
はてなキーワード:麻酔薬とは
サプライサイド経済学というのは、表向きは「成長の源泉は供給能力だ」「税を下げて労働・投資のインセンティブを回復させろ」という、いかにも正しそうな顔をしている。
だが現実の政策運用では、これはしばしば理論の皮を被った政治的アリバイ装置に堕して自己放尿している。
つまり「減税したい」「規制緩和したい」という結論が先にあり、その正当化のために供給側という言葉が貼られているだけだ。
そしてこの手の政策がインフレ局面で何をするか。ここが本題だ。インフレを自分の責任として引き受けず、外部ショックに責任転嫁し、金融要因を直視せずに逃げる。
インフレの本質はきわめて単純だ。インフレとは「貨幣の購買力の低下」であり、長期的・持続的な物価上昇は、結局のところマネーサプライの過剰成長によってしか説明できない。
貨幣数量説を教科書の古典として片付けるのは簡単だが、現実は古典がしぶとい。
なぜなら貨幣は取引の潤滑油であり、供給を過剰にすれば、最終的に価格体系そのものを歪ませるからだ。
貨幣を増やして、物が増えないなら、価格が上がる。これを否定するのは、重力を否定するのと同じ種類の幼稚さだ。
サプライサイド経済学が問題なのは、「供給を増やす努力」それ自体ではない。
供給能力を拡張する政策は、本来は重要だ。資本蓄積、技術進歩、労働参加率、規制コスト、税制の歪み、こういう話は全部まともだ。
だが、インフレ局面でそれを万能薬のように唱え、金融的現実から逃げる瞬間に、理論は自己放尿へと変質する。
供給制約があるなら、供給を増やすべきだろう。しかしそれはインフレの主原因の説明ではなく、一部の緩和策でしかない。ここを混同するのは知的怠慢であり、政治的欺瞞だ。
しかも、連中がやる典型的なムーブがある。マネーサプライがインフレの原因であるのに、ウクライナだの、輸入物価だの、エネルギー価格だのに責任転嫁して自己放尿する。
もちろん戦争が供給ショックを起こすことはある。輸入物価が上がれば短期的に物価は上がる。
だがそれは「物価水準の一回限りのジャンプ」を説明するだけだ。持続的なインフレ率、つまり上がり続ける現象は、貨幣の過剰供給がなければ維持できない。
にもかかわらず、政治はこの混同を利用する。供給ショックを口実にすれば、中央銀行と政府の金融・財政の共同責任を曖昧化できる。
つまり「インフレは外生的だ」「我々は被害者だ」「戦争が悪い、国際情勢が悪い」と言いながら、裏では金融緩和と財政膨張を続けてダブル放尿する。
これは政策当局の典型的な責任回避ゲームだ。貨幣を増やしている側が、原因を外に投げる。
国民は複雑な説明を好む。「海外要因のせい」と言われたほうが納得しやすいからだ。
こうして、通貨価値の毀損は“不可抗力”として処理される。要するに、責任を取らずに済む。
善意だろうが悪意だろうが関係ない。貨幣を増やせば、遅れて物価が上がる。
しかも遅れて上がるから政治家は調子に乗る。短期では景気が良くなったように見える。
雇用が増えたように見える。資産価格が上がる。だから選挙に勝てる。
ここで政治が学習するのは、「貨幣を増やすと一時的に気持ちいい」という事実だ。
麻薬と同じだ。そして副作用としてインフレが来る頃には、原因は別の誰かに押し付ける。
これが政治経済学の基本構造だ。人間は合理的だが、責任を負うようには合理的ではない。
サプライサイドがこのゲームに加担するのは、「供給を増やせばインフレは起きない」という幼稚な物語を提供できるからだ。
減税して投資が増える、労働供給が増える、生産性が上がる、だから物価は上がらない。
これ自体は条件付きで一部正しい。だが、現実には供給の反応は遅い。
政治の時間軸と市場の時間軸は違う。設備投資には時間がかかる。労働参加率の変化も遅い。規制改革も遅い。技術進歩などもっと遅い。
にもかかわらず、貨幣供給の拡大は今すぐできる。財政赤字の拡大も今すぐできる。金融緩和も今すぐできる。といって自己放尿する。
つまり政策当局がやっているのは、遅い供給改善を口実にして、速い貨幣膨張を正当化することだ。これは構造的に詐欺的にならざるを得ない。
そして当然の帰結として、価格シグナルが壊れる。価格とは情報だ。価格は希少性を伝える信号であり、市場参加者の分散情報を統合する計算装置だ。
だがインフレが起きると、価格は「相対価格の変化」と「貨幣価値の変化」が混ざったノイズになる。
企業は需要増なのか通貨安なのか判別できない。労働者は実質賃金が上がったのか下がったのか分かりにくくなる。
こうして誤配分が起きる。ミスアロケーションだ。資本が生産的用途ではなく、インフレヘッジの投機に吸い込まれる。
住宅、土地、株式、あらゆるものが価値保存の器として買われる。市場は本来の機能を失い、ただのインフレ回転装置になる。
この状態で「減税すれば供給が増えて解決だ」と言うのは、火事の中でガソリンを撒きながら「いや、建物の耐火性能を上げれば大丈夫」と言っているようなものだ。
耐火性能の議論は重要だが、今燃えてる火を無視してる。燃料の供給を止めろ。貨幣の供給を止めろ。インフレ期待を潰せ。実質金利を正常化しろ。これが先だ。
順序を間違えるな。順序を間違えるのは無能か、あるいは意図的な詐欺だ。
ここでサプライサイド派がよく使う逃げ口上が「インフレは一時的だ」「供給制約が解消すれば下がる」だ。
これもまた、政治的に便利な麻酔薬だ。だがインフレ期待というのは、そんなに素直に消えない。
人々が「どうせまた通貨を薄める」と学習した瞬間、賃金交渉も価格設定も前倒しでインフレを織り込む。
これが自己実現的にインフレを固定化する。金融当局が信頼を失った経済では、インフレは単なる物価上昇ではなく、制度への不信の表現になる。つまり、通貨が信用を失う。
なぜなら改革をしているフリをしながら貨幣膨張を続ければ、改革への信頼まで毀損するからだ。
減税も規制緩和も、本来は市場メカニズムの復権のためにあるはずなのに、インフレを伴うと単なるポピュリズムに見える。
市場派が市場派であることをやめる瞬間だ。これが思想の腐敗でなくて何だ。
サプライサイド経済学が自己放尿する最大のポイントは、「供給能力を上げる」という正しいテーマを掲げながら、「貨幣供給の過剰」という不都合な真実を直視せず、外部要因に責任転嫁し、政治の短期利益に奉仕することだ。
ウクライナ、輸入物価、エネルギー価格のトリプル放尿で責任を散らし、マネーサプライの増加という核心から逃げる。
市場は強い。だが市場が強いのは、価格が情報として機能し、貨幣が安定している場合に限る。
通貨価値を政治が破壊すれば、市場は情報処理装置として壊れる。
貨幣をまともにできない政権が、供給改革などできるわけがない。できるのはスローガンの量産だけだ。
インフレは天災ではない。インフレは制度の失敗であり、政策の失敗であり、何より責任逃れの帰結だ。
サプライサイド経済学がもし本当に供給能力の拡張を語るなら、まず通貨の安定を前提条件として守れ。
(いろんな意味で)ジェットコースタームービーの佳作、74点。
妻子を事故で亡くし自分も車椅子生活を余儀なくされ、飼い犬ももう歳で死にそうな主人公。金がなくなり自宅の2階にストリッパーのシングルマザーとその娘を住まわせることに。ほぼ同時期、仕事部屋の壁から異音がすることに気づく。壁一枚隔てた先で強盗団が銀行の金庫室へのトンネルを掘っていたのだった。車椅子の主人公と強盗団の戦いが今幕を開ける。
異音に気づいた主人公はまず壁に聴診器をつけて(主人公はPC修理で生計を立てておりHDDの修理点検に聴診器を使っている描写が細かい)録音を始める。その後、何かヤバいことが起きていることに気づき今度は穴をあけて小型カメラで録画も始める。
そして隣で強盗計画が立てられていることを察知し輸送トンネルが自室の真下を通ることに気づくとなんとビックリ、主人公は強盗団が金庫から強奪する金をインターセプトする計画を立てはじめる。床に穴を掘って足が動かない自分がどうやって取るかの設計図を書いて予行演習をして……とこの辺の描写が丁寧で面白い。
まぁその後、インターセプトできない設計に変わっちゃって、今度は自分が穴に潜り込んで洞窟の構造を調べはじめたり、すると強盗団と鉢合わせしかけたりする。でさぁ、その時にこのクソ狭いトンネルっていうか横穴ってシチュエーションがめっちゃハラハラ感を産むわけじゃん。良いアイデアだよね。
で、そんなこんなで最終的に自分が銀行に直接侵入して泥棒するっていう。トンデモ展開じゃんってなるんだけど、ちゃんと「物理的にそうしなければならない理由」が積み重ねられるので、まぁまぁ納得感は高い。もろちん、そもそもそんなリスクを冒してまで金を獲る必要があったのかって部分に若干の弱さがあるんだけど。
で、しっかり奪ってめでたしめでたしかと思いきや、今度は強盗団+その親玉の警官との地上戦になる。ここもよくてさぁ。下手な映画だったらここでアクションになって急に車椅子男が無双しはじめるんだけどそんなことはなくて、彼は自分が得た「情報」を使って仲間割れを誘ってしっかりそれを成功させる。
この作品、常に主人公は様々な形で情報を得ることに腐心して、その情報をどう使うかで戦い続ける。さすがにちょっとご都合的すぎるなぁって部分もあるんだけど、そのロジック自体はしっかり全編を貫いていて非常に好印象。
そして大ボスに金を奪われるも、最初のシーンで飼い犬を安楽死させようと用意して結局使えなかったクッキーを大ボスが勝手に食べちゃって(それはそれでどういう展開なんだとは思うんだけど)その伏線まで回収して、最終的に主人公は家族との思い出に縛られて手放せなかった家を売って金と新しい家族を得るという綺麗な展開で終わる。
ただ、なんかもうとんでもないスピードで展開する部分もあってうおってなる。
最初になったのは強盗団が隣にいることに気づいた主人公がストリッパーと娘を避難させようと「やっぱ部屋貸すのなし」って切り出すんだけどストリッパーに「お前私のことが好きになったんだろ!その気持ちに蓋をするために私達を追い出すことで感情の均衡を保とうとしている!逃げだろ!」って詰められる。妻子を失って隠遁生活を送ってる主人公もの定番なんだけど、これ開始25分くらいのことなのね。早すぎるだろ!そこまでの展開なかっただろ!
まぁ、直後にこのストリッパーは強盗団の仲間だったことがわかるので「追い出されないための演技」だったことはわかるんだけど、だとしても唐突すぎるだろ!ファッ!?ってなったわ。
その後、塞ぎ込んでいるストリッパーの娘が犬とはなんか喋ってることに気づいた主人公が犬の首輪に盗聴器を仕掛けるというトンデモ行動に出たり(そこで仕入れた"情報"が後に重要になるんだけど)、インターセプト計画の途中で突然ストリッパーを拘束して麻酔薬を打ち出したり(さすがにこれはよくわからんかった)。
この辺は「脚本の」必要に駆られてやっちゃった☆って感じで、ちょっと微妙だなって思った。
あとここはエンタメとジャンルのバランスの問題でもあるし、俺が「search/サーチ」なんかが好きなタイプだって言うのもあるんだけど、最初は「音だけ」「小型カメラの定点映像だけ」だったのが途中から、強盗団視点の普通の映画映像になるのぶっちゃけどうかなーって思った。ずーっと「主人公が知り得る情報だけ」を観客にも提供する形のほうがもっとハラハラ感や閉塞感、面白さが伝わったんじゃないかと思う。
まぁそれはそれとして本筋のVS強盗団に関しては本当によくできているし、喪って閉じこもった状態から始まった主人公が人の温かみを得て隙間が埋まって家を出ていくという物語としての形、強度、そして「トンネル」との対応がきっちりしていたので普通によくできた映画だったと思う。オススメ。
白内障が進行して視力に影響を与えている場合、ガラス体(硝子体)置換の手術が必要になることがあります。
1.ガラス体(硝子体)置換手術とは?
ガラス体置換は、眼球内の透明なゼリー状の物質(硝子体)を取り除き、必要に応じて人工的な硝子体やその他の補充物を入れる手術です。これは、白内障の進行に伴って硝子体が混濁してしまったり、白内障の手術後に視力回復が困難な場合に行われます。
ただし、白内障自体の治療には通常白内障手術(水晶体の摘出と人工レンズの挿入)が行われますが、硝子体置換は別の手術です。通常、白内障手術の後に視力が回復しない場合や、硝子体の病変が原因で視力が低下している場合に行われます。
2. 手術内容
手術では、まず眼球の中の硝子体を取り除きます。その後、必要に応じて人工の硝子体や薬剤を注入して、眼球内の構造を正常に保つようにします。この手術は高度な技術が必要で、通常、眼科の専門医によって行われます。
手術の流れ:
• 硝子体の除去:硝子体を吸引して取り除きます。
• 補充:硝子体を取り除いた後、人工硝子体やその他の物質(例えば、生理食塩水など)で補います。
• 縫合:手術後、切開部を縫合します。最近では、傷口が小さければ縫わないこともあります。
3.麻酔について
硝子体置換手術には、局所麻酔が一般的に使用されます。麻酔は以下の2つの方法で行われます:
• 眼内麻酔(局所麻酔):目の周りや目自体に麻酔薬を注射して、手術部位を麻痺させます。これにより、痛みを感じずに手術を受けることができます。注射は通常、まぶたの下や眼球の周囲に行います。
•全身麻酔:場合によっては、患者の状態や手術の難易度に応じて全身麻酔が選ばれることもありますが、局所麻酔が最も一般的です。
手術中は目の感覚が鈍くなるため、痛みを感じることはありませんが、圧力や動きは感じることがあります。
硝子体置換手術は非常に高度な技術を必要とする手術ですので、通常は眼科の専門医が担当します。眼科医の中でも、特に硝子体・網膜に特化した専門医(硝子体網膜専門医)が行うことが多いです。これは、眼球の内部に対する非常に精密な手技が要求されるためです。
日本では、眼科専門医として認定された医師が基本的に手術を行いますが、その中でもさらに研修や経験を積んだ硝子体網膜専門医が担当することが多いです。
5. 義眼との違い
義眼は、視力を回復させることを目的としたものではなく、失われた眼球の見た目を再現するための装置です。義眼は通常、視力に関する治療には用いられません。
一方、硝子体置換手術は視力を回復することを目的として行います。手術によって、眼内の構造が正常に戻り、視力が改善されることが期待されます。義眼は視覚機能を回復させるものではなく、見た目を整えるためのものです。
まとめ
•ガラス体置換手術は、白内障の治療後に視力が回復しない場合や、眼球内部に問題がある場合に行われます。
• 手術は通常、眼科専門医によって行われ、麻酔は局所麻酔(目の周りや眼球内)で行われます。
• 義眼は見た目を再現するためのもので、視力回復には関与しません。
手術したときに幽体離脱したなんて話があるけど、ケタミンは幻覚作用を引き起こし、幽体離脱することがある。
ケタミンが使われるのは出血多量などですぐに手術しないといけないケースで、
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspnm/57/1/57_31/_pdf
時間外のためケタミンの確保に時間を要し…ほかの薬で麻酔をかけたが、出血量が増え、手術自体困難だった。麻酔を管理してる薬剤師と連絡が取れ、ようやくケタミンが確保でき、手術がうまくいった
https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.3101100434
⬛豚レバー刺だかなんだかを名物裏メニューとかいって出してて話題になった東京の居酒屋
あのころこの話題のお陰で寄生虫に寄生されまくったジビエ肉の画像とかめっちゃ見た。うまそうなサシかとおもったら全部白い虫だったから集合体恐怖症が叫ぶような画像大好きなワイ大歓喜。
⬛食い物と言えばデスマフィン
シュトーレンがなんで日持ちするのか仕組みを知った。糖と油は正義。
なんか変わった名前だった気もする。芋づる式に会社(運送会社)の倉庫で全裸オナニーしてた変態も見つかってた。
ついでに親(自称)がXに現れた。スーパーハカー()が現れたかは不明。
⬛きょうだい児で弟のためにアイドル無理矢理やめさせられそうになってた女の子。
⬛某T大の先生が女性相手にいろいろ犯罪やらかしてクビになったとかどうとか
どうなったの。
⬛某有名企業のエリートサラリーマンが山手線で隣の女性に痴漢してた動画
⬛VTuberかなんかの協力クリエイターだかのおっさんが中身の女の人盗撮して盗撮グループ内に画像ばらまいたりいろいろしてたとかいうやつ
コレコレでカキタレの女かなんかとバトってた。あと詐欺るときに有名YouTuberの名前出してたとかでそのYouTuber(知り合いでもないだたのとばっちり第三者)が激怒してた。訴えるとか言ってた。
脱法ゼリー爆笑した。健康被害出たんだっけか。しかし騙される方もよくあんな胡散臭いも注文して買おうと思ったな。
なんかこないだテレビで問題取り上げられてたとか行ってたけどまだ関西にいますか。東京には来ないでください。
⬛バラエティで取り扱いが難しい麻酔薬使って笑いにしようとしたバカ企画
学会がおこだったけど手伝った医者顔面蒼白だろうな。自業自得だけど。
まだまだふえるかも
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
それは簡単なことで、一度、戦争及び武力の行使を認めると、テロリストが住宅地にいるという理由で住宅地すべてを焼き払い、たとえ難民キャンプだろうと例外ではないからだ。
例えば、日本も重慶爆撃でかのようなことをやらかし、アメリカもマニラの戦いで同じようなことをし、イスラエルはガザのあたり一帯を焼き払い、レバノンに対しても同じことをするからだ
その結果、多数の死傷者が生まれ、戦前の日本では無麻酔の手術を強いられ、ガザでも同じようなことが起き、野戦病院となったからだ。
https://www.buzzfeed.com/jp/kenjiando/gaza-report-1-1
【動画・画像集】「麻酔薬なしで手術」と訴えるガザの医師、空爆で破壊された救急車の姿
https://www.cnn.co.jp/world/35211131.html
命がけの出産や子育て、麻酔なしの帝王切開も 苦境深まるガザの女性たち
https://jp.reuters.com/world/security/KHUZM5WZ2NMM7MIYN4XOQV2GE4-2024-01-09/
アングル:ガザで四肢切断の子ども1000人、不十分な医療で苦痛と喪失感
一度足を失うと義手や義足というものあるし、車いすもあるが、日常生活にはかなりの制約を受け、車いすで生活する家を見つけるのはかなり厳しい。
また、足を失ったことにより、生活保護を受けるはめになったり、収入が最低賃金程度にまで落ち込み、生活はズタボロになり、住宅扶助の範囲内で車いすOKの家を見つけるのは無理だ。
もちろん、そういう人でも住居を見つけることができるが、一言でいうとシェアハウスだ。
シェアハウスは人間関係が非常にきつく、シャワーの時間もかぶりやすく、そういう意味でストレスもたまる。
インターネットの回線も共有で、回線は往々にしてほそく、GTはff14や動画の視聴も満足にすることができない。
ただ、これはまだましなほうで、ひどいところだとシャワーの掃除は月1、インターネットはなし、テレビはあるが古いやつで、住宅扶助の範囲内で入れるところほどこういう傾向が強い。
なぜかのようなことが起きるのかというと、こういうところは従業員の給料も低く、やる気がないからだ。
かといってまともな人材を集めるために賃金を上げても、赤字になってしまうからだ。
だから、戦争なんてものはするべきではないし、戦争を憲法で禁止すべきなのだ。
なお、戦争を起こしたり、防衛したがわのトップは戦争に負けない限り、シェアハウスで暮らすこともないし、生活もズタボロになることはない。
これはメモ。
半年前、3人目の身内が死んだ。
きっと「希望を求める心の麻酔薬」を脳が分泌するようになるんだ。
人生に悩み。
「そうだ」「そうだ」と
たくさんの賛同で飾られて。
でもそれって。
「希望を求める心の麻酔薬」を皆んなで助け合って製造する、社会的システムなんじゃないか?
もしマインクラフトがアプデもなく新しいダンジョンも増えなかったらどうだ。
村人が暮らしやすくなるために村を整備し続けるようなゲームプレイに憧れるか?
「満足するクスリ」を脳に投与され。
アインシュタインやベートーベンの人生にも、意味はないと考えるなら辻褄は合う。
でもそうじゃないでしょう?
誤解のないように言っておくと、慰めのためのアドバイスが悪意から出てるとは決して思わない。
だけど、
だけど皆んな。
無痛分娩は分娩の瞬間だけ麻酔できるけど、陣痛はこないといけないので当たり前に痛い
軽く叫ぶくらいには
無痛分娩指定してても、産めずに帝王切開になったら産むときは麻酔でわからんが、術後ほんまに痛い
ちょんぎられた股は麻酔が切れたらめちゃ痛いし
産科は常識の影響で減ってるから麻酔できる産院少ないし、田舎だと選択できないこともある
当客でも、無痛を予約していても土日に産気づいたら医師がいなくて普通分娩になるなどもある
しかも今は麻酔薬不足で急に無痛分娩自体ができない人が出ることもある
悪阻で何を口にしても吐きまくるのは本当に地獄だし、悪阻で母体が死にかけておろしたりすることもある
これ初めて知った。増田と同じような動機の人がそれなりにいるから?
③自殺の手段として麻酔科医の半数以上は麻酔薬を使っているという、特殊事情がある。
https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-22591711/22591711seika.pdf
ずっと自殺したかった。気がついたら医学部にいた。友人はできたが人と向き合うのが怖く一人でいることが多かった。今でも自殺したいと思っている。解剖用のメスを買い、実習先からいらないシリンダーと針をもらい、管理の甘くなりがちな麻酔薬置き場まで把握した。あとは適当に麻酔して動脈を掻っ切れば絶対に死ねる。無麻酔でも痛いだろうが頸動脈を切ればすぐに落ちるだろう。
人に話すと止められた。止めた人も離れて行った。なぜ止めたのだろう。あなたの人生に私は不要だったでしょう?私がずっと死ななかったら、麻酔科医になって独立した暁には、安楽死をする人間になりたい。それだけが過去の自分への追悼になるだろう。死にたいという欲望を肯定してあげたい。
無痛分娩って「あらゆるリスクがあるけれども、まさか自分にはそんなトラブルが起きないだろう」っていう気楽さがないとできないものなんだ
無痛分娩したママが「吸引分娩で大変だった」「鉗子分娩でたいへんだった」と苦労アピールすることがあるんだけども
いやいや、無痛分娩を選ばなければあなたは吸引、鉗子分娩にはならなかったのかもよ?と言いたい
陣痛が完全になくなって、助産師がモニター見ながら「はい、今息んでください」って指示する出産は、よくよく考えたら怖くないですか?自分のからだのことなのに息むタイミングすらわからなくなるって怖くない?
無痛分娩を選んだら鉗子分娩になり、自分の赤ちゃんが血まみれになって「こんなことなら普通分娩にすればよかった」と泣いて後悔する人もいる
さらに怖いのは無痛分娩のための麻酔をうったことにより髄液がもれて頭痛の症状がでること
どんなに気を付けていても、まれなことなんだけど髄液が漏れて頭痛の症状がでるというのは、可能性を0%にすることができない
楽をするために無痛分娩を選んだのに髄液がもれてひどい頭痛に苦しんで、入院中ずっと横になることになって赤ちゃんのお世話ができないっていやだと思わない?
「無痛分娩はもっとひろまってほしい」「無痛分娩は最高なんだよ」と言っている人は無知なんだと思う。自分がするのはいいけど、リスクがある出産方法を他人に安易にすすめるな
計画分娩のデメリットと無痛分娩のデメリットがあわさって難産になることがある
人工的に起こす陣痛は自然な陣痛よりも弱くなる傾向があり、無痛分娩に使う麻酔薬がさらに陣痛を弱めて赤ちゃんを押し出す力を弱めたりする
無痛分娩を選択するときは、あらゆるリスクはあるけれど、自分に限ってはトラブルなんて起きるはずがない
トラブルが起きる確率は低いんだから、まさか自分が危ない目にあうはずがない
っていう根拠のない自信を持っていないとできない
地球上のあらゆる生命の中で自殺を行うのは人間だけだと言われている。しかし本当にその言説は正しいのだろうか?研究が進んでいる人間の細胞だけでも、遺伝子に異常が生じた細胞は自死を選ぶ作用、アポトーシスはよく知られている。
ダーウィンは進化の仕組みに関して、適者生存の原則を唱えた。多様な個体が産まれ、また自然淘汰によって収斂が起こるというものだ。これはラマルク的進化とは反対に、種々の様々な遺伝子変異を前提としたことが特徴である。ラマルク的進化では、特定の環境に置かれた生物の遺伝子変異は特定の領域にしか意味がないのに対し、ダーウィン的進化ではそれぞれの変異が未来につながるという意味での意味を持っていると捉えることもできる。これらの実績は菌類の実験成果によっても示されている。
さて、ここで人類について話を戻す。人類はその類まれなる創造性から、地球上の万物の霊長たる資格を手にした。その支配領域は他の種を凌ぎ、今や総個体数は80億に達しようとしている。これは昆虫に匹敵する数である。少なくとも先進国において、人間はあらゆる人権を保障され、種々の遺伝子変異は──たとえそれが障害をもたらすものであったとしても──保護されるのがrightとなっている。それは人権によるもので、人権というのは生まれながらにして与えられるらしい。与える主体というのは議論の余地があるが、この世の人類ではない神とするならば、中世の王権神授説と何ら本質的な変わりはない。
であるからして、わたしは人権保障という考え方は実態がなく、一種革命のようなもので覆されかねない概念だと考える。
市民による革命が起こったように、どれほど優れた思想であっても人の内心を侵すことはできない。現代社会、特に日本においては自殺はいけないこととされているが、自殺者が多数いることからもこれを抑制できていないことがわかる。
私たちの細胞は、どのような時にアポトーシスを行うのだろうか?
たとえば、遺伝子の修復ができず、正常にDNAを残せなくなった時
たとえば、ウイルスに感染して、自身を複製するのではなく異常なもの(ここではウイルス)を産生するようになった時
これらが示すのは、すべて正常な子孫が残せなくなった時に自己死を選ぶ、ということである。
人類がここまで発展した以上、このシステムの有効性は疑うべきところがないはずである(ほんと?)。人類をマクロで見た時、アポトーシスを選択すべき人間はここまでの考え方から確実に一定数いて、それは現代の人権思想などでは到底語り得ないはずである。
私はこれまでの人生において、自分が死ぬべきだと思っており、また因果関係は証明できないが異性に求められたこともない。以上よりアポトーシスに値すると考え、これから死に至るものである。
自分自身の身体の行先は自分の脳が判断するものであり、その脳になんらかの異常が起きていたとしても、他の人間にはそれを尊重する義務があると考える。
な