的)」と軍艦の上で演説しました。
(略)
共通のできごとから「二度と繰り返すまい」と決意したとしても、国によって得た教訓は異なります。
いじめた側といじめられた側では、同じ出来事もずいぶん違った記憶になる道理です。侵略をして反省した側は「二度とあんなことはすまい」と消極的になり、侵略された側は「二度とあんなことはされまい」と積極的になるわけです。
そのために、国際政治の歴史の中では、あるときは羊のように餌食にされた国が、後には一変して狼のように振る舞い、そのことがかえって敵を増やしたりします。その逆だってあり得るでしょう。
朝鮮戦争勃発
劉華清ソ連・レニングラードのクズネツォフ海軍大学校に留学、セルゲイ・ゴルシコフに師事
第一次台湾海峡危機 江山島、大陳島を中華人民共和国が占領される
★6607型駆逐艦(鞍山級駆逐艦/7型駆逐艦/グネフヌイ級駆逐艦)がソ連から供与される
1930年代にイタリアから技術導入をしてソ連が建造した艦で時代的には吹雪型駆逐艦と同時期
50型警備艦(リガ級フリゲート)がソ連から供与され、6601型(成都級)としてノックダウン生産される
第二次台湾海峡危機金門砲戦中華民国側が防衛に成功、以降中華民国と中華人民共和国の間に大規模な戦闘は発生していない
その後中ソ対立によってソ連からの技術援助が打ち切られたため中国は潜水艦の国産化を迫られることとなった
いい機会だし以前書いたの再掲するわ
海軍の礎が築かれる
文化大革命による停滞期
ソ連という共通の敵を失ったことによって中国と西側諸国の友好関係が薄れていき、天安門事件によって決裂が明らかとなり軍事技術的にも独自路線を歩み始めた時期
1.証券口座を開く
〇iDecoについて
〇手もと現金について
〇将来
1.証券口座を開く
三大ネット証券、楽天証券、SBI証券、マネックス証券のいずれかがいい。
基本は楽天かSBIから選ぶのだけど、この2社は結構システム変更があった。情報を追いかけるのが面倒なので、個人的にはマネックス証券をお勧めする。ネット証券の黎明期からずっと安定して営業してきて、これまで大きな変更が少なかった印象。
銀行でも投資できるけど、ネット証券は0.03~0.3%程度のポイントが付くのが馬鹿にならない。1000万×10年なら3~30万円の違い。
年間最大の240万円分を eMaxis slim世界株式インデックス(除く日本) に投資する。
日本を除くのはリスク分散のため。日本で働いている以上、日本に投資するのはダブルリスクになる。
いきなりこんなにたくさん買うのに抵抗があるなら、ぶっちゃけ買わなくても良い。積立投資だけでもいい。
最大額、月々10万円分を eMaxis slim世界株式インデックス(除く日本) に投資する。
〇iDecoについて
iDecoは良し悪しがある。税金を減らせるメリットがある反面、退職まで引き出せない。
仮に「家を買いたい」となっても引き出せないし、大病をして「あと1年の命」と言われても引き出せない。
〇手もと現金について
何かあった時(「家族が交通事故」「パワハラうつ退職」etc…)のためにある程度の手元資金は現金で置いておくべし。
資産が増えてきたら、NISA 枠以上に投資をすることになる。200万円なり余裕資金は取って置き、超えた分だけを同じくeMaxis slim世界株に投資する。
投資信託は売却から現金化し、銀行に移して引き出せるまでに1週間から10日ぐらいかかる。
すぐには引き出せないことに注意!!
◆終わりに
家を買いたい、車を買いたい、結婚式をあげたいとか、お金が必要になったら必要な分だけ現金化して(投資信託を売って)利用する。
株式インデックス投資は10年とか20年以上投資できれば ほぼほぼプラスになる。逆に言えば10年・20年未満は赤字になってる可能性も十分にあり、それを理解・納得しておく必要がある。
日本人の平均寿命は80歳を超えている。中年以降、徐々に頭や体が動かなくなる中、豊かな生活を送るために早めの投資開始が安全。
将来妻や子供に贈与・遺産相続するつもりでも、売る必要はない。投資信託のままで贈与・相続できる。
土地とか仮想通貨とか石油のような商品に投資するかとか、為替がどうこう、FXが儲かるだの投資先悩むと思うんだけど。
そういった諸々含め、様々なビジネスを利用してお金を儲けているのが株式会社。あまり色々考えず、株式インデックス投資を開始するのが吉。
歴史的に見て、安定して長期間儲けられる(られた)のが株式インデックス投資っていう話。
それ以外のには安定性とか歴史が不足している。一時的には大きく儲かる可能性はある。ただ、それはギャンブルに近い。
株式投資(資本家)の方が労働者よりも儲かる(R>g 参考図書:21世紀の資本)のは、資本家の方がより多くのリスクを取っているからだと思う。リスクを取った人がより大きく儲けられる(リスクプレミアム)が存在する以上、今後も株式投資は儲かる可能性が高い。
労働者は労働時間や労働量、成果物に対して確定した賃金を要求する。一方で資本家は、儲かるか損するかわからない。リスクを一手に引き受けている。このリスクを受け入れるに、より多くのリターンがないと成り立たない。この部分がリスクプレミアム。
1つの会社だけに投資するのはリスクが高いけど、世界経済全体に投資することができる世界株式インデックスは、今後も安定して儲かる可能性が高い。実際に多くの年金基金(≒国家と言ってもいい)が株式インデックスに投資をしているからね。
多くの国家が株式インデックスに損をさせるわけにはいかないんだよ。株式インデックスが損をする事態になったら税は不足し年金も破綻し、それは国家の破綻も意味するからね。
景気が悪くなると、国家は経済対策をして結果として株式が上がる。ね?
◆自分はネット証券の出てきた2000年頃から投資してる。資産>億。45歳。
当初は日本株、中国株、米国ETF、FX、REIT、債券などもやってたけど、今はインデックス投資のみ。先物とかオプション、仮想通貨などはやってない。
>「NISA一般枠」とか「積み立てNISA」とか存在しないものを出されると初心者は一瞬で詰む
なーほーね。確かに。
昔はその名前だったんだけど、どんどん名前も制度も変わってんだよなぁ、アップデートしてなかった。
俺はそれは読んでなかったからわかんなかったが、今ネット無料記事見に行ったらスタートから違うじゃん。
向こうはまずスタートがidecoとかNISA積立でしょ。ぜんぜんちがう。ideco は余裕ある人がやるもので、普通の人がスタート地点からやるものじゃない。平均的年収450万円の人がideco やる余裕あるか?
それよりもなるべく早く一括で世界株式インデックス投資を始めるべきっていうウォール街のランダムウォーカーの立場に近い。
俺はまず一括投資してそこから次に積立なんだ。タイミングよりも、なるべく長期間投資することを重視してるんだよ。株式が上昇する期間は短いのに対して下落する期間の方が長く続くから、その短い上昇を捉えるため、なるべく長い時間市場に居続けないといけないっていう考えだから。タイミングそこまで重視してないんだよ。
長期的には上がるなら、長期に相場に居座った方がいい。つまり、積み立てではなく、早く投資を開始した方が正しい。
※ただし、一括で買って直後に暴落した場合、精神的に耐えられなくなるのが最大の損失(心理的リスク)である。それが心配なら、時間を分けて買う(ドルコスト平均法)ことを選択しても、長期投資では結果に大きな差はない
(GEMINIアドバイス終了)
あとごめんけど、自分の投資方針が99点取れるなんて考えはない。だから99点記事のリライトって言われるのは困るな。
現代ポートフォリオ理論が正しいと思ってるから、インデックス投資してるわけでもない。経済が成長するのに合わせて、その利益を自分でも享受できればそれでいい。
結果的にこうなっただけ。インデックス投資だけが正解とも思ってない。
ここに書いてあるようなことは長期投資をやってる人にとって常識。
どこにでもあるようなアドバイス。
だけれども、それが1000ブクマを超えるのだから、一般人にとっては今でも非常識なんだろう。
「日本を除く根拠が薄弱」とかって謎。インデックスファンドから日本を除いたところでリターンにほとんど影響ない。
日本を入れるか、除くかは趣味の問題でしかない。俺はダブルリスクの考え方で除いてるっていうだけの話。
日本はシルバー民主主義で子供や若者に多くの負担を押し付け、高齢者にお金を強力に配分する政策を行ってきた。今後も続くだろう。
検索してみれば良い。ここ2-30年、若者の資産は減り続け、高齢者の資産は増え続けている。他の欧米諸国とは異なる。欧米諸国でも高齢者の資産は増え続けているが、若者の資産は減っていない。
若者から資産を取り上げて、高齢者に分配してきたのが日本なんだよ。
医療保険制度とか調べてみな。こんなのがずっと成立すると思うかい? 健康保険では後期高齢者一人あたり、年100万円を支出してるんだよ?
高齢者にお金を分配したって銀行に溜め込み、銀行が日本国債を購入するだけ。国の仕事は公共の福祉を提供すること。お金が国債に回ったところで、経済成長はない。
おまけに日本では安い金額で素晴らしいサービスを提供するのは当たり前とされている。
よく言われるように「日本でサービスを受けるなら最高。働くのは最悪」。どんなに素晴らしいサービスを提供したところで、高い料金を取るのは悪とされる。
日本は「良くあって」欲しいと思ってるよ。
だけど投資するかは別。
達成することは不可能。いわゆるオルカン、日本を含むオルカンだって全世界の株式市場を網羅しているわけではない。
そもそも国民年金が日本株に結構投資してるからねぇ…わざわざ自己資金でまで日本株式に入れたら理想的ポートフォリオから外れるでしょ。
現在年金の運用は、日本株・海外株、日本債券・海外債権がそれぞれ1/4ずつになっているらしい
ただね。
俺だって意見は変わるし、これが唯一ベストの方法なんて思ってないからね。自分にあった方法を探して見つければいいんだよ。
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>日本を除く考えがあるのは、日本が苦しい時代を知っているからじゃないかな。
正解!
45歳って書いてあるだろう。失われた20年、30年を生きてきたおっさんなんだよ。
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>説明しよう! 現在45歳の増田は、就職氷河期によって日本企業と国から見捨てられたので、今さら仇敵に投資することはあり得ないのだ!
wwww
10月に日銀が利上げしなかったとか、昨今のさらなる社会保険料上げの機運(子育て支援金とか、後期高齢者医療費3割、OTC除外をいつまでたっても実現できないとか)この政策で日本にbetできないよ。
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>日本のバブルが弾けたのはプラザ合意もあるかもだけど、バブルの震源地である不動産投資にいきなり何重にも税規制仕掛けた政府の失策によって、ソフトランディングなどできようはずもなく、ハードランディングどころか自由落下の墜落になったんだけどな。 陰謀論だけど、政府がこの失敗から逃げ回ってるせいで失われた何十年になってると思ってる。政府のメンツのほうが国より大事ってことだな。
なるほどね。ありがとう。自分はこの分野の知識が乏しいのでありがたいな。
自分の業界でも、政府の規制というか、現状のルールがうまく機能してない部分が多々あるので、それと似てるのかなと思ったり。
コメントありがとうございます。この分野は疎くてよく知らないんだ。勉強しなきゃだな。
よくわからないが、政治的駆け引きがあったために効率的な為替市場・金融緩和・引き締めが働かず、日本がその被害者になったってこと?
気が向いたら教えてくれたらうれしい。ありがとう。
日本も構造的な問題が多々あったから大きな被害を受けたとも思うけどね。過度な工業輸出依存による過剰労働力の輸出、ワーカーホリック、年功序列、株式持ち合い、総会屋、一部企業の不明朗会計・創業者による株式会社の私物化、原野商法、東京一極集中、土地神話と一戸建て信仰etc...
https://anond.hatelabo.jp/20251210204429
>これを恐れるなら日本株と相関の高い世界株よりも逆相関の国債買った方がいいんじゃね?
>この考え方を発展させていくとラドン・ニコディム辺りの話になる。
これもわからんなー。GEMINIによると、数学的なバブル崩壊に関する話なのかな? コメントありがとうございます。
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